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34.手がかりの行方

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 俊は相変わらず上品な匂いのするベッドに寝転がりながら、薄っぺらい胸に貼り付けられた勲章を弄った。蝶の意匠が刺繍されているそれはいわずもがな蝶国から賜ったものだ。

 侯爵家の不正を暴いたことで俊は受勲した。
 支配人から届いた証拠の品――カロリアの証言から得たものとディーラーが残していた物証――をそろえてセオドアにチクりに言ったのだが、自分でやりなさいと報告の仕方を教えてくれた。
 手柄を横取りする事もできた、と言うかそれで良かったのだが、本当によくできた王子様だ。

 褒賞として領地などを提示されたが、俊は全力で断った。モブキャラ数学オタクでは領民が困窮する未来しか見えない。
 勲章だけは体裁として誰かが受け取らなければ王宮のメンツが立たないということで、俊の胸元で輝いている。

 暁の霧へも功労者として褒賞金が与えられた。所在を王宮側に伝える訳にはいかないため、カジノの支配人経由でギンに渡してもらう段取りをし、それはつつがなく終わった。

 あれ以降、俊は彼らに会っていない。
 気分は最悪だった。水戸のご老公だったら正体をバラしてももっと格好良く円満に団員と向き合えただろうか、などと現実逃避をしてもちっとも気分は晴れない。

「閲覧室にでも行くか……」

 毎日何かしら出歩いていた俊が浮かない顔で部屋に引きこもるようになり、侍女のアリアも警備のお爺ちゃんも心配そうにしている。
 あのシュバイツアーでさえ見かねたのか、「そろそろワカメからシシャモになれますな」と褒めて――多分――くれた。両生類のオタマジャクシまであと一歩である。

 俊はよ、っと勢いを付けて腰を上げた。


   廊下で二人の大臣とすれ違った。

「ここ数日、いきなり蝶国周辺で確認される魔物の数が減ったらしい」
「なんと奇怪な」

   大臣達が興奮気味に話す内容に興味を引かれるも、彼らは俊を認めるとお手本のような礼をし、口を噤んでしまった。
     それどころかどこに行くのか聞かれ、答えただけで「それは素晴らしい」だとか、「さすが第二十一王子」と全く身の無い持て囃し方をされた。

    俊は末端王子としてこれまでおざなりにしか対応されてこなかった。突然の恭しさにひく、と左の口角が上がる。

  「嫌な予感しかしないんだけど……」

 彼らと分かれ、俊は図書閲覧室の扉を開いた。
 蝶国の書籍全てと言う膨大な量を保管するここにはいつも圧倒される。
 高い天井に煌びやかな魔光石のシャンデリア、壁と同じ艶のあるクルミ色の巨大な書架がいくつも並んでいる。

 棚の整理に忙しなく動いていた司書に目的の本を言うと、彼は何事かを唱えた。程近くにある書架の上の方で一冊の本が光った。

 これまで蝶国の神話について書かれた本を何冊か読んだが、結局シュバイツアーの寝物語以上の情報は得られなかった。
 狼国の人狼に関しても調べた。
 だが取り上げている本自体が少なく、記載があっても既知の情報が三行未満で述べられているだけだった。

 蝶国の蝶である賢者の解説は、眉唾なものを含め腐るほどあるというのに。
 あまりにも少なすぎて、過去に焚書処分にでもなったのかという印象さえ受けた。だがそれらしい言論統制の歴史も見当たらなかった。

 今日は別の方向から攻めることにした。
 何か分かったとしてもこの期に及んでどう伝えればよいかわからないが、調べるのはやめられなかった。

 司書が梯を登り取ってきてくれた本を広げると、魔光石の原石の精細な絵が目に飛び込んできた。

 電気なんてもののないこの世界、インフラの主体は魔術と魔封石や魔光石に代表される鉱物だ。
 自然力を利用した水車や風車は製粉業で使われていたりはするが、その力を利用して電気をともそうなどという考えは生まれないだろう。
 
「魔光石はそのものが光を宿し、また人の魔力を宿すことで特別な効果を発現することもできる……」

 クレイグがくれたブレスレットはこれだな。胸に痛みを覚えながら頁を捲る。

 基本一つの石には、その石が持つ特性を活かした一つの効果しか付与できないらしい。だが最上位の魔光石はほぼ万能のようで、複数の効果を付与でき異界から何かを呼び寄せることすら可能らしい。

「俺の転生も魔光石の暴走とかそう言うアレかな」

 一応戻る方法は無いのか読み進めてみるが、万能な魔光石自体が伝説級の逸物で、前に調べた際と同じく異世界へ戻った者の存在は確認されていないとのことだった。

 行きは良い良い帰りはなんとやらである。溜め息を吐きながら、その次の項目も関係が無さそうなので参考程度に読み飛ばす。

 万能な石が唯一不可能とする封印や魔術を無効化するのが魔封石である、の文章に続いて魔封石の説明に移った。
 かつての戦士達は魔封石で作られた鎧を着ていた歴史から、鉱山は魔物の多い危険地帯に集中し、市場に出回る量が少ないことから同質の魔光石より値が張ると言う買い物情報まで読んでいると段々目が霞んできた。
 転生でチートになるのは諦めたがドライアイすら治らないとはどういう料簡だ、と俊は目頭を揉んだ。

 時計を見ると既に午後三時を回っている。そろそろ本も読み終わる。読み切ったら部屋に戻って一息吐くか、と頁を捲った。

「神話の中の魔封石……」

 俊は次巻の内容を紹介した箇所に目を奪われた。
 人狼も神話に繋がっている。
 何か繋がりがあるのだろうか。

 司書は見当たらず、俊自ら梯を登り次巻を探すが見当たらない。
 ここは貸し出し禁止の棚の筈だ。

 司書を探しにいこうと急いで梯を下りたところで王宮の鐘が鳴った。

 魔術によって増幅され、王子がどこにいてもその耳に届く。
 謁見の間に集まれとの王からの指示である。

 遠征で蝶国の外へ出ている時を除き、これに逆らうことは許されない。


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