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動き出した運命③
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「確かにフェリクス・シーガーとは知り合いでしたし何度か話した事もあります。しかし彼に軍の事や仕事の事は話した事は無いですし、彼の正体を知ってからは連絡も断ちました」
セシルが緊張した面持ちで報告するのをアイリーンは恐ろしい程冷静な目をして見つめていた。セシルの報告の後、僅かな沈黙の時間が訪れる。重い空気が場を支配し、セシルはその空気に押し潰されそうになっていた。
「……なるほど、そうか。まぁ何を思ってあの男がお前に近付いて来たのかはわからんがあの男の事だ、良からぬ企てでもしていたのだろう」
「良からぬ企て、ですか?」
「ああ、あの狡猾な男の事だ。何食わぬ顔でお前に近付き、こちらの情報や情勢等を聞き出す算段だったのではないか? 更にあわよくばお前を丸め込み、いいように使おうとしていたのかもしれんな」
時折笑みを交えながらアイリーンが語るが、その言葉を聞きながらセシルの心はざわついていた。はっきりとわかる自らの憤りを治める為、セシルは下を向きながら歯を食いしばり、そして大きく息を吐いた。
「……アイリーン大佐。彼について、ザクス・グルーバーについて何かご存知なのですか?」
「ふっ、ザクスとは直接やり合った訳ではないが前の大戦から浅からぬ因縁があってな。あの男のせいで私も苦い思いをさせられたのだ」
「そうだったのですか。ですが私は簡単に丸め込まれる程容易い女でもありません」
セシルが毅然とした態度で強い眼差しをアイリーンに向けるとアイリーンの表情が綻んだ。
「ふふふ、お前がそんな簡単にたらしこまれる様な短絡的な女ではないとはわかっている。悪かった、そんなに睨むな」
「あ、いえ、そんなつもりはなかったのですが、申し訳ございません。それでは私は今日は部屋に戻り、明日から通常の訓練に戻ります」
「ああ、今日はゆっくり休んで明日からに備えるといい」
一通りの報告を終えたセシルは深く一礼するとゆっくりと部屋の出口に向かって歩き出す。そんなセシルの後ろ姿をアイリーンは笑みを浮かべながら見つめていた。そしてセシルが部屋を出ると一瞬の間を取り、すぐに直属の部下を呼ぶ。
「セシル・ローリエを監視せよ。いいな、目を離すな」
「はっ!」
アイリーンの命令に力強く敬礼をし兵士はすぐさま部屋を後にした。
「……女である前に貴様は兵士なのだセシル・ローリエ。優秀な駒は大事にしたいのだが、さてどうなるかな?」
アイリーンは椅子にゆったりと腰掛けたまま不敵な笑みを浮かべていた。
一方アイリーンの部屋を後にしたセシルは自室には戻らずにいまだ戻らない魔力の治療へと向かっていた。
治療室に着くとカプセルに入り、いつも通りあたたかな心地よい治療が始まる。寧ろ治療というより質の良いリラクゼーションに来ている様な気分にもなる。
『ふぅ、少し落ち着いてきたかな。さっきは流石にむかついちゃったな……私はそんなに簡単で浅はかな女じゃないっての』
セシルは先程の憤りは自らを簡単な女だと思われた事に対する怒りだと結論付けていた。寧ろそう思わなければ平静を装えなかったのかもしれない。
それから暫くはそれぞれが普段通りの日常に戻り、記念式典から二週間が経過した。
あれから二週間、何事も無く過ごしていたセシルだったが何処か物足りなさの様なものを感じていた。
時間が経てばこの感じていた虚無感の様なものも無くなるかと思っていたが無くなるどころか酷くなっている様な気さえする。
自室で休んでいたセシルは徐にタブレットを手に取る。画面には相変わらず未開封になっているメールが一件。あの日届いたフェリクスからのメールだ。
「ふぅ、一人で悩んでても仕方ないか」
そう呟きフェリクスからのメールを開くと、そこには短い文で
