【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々

文字の大きさ
63 / 149
第二章 マリーナフカの棺とハルの妖精

30:奥様(1)

しおりを挟む
 その日のうちにイアンの前まで連れてこられたマリンは、抵抗する事なく自身の知る範囲のことを全てを話した。

 司祭が禁止薬物を仕入れている事。お金を着服している事。魔族の子どもを引き入れている事。その子どもを自爆させ、意図的に負傷者を出している事。
 
 イアンの前に跪くマリンは冷静に淡々と話す。彼女の声にも瞳にも怯えた様子はなく、怒りや憎しみなども感じない。ただ、所々言葉に詰まる様子やたまに瞳を潤ませている姿から、彼女が自分の罪を後悔しているようには見えた。
 アイシャはそんな彼女に優しく寄り添い、イアンは逆に彼女を冷たく見下ろす。
 そばに控えるテオドールや集められた騎士団の面々も皆、主君同様、冷静に彼女を冷めた目で見下ろしていた。
 だがしかし、リズベットだけは冷静でいられるわけもなく、ワナワナと肩を震わせていた。

「どうして、どうしてよ!マリン!」

 今にも掴みかかりそうになるリズベットを同僚たちは慌て止める。けれど彼女の怒りは収まらない。
 ……いや、これは怒りではない。悲しみだ。
 シスターと騎士と言う立場だが、ずっと共にこの地のために戦ってきた戦友だと思っていた。
 それなのに、こんな裏切りはない。
 あの日、一番仲の良かった女性騎士がマリーナフカの自爆に巻き込まれ、大怪我を負った日。必死になって治療していた司祭やマリンの姿は嘘だったのだろうか。彼女が騎士を辞めざるを得なくなるばかりか、子どもまで望めない体となったことを一緒に嘆いて泣いてくれたシスター・マリンという人は幻だったのだろうか。
 違うというのなら一体どんなつもりで寄り添っていたというのか。

 リズベットは内側から出てくる言葉を躊躇うことなくそのまま投げつけた。
 マリンはその言葉たちをただただ静かに受け止めた。

 騒然とする執務室。
 イアンはひとつため息をこぼすと、リズベットに落ち着くよう言い、退室させた。

「我が騎士が失礼した、シスター・マリン」
「い、いえ。私が全て悪いので」
「そうだな。悪いのは君だ。彼女は裏切りにひどく心を痛めたらしい」
「はい……。すみません……」
「それで?司祭殿と魔族の取引とはどのようなものなのかわかるか?」
「はい……。その、まず前提として司祭様は魔族の言葉を知りません。そしておそらく、魔族もこちらの言葉を知りません。ですから奥様がおっしゃるように明確に『保護して欲しい』と依頼された訳ではないと思います」
「なるほどな」
「ただ、言葉を交わさずともジェスチャーで意思の疎通は可能かと思います」
「何となく、お互いの言いたいことを察しているということか」
「……司祭様は大体いつも、雨の降る夜に砦付近まで散歩に向かいます。そして夜の見張り番の兵士たちに軽く挨拶をして、『いつもの墓参りだ』と砦の壁沿いに湖の近くまで歩きます」
「墓参り?」
「はい。昔湖で溺れて亡くなった子どもがいるらしく、その墓がそこにあるのだと司祭様は良く話していらっしゃいました。その話が真実かは分かりませんが、墓は確かにあります。そしてその墓で隠れているのですが、砦の壁が一部くずれている箇所があるのです」
「……なるほど、そこからマリーナフカが出入りしていると」

 イアンは砦の管理を任せている騎士団の副団長をギロリと睨んだ。
 そんな報告は上がっていない。おそらく墓を動かしてはならんと遠慮していたのだろうか、壁の破損を放置するなど命取りだ。
 副団長は申し訳なさそうに頭を下げ、事が終わり次第早急に修復すると約束した。

「雨が降る日に毎回、というわけではないのですが、たまに墓の後ろから綺麗な布が見えるのです。それが合図となっていまして、司祭様は墓石を横にずらすのです。そうすると、壁の向こう側には子どもがいて、子どもだけがその穴からこちら側に入ります。穴の奥を覗くと、魔族の女が遠くから何度も深く頭を下げている様子が見えます。時折、跪いて両手を組み、天に祈るようにしてその手を空高く掲げる姿も目にしました」
「どう見てもこちらに危害を与えようとしているようには見えないと?」
「はい。敵意は感じません」
「いつもこちら側に来たマリーナフカたちはその後どうしているんだ?」
「一時的に司祭様のお部屋に匿ったあと、時期を見て例の禁止薬物を飲ませます。……えっと、その、少しでも楽に、死ねるようにと……」
「ハッ……、そうか」

 自分から殺そうとしておいてその気配りをするのかと、イアンは思わず失笑してしまった。
 しかし、きっとマリンも同じことを思っていたのだろう。彼女は申し訳なさそうに顔を伏せた。

