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13.失踪
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悠月との話を終え、自室に向かう途中も華月の頭は混乱したままだった。
次期長を降りる。悠月のこの言葉は、揺るがない信念を持ってしてだろう。でなければ、嫁達の前でそんなことを言うはずがない。そして、それを長も認めている。ならば余計にそれは決定事項だと言っているようなものだ。
「……はぁぁ…………」
このままだと継承権を放棄した悠月に代わり、華月が次期長になる。
(長になりたいと思ったことは無いけど、いざなれって言われると……たいして嫌じゃない自分が一番面倒だな……)
面倒事は増えるけれど、継承権を放棄しただけで天狗の里から悠月が居なくなるわけではないだろう。人間界で育てるという皐月とその母親は分からないが、悠月自身は通いだとしても里に居てもらわねばと華月は考えた。
「…………すぐにどうすべきか考慮するのは……冷たいのもしれないな」
自身の考えに心が塞ぐ。
更に自室前に到着し、今の話をどうやって天花に話せばいいのか……立ち止まり考えた。
しかし、聡い天花ならば天狗の里の深い事情までは知らなくとも、悠月の程度の低い策……檻になぜ閉じ込めたのか、ある程度の察しはついているのかもしれない。
ならば、下手に隠せば疑念が湧くだろう。
しかし、前向きに考えればその程度の低い策を知った上で、天花は華月とあのように触れ合ったことになる。ただ、致し方なく……だが。
「はぁぁぁ…………」
考えれば考えるほど憂鬱な気分は晴れない。もう自分自身の想いを伝えることを覚悟し、天狗の里の事情も含めて正直に打ち明けよう。気合を入れて、華月は自室の襖を開いた。
「天花。戻っ…………た」
見慣れた自室には丁寧に畳まれた布団だけがあり、もぬけの殻だった。
自室から天花が消えた。
いや、自分から天花は出ていった。
この天狗の里で華月が施した結界を潜り抜けられる可能性があるのは、長である蘇芳だけだろう。しかし、いくら長でも妖力の気配は残るはずだ。
それが感じられないということは、十中八九、天花自らが部屋を出たのだろう。
(……)
襖を閉めて踵を返し、今度はその足で天花の部屋へ向かう。
「天花、いるか?」
部屋からは何も物音がしない。襖に触れるが、何者かの気配もしない。どうやら天花も同室の翡翠も不在のようだ。
ならば、厠か、湯浴みか、……修練場、書庫、台所、洗濯場、井戸に子天狗らの元……歩き回って天花を見なかったかとすれ違う者に聞いてみるが、誰も見ていないという。
ここまで居ないとなると、天狗の里を去ったとしか思えない。檻に入れられ、半分強引に肌を触れ合い、身の危険を感じるのは当たり前だろう。
しかし、本当に天花が何も言わず去るだろうか。
「だぁぁぁー!! わっかんねぇ!!」
イライラとした気持ちで近くの樹木を殴り、ザワザワと葉が音を立てる。必死に枝に付いていた枯葉達が、ひらりと何枚も華月の上に落ちてきた。
「凄か声やて思うたら、華月殿やったんか」
木の影から男が顔を出す。その声に一瞥をくれると、何故か上裸の翡翠が手を振りながらこちらに向かってきた。
「何してんだよ」
「ん? あぁ、魚ば取りに行っとったんだ。川は冷たかばってん、夕飯は増ゆる!! 腹が空いては戦は出来んって言うやろう?」
「あっそ」
相変わらず、翡翠はよく分からない。川から上がってきたばかりならば、天花の所在を聞いても時間の無駄だろう。
背を向け歩き出そうとすると、翡翠は華月を呼び止めた。
「あー、待て待て。華月殿はこぎゃん所で何ばしよるったい? てっーっきり、天花と一緒に行ったて思うとった」
「は? 天花の居場所を知ってんのか!?」
勢い良く振り向き、翡翠に詰め寄る。すると、さすがの翡翠も驚いたようで、一歩下がって手を前に出す。
「知っとるも何も、同室やけんって挨拶に来たったい。凄か急用やとかで一刻も早う帰らにゃんって言いよったな。もだゆるって言いよったけん、てっきり華月殿と飛んで行ったんかて思うたんや」
「もだ?」
「あぁ。もだゆるは急ぐってことや」
そんな急用が、こんなにちょうどよく起こるだろうか……。やはり天狗の里から逃げ出したのか、しかし、それでもきちんと天花に話したい。その上でならば、拒否されても、どのような結果でも受け入れる。
「行き先は」
「そぎゃんと蓮殿ん山に決まっとるやろう? あ、そうや」
翡翠の言葉を待たずに、既に飛び上がった華月は蓮が治める山の方角を見据える。今から追いかければすぐに姿が見えるはずだ。天花は歩きだが、華月は天狗の羽がある。速さは雲泥の差だ。
下にいる翡翠はまだ何か言っているが、今は構っている暇はない。一刻も早く天花に追いつきたい一心で、華月は羽を動かした。
「おーい、聞こえとらんやろうけど聞けやー。さっき蘇芳殿に会うてな、天花はもう全て優ば取っとるけんゆたーっとして来えって言いよったぞ。はぁーぁ。行ってしもうた。天花も大変な奴に好かれっしもうたな」
