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十三話 誘いに乗る
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どんなチャンスも逃がさないという雨下の言葉は、やはり彼の嗅覚が優れていることの裏付けなのだろう。
一週間前だったら、俺は笑い飛ばしているか、ヤツの脛を蹴りあげていたはずだ。
「―――すごいマンション、ですね……」
結果として俺は今、雨下のマンションに居る。今日、公共料金を支払ったせいで、財布の中は空っぽだった。給料日までの八日間、水でも飲んで耐えようと思っていたくらいだ。
「ここは住んでるマンションの中では、狭い方だよ」
「住んでないマンションなんかあるのかよ」
「投資でね」
「ああ―――……」
なるほど。確かに、投資でマンションを転がすとか、聞いたことがある。それで、問題が起きているとも。雨下のことだから、きっとタイミング良く売りさばいて、損などしないのだろうな。
「なにか飲む? ワインでも、シャンパンでも。ビールもあるよ?」
「……強いの」
酔わなければ、逃げたくなるかもしれない。そう思って、口にした。雨下がニッコリと笑う。
「じゃあ、バーボンにしようか。飲んだことは?」
「……ない」
バーボンが何なのかも、よくわかっていない。ウイスキーとは違うのだろうか。
雨下が琥珀色のバーボンを、クリスタルグラスに注いだ。バーボンを注いだ箇所から、ゆっくりと氷が溶けて、もやを作っている。
「良い薫り……」
独特ながら、深い、良い薫りがした。
「ゆっくり味わうのが良いんだ。こっちへどうぞ」
促されるままに、ソファに腰かける。身体が沈むほど柔らかなソファに、驚いてふらついてしまった。
傾ぐ身体を、「おっと」と雨下が支える。雨下の身体から、香水の香りが仄かに漂った。
雨下のシャツ越しに触れた肉体は、妙に生々しさがあって、思わず身を固くする。
(っ……身体を売るわけじゃないのに)
雨下が望んだのは、俺の脚だけだ。セックスするわけでもないのに、やけに緊張する。
グラスを呷り、一気に飲み干す。喉を焼くようなアルコールの熱さに、クラクラした。
「……それで、俺は、何をすれば良い?」
覚悟を決めて、そう問いかける。雨下の表情が、ほんの一瞬。わからないほど一瞬だけ、抜け落ちて見えた。
雨下の手が伸びる。頬から耳、髪へと指が伸びるのを、振りほどけないまま、されるがままになる。
(っ……)
ドキリ、心臓が脈打つ。雨下の綺麗な顔が、俺を見る。
俺は無理矢理に視線を逸らし、雨下の顔を押しのける。
「脚だけって、言ったでしょ」
「ああ、うん。そうだね」
名残惜しそうに頬に指を這わせながら、雨下の手が離れていく。その様子に、ホッと息を吐いた。
「まあ、僕の希望は知っての通りだよ。どうする? もう、しようか?」
「……」
雨下の『しようか』という言葉が、酷く淫靡に感じた。無意識に脚をモゾと動かすと、雨下の視線が足元に落ちる。口許が笑みを浮かべるのを見て、少し憎らしく思えてしまった。
「あの、汗とか……抵抗あるんだけど……」
綺麗な足か? と問われたら、自信はない。悪臭はないと思っているが、一日働いた脚である。
「ああ……。じゃあ、シャワー先に使う? 僕は抵抗ないんだけど……」
「シャワー借ります!」
反射的にそう言って、案内されるままにシャワールームに駆け込む。
雨下のマンションのバスルームは、想像通り――よりも格段に、豪華な造りだった。
せっかくだからゆっくりしたら。という雨下に言われるまま、ミストサウナを浴びる。
「……」
湿度の高い浴室で、ぼんやりしながら、冷静さが戻ってくる。
(……先にシャワー浴びるって、なんか、もう)
いけないことをしている気がする。心臓が鳴り止まない。
「ハァ……」
何をされるんだろう。また、舐められるんだろうか。
ぞくん。背筋が震える。
赤い舌が、俺の脚を這うのを想像して、腹の奥がキュンと疼いた。
(……ヤバそう)
ハァと、溜め息を吐く。なんで、こんなことに乗ってしまったのか。
「……仕方ない」
