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 アメリアは貼り付けたような冷たい微笑みを浮かべ、自身の出自を語った。
 恐らくその話は、養子という点以外はエドワードが知らないの話だ。
 エドワードは動揺が表に出ぬよう、努めて冷静に振舞う。

「私はお金で侯爵家に買われた元平民です。困窮した我が家を救うため、侯爵が資金援助を申し出てくださり、その代わりとして私は侯爵家へと引き取られました」
「養子である事は知っている。だから『自分は王家に相応しくない』と婚約を破棄したがっていることも」

 彼女が婚約を破棄したい理由が、ではないことなどわかっているのに、嘘をついた。
 もしかしたら、はじめはそうだったのかも知れないが、今は確実に違う。

「侯爵は、私の事をとても大切に育ててくださいました。貴族の娘として必要な教育を十分に受けさせてくださいました。適度な贅沢も与えてくださいました。実の親にも、たまに会う事を許してくださっています」
「…侯爵は温厚で優しい人格者だからな」

 だからエドワードは、サザーランド侯爵家を選んだ。アメリアが傷つかないように。

「けれど、殿下。私はずっと不思議だったのです。何故、侯爵が資金援助の代わりに私を要求したのか。だって、侯爵家にはローレンスお兄様という跡取りがすでに存在していました。女児を求める理由がないのです」
「政治的な理由がなくとも侯爵はもうひとり、子どもが欲しかったのかもしれない。侯爵夫人は跡取りを産んだ後、子が産めなくなったと聞いたことがあるから。」

 だからエドワードは、侯爵家を選んだ。万が一にでもアメリアの下に娘ができてしまい、その娘を充てがわれては困るから。

 なんとか平静を保ち、優しく穏やかに振る舞おうとするエドワード。
 アメリアはふふっと微笑み、感情のない目をエドワードに向けた。

「実の両親は、今は幸せに暮らしていますし、侯爵家には大変感謝していました。侯爵家の方々から受けた愛情も、私は疑っていません。もしかしたらはじめは、何か利用価値があるから優しかっただけなのかもしれませんが、今はそれだけではない事も分かっています」

 アメリアは目を閉じ、すうっと息を吸いこむ。
 そして低く吐き出した。真っ直ぐに向かいの婚約者を見据えて。

「確証はありません。全ては巧妙に仕組まれ、その痕跡ひとつ残されていませんでした。故にこれは私の推測の域を出ません」

 アメリアは何の事を指して話しているのか、主語を明確にしない。
 故に、エドワードは何も反応を返せない。かと言って黙っている事もできない。
  「なんの話か」と聞けば、アメリアの口から自身の悪行を説明されてしまう。
 しかし何も言わなければ、それはアメリアが何の話をしているのか「理解している」と言っているも同然。 

 別に逃げ道がないわけではない。
 証拠を残していないのだから、どうとでも言える。
 だが、アメリアの視線が逃げることを許さない。
 エドワードは恐る恐る口を開いた。

「…どこでまで知っている?」
「何も知りません。ただこの間、昔実家の商会に出入りしていた男性と出会いました。」

 エドワードはすぐに、ダグラス・ローズだと気づく。

「久しぶりに再会した男性が話してくれました。実家が困窮していた時期、何度かその場には似つかわしくない金髪碧眼の美しい少年を見たと。その少年とは知り合いだったのかと聞かれました」
「……アメリア、俺…」

 エドワードは言い淀む。  
 アメリアがどこまで知っているのかわからない。おそらく詳しくは知らないだろう。
 だが、エドワードが汚い手を使いアメリアを手に入れたことだけは、間違いなく知っている。

「ねえ、殿下。私は恐らく知ってはいけないことを知りました」

 いつもは屈託のない純真無垢な笑みを見せるアメリアが、もの悲しげに微笑む。

「そう、か」
「けれど貴方への愛情はあります。貴方からの愛情も疑ってはいません。共に過ごした時間も、貴方が私にくださった優しさも、全て私の宝物です」 

 アメリアは胸に手を当て、ゆっくりと目を閉じた。
 目の前にいる幼馴染は長く時間を共にしてきた戦友だ。大切な友だ。彼に対する深い愛情はある。
 だが、彼女にはどうしても譲れないものがある。


「殿下、どういたしましょうか?」

 アメリアはエドワードに問う。
 彼女の望みを叶えるのか、自分の望みを叶えるのか、選択権は彼にある。
 それが身分というものだ。
 
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