次期長を降りる。悠月のこの言葉は、揺るがない信念を持ってしてだろう。でなければ、嫁達の前でそんなことを言うはずがない。そして、それを長も認めている。ならば余計にそれは決定事項だと言っているようなものだ。
「……はぁぁ…………」
このままだと継承権を放棄した悠月に代わり、華月が次期長になる。
(長になりたいと思ったことは無いけど、いざなれって言われると……たいして嫌じゃない自分が一番面倒だな……)
面倒事は増えるけれど、継承権を放棄しただけで天狗の里から悠月が居なくなるわけではないだろう。人間界で育てるという皐月とその母親は分からないが、悠月自身は通いだとしても里に居てもらわねばと華月は考えた。
「…………すぐにどうすべきか考慮するのは……冷たいのもしれないな」
自身の考えに心が塞ぐ。
更に自室前に到着し、今の話をどうやって天花に話せばいいのか……立ち止まり考えた。
しかし、聡い天花ならば天狗の里の深い事情までは知らなくとも、悠月の程度の低い策……檻になぜ閉じ込めたのか、ある程度の察しはついているのかもしれない。
ならば、下手に隠せば疑念が湧くだろう。
しかし、前向きに考えればその程度の低い策を知った上で、天花は華月とあのように触れ合ったことになる。ただ、致し方なく……だが。
「はぁぁぁ…………」
考えれば考えるほど憂鬱な気分は晴れない。もう自分自身の想いを伝えることを覚悟し、天狗の里の事情も含めて正直に打ち明けよう。気合を入れて、華月は自室の襖を開いた。
「天花。戻っ…………た」
見慣れた自室には丁寧に畳まれた布団だけがあり、もぬけの殻だった。
自室から天花が消えた。
いや、自分から天花は出ていった。
この天狗の里で華月が施した結界を潜り抜けられる可能性があるのは、長である蘇芳だけだろう。しかし、いくら長でも妖力の気配は残るはずだ。
それが感じられないということは、十中八九、天花自らが部屋を出たのだろう。
(……)
襖を閉めて踵を返し、今度はその足で天花の部屋へ向かう。
「天花、いるか?」
部屋からは何も物音がしない。襖に触れるが、何者かの気配もしない。どうやら天花も同室の翡翠も不在のようだ。
ならば、厠か、湯浴みか、……修練場、書庫、台所、洗濯場、井戸に子天狗らの元……歩き回って天花を見なかったかとすれ違う者に聞いてみるが、誰も見ていないという。
ここまで居ないとなると、天狗の里を去ったとしか思えない。檻に入れられ、半分強引に肌を触れ合い、身の危険を感じるのは当たり前だろう。
しかし、本当に天花が何も言わず去るだろうか。
「だぁぁぁー!! わっかんねぇ!!」
イライラとした気持ちで近くの樹木を殴り、ザワザワと葉が音を立てる。必死に枝に付いていた枯葉達が、ひらりと何枚も華月の上に落ちてきた。
「凄か声やて思うたら、華月殿やったんか」
木の影から男が顔を出す。その声に一瞥をくれると、何故か上裸の翡翠が手を振りながらこちらに向かってきた。
「何してんだよ」
「ん? あぁ、魚ば取りに行っとったんだ。川は冷たかばってん、夕飯は増ゆる!! 腹が空いては戦は出来んって言うやろう?」
「あっそ」
相変わらず、翡翠はよく分からない。川から上がってきたばかりならば、天花の所在を聞いても時間の無駄だろう。
背を向け歩き出そうとすると、翡翠は華月を呼び止めた。
「あー、待て待て。華月殿はこぎゃん所で何ばしよるったい? てっーっきり、天花と一緒に行ったて思うとった」
「は? 天花の居場所を知ってんのか!?」
勢い良く振り向き、翡翠に詰め寄る。すると、さすがの翡翠も驚いたようで、一歩下がって手を前に出す。
「知っとるも何も、同室やけんって挨拶に来たったい。凄か急用やとかで一刻も早う帰らにゃんって言いよったな。もだゆるって言いよったけん、てっきり華月殿と飛んで行ったんかて思うたんや」
「もだ?」
「あぁ。もだゆるは急ぐってことや」
そんな急用が、こんなにちょうどよく起こるだろうか……。やはり天狗の里から逃げ出したのか、しかし、それでもきちんと天花に話したい。その上でならば、拒否されても、どのような結果でも受け入れる。
「行き先は」
「そぎゃんと蓮殿ん山に決まっとるやろう? あ、そうや」
翡翠の言葉を待たずに、既に飛び上がった華月は蓮が治める山の方角を見据える。今から追いかければすぐに姿が見えるはずだ。天花は歩きだが、華月は天狗の羽がある。速さは雲泥の差だ。
下にいる翡翠はまだ何か言っているが、今は構っている暇はない。一刻も早く天花に追いつきたい一心で、華月は羽を動かした。
「おーい、聞こえとらんやろうけど聞けやー。さっき蘇芳殿に会うてな、天花はもう全て優ば取っとるけんゆたーっとして来えって言いよったぞ。はぁーぁ。行ってしもうた。天花も大変な奴に好かれっしもうたな」
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