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第二章 マリーナフカの棺とハルの妖精
13:マリーナフカ(1)
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「つ、つかれた……」
子どもたちと散々走り回ったアイシャは芝生の上に大の字で寝転がった。
早くなる鼓動と上昇する体温。今日の気温が比較的暖かかったとは言え、熱った頬を撫でる山から冷たい風を気持ちがいいと感じるなんて思ってもみなかった。
アイシャは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「でも、疲れたけど何だか気分が良いわ」
「それは良かった。でも、アイシャ。これからはもう少し運動したほうが良いよ?」
「やっぱり、レオもそう思う?」
「うん。体力も筋力もなさすぎ。子ども以下じゃん」
「あと、アイシャは細すぎるからもう少し食べなきゃダメよ?好き嫌い言ってちゃダメだからね?」
「別に好き嫌いはしていないつもりだけれど……。イリーナは私のことなんだと思ってるのよ。子どもに子ども扱いされたくないわ」
「アイシャのことは世間知らずの箱入り娘って思ってる。なんかね、ふわふわしたお姫様って感じ!ねえ、シュゼットもそう思うでしょう?」
「うん。アイシャは物語に出てきそうな綺麗なお姫様よね。可愛い」
「……もしかして私は今、馬鹿にされてる?」
「「「うん」」」
三人は声を揃えて言い切った。どうやら、アイシャの領主としての威厳は皆無らしい。アイシャは頬を膨らませた。
「もう知らないっ!」
子どもっぽくそっぽを向いたアイシャは、ふと子どもたちの住まいを見上げた。すると屋根裏部屋の窓の辺りに人影が見えた。
「……ねえ、あそこは屋根裏部屋よね?誰かいるの?」
「ああ。あの部屋にはジェスターがいるよ」
「ジェスター?」
「うん。私たちの友だちの男の子。今年で7歳になるここのもうひとりの住人よ。真っ白な髪に、真っ黒な瞳をした可愛らしい男の子!」
「そう。可愛らしい子なのね。良ければ彼にも挨拶がしたいのだけど、どうかな?」
「あー、どうだろう。難しいかも」
シュゼットは腕を組み、難しい顔をして悩んだ。
子どもたち曰く、そのジェスターという男の子はリズベットやシスターにすら心を閉ざしたままでいるらしい。子どもたちも話しかけてはいるが、いつも俯いて怯えていて、だれもまともに声を聞いたことがないのだとか。
だから、彼には不用意に近づかないで欲しいとシュゼットは話す。
きっと小さな体で誰よりも深い傷を抱えているのだろうと思うと、アイシャは胸が痛くなった。
「私に何ができることはないかしら……」
ポツリとそう呟くアイシャ。目尻にうっすらと涙を浮かべて悩む彼女に、イリーナは『何もない』とは言えなかった。
「そうだね。もしジェスターが顔を見せたら笑いかけてあげて?私はね、彼には味方がたくさんいることを伝えたい。もう大丈夫だよって。守ってくれる人がいるから安心してって伝えたい」
「イリーナ……」
「アイシャは私たちの味方だよね?」
「もちろんよ!」
「ふふっ。ありがとう!」
ニッと歯を見せて笑うイリーナにつられ、アイシャも微笑んだ。
それからしばらく、子どもたちとおままごとをしたりおやつを食べたりして過ごしたアイシャは、子どもたちにまたすぐに会いにくることを約束して彼らの家を後にした。
そしてちょうど、孤児の家から死角になる位置で待っていたイアンと司祭の元へ駆け寄った。
「奥様、子どもたちの相手をありがとうございます」
「お礼なんてやめてください、司祭様。どちらかというと、こちらが遊んでもらったようなものですわ。体力のない私に合わせて遊びを考えてくれたりして、本当に素敵な子たちですね」
「はっはっは!そう言っていただけると嬉しゅうございます」
