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一 半年ぶりのキス
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「そういやさ」
脈絡もなく、ろれつの回らない声で藤木がそう言いだした。同じ大学に通う友人という、薄いつながりの男四人が、居酒屋で既に二時間近く飲んでいる。飲み放題の時間もそろそろ終わりなわけで、誰も真剣に話を聞いているわけではなく、帰るタイミングを探しているところだった。藤木の発言に、滝が眼鏡の奥で、「また面倒臭い絡みが始まった」と言わんばかりの顔をした。
「お前、別れただろ。あの……Cカップの」
藤木は酒で真っ赤になった顔を不機嫌そうに歪めて、じとっと俺を睨みつける。嫌な話題に、内心舌打ちをした。瞼を伏せ、誰も手を伸ばさない、しなびたポテトに視線をやる。
「……うるせえな」
と俺は唇を曲げ、ぬるくなったビールをすする。いい加減飲みすぎて、胃の中で酒がたぷんと揺れる。もう入らないくせに、どうしてまだ飲んでいるのかは自分でも分からない。そもそも、他人の彼女のカップ数を知っているというのも、何だか気に入らない。まあ、元カノ、だけど。
俺の斜め向かいの席に座っていた、高校からの親友である木島泉が、チラリと視線を向けた気がした。肌にチリチリとした視線を感じながら、気づかないふりをして、酔っぱらい相手にハッと鼻息を吐き出す。
「別に良いだろ」
「よく、ねええええっ! 何でだよ、櫻井! 可愛かっただろ。スタイルも良かった。なんだ、Dカップの方が良かったのか? それともEか?」
「滝じゃねえんだ。乳の大きさなんかどうでも良い」
「ええー? 僕は、おっぱいは大事だと思うけどなぁ?」
面白がって見ていた滝が、割り込んでくる。藤木と滝の反応に、内心(面倒くさいな)と思いながらため息をつく。
――彼女も、面倒臭くなった。
彼女は俺の予定を一分でも漏らすまいと、次はいつ会えるのか、どこに行くのかと聞いてきた。会えばすぐ、「何する?」「どこ行く?」「何食べる?」。全部こっち任せ。それが、だんだん息苦しくなっていった。
泉は相変わらず無言で、黙って話を聞いている。視線だけはまっすぐこっちを向いていて、何も言わないくせに、すべてを知っているみたいだった。
(しばらく、彼女は良いや……)
そう思っていることを、ここでは口にしなかった。藤木は「嫌味だ」と言うだろうし、泉は――。
泉には、言わなくても良いかな。そう、思っていたから。
◆ ◆ ◆
「じゃーなあ。今度は櫻井の傷心飲み会しようぜえ」
「飲みたいだけだろ、それ」
「そりゃあ、そうよ」
藤木は滝の肩を借りて、大声で歌いながら道の向こうへと消えていく。騒々しいヤツだな、と思いながら、俺も歩き出した。遅れて、泉もついてくる。泉の家は、俺の家の近くだ。互いに、歩いて行ける距離に住んでいる。
「あ、俺コンビニ寄るけど」
「おれも寄る」
コンビニの前は、そこだけが異様に明るい。酒臭い息を吐き出しながら、店内を物色し、水と煙草を買う。泉は、コンドームを買っていた。
「……」
俺は何か言おうとしたが、止めておいた。泉が隣に並ぶ。
(相変わらず、飲んでも顔に出ねえなあ)
泉はどれだけ飲んでも、顔色が変わらない。ザル――というわけではないようで、酔いはするらしいのだが、顔色だけが変わらない。生白い肌が、街灯に照らされて異様に白く見える。スラリとした体躯と、少しダウナーな雰囲気。およそ性欲なんかなさそうな顔で、ビニール袋の中にコンドームをぶら下げている。
アパートの前について、「じゃあ」と別れようとした俺の背を、泉が追いかけて来る。俺は無言で、泉も無言だ。カンカンと金属の階段を上る音が、やけに大きく響いた。
「泉――」
鍵を開けながら、重い気持ちを吐き出すようにそう呟く。ドアを開くと同時に泉が俺の背を押し、壁に追いやる。泉のほうに身体を向けられ、そのまま顔を引き寄せられる。体温がないのかと思うくらい、冷え切った唇が、俺の唇に押し当てられた。
カチャン、と施錠される音に、視線だけそちらに向ける。泉の舌を吸いながら、俺は別のことを考えている。泉が両腕を伸ばして、俺の首にしがみ付く。唾液が混ざり合い、別々だった二人のものが、一つになるような感覚に襲われる。泉の唇は冷たかったが、口の中は熱かった。
(半年、ぶりくらい)
半年ぶりの、泉の味だ。舌でねっとりと味わいながら、細い腰を撫でる。濃厚な泉の匂いに、クラクラと眩暈がした。この味を、ずっと求めていたのだと、思い知らされる。胸がざわざわと不快な音を立てる。
「ん……、はっ……」
ぬるりと舌を抜き取って、泉が俺の唇を舐めた。普段はクールで、熱量なんか微塵も感じない目をしているクセに、こういう時ばかり、娼婦のような顔をする。
「……飲んでんだ、勃たねえよ」
そう言って誤魔化そうとするが、泉は唇を緩めて、俺の胸を撫でる。
「おれが勃たせるから、平気だろ」
「……」
チラリ、泉の買ったコンドームを見る。泉はそのつもりで来ていて、多分、引いたりしない。ハァと重いため息を吐いて、俺は風呂場に向かった。
