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N.G397年 ラフィン戦争⑫

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 ベッドで寝ていたザクスは微かに聞こえた物音で目を覚ます。すると暗闇の中でクリスが身支度を整えていたのだ。

「ん? どうした? こんな夜中に」

 時刻はまだ午前一時過ぎ。不思議に思ったザクスが不意に声を掛ける。

「あっ、ごめん、起こしちゃったね。もう少し一緒にいたかったんだけど完全に夜が明ける前に帰っとかないと、堂々と朝帰りするのもまずいかなってね」

 クリスは振り返り悪戯っぽく笑ってみせた。

「そうか。ならせめて近くまでは送って行くよ」

「いいよ、別に。私結構強いから大丈夫だと思うよ」

「確かに強いのは認めるけど。それでも送って行くのがマナーだろ。それにもう少し一緒に……」

 そこまで口にした時、クリスが近付き軽くキスをしてきた。

「折角決心して支度してたのにそんな事言われたら鈍るでしょ。じゃあ折角だし送ってくれる?」

 そう言って目の前で満面の笑みを見せるクリスを思わずそのままベッドに押し倒したくなるザクスだったがそこはグッと我慢する。

 二人は西側にあるサリアの街の出口まで来た所で立ち止まった。

「ここでいいよ。私はホテル取ってる訳じゃないからここから街を出て隊が駐留してる所まで戻らないといけないし」

「その付近まで送らなくても大丈夫か?」

「見張りの兵に見つかったら貴方の事どう説明するのよ? ナンパされて今まで一緒にいました。なんて言える訳ないでしょ」

「まぁ確かにそうなると面倒臭い事になるか」

 そう言って別れを惜しむザクスにクリスが抱きつき口付けを交わす。

「離れるけど浮気はしないでね。もしこのまま連絡取れなくなったら地の果てまででも探しに行くから」

 悪戯っぽい笑顔を見せクリスは街を出て行った。ザクスはクリスを見送ると一人静かにホテルへと帰って行く。



「なんだ門限も守らずこんな時間に帰って来るとはいいご身分だな」

「たまにの事で飲み過ぎちゃったのよ。勘弁してよ」

 移動基地ベースに戻ったクリスは見張りの兵に皮肉を言われたが軽く受け流して自らの部屋に戻ると、同室であるリオが目を覚ました。

「姉さん! 何処行ってたんだよ?」

「ごめんごめん。つい飲み過ぎちゃった」

「まぁいいんだけど……なんか司令官が探してたよ。『クリスティーナ中尉は戻っているか?』とか言って」

「えっ? なんで? 門限破ったからって司令官が出てきたりしないよね?」

 隊のトップ自らが自分を探していたと聞いてクリスは僅かに焦った表情を見せる。

「さぁ? この前酔っ払って絡んできた上官蹴り飛ばした件じゃないですか?」

 リオが笑いながらそう言うとクリスは天を仰ぎ頭を抱えた。

「あれはあいつが悪いでしょ。それと貴女、元々目が細くて笑ってる様な顔してるんだから気を付けないと笑いながら意地悪言ってるように見えるわよ」

「人のコンプレックスにダメ出ししないで下さい。それと私は根性悪いから仕方ないでしょ。司令官が『戻ったら連絡するように』って言ってたけどどうすんの? 夜中だけど『今戻りました!』ってドア叩きに行く?」

「それこそ厳罰でぶん殴られるわよ。夜が明けたら朝一でとりあえず謝るか」

 更に意地悪そうな笑みを浮かべるリオにクリスは呆れる様に言った後、自らのベッドに横たわった。
 しかしそれから一時間も経たないうちに部屋のドアを激しく叩く音で二人は飛び起きる事になる。

「クリスティーナ・ローレル中尉! モドリアット・ギブソン司令がお呼びだ! すぐに司令室まで来るように!」

「……最悪な目覚め。中途半端に帰って来なきゃよかった」

 クリスが寝ぼけながら頭を抱えて呟く。

「まさか逆にドア叩かれるとは。姉さんとっとと行ってさっさと用件聞いてもう一眠りしましょう」

 クリスはまだ眠い頭を起こすように軽く叩くと勢い良く立ち上がる。
 その勢いのまま軍服を素早く身に纏うとそのまま司令室へと赴いた。

「クリスティーナ・ローレル中尉入ります」

 クリスが司令室の前に立ち、声を張るとドアを開けて入室する。
 部屋の中に入るとモドリアット司令官が椅子に座りふんぞり返っていた。

「中尉、サリアへの負傷者の搬送ご苦労だったな。しかし堂々と門限を破るとはな」

「休暇届けを出していたとはいえ、門限を大幅に超えてしまい申し訳ありませんでした」

 モドリアットがとりあえず、といった感じで労いの言葉を掛けた後、口角を上げて嫌味を言うがクリスは綺麗な敬礼をし謝罪を口にする。

「ふん、まぁいい。中尉、実はなサリアに今、ザクス・グルーバーがいるそうなんだが君は知っていたかね?」

 クリスはあまりにも突然、核心に迫る様な質問を受け心臓が止まりそうになった。

「い、いえ、その……その情報は確かな物なんですか?」

「ああ、サリアの街にいて宿泊している事は確かな情報だ。しかしどの部屋にいるかまではわからないんだがな」

 つい数時間前までその人と同じ部屋で寝てました。
 などと言える筈もなく、クリスは内心かなり焦りながらも毅然とした表情は崩さずにいた。

『何が言いたい? まさか私とザクスの関係に気付いているとかはないよね?』
「あのザクス・グルーバーがいたのなら一度会って手合わせぐらい願いたかったですね」

 クリスは動揺を悟られぬよう、努めて冷静に振舞っていた。

「中尉、君もかなりの実力があるのはわかっているがそれは諦めてもらおうか。我々は正直ザクスとまともにはやり合いたくはない」

「ええ、まぁ仕方ないですね。黒い死神と呼ばれているぐらいですから。先日も別部隊がやり合って相当な被害が出たとか」

 言いながらクリスはほっと胸を撫で下ろしていた。このままザクスを避けてくれればややこしい事にならずに済むと。
 しかしモドリアットの考えは違った。

「そうなのだ。だからまともにはやり合いたくない。ならば寧ろ今なら殺れるんじゃないかな? そう思わんか?」

「!? も、申し訳ありません。私にはどういう意味かわかりかねます」

 クリスが戸惑い問い掛けるとモドリアットは酷く不気味な笑みを浮かべた。
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