「しかし、君が楽しそうに走り回っている姿を見て正直驚いたよ」
「ごめんなさい。やはり、はしたなかったでしょうか?」
「違う違う!むしろそこまで子どもたちと仲良くなれていることが嬉しかったんだ」
「嬉しい?」
「うん。俺には環境を整えてやることはできても、彼らの傷を癒してやることはできないから」
イアンは自分の存在が子どもたちの心を無意味に乱してしまうことを知っている。だからこそアイシャが代わりにこうして遊んでくれることはありがたいのだと彼は言う。
「君は何もしなくていいって思っていたけれど、今日の君の姿を見てその考えが間違っていたのだと気づいたよ」
「男爵様……」
「アイシャ、君がいてくれて良かった。ありがとう」
イアンは本当に嬉しそうに笑った。
アイシャはただ子どもたちと遊んだだけでこんな風に言ってもらえるなんて思っていなかったのか、恥ずかしそうに顔を伏せた。『いてくれて良かった』だなんて、アイシャにとってはこれ以上ない褒め言葉だ。
そんな彼女が可愛く感じたイアンはフッと笑みをこぼすと、その錫色の髪に手を伸ばした。そして髪についていた枯れ葉をひょいっとつまんだ。
「葉っぱをつけたままなんて、可愛い」
「え?あ、ありがとうございます……」
「よく見ると、ドレスも汚れているな。もっと動きやすい靴と服を用意しないと」
「そう、ですね……」
「どんな色の服にしようか?可愛らしい君には淡い色が似合いそうだ」
「え、えっと……、あの……?」
葉っぱを取ってもまだアイシャの髪を振れるイアン。指に毛先を絡ませてくるくるといじる。
どこかうっとりと見惚れているような目をして、ひたすらに可愛いと呟く彼に、アイシャはどうすれば良いかわからず狼狽えるしかない。先程子どもたちと走り回った時とは違い、心臓の奥の奥からじんわりと温かくなってくる体温と、早まる鼓動がより彼女を動揺させた。
その様子に見かねた司祭はわざとらしくコホンと咳払いをした。
「領主様、そろそろお帰りのお時間では?」
半眼でこちらを見上げてくる司祭。イチャつくなら他所でやれと目が言っている。
イアンはアイシャの髪から手を離すと、何故か両手を上げて降参のポーズを取った。
「か、帰ろうか。天気も心配だし」
「は、はい」
「あ、でもごめん。忘れ物をしたから一度司祭室に戻るよ」
「はい……」
「先に馬車に乗っておいてくれ。すぐに行く」
「……わかりました」
「……アイシャ?どうかした?」
帰ろうと切り出した途端、俯いて何かを言いたそうにモジモジと手元をいじるアイシャに、イアンは首を傾げた。
しばらくしてゆっくりと顔を上げたアイシャは、少し潤んだ瞳で恐る恐る尋ねた。
「か、帰りは……、同じ馬車に乗ってくださいますか?」
わがままと言うほどでもない可愛らしいおねだりに、イアンは胸に矢が刺さったような衝撃を感じた。
「だめ、ですか?」
「だ、ダメじゃない!一諸に帰ろう!約束!」
イアンがアイシャの手を取り、そう叫ぶと彼女は心の底から嬉しそうに笑った。
長々とこのやりとりを見せられていた司祭もシスターも、ランやリズベットや騎士達も皆、苦虫を噛み潰したような顔をしているが、アイシャはそれに気づかず馬車の方へと小走りに駆け出した。
***
「貴女は本当に不思議な人ね」
リズベットは不意に、馬車の中のアイシャに話しかけた。窓からひょっこりと顔を出すアイシャは彼女の言葉の意味が理解できずに首を傾げる。
「どういう意味?」
「あたしの知る貴族令嬢は、イアンみたいな平民上がりの野蛮な騎士を嫌うわ。でも貴女は平気でイアンとイチャつくじゃない」
「い、イチャ!?」
「いくら爵位をもらおうとも生まれは変えられないからね。英雄だのと言われていても、彼は卑しい血が流れているただの野蛮な傭兵よ?」
「……う、生まれは関係ないわ。そんなことよりも一人の人間として何を成してきたかが大切だと思う」
「なんというか……、予想通りの解答ね」
「どうしてそんな嫌味な言い方をするのよ」