脈絡もなく、ろれつの回らない声で藤木がそう言いだした。同じ大学に通う友人という、薄いつながりの男四人が、居酒屋で既に二時間近く飲んでいる。飲み放題の時間もそろそろ終わりなわけで、誰も真剣に話を聞いているわけではなく、帰るタイミングを探しているところだった。藤木の発言に、滝が眼鏡の奥で、「また面倒臭い絡みが始まった」と言わんばかりの顔をした。
「お前、別れただろ。あの……Cカップの」
藤木は酒で真っ赤になった顔を不機嫌そうに歪めて、じとっと俺を睨みつける。嫌な話題に、内心舌打ちをした。瞼を伏せ、誰も手を伸ばさない、しなびたポテトに視線をやる。
「……うるせえな」
と俺は唇を曲げ、ぬるくなったビールをすする。いい加減飲みすぎて、胃の中で酒がたぷんと揺れる。もう入らないくせに、どうしてまだ飲んでいるのかは自分でも分からない。そもそも、他人の彼女のカップ数を知っているというのも、何だか気に入らない。まあ、元カノ、だけど。
俺の斜め向かいの席に座っていた、高校からの親友である木島泉が、チラリと視線を向けた気がした。肌にチリチリとした視線を感じながら、気づかないふりをして、酔っぱらい相手にハッと鼻息を吐き出す。
「別に良いだろ」
「よく、ねええええっ! 何でだよ、櫻井! 可愛かっただろ。スタイルも良かった。なんだ、Dカップの方が良かったのか? それともEか?」
「滝じゃねえんだ。乳の大きさなんかどうでも良い」
「ええー? 僕は、おっぱいは大事だと思うけどなぁ?」
面白がって見ていた滝が、割り込んでくる。藤木と滝の反応に、内心(面倒くさいな)と思いながらため息をつく。
――彼女も、面倒臭くなった。
彼女は俺の予定を一分でも漏らすまいと、次はいつ会えるのか、どこに行くのかと聞いてきた。会えばすぐ、「何する?」「どこ行く?」「何食べる?」。全部こっち任せ。それが、だんだん息苦しくなっていった。
泉は相変わらず無言で、黙って話を聞いている。視線だけはまっすぐこっちを向いていて、何も言わないくせに、すべてを知っているみたいだった。
(しばらく、彼女は良いや……)
そう思っていることを、ここでは口にしなかった。藤木は「嫌味だ」と言うだろうし、泉は――。
泉には、言わなくても良いかな。そう、思っていたから。
◆ ◆ ◆
「じゃーなあ。今度は櫻井の傷心飲み会しようぜえ」
「飲みたいだけだろ、それ」
「そりゃあ、そうよ」
藤木は滝の肩を借りて、大声で歌いながら道の向こうへと消えていく。騒々しいヤツだな、と思いながら、俺も歩き出した。遅れて、泉もついてくる。泉の家は、俺の家の近くだ。互いに、歩いて行ける距離に住んでいる。
「あ、俺コンビニ寄るけど」
「おれも寄る」
コンビニの前は、そこだけが異様に明るい。酒臭い息を吐き出しながら、店内を物色し、水と煙草を買う。泉は、コンドームを買っていた。
「……」
俺は何か言おうとしたが、止めておいた。泉が隣に並ぶ。
(相変わらず、飲んでも顔に出ねえなあ)
泉はどれだけ飲んでも、顔色が変わらない。ザル――というわけではないようで、酔いはするらしいのだが、顔色だけが変わらない。生白い肌が、街灯に照らされて異様に白く見える。スラリとした体躯と、少しダウナーな雰囲気。およそ性欲なんかなさそうな顔で、ビニール袋の中にコンドームをぶら下げている。
アパートの前について、「じゃあ」と別れようとした俺の背を、泉が追いかけて来る。俺は無言で、泉も無言だ。カンカンと金属の階段を上る音が、やけに大きく響いた。
「泉――」
鍵を開けながら、重い気持ちを吐き出すようにそう呟く。ドアを開くと同時に泉が俺の背を押し、壁に追いやる。泉のほうに身体を向けられ、そのまま顔を引き寄せられる。体温がないのかと思うくらい、冷え切った唇が、俺の唇に押し当てられた。
カチャン、と施錠される音に、視線だけそちらに向ける。泉の舌を吸いながら、俺は別のことを考えている。泉が両腕を伸ばして、俺の首にしがみ付く。唾液が混ざり合い、別々だった二人のものが、一つになるような感覚に襲われる。泉の唇は冷たかったが、口の中は熱かった。
(半年、ぶりくらい)
半年ぶりの、泉の味だ。舌でねっとりと味わいながら、細い腰を撫でる。濃厚な泉の匂いに、クラクラと眩暈がした。この味を、ずっと求めていたのだと、思い知らされる。胸がざわざわと不快な音を立てる。
「ん……、はっ……」
ぬるりと舌を抜き取って、泉が俺の唇を舐めた。普段はクールで、熱量なんか微塵も感じない目をしているクセに、こういう時ばかり、娼婦のような顔をする。
「……飲んでんだ、勃たねえよ」
そう言って誤魔化そうとするが、泉は唇を緩めて、俺の胸を撫でる。
「おれが勃たせるから、平気だろ」
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チラリ、泉の買ったコンドームを見る。泉はそのつもりで来ていて、多分、引いたりしない。ハァと重いため息を吐いて、俺は風呂場に向かった。
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