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第二章 マリーナフカの棺とハルの妖精
5:知りたい(1)
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騎士団との顔合わせが中途半端に終わってしまったアイシャは、何が起きたのか正確に理解できずに呆然としたまま部屋に戻った。
顔面蒼白のイアンが不安そうに後をついてきて『あいつはクビにする』とか、『他の騎士はみんな、君を歓迎しているから安心しろ』とかそんなことを言っていた気がするが、よく覚えていない。
広間にはいなかったために事情を知らないランは、戻ってきた彼女をベッドの端に座らせると、温かいミルクを出した。
仄かに香る新鮮なミルクの匂いと、取り替えられたシーツについたおひさまの匂いが少しだけ心を癒す。
アイシャはミルクを受け取ると、手を温めるように両手でカップを握った。恐怖で冷え切っていた身体が、指先からじんわりと温かくなる。
「……奥様、何かあったのですか?」
ランは目線を合わせるようにアイシャの前に膝をついた。とても心配そうに見つめる彼女の胡桃色の瞳がかわいらしく、アイシャはミルクを一口飲むと安堵したように微笑んだ。
「ランの顔を見たら安心したわ」
「奥様……」
アイシャの微笑みが少し無理をしているように感じられ
、ランは胸が苦しくなった。
一体、何があったのだろう。イアンもテオドールも屈強な騎士たちもいる場所で、彼女がここまで怯えるようなことが起こるとは思えない。ランはグッと眉間に皺を寄せて考えた。
するとアイシャは、人差し指でランの眉間の皺を優しくほぐした。そしてゆっくり深呼吸すると、キョトンと首を傾げるランに『怒らないでね』と前置きしてから、先ほどの出来事を話した。
「誰かに剣を向けられるなんて経験……、したことないからびっくりしちゃった……。はは……」
笑顔で、明るい口調で話しているが体は震えている。ひと通りの話を聞いたランは、悲痛な表情でアイシャをきつく抱きしめた。
「怖い思いをしましたね。お可哀想に……」
おそらく、リズベットも本気で切る気などなかっただろう。だが、あくまでも貴族令嬢として守られて育ってきたアイシャは荒事に慣れていない。
一歩間違えば、その愚かな行動はアイシャに『故郷へ帰りたい』と思わせてしまうものだ。
(まあ、それが目的だったんだろうけど……)
女主人として認めたくないが故にアイシャを追い出そうとしたのかもしれないが、やり方が最低だ。ランはチッの舌を鳴らした。
「はあ……。何を考えているのでしょうね。マイヤー卿は。無礼にも程があります」
「……そうね」
「大勢の前で主人と認めないなんて、恥をかかせようとしていたのでしょうか。本当最低!」
「ラン……」
「奥様!気にすることはありませんよ!?そういう無礼な輩は気にしたら負けです!」
「う、うん、ありがとう。でもね、私ね……、怖かったけれど、心のどこかで彼女の言葉を無礼だと切り捨ててしまうのは違う気がしているの……」
「いえ、普通に無礼なやつと切り捨てて良いと思います。本当に、真剣に。むしろ切り捨てるべきです。立場の違いも状況もわからないお馬鹿さんの言葉は切り捨てるべきです。仮に奥様に思うことがあったのなら個別に言えばいいだけだし、何より納得できないのなら護衛なんてやらなければ良いんです。それをわざわざ立候補してまで、大勢の前でこんなことをしたがるなんて!性格悪すぎですっ!!よって奥様が気にすることなどありません!!」
ランはアイシャの手を握り、血走った目を見開いて大きく首を横に振る。そんな彼女の圧にアイシャは思わず体を後ろにひいてしまった。カップの中のミルクが少し揺れた。
「……目が怖いわ、ラン。あと手も痛い」
「はっ!申し訳ありません!」
「ふふっ。私のことを思って怒ってくれてるのよね、ありがとう。……でもね、やっぱり私は彼女の言葉を意味を、彼女の真意をちゃんと理解しなくてはいけないと思う」
「どうしてそう思われるのですか?」
「だって、彼女は『訓練も受けていないお嬢様はどうせすぐに死ぬ』と言っていたわ。それってつまり、それほどにアッシュフォードは危険だということでしょう?私、この地に対する認識がまだまだ甘かったのかもしれないわ……」
アイシャが事前に把握していたアッシュフォードの情報は、寒く痩せた土地で娯楽も何もない寂れた田舎ということと、すぐ近くに魔族の住む地があるということだけ。
一応、冬になると国境の砦で小競り合いがあるという話は叔父夫婦から聞いているが、実際に見ていない人間が憶測で語るのは良くないからと詳しくは説明されていない。
「男爵様からはまだ何も説明されていないけれど、もしかすると小競り合い程度ではないのかも。だから視察も渋ったのかしら」
「でもここまでの道中、そこまで危険なようには感じませんでしたが……」
「それは私たちがまだ屋敷や外を歩いたことがないからよ。本当のアッシュフォードを見ていないからそう感じるのかもしれないわ」
「た、たしかに」
「いずれにせよ、私は知らなくちゃいけない」
皇室が戦争は終わったと宣言した裏で、アッシュフォードはどんな日々を過ごしてきたのか。魔族とは具体的にどんな存在なのか。何故襲ってくるのか。この地で生きて行くのならば、全て知っておく必要がある。
アイシャはミルクを飲み干して立ち上がると、『よし』と頬を叩いて気合いを入れた。
そして棚からお気に入りの茶葉を取り出すと、ランにティーセットを用意するよう命じた。
まだ恐怖で少し震えているくせに、一体誰とティータイムをしようというのか。震える手をさすり、落ち着かせようとしているアイシャを、ランは怪訝な顔で見つめた。