「わかった、ありがとう。ではしばらく、雨の降りそうな夜を警戒しておくとするよ」
「はい……」
「シスター・マリン。君は司祭殿に感づかれぬよう注意しつつ、彼の書斎から証拠となりそうなものを持ち出し、保管しておいてくれ。彼に変な動きがあればすぐに報告してほしい」
「かしこまりました……」
「君も無罪放免とはいかないが、協力するのならそう悪いようにはしない。だがもし、裏切るような真似をするのなら、その時は覚悟しておく方がいいだろうな」
「肝に銘じておきます」
「ではもういい。下がりなさい」
「はい。ありがとうございました、領主様」

 マリンは深々と頭を下げ、騎士と共に静かに部屋を後にした。
 再び静まり返る室内。妙な緊張感が漂う。

「信用できるのでしょうか?」

 マリンを拘束せずに返したことを心配するテオドールは扉の方を眺めながら呟いた。
 それは騎士達も同じなのか、同意するように頷く。
 するとアイシャは優しく微笑みを浮かべ、『大丈夫だ』と言い切った。
 たしかに彼女が裏切らない保証はない。
 だがアイシャに見せた涙も懺悔の言葉も、全て後悔しているからこそのものであるはずだ。だからアイシャは彼女を信じるのだと話す。
 騎士達は不服そうにしながらも渋々納得した。
 

「それよりも、リズの方が問題かと」
「リズか……」

 イアンは口元を手で隠し、小さくため息をこぼした。
 今回の件について騒ぎを大きくすることはイアンの本意とするところではない。何故なら信頼の厚い司祭の裏切りは民の心を大きく揺るがすからだ。冬のこの時期に大きな混乱は招きたくない。
 出来るだけ武力に頼らず司祭を現行犯逮捕し、かつその場に来ていた魔族に戦争終結に向けての交渉する必要がある。
 そして交渉による解決を望む以上、冷静でいられないのなら連れてはいけない。
 イアンが難しい顔で唸っていると騎士団長が遠慮がちに口を挟んだ。
 
「すみません、旦那様。奥様が同行なさるとのことだったので数に入れたのですが、人選ミスでしたか?」
「まだ何とも言えんな。……とりあえず、テオ。冷静になれないのなら今回の件からはずすと後でリズに言っておいてくれ」
「何で僕が……」
「リズはお前の話なら聞くだろう?どうしてかは知らないが。……どうしてだ?」
「僕に聞かれても困りますよ」

 テオドールは面倒臭そうに返した。二人とも、本当にわからないという様子だ。
 薄々リズベットの矢印が誰に向かっているのかを勘づいている騎士達は彼女が少し哀れに思えたが、それを口にするのは野暮というもの。
 テオドールはアイシャを伴い、リズベットの部屋に向かった。
しおりを挟む
感想 211

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ
恋愛
王太子アルトゥールの婚約者として生きてきた 貴族令嬢ミディア・バイエルン。 だが、偽りの聖女シエナに心を奪われた王太子から、 彼女は一方的に婚約を破棄される。 「戻る場所は、もうありませんわ」 そう告げて向かった先は、 王都から遠く離れたアルツハイム辺境伯領。 権力も、評価も、比較もない土地で、 ミディアは“誰かに選ばれる人生”を静かに手放していく。 指示しない。 介入しない。 評価しない。 それでも、人は動き、街は回り、 日常は確かに続いていく。 一方、王都では―― 彼女を失った王太子と王政が、 少しずつ立ち行かなくなっていき……? 派手な復讐も、涙の和解もない。 あるのは、「戻らない」という選択と、 終わらせない日常だけ。

虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

第二王女と次期公爵の仲は冷え切っている

山法師
恋愛
 グレイフォアガウス王国の第二王女、シャーロット。  フォーサイス公爵家の次期公爵、セオドア。  二人は婚約者であるけれど、婚約者であるだけだった。  形だけの婚約者。二人の仲は冷め切っているし冷え切っている。  そもそも温度など、最初から存在していない。愛も恋も、友情も親しみも、二人の間には存在しない。  周知の事実のようなそれを、シャーロットもセオドアも否定しない。  お互いにほとんど関わりを持とうとしない、交流しようとしない、シャーロットとセオドアは。  婚約者としての親睦を深める茶会でだけ、顔を合わせる。  親睦を深める茶会だというのに、親睦は全く深まらない。親睦を深めるつもりも深める意味も、二人にはない。  形だけの婚約者との、形だけの親睦を深める茶会。  今日もまた、同じように。 「久しぶりに見る君が、いつにも増して愛らしく見えるし愛おしく思えて、僕は今にも天に召されそうなほどの幸福を味わっている。──?!」 「あたしのほうこそセオ様とお顔を合わせること、夢みたいに思ってるんですからね。大好きなセオ様を独り占めしているみたいに思えるんですよ。はっ?!」  顔を合わせて確認事項を本当に『確認』するだけの茶会が始まるはずが、それどころじゃない事態に陥った。  

処理中です...