異世界学園系乙女ゲーヒロインに転生したけど浮気とか絶対無理なんで、逆ハールートは断固拒否します!!!

めがねこ

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第二話:転生と、十八歳の朝

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 静かな朝だった。
 窓の外から聞こえてくる鳥のさえずりと、木々が風に揺れる音。それは、聞き慣れないはずなのに、なぜか懐かしく、心地よく感じられた。
 ここは、どこだろう…。
 ぼんやりとした意識の中で、私は目を開けた。
 映ったのは、見慣れない天井。そして、陽の光が柔らかく差し込む、狭くも清潔な部屋。白を基調としたシンプルな家具が並び、壁には手作りの刺繍クロスがかけられていた。どこか、温かみのある空間だった。

 頭が重い。それでも、少しずつ覚醒していく意識とともに、私の中に「記憶」がじわじわと染み込んでくる。
 リナ。
 この世界での、私の名前。
 前世の私、斉藤 理奈(さいとう りな)と同じ名前。でも、今の私は姓を持たない。孤児だからだ。

 私は、この国の片隅にある小さな教会の孤児院で育てられた。裕福ではないが、優しいシスターたちと、元気いっぱいのちびっ子たちに囲まれて、日々はにぎやかで温かかった。
 たくさん、愛されていた。

 でも私は、ずっと…どこか、寂しかった。
 私と同世代の子どもたちは、いつの間にか一人、また一人と、里親に引き取られていった。
 教会の門をくぐるその背を見送るたび、心の奥がひりひりと痛んだ。
 なぜ私は選ばれないのだろう。
  私は「売れ残り」なのだろうか。
  誰からも、欲しいと思ってもらえなかったのだろうか…。
 そんな気持ちを、誰にも打ち明けられないまま、大人になる日を迎えてしまった。

 今日、私は十八歳になる。この世界での「大人」の年齢。そして、孤児院を出て自立しなければならない日だ。
 けれど、私はこの場所を離れないと決めていた。
「ここで教会に仕えるシスターとして働きたい」と、昔からお世話になったシスターたちに相談し、すでに承諾も得ていた。
 小さい頃からお世話になったこの場所で、今度は私が誰かを支える側になりたい。この質素だけど愛に満ち溢れている穏やかな場所で、恩返しがしたい。
 ただ、それだけだった。

 ベッドから起き上がり、小さな机の上に置かれた鏡に目をやる。そこに映ったのは、前世の私にそっくりな少女。
 これって、私?
 違いといえば、前より血色が良くなり、少しだけ健康そうに見えるくらい。
 肩に掛かる程の長さの黒髪に、垂れ気味の焦げ茶の瞳。控えめな胸に、少し細すぎる体。身長は平均より少し低め。
 どこからどう見ても私だ。
 でも、どうして…。
 たしかに私は、前世で死んだはずだ。寒い夜道で倒れ、冷たくなる身体の感覚を覚えている。
 なのに、目覚めた私はリナとして生きている。
 あれは夢だったのだろうか。それとも、これが夢?
  …いや、夢にしては、あまりにも生々しい。
 もしかして、これって、いわゆる転生?

 混乱していると、不意に、右手の甲がジン、と熱を帯びた。
 思わず顔をしかめて右手を見下ろす。

「……え?」

 見ると、そこには赤く光る魔法陣のような痣が浮かび上がっていた。
 ありえない。何これ。どういうこと?
 目を見開いた瞬間、脳の奥に、記憶の断片が津波のような勢いで押し寄せてきた。

 某有名乙女ゲーム。
  「ルミナリア・クロニクル ~癒しの乙女は世界を救う~」
 通称「ルミクロ」。
 そうだ。教室で、クラスの女子たちが楽しそうに話していたあのゲーム。
 攻略対象が全員イケメンで、ヒロインが癒しの力で人々を救っていくという、ありがちな設定の乙女ゲーム。
 プレイしたことはなかったけれど、何度も耳にしていた。
 そのゲームのヒロインの設定は、孤児院育ち、十八歳の誕生日に紋章が浮かぶ、癒しの力に目覚め、癒しの力に目覚め、異能者として学園に召喚される…。
 まさに、今の私と完全に一致していた。

「…うそ、でしょ…?」

 …私、ルミクロのヒロインに転生したの?
 心臓がドクンと大きく跳ねた。
 信じられない。でも、これだけ状況が一致していたら、認めるしかない。
 でも、ルミクロはたしか…逆ハーレムルートが有名だったはず。
 攻略対象のイケメン達に囲まれて、みんなに溺愛されて…。

「…うわ、どうしよ、無理だ。絶対無理。」

 顔を覆って、思わずうめいた。
 浮気が大嫌いで憎くて仕方ない私にとって、そんなルートは地獄でしかない。
 こんなの、絶対に受け入れない。

 咄嗟に、私はクローゼットへ駆け寄った。
 困惑と恐怖を押し殺しながら中をごそごそと探り、やっとのことで、使い古した小さなハンカチを見つけた。とにかくそれを右手に巻きつけて隠す。

