ゴブリンでも勇者になれますか?

結生

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帝国騎士入団試験

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 星暦二〇二四年。十二月三十一日。
 カリスト帝国、帝都。



「今年も随分と志願者が多いな。大体三万人か?」


 帝国騎士のローブを纏った兵士が入団希望者のリストをパラパラと捲りながら眺めていた。


「って言ってもそのほとんどが試験に落とされるがな。例年通りなら三割くらいしか受からないだろ?」


 もう一人の兵士が後ろからリストを覗き込みながらそう言った。


「いや、どうだろうな。今年の試験監督はルーク団長だってさ」
「うわ、マジかよ。あの人、通例とか気にせずに落としまくるじゃん。前回、あの人が試験監督だった時の入団者、千人切ってたんだろ。俺なら絶対受けたくない」
「厳しい人じゃないけど、変人だからなぁ」
「まぁ、あの第七師団の団長をしてる人なんだ。まともな方がおかしい」
「それもそうだな。でどうする? 今年の賭けは」
「あ~、いくらあの人でもそこまで落とさないんじゃないかと思うんだよ。う~ん、そうだな、俺は三千人で」
「じゃ、俺は五千人」
「え? 多くね? 大丈夫か?」
「ふふふ、実は今年の受験者は中々の粒ぞろいなんだ。ライオンの獣人(ビースト)やエルフも何人かいる。それにあのルクスリア家からも一人出てくる」
「え! マジかよ! ルクスリア家ってあの名家だろ? 一家全員が騎士団に所属してるエリートの家系じゃん。あークソ、低く見積もりすぎたか?」
「もう駄目だからな」
「わーってるよ。それより早く試験の見学に行こうぜ。どうせもう志願者来ないだろ」


 彼ら二人の兵士がいる場所は今年の入団試験会場の受付カウンターである。
 その場所にはもう彼ら以外いない。
 つい数十分前までは志願者で行列が出来ていたが、その志願者たちはもうすでに試験会場の中である。


「そうだな。受付終了三分前。こんなギリギリに来る奴なんかいねぇか」


 二人の兵士は志願者がもう来ないと見切りをつけて、試験会場へと向かおうとした。
 その時。


「はいはい! 受験者! ここにいるぞ!」


 その声を聞いて、二人の兵士は足を止めた。


「今の声、聞こえたか?」
「ああ、聞こえた。けど、誰もいねぇぞ?」


 二人の兵士が辺りを見渡してもそこに人影は一つもなかった。


「こっち! こっちだ! 下! 下!」
「下?」


 そこ声の誘導に従い、兵士はカウンターから乗り出し、下を見る。


「え?」


 カウンターの影に隠れて見えなかったその声の主を見て、二人の兵士は言葉を失った。


「ったくよう。このカウンター高すぎるんだって」


 そこにいたのは身長一メートルほど肌が緑色の少年。
 ゴブリンだった。


「えっと……、ここには何の用かな? 迷子?」
「ちげぇよ。さっき言ったじゃん。入団試験を受けに来た」
「ん? 君が?」
「そうだよ。他に誰がいんだよ。はい、これ推薦状」
「あ、はい」


 ゴブリンの少年の勢いに押されて兵士は彼から推薦状を受け取る。


「で、俺はこれからどうすればいいんだ?」
「あー、ここの奥にあるFルームに向かってくれればいい」
「ん、そっか。ありがとう」


 そして、ゴブリンの少年は礼を言うと、そのまま走って奥の試験会場へと向かっていった。


「なぁ……今の見たか?」
「ああ、見た」
「ゴブリン、だったよな」
「ああ、ゴブリンだった」
「初めて見た」
「俺も」
「………………」
「………………」


 しばしの沈黙。
 それから。


「えええ!!!!!! 待って待って!! どういうこと!?」
「俺も分かんねぇって! どうなってんだよ!」
「ゴブリンが騎士団に入るなんて聞いたことねぇぞ!」
「いいや、それどころか入団試験を受けるなんて今までに例がない!」
「それもそのはずだろ! ゴブリンだぞ!? 魔法が使えない上に身体能力も高くない。あれが戦えるわけがない!」
「ああその通りだ! それになんでゴブリンが帝都にいんだよ! てかそもそもカリスト帝国にいない種族だよな!?」
「そうだ! あれ! 推薦状! なんて書いてある!?」
「あ、ああそうだな。えっと……、名前はゼル・インヴァース。出身地は……未開域!?」
「はぁ!? 未開域だと!? なんでそんな辺境の地から? つーかどうやって来たんだよ! こっから未開域なんて箒で飛んでも数か月はかかるぞ! ゴブリンが一人で来られるような距離じゃないぞ!」
「考えられる可能性があれば、推薦者だが……」


 カリスト帝国の入団試験には誰もが申し込めるわけではない。
 というよりも、入団試験の推薦状を入手できる人物には限りがある。
 ある程度の名の知れた者や既に騎士団に所属している者でなければ手に入れることは出来ない。
 そして、推薦状には必ず志願者の名前とは別に推薦者の名も記載される。
 これはスパイ行為の対策である。
 身元の知らないものを騎士団に所属されることは出来ないため、このような形をとっている。
 ゼルの推薦者は誰か、兵士はその名が気になって用紙の一番下に書かれてある名を見る。