「だってあまりにも模範的な回答なんだもの。確かにそう考えられたら理想的だけどさ、イアンを筆頭にあたしたちは皆んな、たくさんの命を奪ってきたのよ?殺さなければ殺されるからと、数えきれないほどの魔族を狩ってきた。頭がおかしくなりそうな時は、失われた命をただの数字として見た。何人殺したか数だけを見て、それを自分の『手柄だ』って報告した。テオだってニックだって、そう。あたしたちの手は血で穢れてる」
「リズ……?どうしてそんなことを言うの?」
「いやー、ふと思ってさ。怖くないのかなーって。あたしたちは人間と……、貴女と似た姿形をした魔族を、まるで畑を荒らす害獣を駆除するのと同じように何の抵抗もなく殺せてしまうのよ?」
それが救国の英雄だなんて笑えると、リズベットは自嘲するように吐き出した。
もしかすると、抵抗されることなく子どもたちに受け入れてもらえたアイシャと自分の違いを感じて少し卑屈になっているのかもしれない。このお嬢様はリズベットたちとは違い、とても綺麗だから……。
アイシャはふぅ、と小さく息を吐くと、リズベットに手を出すように促した。そして差し出された手を両手で包み込むと、彼女の目をまっすぐに見据えて口を開いた。
「戦争とはそういうものではなくて?守るためには殺さねばならない。戦場では重いはずの命が羽のように軽くなる。失われた命は戦果として、あるいは戦力の損耗率として数字となる。それは普通のこと。でもリズは過去の自分を振り返って命を数字として見たことを後悔してる。そんな人を怖いなんて思わないわ」
「……それ、これから先も同じこと言える?」
「言えるわよ。当たり前じゃない」
「そう……。ありがとう」
優しく包み込むように微笑みを浮かべるアイシャに、リズベットは苦笑した。
このお嬢様は戦争というものを頭ではしっかりと理解しているらしい。しかしそれでいて、現場を見ていないせいか、まるで穢れを知らぬ天使が言いそうな生温い言葉がすらすらと出てくる。
リズベットはアイシャの手を握り返し、その言葉が嘘にならないことを祈った。
子どもたちと散々走り回ったアイシャは芝生の上に大の字で寝転がった。
早くなる鼓動と上昇する体温。今日の気温が比較的暖かかったとは言え、熱った頬を撫でる山から冷たい風を気持ちがいいと感じるなんて思ってもみなかった。
アイシャは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「でも、疲れたけど何だか気分が良いわ」
「それは良かった。でも、アイシャ。これからはもう少し運動したほうが良いよ?」
「やっぱり、レオもそう思う?」
「うん。体力も筋力もなさすぎ。子ども以下じゃん」
「あと、アイシャは細すぎるからもう少し食べなきゃダメよ?好き嫌い言ってちゃダメだからね?」
「別に好き嫌いはしていないつもりだけれど……。イリーナは私のことなんだと思ってるのよ。子どもに子ども扱いされたくないわ」
「アイシャのことは世間知らずの箱入り娘って思ってる。なんかね、ふわふわしたお姫様って感じ!ねえ、シュゼットもそう思うでしょう?」
「うん。アイシャは物語に出てきそうな綺麗なお姫様よね。可愛い」
「……もしかして私は今、馬鹿にされてる?」
「「「うん」」」
三人は声を揃えて言い切った。どうやら、アイシャの領主としての威厳は皆無らしい。アイシャは頬を膨らませた。
「もう知らないっ!」
子どもっぽくそっぽを向いたアイシャは、ふと子どもたちの住まいを見上げた。すると屋根裏部屋の窓の辺りに人影が見えた。
「……ねえ、あそこは屋根裏部屋よね?誰かいるの?」
「ああ。あの部屋にはジェスターがいるよ」
「ジェスター?」
「うん。私たちの友だちの男の子。今年で7歳になるここのもうひとりの住人よ。真っ白な髪に、真っ黒な瞳をした可愛らしい男の子!」
「そう。可愛らしい子なのね。良ければ彼にも挨拶がしたいのだけど、どうかな?」
