ネット青春史―高校生だった僕がP2Pで見つけた秘密の世界

のすたる

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本編

第1話 インターネットとWinMX

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2002年の春。

まだ新品の制服がぎこちなくて、袖を通すたびに少し肩がこる。僕は地方の情報系高校に通い始めた。

高校に入って幾度かの昼休み、近くの席のやつが何気なく話しかけてきた。

「『おねがいティーチャー』知ってる?」

アニメの話を、堂々と。

それだけで、ちょっと世界が開けた気がした。
中学3年生、受験に飽き飽きしていた退屈な日に流れていたアニメの話だった。

オタクっぽい友達ができ、意気投合した。これが始まりだった。

その話の延長で、ぽつりと言った。

「Keyの作品、知ってる? 『Kanon』ってやつ、すごいよ」

――その一言で、僕の世界はひっくり返った。

放課後、駅前のゲームショップに寄ると、雪の少女のパッケージがこっちを見ていた。
パソコンゲーム。
対象年齢18歳。少し背伸びをしたような気分だったけど、どうしても気になってしまった。

数日後、友人にお願いしてドリームキャスト版『Kanon』を貸してもらった。

世界がゆっくりと立ち上がる。
画面の中では、雪が降っていた。
少女の笑顔、冬の街、切ないBGM――そのすべてが胸に突き刺さった。

ゲームを終えたあともしばらく動けなくて、ただ、心の奥がじんわりと熱かった。

入学祝いに買ってもらったパソコンを起動する。
スペックはCeleron、メモリ128MB、HDD80GB、OSはWindows XP。

ブラウン管のモニターが「ブゥン」と唸る。僕は気づけばキーボードを叩いていた。

「Kanon 画像」「Kanon 音楽」「Kanon 感動」

知らないページがいくつも出てきて、わけもわからずクリックを繰り返す。

当時の回線はISDN。
電話線をつなぐと、「ピー……ガガガ」という電子音が鳴り響いた。

1枚の壁紙を保存するのに数分かかる。
でも、その待つ時間”がなぜか楽しかった。

放課後、僕の居場所は部屋の隅にあるパソコンの前だった。
ブラウン管モニタの上には、いつの間にか薄いホコリが積もっている。
それでも、電源を入れて「ピッ」とランプが点くと、それだけで少し誇らしかった。

『Kanon』を終えてから、僕の中の“何か”が変わった。
あの感動をもう一度感じたくて、気づけばネットで情報を探していた。

「AIR」「ONE」……新しい名前を見つけるたび、胸が高鳴った。

そしてある日。とある掲示板のスレッドで、ひとつの単語を見つけた。

――「WinMX」。

“アニメ 高画質 ダウンロード” その横に並んでいたのが、その名前だった。

好奇心のまま、ダウンロードボタンを押す。
見慣れない英語の画面が立ち上がり、無数のハンドルネームが点滅を始めた。

検索欄に「Kanon」と打ち込む。瞬間、見たことのない数のファイルがリストに並ぶ。

「これ……全部、誰かが持ってるのか?」

心臓が跳ねた。指先が震える。

ファイルを選び、“転送開始”。
バーがゆっくりと伸びていく。

数分後、保存フォルダに新しいアイコンが増えた。
見知らぬ誰かが送ってくれたデータ。
直接言葉を交わしていないのに、何かを共有している感覚。その夜、僕はイヤホンをつけて目を閉じた。

