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番外編 ビターチョコレート
17:走る
しおりを挟む夏祭りは『馬鹿騒ぎ』という言葉が似合うほどに騒々しく、暗い海の底に沈んでいたランの心を強制的に引き上げてくれた。
「カーベル卿!これ美味しいです!!」
ランは片手に焼き鳥、片手にカラフルな飴を持って隣を歩くカーベルを見上げた。
カーベルは自身の妹の幼い頃を思い出したのか、子どもを見るような慈愛に満ちた目でランを見下ろす。
「ランさんもまだまだ子どもですねぇ」
「いつもなら反論するところですけど、今日はもう子どもでいいです。その方がはしゃいでいても許されるでしょう?」
「それは確かに」
「というか、荷物を持たせてしまってすみません」
「お気になさらず。これも私の仕事ですから。給料分は働かねば!」
カーベルはそう言って、アイシャにもらった小遣いを見せた。
これと今月分の給金を合わせ、今夜はヴィルヘルムの娼館にいる愛しの彼女達に会いに行くのだと言う。
「お金を積めば会える彼女です」
「それ、虚しくないですか?」
「何故です?」
「だって、どれだけ貢いでも返ってくるのはそのいっ時だけの愛情でしょう?」
「私は花を愛でたいだけなので見返りは求めていません」
「良客!」
「ちなみに胸周りが90以上ないと満足できません」
「それはそんなに堂々と言うことではないかと」
誰だ、カーベル卿は紳士とか言ったやつ。
女性の扱い方は確かに紳士だが、発言は紳士ではない。ランは思わず半眼になってしまった。
(まあ、遊び方も含めて大人ではあるけど……)
この後の行き先はともかくとして、こういう風にこちらに気を使わせない言い方が出来るのは大人だなと思う。
少なくとも、常にこちらに気を遣わせるどこかの誰かよりは遥かに大人だ。
「カーベル卿。愛しの彼女へのプレゼントは買いましたか?」
「バッチリですよ」
「そうですか。私も奥様へのお土産をたくさん買えましたし……。そろそろ戻りましょうか」
「うーん。それはもう少しだけ待ってもらえますか?」
「……え?待つ?」
胸ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認するカーベルにランは首を傾げた。
待つ、とはどういうことだろう。
「誰か合流するんですか?」
「するかもしれないし、しないかもしれないという感じですねぇ」
「何だか曖昧ですね」
「来るかどうかはまだわからないので。とりあえず、商店街の奥まで移動しましょうか」
「そこで待ち合わせなんですか?」
「そういうわけではないのですが、私はゴールの役目を果たさねばならないので」
「どういう意味ですか?」
「まあ、秘密です」
カーベルはすぐにわかるからと何かを悪いことを企んでいるような笑みを浮かべて、ランを商店街の奥へ誘った。
*
「………あっっつい!!」
テオドールは走りながら上着を脱ぎ、スカーフを剥ぎ取り、シャツのボタンを二つほど開ける。
やはり正装なんてしてくるんじゃなかった。
周りの目は気になるし、似合ってなさすぎるし、何よりこの姿を見た時のランの反応が怖すぎる。
だって今、彼女の隣にいるのはこの服が誰よりもよく似合う本物の騎士。
「……いやいや。カーベル卿こそ、子どもには興味がないはず」
カーベルの歴代の恋人から推測するに、多分彼は胸回りが90はないと食指が動かない。
だからランに興味はないはず。どうせ、デートなんて嘘に決まってる。アイシャがランにお使いでも頼んでいるのだ。
商店街に行ったのだって、お使いのためで目的地は宿屋じゃない。
でも何故かイライラする。気になって仕方がない。
もし本当に二人が宿に向かってしまったらどうしようとか、そんな考えが止まらない。
(今日出されてる外泊届け、チェックしとけば良かった!)
テオドールは流れに逆らうように人混みを掻き分け、商店街へと走る。
市民楽団の陽気な音楽は、今更必死になる自分を嘲笑っているように聞こえるし、手を繋いで幸せそうに歩くカップルはもう、自分への当てつけにしか見えない。
自分でもかなり捻くれていると思う。救いようがない。
けれどそれがテオドールという人間で、人生をやり直すでもしない限り、この性格は治らないだろう。
果たしてランはそんな面倒臭い男を受け入れるだろうか。
大事なことなんて何一つ言ってないのに、都合よく拠り所にした。
自分の気持ちすらちゃんと伝えていないのに、自分のものであるかのように扱った。
せっかく差し伸べてくれた手を、振り払った。
あり得ないほど最低に、自分勝手に振る舞って。
でもそれすら受け入れてもらえるはずだと甘えて。
「ははっ。本当に救いようがないな。手遅れかも」
自分の行動を思い返しながら、テオドールは呆れてしまった。
普通ならもう手遅れだ。今更縋り付いたところで、挽回などできるわけがない。
きっとランはあの鉄壁の笑顔でテオドールの好意を拒絶するだろう。
けれど、それが分かり切っていても、彼には伝えなくてはいけないことが山ほどある。
尤も、彼女がそれを聞いてくれるかどうかも定かではないのだが。
(とりあえず不誠実な態度をとったことを謝って、リズとの関係を終わらせたことを報告して、そのことについてのお礼も言って。あとは……ああ、そうだ。ちゃんと、好きだと伝えなくては)
好きだから側に呼んだ。
好きだから髪に触れて、好きだから抱きしめた。
代わりにしたかったわけじゃない。
あの夜。ランに言った『好きになるな』という言葉は、本当はテオドール自身に対して言った言葉だったのかもしれない。
自分がランを好きにならないように、彼女に恋をして『自分も幸せになりたい』なんて決して思わないように、戒めとして口に出した言葉だったのかもしれない。
(思えば、初めから気になっていたのかも)
いくら主人を守るためとはいえ、初対面で、しかもこれから上司となる相手に突っかかるなんて普通はしない。
けれどランはアイシャのために、平気で突っかかってきた。その姿はテオドールにはとても新鮮で、好感が持てた。
「……くそっ!どこにいるんだよ!」
ランは背が小さいから、人混みに紛れてしまえばなかなか見つからない。
商店街に入ったテオドールは辺りを見渡しながら奥に進む。
するとテオドールは人混みの中、風に揺れる赤髪と真っ白なワンピースを着た少女を見つけた。
「……!?ラン!!」
後ろ姿を見ただけでもランだとわかる。あの背丈と歩き方は間違いなくランだ。
「だから、何でそんな可愛い格好をするんだよ」
やはりテオドールの予想通りだった。彼女が通り過ぎた後、数人の男が振り返っている。
カーベルがいるから声をかけていないだけだ。
「あー、もう!見るなよ!!」
ランが可愛いのはよく知っている。だから誰も彼女を見ないでほしい。見つけないでほしい。
「ラン!」
名前を呼ぶが聞こえていないのか、彼女は反応しない。
「ランってば!」
テオドールはもう一度、大きな声で彼女の名前を叫び、必死にその小さな背中を追いかけた。
何ごとかと人々が振り返る。正直かなり恥ずかしい。
だが、もうなりふり構っていられない。
「ラン!待って、ラン!!」
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今後のためにも、大通りの道はもう少し綺麗に舗装した方が良いかもしれない。
「ラン!!」
やっと声が届いたのか、ランはくるりと振り返った。
テオドールはあり得ない光景を見たかのように大きく目を見開いて驚く彼女を、正面から勢いよく抱きしめた。
彼女の赤い髪からは、やっぱり陽だまりの匂いがした。
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