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23.これが噂の

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 どっと疲れた。

 俺は裏庭から下駄箱へ戻る廊下を、どんよりした気分で歩いていた。

 重くなった財布以上に心も体も重い。

 こんなことなら「柊君にこれ渡しといて」と恋文を渡されるパターンの方がまだマシだった。
 今回のパターンは履修不足だ。

 息が切れる。
 避難訓練のごとく壁に片手を這わせながら、俺はよぼよぼとしか形容できない動きで進んだ。

「わ、ごめ」

 よぼよぼしながら角をまがった途端、固くてでかい物質にぶつかった。
 慌てて顔を上げると息を切らせた安倍がいる。

「お前、どうし――」
「なんて答えたんですか」

 ドン、と彼が俺の行く手を阻むように壁に手をついた。

「え……」

 まるで全力疾走してきたように額には汗が光り、切羽詰まった視線はまっすぐ俺に向かっている。

「答えたって、何が」
「今呼び出されてただろ!」

 敬語が抜け落ちた低い声に息をのんだ。

 しかもこれはいわゆる壁ドンというやつではないか。

 なぜ恋人同士のラブシーンもしくは修羅場で活用されるべきイベントが魔女とオカルトマニアの間で起こっているのか。

 混乱したせいで頬が赤く染まっていく。
 別に真剣な顔の安倍に迫られているからではない。

 早く答えを返さなければ。
 そう思うのに頭が働かない。

 魔力を使いすぎた。

「……先輩?」

 表情を緩めた後輩の声がひどく耳に心地よい。
 これも陽の気のなせるわざか。

 俺が壁伝いにへたり込むと、慌てた様子の安倍が支えようと腕を回してくれた。

「悪い……ちょっとだけ手かして」

 躊躇いがちに差し出された手を両手で握り、額に当てた。
 安倍が息をつめた。

 だが俺には気にしている余裕はなかった。




 姉の言う「大丈夫だと思うんだけど」ほど当てにならないことは重々分かっていたのに。

 姉からの電話の後半部分は恋魔女の庵についてだった。

 姉がプライベートでやっているインスタントグラムが庵の客にばれてしまったらしい。

 なんでも店のインスタと重複投稿してしまったのだとか。
 青井しか見てないから誤タップなんてするのだ。

 姉のファンは学校にもいる。
 そして佐藤という忌々しい苗字のせいで、俺の姉だということがばれてしまった。

 今日の呼び出しはその件についてだった。

 そうとも知らずワクワクのこのこ出て行った俺は、姉の代わりに占いをさせられてしまったのだ。

 それも八人分。
 ちゃんと料金はもらったが。




「落ち着きました?」

 低い甘い声に俺は現実に引き戻された。
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