けれど――ISDNの世界は、あまりに狭かった。

1枚の画像を落とすのに数分。動画となると、一晩中。
寝る前に仕掛けて、朝になってもまだ途中なんてザラだった。

それでも諦められなかった。
「もっと速く、もっと遠くへ行きたい」その思いが、胸の奥でどんどん膨らんでいった。

ついに僕は、親を説得した。
“ADSL”という言葉を、何度も繰り返した。

「今の時代はもうISDNじゃ遅すぎるんだ」「学校の勉強にも使うから!」……実際、勉強にはほとんど使わなかったけど、それでも本気だった。

数週間後、回線が切り替わる。
ランプの点滅が速くなり、あの「ピー……ガガガ」という接続音が消えた。

――その瞬間、世界が一変した。

ページの読み込みが一瞬で終わる。
音楽ファイルが数分で落ちてくる。
それだけのことが、魔法のようだった。

WinMXのリストには、夜更けとともに点滅が増えていく。
「交換しませんか?」「リスト見ました!」そんなやり取りが、星空のように画面を照らす。

WinMXでダウンロードしたKanonのBGM「Last regrets」を聴きながら。

気づけば、時計は午前3時を回っていた。
モニタの明かりが、薄いカーテン越しに部屋を青白く照らす。

そして僕は思う。
「この世界の先を突き詰めれば、もっと広い何かがある」――と。

ADSLが僕の部屋にもたらしたものは、圧倒的な速さだった。

夜。部屋の明かりを消し、「接続しました」のメッセージを見るのが、僕の儀式となった。
以前のような電子音はもうない。
ただ、パソコンのファンが静かに回る音だけが聞こえる。

ページは瞬時に開き、動画のファイルは流れるように落ちてくる。
初めて体験するそのスピードは、まるで空を飛んでいるようだった。

『Kanon』の感動は、すぐに次の作品へと僕を突き動かした。

Keyの次作、『AIR』だ。
夏。海辺の街。
そして、空を見上げることしかできない少女。
鳥の詩。

プレイ中、僕は何度もティッシュを手に取った。

「どうして、こんなに泣けるんだろう」

モニタの光が反射する涙を拭いながら、僕はまたキーボードを叩いた。
「AIR 画像」「AIR 主題歌」。

そして、「ちょびっツ」など、深夜にひっそり放送されていた地方では見れないアニメ作品にもはまっていく。
WinMXの検索窓にタイトルを打ち込めば、無数のファイルがリストアップされた。
僕は地方での視聴の壁を克服したのだ。

そのアニメの中でも、当時のネットを賑わせていた最大のコンテンツがあった。

平成のガンダム――『機動戦士ガンダムSEED』。

僕は気づけば、誰かがアップロードしてくれた最新話を、青白いモニタで食い入るように見ていた。
テレビでリアルタイムで見るのとは違う、ネットで「最速」で手に入れるという背徳的な魅力。

しかし、コミュニティの熱量は、時に不確実性と隣り合わせだった。

毎週の放送日近くになると、WinMXの検索窓に「SEED 最新話」と打ち込むだけで、リストが埋め尽くされる。
そのほとんどが僕の「欲しい」ものだったが、ある時から、ファイル名の横に並ぶ「サイズ」と「中身」が一致しない、奇妙な現象に気づき始めた。

「機動戦士ガンダムSEED.avi」という名前なのに、再生してみると全く関係のない動物の映像だったり、ノイズまみれの短い動画だったりが混じっていた。

いわゆる、「偽物(フェイク)」のファイルだ。

僕は、毎回ファイル名やファイルのサイズを慎重に確認するようになった。
「このファイルサイズなら本物のはず」リアルタイムの交流と同じくらい、疑心暗鬼もまた、ネットのリアルだった。

偽物問題と並行して、もう一つ、深刻な問題が持ち上がっていた。
画質の進化だ。

初期の動画ファイルは、携帯電話の画面くらいの解像度、QVGA(320×240)が主流だった。
だが、すぐにパソコンのモニタで見るのに適したVGA(640×480)が登場する。
そして、高画質を謳うSVGA(800×600)のファイルも現れ始めた。

画質が上がる=ファイルサイズが爆発的に増える。

当時、僕のパソコンのHDDは80GB。
大容量だと思っていたが、それはあっという間に満杯になっていく。

高画質SVGAの『SEED』のコレクション。
それに加えて、溜まり続けるゲームのセーブデータや壁紙、そしてWinMXで手に入れた大量の音楽ファイル。

「HDDの残りが、あと5GBしかない……」

容量を示す赤いバーを見るたびに、僕は冷や汗をかいた。
無限に見えたインターネットの世界も、僕のパソコンの中という物理的な限界に突き当たった。

僕のHDDは、常に限界の中にあった。
この限界をどう乗り越えるか。
それは、当時のすべてのネットユーザーの共通課題だった。

けれど、思えばあの“限界”こそが、僕たちを人間にしていたのかもしれない。
どれだけ容量を増やしても、時間を短縮しても、僕らの中には「もっと知りたい」「誰かとつながりたい」という、終わりのない欲望が残った。

不便で、遅くて、だからこそ手に入れた一枚の画像や一曲の音楽に、心が震えた。
あの頃、インターネットはまだ“道具”ではなく、“夢を見るための窓”だった。

この限界との戦いは、サブスクリプションサービスの時代まで続く――。
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