「あー、どうだろう。難しいかも」
シュゼットは腕を組み、難しい顔をして悩んだ。
子どもたち曰く、そのジェスターという男の子はリズベットやシスターにすら心を閉ざしたままでいるらしい。子どもたちも話しかけてはいるが、いつも俯いて怯えていて、だれもまともに声を聞いたことがないのだとか。
だから、彼には不用意に近づかないで欲しいとシュゼットは話す。
きっと小さな体で誰よりも深い傷を抱えているのだろうと思うと、アイシャは胸が痛くなった。
「私に何ができることはないかしら……」
ポツリとそう呟くアイシャ。目尻にうっすらと涙を浮かべて悩む彼女に、イリーナは『何もない』とは言えなかった。
「そうだね。もしジェスターが顔を見せたら笑いかけてあげて?私はね、彼には味方がたくさんいることを伝えたい。もう大丈夫だよって。守ってくれる人がいるから安心してって伝えたい」
「イリーナ……」
「アイシャは私たちの味方だよね?」
「もちろんよ!」
「ふふっ。ありがとう!」
ニッと歯を見せて笑うイリーナにつられ、アイシャも微笑んだ。
それからしばらく、子どもたちとおままごとをしたりおやつを食べたりして過ごしたアイシャは、子どもたちにまたすぐに会いにくることを約束して彼らの家を後にした。
そしてちょうど、孤児の家から死角になる位置で待っていたイアンと司祭の元へ駆け寄った。
「奥様、子どもたちの相手をありがとうございます」
「お礼なんてやめてください、司祭様。どちらかというと、こちらが遊んでもらったようなものですわ。体力のない私に合わせて遊びを考えてくれたりして、本当に素敵な子たちですね」
「はっはっは!そう言っていただけると嬉しゅうございます」
「しかし、君が楽しそうに走り回っている姿を見て正直驚いたよ」
「ごめんなさい。やはり、はしたなかったでしょうか?」
「違う違う!むしろそこまで子どもたちと仲良くなれていることが嬉しかったんだ」
「嬉しい?」
「うん。俺には環境を整えてやることはできても、彼らの傷を癒してやることはできないから」
イアンは自分の存在が子どもたちの心を無意味に乱してしまうことを知っている。だからこそアイシャが代わりにこうして遊んでくれることはありがたいのだと彼は言う。
「君は何もしなくていいって思っていたけれど、今日の君の姿を見てその考えが間違っていたのだと気づいたよ」
「男爵様……」
「アイシャ、君がいてくれて良かった。ありがとう」
イアンは本当に嬉しそうに笑った。
アイシャはただ子どもたちと遊んだだけでこんな風に言ってもらえるなんて思っていなかったのか、恥ずかしそうに顔を伏せた。『いてくれて良かった』だなんて、アイシャにとってはこれ以上ない褒め言葉だ。
そんな彼女が可愛く感じたイアンはフッと笑みをこぼすと、その錫色の髪に手を伸ばした。そして髪についていた枯れ葉をひょいっとつまんだ。
「葉っぱをつけたままなんて、可愛い」
「え?あ、ありがとうございます……」
「よく見ると、ドレスも汚れているな。もっと動きやすい靴と服を用意しないと」
「そう、ですね……」
「どんな色の服にしようか?可愛らしい君には淡い色が似合いそうだ」
「え、えっと……、あの……?」
葉っぱを取ってもまだアイシャの髪を振れるイアン。指に毛先を絡ませてくるくるといじる。
どこかうっとりと見惚れているような目をして、ひたすらに可愛いと呟く彼に、アイシャはどうすれば良いかわからず狼狽えるしかない。先程子どもたちと走り回った時とは違い、心臓の奥の奥からじんわりと温かくなってくる体温と、早まる鼓動がより彼女を動揺させた。
その様子に見かねた司祭はわざとらしくコホンと咳払いをした。
「領主様、そろそろお帰りのお時間では?」
半眼でこちらを見上げてくる司祭。イチャつくなら他所でやれと目が言っている。
イアンはアイシャの髪から手を離すと、何故か両手を上げて降参のポーズを取った。
「か、帰ろうか。天気も心配だし」
