脚だけでイく変態に愛され契約中~週一回、俺の脚は売られる~

藤掛ヒメノ@Pro-ZELO

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十話 まるで違う世界のこと

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 俺の外食といえば、たまにする贅沢である牛丼が定番だ。母親がいた頃はファミレスが多かったが、そんな場所なので、飯を食うといえば一時間もかからないのが当然の常識であった。

 つまり、俺と雨下の『デート』も、残るところあとわずかな時間だ。

(まあ、最初はどうかと思ったけど、普通に楽しかったな)

 今まで履いたことのない靴を履いて、着たことのない服を着て、見たことのない景色を見た。今日という日は、多分これからの俺の人生でも、そうはない特別な日になるのだろう。

(まあ、雨下にとっては、日常なんだろうけど)

 住むところが違うなんて、フィクションのような台詞が、頭に浮かぶなんて。

 今日のことが終わったら、もうプレゼントは受け取らないって、雨下に伝えよう。たくさん、良い思いをさせてもらった。

 なんとなく、寂しさが込み上げて、フッと笑う。

 そうしたら、きっと接点も薄れて、なくなっていくんだろうな。

(寂しいだなんて)

 孤独には慣れているつもりなのに。雨下といると、なんだか調子が狂う。



   ◆   ◆   ◆



 雨下が連れてきたのは、高層ビルにある展望レストランだった。シックな装いで統一された、洗練された店だ。斎藤さんの店である『セレンディピア』も良い店だと思っていたのだが、ここはレベルが違う。真に高級な店というのは、こういう店を言うのだろう。

 思わず気後れする俺を促し、雨下がエスコートする。眺めの良い席に案内され、自然と席に着いた。

「神足くん、飲めるよね? 一度一緒に飲んでみたかったんだ」

 雨下が柔らかな笑みを浮かべながら、ワインリストを開く。

「そんなに飲んだことないですけど」

「じゃあ、飲み口が軽いものにしようか」

 そういってワインを注文する。なんとなく、すごく手慣れていて、スマートだ。

 性指向はノーマルらしいし、女性と行くことも多いのだろうな、と漠然と思う。

 やがて、良く冷えたスパークリングワインを手に、ソムリエの男がやって来る。細いグラスに注がれた黄金色の白いスパークリングワインの、柔らかな泡がゆっくり立ち上るのを眺める。グラスに注いだだけで、テーブルにまで香りが拡がった。

「えっと……。頂きます」

「気に入ってくれると良いけど」

 グラスに唇を寄せ、ワインを口に含んだ。果実の芳香と、スッキリした味わい。ワインなのだから原材料はブドウなのだろうが、ブドウとは違う甘酸っぱい果実の芳香や、花のような香りがあった。

「えっ。うわ。美味しい」

 思わず感想を溢らす俺に、雨下がサプライズを成功させた人のような顔をする。実際、このワインは驚くほど美味しかった。

「何これ。スッキリしてるのに濃密な芳香があって……奥行き? なんか、すごく深い味わい……」

「神足くんは嗅覚が良いんだ? 楽しんでくれて嬉しいよ」

 ワインに感動していると、給仕の男が皿を運んできた。大きな皿の中央に、薄切りにしたパン。絵筆で描いたようなソースは、おそらくオリーブオイル。それに、豚のリエットだろうか。それに、サーモン。

「こちらはアミューズブーシュでございます。豚肉のリエット、ノルウェー産サーモンです。そちらのパンに載せてお召し上がり下さい」

(アミューズ……? 前菜とは違うのか?)

 ひとまず雨下の様子を見ながら、同じようにパンにリエットを乗せる。

「ここはオリーブオイルが美味しいんだよ。オリーブオイルだけパンにつけても美味しいよ」

「うわ。マジだ。すごいこのオリーブオイル」

『セレンディピア』はイタリアンレストランなので、オリーブオイルをよく使う。店の方も雨下が出資しているだけあって、おそらくかなり良いオリーブオイルを使っているはずだが、ここのオリーブオイルは鮮度が違う。

「これ飲めますね」

「分かるっ」

 雨下も同意して頷く。雨下はこの店のファンのようで、オーナーシェフのことも色々と教えてくれた。

 気づけばワイン一本を軽々開けてしまい、二本目も半分以上なくなってしまった。人生において、酒を飲んだ機会は殆どなかったため、こんなに飲んだことはない。なんとなく、身体がフワフワした浮遊感を抱く。

「ここの肉料理も美味しいんだ。ソースに深みがあってさ」

「さっき魚出てきましたけど、肉も出るんですか?」

 先ほど食べた魚も、ものすごく美味しかった。皮がパリパリと香ばしく、クリーミーなソースはハーブの香りが引き立っていて、非常に美味だった。魚には醤油しかかけたことがない俺にとって、初めての経験だ。

「今日はアラカルトで頼んだけど、フルコースだと魚と肉がつくことが多いね。ライトなプランだとどちらか片方という場合もあるよ」

「へえ。知りませんでした。これっていわゆるフランス料理ってやつですよね?」

「そうだね。と言っても、伝統的なフレンチではなくて、近代的な、ね」

 最初は少しずつ料理が運ばれてきて、腹が一杯になるのか疑問だったが、まだコースの途中だというのにだいぶ腹が満たされている。肉料理のほかにもチーズや口直しのソルベ(シャーベットアイスのことらしい……)、デザートと待っている。

 想像していた三十分ほどの食事時間はとっくに過ぎ、二時間以上経過していた。

(こんなにゆっくり飯食ったの、初めてだ……)

 つくづく、やることなすことすべてが、俺の知らない世界の常識で出来ているようだった。

 住む世界が違う。

 それを想い知った、一日だった。



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