「ラン、悪いけどお茶の用意ができたら付いてきてくれる?」
「え……っと、どちらへ?」
「男爵様のところよ。色々と教えてもらおうと思って」
知らないことは知っている人に聞けばいい。
顔面蒼白のイアンが不安そうに後をついてきて『あいつはクビにする』とか、『他の騎士はみんな、君を歓迎しているから安心しろ』とかそんなことを言っていた気がするが、よく覚えていない。
広間にはいなかったために事情を知らないランは、戻ってきた彼女をベッドの端に座らせると、温かいミルクを出した。
仄かに香る新鮮なミルクの匂いと、取り替えられたシーツについたおひさまの匂いが少しだけ心を癒す。
アイシャはミルクを受け取ると、手を温めるように両手でカップを握った。恐怖で冷え切っていた身体が、指先からじんわりと温かくなる。
「……奥様、何かあったのですか?」
ランは目線を合わせるようにアイシャの前に膝をついた。とても心配そうに見つめる彼女の胡桃色の瞳がかわいらしく、アイシャはミルクを一口飲むと安堵したように微笑んだ。
「ランの顔を見たら安心したわ」
「奥様……」
アイシャの微笑みが少し無理をしているように感じられ
、ランは胸が苦しくなった。
一体、何があったのだろう。イアンもテオドールも屈強な騎士たちもいる場所で、彼女がここまで怯えるようなことが起こるとは思えない。ランはグッと眉間に皺を寄せて考えた。
するとアイシャは、人差し指でランの眉間の皺を優しくほぐした。そしてゆっくり深呼吸すると、キョトンと首を傾げるランに『怒らないでね』と前置きしてから、先ほどの出来事を話した。
「誰かに剣を向けられるなんて経験……、したことないからびっくりしちゃった……。はは……」
笑顔で、明るい口調で話しているが体は震えている。ひと通りの話を聞いたランは、悲痛な表情でアイシャをきつく抱きしめた。
「怖い思いをしましたね。お可哀想に……」
おそらく、リズベットも本気で切る気などなかっただろう。だが、あくまでも貴族令嬢として守られて育ってきたアイシャは荒事に慣れていない。
一歩間違えば、その愚かな行動はアイシャに『故郷へ帰りたい』と思わせてしまうものだ。
(まあ、それが目的だったんだろうけど……)
女主人として認めたくないが故にアイシャを追い出そうとしたのかもしれないが、やり方が最低だ。ランはチッの舌を鳴らした。
「はあ……。何を考えているのでしょうね。マイヤー卿は。無礼にも程があります」
「……そうね」
「大勢の前で主人と認めないなんて、恥をかかせようとしていたのでしょうか。本当最低!」
「ラン……」
「奥様!気にすることはありませんよ!?そういう無礼な輩は気にしたら負けです!」
「う、うん、ありがとう。でもね、私ね……、怖かったけれど、心のどこかで彼女の言葉を無礼だと切り捨ててしまうのは違う気がしているの……」
「いえ、普通に無礼なやつと切り捨てて良いと思います。本当に、真剣に。むしろ切り捨てるべきです。立場の違いも状況もわからないお馬鹿さんの言葉は切り捨てるべきです。仮に奥様に思うことがあったのなら個別に言えばいいだけだし、何より納得できないのなら護衛なんてやらなければ良いんです。それをわざわざ立候補してまで、大勢の前でこんなことをしたがるなんて!性格悪すぎですっ!!よって奥様が気にすることなどありません!!」
ランはアイシャの手を握り、血走った目を見開いて大きく首を横に振る。そんな彼女の圧にアイシャは思わず体を後ろにひいてしまった。カップの中のミルクが少し揺れた。
「……目が怖いわ、ラン。あと手も痛い」
「はっ!申し訳ありません!」
「ふふっ。私のことを思って怒ってくれてるのよね、ありがとう。……でもね、やっぱり私は彼女の言葉を意味を、彼女の真意をちゃんと理解しなくてはいけないと思う」
「どうしてそう思われるのですか?」
「だって、彼女は『訓練も受けていないお嬢様はどうせすぐに死ぬ』と言っていたわ。それってつまり、それほどにアッシュフォードは危険だということでしょう?私、この地に対する認識がまだまだ甘かったのかもしれないわ……」
アイシャが事前に把握していたアッシュフォードの情報は、寒く痩せた土地で娯楽も何もない寂れた田舎ということと、すぐ近くに魔族の住む地があるということだけ。
一応、冬になると国境の砦で小競り合いがあるという話は叔父夫婦から聞いているが、実際に見ていない人間が憶測で語るのは良くないからと詳しくは説明されていない。
「男爵様からはまだ何も説明されていないけれど、もしかすると小競り合い程度ではないのかも。だから視察も渋ったのかしら」
「でもここまでの道中、そこまで危険なようには感じませんでしたが……」
「それは私たちがまだ屋敷や外を歩いたことがないからよ。本当のアッシュフォードを見ていないからそう感じるのかもしれないわ」
「た、たしかに」
「いずれにせよ、私は知らなくちゃいけない」
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アイシャはミルクを飲み干して立ち上がると、『よし』と頬を叩いて気合いを入れた。
そして棚からお気に入りの茶葉を取り出すと、ランにティーセットを用意するよう命じた。
まだ恐怖で少し震えているくせに、一体誰とティータイムをしようというのか。震える手をさすり、落ち着かせようとしているアイシャを、ランは怪訝な顔で見つめた。
「ラン、悪いけどお茶の用意ができたら付いてきてくれる?」
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