「は、はい」
「あ、でもごめん。忘れ物をしたから一度司祭室に戻るよ」
「はい……」
「先に馬車に乗っておいてくれ。すぐに行く」
「……わかりました」
「……アイシャ?どうかした?」
帰ろうと切り出した途端、俯いて何かを言いたそうにモジモジと手元をいじるアイシャに、イアンは首を傾げた。
しばらくしてゆっくりと顔を上げたアイシャは、少し潤んだ瞳で恐る恐る尋ねた。
「か、帰りは……、同じ馬車に乗ってくださいますか?」
わがままと言うほどでもない可愛らしいおねだりに、イアンは胸に矢が刺さったような衝撃を感じた。
「だめ、ですか?」
「だ、ダメじゃない!一諸に帰ろう!約束!」
イアンがアイシャの手を取り、そう叫ぶと彼女は心の底から嬉しそうに笑った。
長々とこのやりとりを見せられていた司祭もシスターも、ランやリズベットや騎士達も皆、苦虫を噛み潰したような顔をしているが、アイシャはそれに気づかず馬車の方へと小走りに駆け出した。
***
「貴女は本当に不思議な人ね」
リズベットは不意に、馬車の中のアイシャに話しかけた。窓からひょっこりと顔を出すアイシャは彼女の言葉の意味が理解できずに首を傾げる。
「どういう意味?」
「あたしの知る貴族令嬢は、イアンみたいな平民上がりの野蛮な騎士を嫌うわ。でも貴女は平気でイアンとイチャつくじゃない」
「い、イチャ!?」
「いくら爵位をもらおうとも生まれは変えられないからね。英雄だのと言われていても、彼は卑しい血が流れているただの野蛮な傭兵よ?」
「……う、生まれは関係ないわ。そんなことよりも一人の人間として何を成してきたかが大切だと思う」
「なんというか……、予想通りの解答ね」
「どうしてそんな嫌味な言い方をするのよ」
「だってあまりにも模範的な回答なんだもの。確かにそう考えられたら理想的だけどさ、イアンを筆頭にあたしたちは皆んな、たくさんの命を奪ってきたのよ?殺さなければ殺されるからと、数えきれないほどの魔族を狩ってきた。頭がおかしくなりそうな時は、失われた命をただの数字として見た。何人殺したか数だけを見て、それを自分の『手柄だ』って報告した。テオだってニックだって、そう。あたしたちの手は血で穢れてる」
「リズ……?どうしてそんなことを言うの?」
「いやー、ふと思ってさ。怖くないのかなーって。あたしたちは人間と……、貴女と似た姿形をした魔族を、まるで畑を荒らす害獣を駆除するのと同じように何の抵抗もなく殺せてしまうのよ?」
それが救国の英雄だなんて笑えると、リズベットは自嘲するように吐き出した。
もしかすると、抵抗されることなく子どもたちに受け入れてもらえたアイシャと自分の違いを感じて少し卑屈になっているのかもしれない。このお嬢様はリズベットたちとは違い、とても綺麗だから……。
アイシャはふぅ、と小さく息を吐くと、リズベットに手を出すように促した。そして差し出された手を両手で包み込むと、彼女の目をまっすぐに見据えて口を開いた。
「戦争とはそういうものではなくて?守るためには殺さねばならない。戦場では重いはずの命が羽のように軽くなる。失われた命は戦果として、あるいは戦力の損耗率として数字となる。それは普通のこと。でもリズは過去の自分を振り返って命を数字として見たことを後悔してる。そんな人を怖いなんて思わないわ」
「……それ、これから先も同じこと言える?」
「言えるわよ。当たり前じゃない」
「そう……。ありがとう」
優しく包み込むように微笑みを浮かべるアイシャに、リズベットは苦笑した。
このお嬢様は戦争というものを頭ではしっかりと理解しているらしい。しかしそれでいて、現場を見ていないせいか、まるで穢れを知らぬ天使が言いそうな生温い言葉がすらすらと出てくる。
リズベットはアイシャの手を握り返し、その言葉が嘘にならないことを祈った。
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