七瀬菜々

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CASE2:木原愛花

3:過去(2)

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『では改めて。こちらが隣のクラスの戸村とむら千景ちゃん。千景、こちらは私と同じクラスの山田愛花さんだよ』
『ども……』
『よ、よろしく……』

 あずさに紹介された戸村千景はとても無愛想な女子だった。
 これ、絶対に歓迎されていないやつじゃん。私はすぐに、あずさに大丈夫なのかと確認した。
 けれど彼女はただ笑って軽ーく、本当に空気よりも軽ーく『大丈夫大丈夫』と言うだけだった。
 入部したのは失敗だったかもしれない。私は激しく後悔した。


 文芸部の活動内容は月に一度のミーティング……、という名の自分のオススメ本を語る会と、文化祭での部誌の刊行のみだった。
 本棚のほんの一部は部費で買っているため、この二つの活動は絶対に譲れないものらしい。
 ただ昼寝場所が欲しかっただけなのに、私は苦手な読書をする羽目になった。

『漫画でも小説でも何でもいいって言ってたけど、どうしよう』

 ゆかりの期限がすこぶる悪かった日の昼休み。お腹が痛いからトイレに篭ると大きな声で彼女らに伝え、ひと笑い取ってきた後のこと。
 部室に避難してきた私は本棚の前で腕を組み、悩んだ。

『どう?山田さん。好きそうな本はある?』
『新山さん……』
『ここになかったら、他に自分の好きな本を探してきてもいいんだよ?』
『いやぁ……。実は申し訳ないんだけど、私、本とか全然読まないんだよねー』
『あら、そうなの?』
『小説原作の映画とかは見るけど、活字は苦手なんだ。まじで3行も読めない。すぐ眠くなるし。だから自分がどんな本が好きかとかよくわかんなくてさぁ』

 私はヘラヘラと笑った。そこで気づいた。千景の視線が冷たいことに。
 そりゃそうだ。今の発言は文学に興味のないやつが、昼寝場所欲しさに入部したことを自白しているようなもの。
 真面目に部活をする千景にとって、私の発言はさぞ腹立たしかっただろう。

『えーっと……。戸村さん?なんか、ごめんね?』
『別に』
『こーら、千景。態度悪すぎ』

 私を睨みつける千景をあずさが宥める。
 2人を見ていると、仲の良い姉妹に見えてくる。もちろん、姉はあずさの方。

『ねえ、あずさ。なんでこいつの入部届受理したのよ』
『こいつなんて言わないの』
『だって!!』
『千景。どの部活に入るのかは本人の希望が優先されるわ。部活側は入部届を渡されたら必ず受け取らなきゃいけない』
『それは、わかってるけど!』
『それに、部員が集まらないと活動できないでしょう?この部室だって本来なら使えないはずなの、忘れたの?今は先生がお情けで使わせてくれてるけど、それもいつダメって言われるかわからないんだよ?』
『だ、だとしても、山田さんが上原さんたちと一緒になって、私たちのこと陰で何て言ってたか忘れたわけじゃないでしょ!?』

 千景は私の方を指差して、声を荒げた。
 陰で何て言ってたか……、か。言葉の詳細は覚えていない。だけど多分、千景は去年の文化祭の時のことを言っているのだろう。ゆかりたちに合わせて文芸部のブースの前で彼らを馬鹿にした記憶ならあるから。
 もしかしてあの時、売り子してたのかな。
 
『えーっと確か、陰気くさいとか、オタクキモいとか?』
『そうだよ!』
『去年、“他人のことを見下して馬鹿にするようなやつの言葉なんて私の心には届かない!”ってキメ顔で言ってたくせに。めちゃくちゃ気にしてるじゃん』
『ふんぐうううう!』
『どうどう。落ち着きなさい』

 キーッと金切り声を上げて地団駄を踏む千景と、それを宥めるあずさ。前言撤回だ。姉妹ではなく飼い主と猛犬だ。それにしか見えない。
 
『あずさには悪いけど、私、山田さんとは仲良くできる自信ないわ』
『……っ!』
『他人の趣味を笑ったり、その人の一部だけを見て人となりを決めつけるような奴は嫌いなの』
『うーん。決めつけてるのは千景も同じだと思うけど』

 あずさはくるりと振り返ると、また、全てを見透かしたようにフッと目を細めた。

『山田さん。何か言いたいことがあるなら聞くよ?』
『え……?』
『今のあなたの顔には後悔の二文字が書いてあるように思うわ』
『…………そ、それは』

 図星だった。今、私は猛烈に後悔している。
 私はいつの間に、自分を守るために他人を気付けることに抵抗がなくなってしまっていたんだろう。
 私は潔く、素直に頭を下げて去年の無礼を詫びた。
 私が素直に謝ったことが意外だったのか、千景は目を丸くした。
 
『山田さん、潔いね。言い訳しないんだ』
『言い訳はある。でも言ったところで私が発した言葉をなかったことにはできないから』

 あの時はいじめられたくなくて必死だったの、なんて。言われた方は同情せざるを得ないし、許したくなくても許さないといけないのかないって思うはずだ。
 
『許すことを強要したくはない。だから言い訳はしない』
『なるほどねぇ。だ、そうですけど?千景さん?』
『…………ごめん。私も悪かったわ。さっきは言いすぎた』
 
 あずさに促された千景は深々と頭を下げた。謝る必要なんてないのに。この人も大概素直なひとだ。
 あずさは私たちの顔を交互に見て、にんまりと口角を上げると空気を変えるようにパンッと手を叩いた。
 
『さて。ではでは、仲直りもできたところで私に一つ提案があるのですが』
『提案?』
『次のミーティングは自分の好きなモノを紹介し合うというのはどうでしょう?』
『好きなモノ……』
『そう!本に限らず、自分が好きなものを紹介し合うの。自己紹介も兼ねてさ!どう?』
『いーじゃん、それ。ナイスアイデアだよ、あずさ!』
『確かに。それは助かるかも。ありがとう、新山さん』

 私がお礼を言うと、あずさはどういたしましてと笑った。それは花が開くように可愛らしく。
 相手は女の子なのに、私はその笑顔にうっかりときめいてしまった。

 
 
 
 あれから私は、ゆかりたちの目を盗んでは部室へ通うようになった。
 苦手な読書にも挑戦するようになったし、見たことなかったアニメも見るようになった。

 文芸部の部室はとても居心地が良かった。みんな各々に好きなものがあって、その好きなものについて熱く語っても誰も否定しない。
 私の初恋がBUMP OF CHICKENの藤くんだと言っても、コスメを集めるのが好きだと言っても否定しない。
 本当は人に甘えるのが好きなことも、友達同士で手を繋いだりハグしたりするのが好きなことも、全部否定しない。

 あずさも千景も、ありのままの私を受け入れてくれた。
 
 私は高校に入ってはじめて安らげる場所を見つけた気がした。
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