 その時だった。
 廊下をドタドタと駆ける小さな足音が、階段を駆け上がってくる音が聞こえた。

「リナお姉ちゃーん!!!」

「十八歳の誕生日、おめでとう!!!」

 次の瞬間、ノックもなくドアが勢いよく開け放たれた。
 元気いっぱいな子どもたちが、歓声とともに部屋へなだれ込んで来る。

「ちょ、ちょっと待って…!」

 声を上げる間もなく、小さな身体が次々と私に飛びついてくる。
 ぎゅうぎゅうと押し寄せる祝福の嵐に、思わず苦笑が漏れた。
 でも、その笑みの奥にあるのは、胸の奥に広がる温かさだ。

「ほらほら! ちゃんと渡さなきゃ!」

「わたしが渡すよ!」

「えー、ぼくが渡したい!」

 わちゃわちゃと騒ぎながら、年長の女の子が、手のひらに大事そうに握っていた物を私に差し出した。

「リナお姉ちゃん、これ…みんなで作ったの。誕生日プレゼント!」

「えっ…?」

 それは、カラフルな糸で丁寧に編まれた、ミサンガのリボンだった。白、桃色、そして貴重な金糸まで混ざっている。
 作り上げるまで、どれほどの時間がかかっただろう。
 きっと、みんなでこっそり計画してくれていたのだ。

「お姉ちゃんが髪の毛を結ぶ時にこれつけたら、もっと可愛いかなって思って!」

「失敗しちゃったとこもあるけど…でも、がんばって編んだよ!」

「魔法のミサンガなんだよ!みんなで元気が出るおまじない、入れておいたからね!」

 言葉にならないほど、嬉しかった。

「…ありがとう。すっごく、嬉しい…。」

 声が震えるのを、必死で堪えながら、私はミサンガをそっと手に取って髪を結んだ。

「うわあー! 似合ってるー!」

「大人のお姉さんって感じだぁ!」

「ほんとに? 私、ちゃんと大人に見えるかな?」

 そう聞くと、子どもたちは真剣な顔で頷いた。

「だいじょうぶだよ!リナお姉ちゃんは、世界でいちばんきれいなシスターになるんだから!」

 心が、ふわっとあたたかくなった。
 ああ、私、この子たちのこと、本当に好きだ。

「まあまあ、みんな、そんなにはしゃいで……ほんと、元気がいいわねえ」

 優しい声がした。シスター・エリーだ。
 ふわっとした金髪を後ろでまとめ、柔らかな笑みを浮かべている。
 彼女は40代半ばで、優しく穏やかな人。孤児たちにとっては、まるでお母さんのような存在。

「いけませんよ、みなさん。リナは今日から立派なレディ。ドアを開ける前にノックをして、返事を待ってから入るのがマナーというものです。」

 そう言いながら続いて部屋に入ってきたのは、シスター・スーザン。60代の厳格で礼儀にうるさいシスターだが、深い愛情を持って孤児たちを育てている。

「そう言いなさるな、スーザン。」

 そして最後に、シスター・ヘレンが笑いながら入ってきた。

 彼女はもう80代で、見た目は小柄な身体に眼鏡をかけたおばあちゃん。けれど、元は王都の大教会で長年奉仕していたという経歴を持ち、この地方教会の全体を取り仕切る存在でもある。その鋭い洞察力と判断力は今も健在だ。

「今日はリナの人生で一度の十八歳の誕生日。盛大にお祝いしてあげなくちゃねえ。」

 気づけば、部屋いっぱいに教会と孤児院の関係者が集まっていた。
 誕生日の朝としては、これ以上ないほどにぎやかで、幸せなひととき。
 …の、はずだった。

「おや、リナ。」

 ふと、ヘレンが私の右手に視線を向けた。

「その右手…どうしたんだい?いつ怪我を? 見せてごらん。」

 …まずい。
 私が制止する間もなく、ヘレンはハンカチに手を伸ばした。
 軽く引くだけで、布はスルリと滑り落ち、紋章が露わになる。

「……!」

 息を呑む音が、シスターたちから漏れる。
 子どもたちも、異様な空気を敏感に感じ取ったのだろう。
 さっきまで無邪気に騒いでいたのに、今は誰一人として口を開かない。

「子どもたちは、先に食堂へ行ってなさい。」

 ヘレンが静かに告げると、子どもたちはおとなしくうなずいて、順に部屋を出ていった。

 異様な雰囲気の中、私はとっさに言い訳を口にした。

「ち、違うんです……! 私、今朝起きたら、これがあって…。」

 うつむき、ハンカチを握りしめる。

「怪我かと思って…でも、痛くはなくて…ただ、怖くて、隠しただけで…本当に、何も知らなくて…。」

 声が震える。
 それは演技じゃない。
 自分でも、この世界で何が起こるのか分からない。
 前世でゲームの話を聞いたことはある。でも、詳細なストーリーもルートも、覚えていない。
 私は、ルミクロのヒロインなのかもしれない。
 でも「癒しの乙女」がどういう存在なのか、何を求められるのか、何も分からないのだ。

 シスター・ヘレンは、私をじっと見つめた。
 その瞳は、老境にしてなお鋭く、それでいて深い慈愛を湛えている。

「リナ。あんたに、ひとつ大事なお話をしなくちゃいけないねえ。」

 彼女は眼鏡を押し上げ、椅子に腰を下ろす。
 シスター・エリーが私の隣に座り、そっと肩に手を添える。
 部屋の隅にいたシスター・スーザンも、静かに手を組んで話を聞いている。

 この瞬間から、私の人生が大きく変わろうとしていることだけは、はっきりと分かった。
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