「…………は?」


 その名を見た瞬間、兵士は固まったまま動かなかった。


「おい、どうした! 誰なんだよ、あいつを推薦したバカは!」


 一向にその名を口にしない兵士に苛立って、もう一人の兵士が推薦状をぶんどる。


「えっと……推薦者はっと……な、な、なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!」






「お、ここか」


 受付の兵士に言われた通り、ゼルは試験会場のFルームの前まで来ていた。


「んじゃ、お邪魔しまーす」


 元気よく扉を開けて中に入る。


「うお、めっちゃいる」


 ゼルが中に入った瞬間、ほぼ全員がゼルの方を見た。
 その数おおよそ数千。


「あーどうもよろしくーよろしくー」


 ゼルはヘラヘラしながら周りの人たちに挨拶をしていく。
 だが、誰一人としてゼルに返事を返さなかった。
 何故なら、この場にいるものすべてがゼルが何故ここいるのか分からず戸惑っているからだ。


「(おい、なんでゴブリンなんかがいんだよ)」
「(ここは大事な試験の場だぞ? 迷子か?)」
「(とっとと出て行ってもらいたいもんだ)」
「(いや、これは逆にチャンスかもしれない。あのゴブリンと当たれば勝てる)」


 各々胸の内に様々な思いを持っているが誰もそれを口にしない。
 ここは試験の場。その為、いつどこで試験監督が見ているか分からない。そのような状況で余計なことをして試験を落とされたくはないからだ。


「さぁ、時間だ。私はこのルームの審判を担当するレイだ。これから試験の概要を伝える」


 ゼルが入ってきた方向とは真逆にある扉から帽子を深くかぶった兵士が入ってきた。


「試験の内容は至ってシンプル。一対一の対人戦だ。その戦闘を見て君たちの適性を判断する。質問はあるか?」
「あの……試験はそれだけですか?」
「ああ、そうだ。この対人戦一回だけで判断する。下手に力を温存しようとは考えない方がいい。全力で挑んでくれたまえ」


 勝負は一度きり。そのプレッシャーが部屋中の志願者たちを襲った。


「質問がなければ、このまま試験を開始する。これから二名ずつ呼び、この奥にある訓練室で戦ってもらう。マッチングはランダムで行わせてもらう。まず、最初の一名はジャオ・レヴォルト。前へ」


 名を呼ばれたジャオは人混みをかき分けレイの元へと向かう。


「ぃ! でけぇ……」
「あれが今年の有力株の一人か」
「ライオンのビースト。魔法なしの純粋な体術だけであいつに勝てる奴はいないだろうなぁ」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、あの人とだけは当たりたくない」


 どうやらジャオは相当有名のようで辺りがざわついていた。
 それもそのはず。
 ビーストという種族であるだけでも高い身体能力を持っている。
 それに彼はそれだけではなく百獣の王、ライオンのビースト。ビーストの中でも最上位に位置する力を持っている。
 並の人間では魔法を使う前にあの鋭い爪で引き裂かれて終わりだろう。


「次、ゼル・インヴァース」
「ん? 俺か?」


 名前を呼ばれたゼルはすててててと走ってレイの前に立つ。
 間違いなく今年の志願者の最強と最弱の試合だと、周りの人たちは思っている。
 ジャオと当たらずに胸をなでおろす者もいれば、ゼルと当たらなかったことが残念だったと肩を落とす者もいる。
 そう、彼らにとってこれから行われる勝負は結果が見えているのだ。


「んじゃ、早速勝負しようぜ」


 ジャオを目の前にしてもゼルは臆することはなく、これからの戦いにワクワクしていた。


「ああ、そこの君」
「え? 俺?」
「そうだ」


 しかし、訓練室に入る前にゼルは審判のレイに止められた。


「入団試験では武器の持ち込みは禁止だ。それは一旦預かる。代わりなら隣の部屋にある訓練用の武器を使用してくれ」


 レイが呼び止めた理由はゼルが背中に差していた七つの穴が開いた剣だった。


「あ、そうなん。ま、代わりがあんならいいや。適当なの借りよっと」


 ゼルは自分の武器が使えなかったことにガッカリすることはなかったが、ジャオがそれを止めた。


「待て、そこのゴブリン。お前はその武器を使っても構わない。そんなものでも頼らなきゃお前とは勝負になりそうもないのでな」


 問題はないだろ? とジャオはレイに視線を向ける。


「対戦相手がそういうのであれば、問題はない」
「だ、そうだ。だから、そいつを使って……」
「いや、いいよ」


 しかし、ゼルはジャオの提案を断った。


「なぜだ?」
「だってよ。もし、こいつを使って勝ったら、こいつのおかげで勝っただけだろって言われるだけだろ。それは俺の力じゃないって言われるだけだろ。だから、俺は俺の力で勝つ」
「そうか。ゴブリンではあるがそれなりの覚悟をして来たというわけだな。なら、こちらが譲歩しよう。私はお前との戦いで魔法を一度も使わない」


 ジャオはそれだけ言い残し、先に訓練室に入っていった。


「んーそれじゃ意味ないんだけどなぁ~」


 ゼルは不満げな声を漏らしながら、隣の部屋から木刀を借りて訓練室へと向かった。
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