契約は、契約だ。
どうせなら、風呂代も浮くと考えれば良い。そのくらい図太くなければ、やっていられないのだから。
一週間前だったら、俺は笑い飛ばしているか、ヤツの脛を蹴りあげていたはずだ。
「―――すごいマンション、ですね……」
結果として俺は今、雨下のマンションに居る。今日、公共料金を支払ったせいで、財布の中は空っぽだった。給料日までの八日間、水でも飲んで耐えようと思っていたくらいだ。
「ここは住んでるマンションの中では、狭い方だよ」
「住んでないマンションなんかあるのかよ」
「投資でね」
「ああ―――……」
なるほど。確かに、投資でマンションを転がすとか、聞いたことがある。それで、問題が起きているとも。雨下のことだから、きっとタイミング良く売りさばいて、損などしないのだろうな。
「なにか飲む? ワインでも、シャンパンでも。ビールもあるよ?」
「……強いの」
酔わなければ、逃げたくなるかもしれない。そう思って、口にした。雨下がニッコリと笑う。
「じゃあ、バーボンにしようか。飲んだことは?」
「……ない」
バーボンが何なのかも、よくわかっていない。ウイスキーとは違うのだろうか。
雨下が琥珀色のバーボンを、クリスタルグラスに注いだ。バーボンを注いだ箇所から、ゆっくりと氷が溶けて、もやを作っている。
「良い薫り……」
独特ながら、深い、良い薫りがした。
「ゆっくり味わうのが良いんだ。こっちへどうぞ」
促されるままに、ソファに腰かける。身体が沈むほど柔らかなソファに、驚いてふらついてしまった。
傾ぐ身体を、「おっと」と雨下が支える。雨下の身体から、香水の香りが仄かに漂った。
雨下のシャツ越しに触れた肉体は、妙に生々しさがあって、思わず身を固くする。
(っ……身体を売るわけじゃないのに)
雨下が望んだのは、俺の脚だけだ。セックスするわけでもないのに、やけに緊張する。
グラスを呷り、一気に飲み干す。喉を焼くようなアルコールの熱さに、クラクラした。
「……それで、俺は、何をすれば良い?」
覚悟を決めて、そう問いかける。雨下の表情が、ほんの一瞬。わからないほど一瞬だけ、抜け落ちて見えた。
雨下の手が伸びる。頬から耳、髪へと指が伸びるのを、振りほどけないまま、されるがままになる。
(っ……)
ドキリ、心臓が脈打つ。雨下の綺麗な顔が、俺を見る。
俺は無理矢理に視線を逸らし、雨下の顔を押しのける。
「脚だけって、言ったでしょ」
「ああ、うん。そうだね」
名残惜しそうに頬に指を這わせながら、雨下の手が離れていく。その様子に、ホッと息を吐いた。
「まあ、僕の希望は知っての通りだよ。どうする? もう、しようか?」
「……」
雨下の『しようか』という言葉が、酷く淫靡に感じた。無意識に脚をモゾと動かすと、雨下の視線が足元に落ちる。口許が笑みを浮かべるのを見て、少し憎らしく思えてしまった。
「あの、汗とか……抵抗あるんだけど……」
綺麗な足か? と問われたら、自信はない。悪臭はないと思っているが、一日働いた脚である。
「ああ……。じゃあ、シャワー先に使う? 僕は抵抗ないんだけど……」
「シャワー借ります!」
反射的にそう言って、案内されるままにシャワールームに駆け込む。
雨下のマンションのバスルームは、想像通り――よりも格段に、豪華な造りだった。
せっかくだからゆっくりしたら。という雨下に言われるまま、ミストサウナを浴びる。
「……」
湿度の高い浴室で、ぼんやりしながら、冷静さが戻ってくる。
(……先にシャワー浴びるって、なんか、もう)
いけないことをしている気がする。心臓が鳴り止まない。
「ハァ……」
何をされるんだろう。また、舐められるんだろうか。
ぞくん。背筋が震える。
赤い舌が、俺の脚を這うのを想像して、腹の奥がキュンと疼いた。
(……ヤバそう)
ハァと、溜め息を吐く。なんで、こんなことに乗ってしまったのか。
「……仕方ない」
契約は、契約だ。
どうせなら、風呂代も浮くと考えれば良い。そのくらい図太くなければ、やっていられないのだから。
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