『もう一度会って話がしたい』
そう書かれていた。
「ふん、なるほどね」
セシルは少し考えた後、メールを打ち始める。
『初めに返信遅くなってごめんね。貴方からのメールを開く気にどうしてもなれなかったの。あの日から二週間程が経ったけど私はまだ怒って――』
そこまで打ってセシルの手が思わず止まった。
自分は何に怒っているのか? 正体を隠されていたから? 多分少し違う。もし初めから『実は俺はザクス・グルーバーなんだ』なんて言われてたらこんなに深く関わる事もなかったはずだ。そんな事はフェリクスもわかっていたから正体を明かす事なんか出来ずにいたはず。そんな事はわかっている。
更にアイリーンとの会話で憤りを覚えたのは本当に自分が軽んじて見られたからなのか? 恐らくこれも違う。フェリクスの事を『狡猾な男』と決めつけられ、自分との関係を偽りの物と言われた。だから腹が立ったのだ。
『何も知らないくせに』本当はそう言って怒りたかった。
そんな事を考えていると、いつの間にかほくそ笑んでいる自分に気付いた。
打っていた一文を少し消して、再び打ち始める。
『――私はまだ混乱してます。何が正解かもわからないし、このまま一人で悩んでも多分答えは見つからないと思う。だからもう一度会ってフェリクスの話を聞こうと思います。色々あるし二週間後にそっちに行こうと思ってるからまた連絡するね』
フェリクスに返信するとタブレットを操作して写真のアイコンをタップする。画面には滝をバックに満面の笑みを浮かべるセシルと少しうつむき加減で笑みを浮かべるフェリクスを写し出していた。
「そりゃ写真撮るのも抵抗するか……ごめんね」
セシルは一人写真に語り掛け、笑みを見せる。
今までずっと溜まっていたモヤモヤした物が少しだけ晴れた気がした。
しかしセシルが前に進もうとしていたその裏で世界は動乱の時代へと突入しようとしていた。
セシルが緊張した面持ちで報告するのをアイリーンは恐ろしい程冷静な目をして見つめていた。セシルの報告の後、僅かな沈黙の時間が訪れる。重い空気が場を支配し、セシルはその空気に押し潰されそうになっていた。
「……なるほど、そうか。まぁ何を思ってあの男がお前に近付いて来たのかはわからんがあの男の事だ、良からぬ企てでもしていたのだろう」
「良からぬ企て、ですか?」
「ああ、あの狡猾な男の事だ。何食わぬ顔でお前に近付き、こちらの情報や情勢等を聞き出す算段だったのではないか? 更にあわよくばお前を丸め込み、いいように使おうとしていたのかもしれんな」
時折笑みを交えながらアイリーンが語るが、その言葉を聞きながらセシルの心はざわついていた。はっきりとわかる自らの憤りを治める為、セシルは下を向きながら歯を食いしばり、そして大きく息を吐いた。
「……アイリーン大佐。彼について、ザクス・グルーバーについて何かご存知なのですか?」
「ふっ、ザクスとは直接やり合った訳ではないが前の大戦から浅からぬ因縁があってな。あの男のせいで私も苦い思いをさせられたのだ」
「そうだったのですか。ですが私は簡単に丸め込まれる程容易い女でもありません」
セシルが毅然とした態度で強い眼差しをアイリーンに向けるとアイリーンの表情が綻んだ。
「ふふふ、お前がそんな簡単にたらしこまれる様な短絡的な女ではないとはわかっている。悪かった、そんなに睨むな」
「あ、いえ、そんなつもりはなかったのですが、申し訳ございません。それでは私は今日は部屋に戻り、明日から通常の訓練に戻ります」
「ああ、今日はゆっくり休んで明日からに備えるといい」
一通りの報告を終えたセシルは深く一礼するとゆっくりと部屋の出口に向かって歩き出す。そんなセシルの後ろ姿をアイリーンは笑みを浮かべながら見つめていた。そしてセシルが部屋を出ると一瞬の間を取り、すぐに直属の部下を呼ぶ。
「セシル・ローリエを監視せよ。いいな、目を離すな」
「はっ!」
アイリーンの命令に力強く敬礼をし兵士はすぐさま部屋を後にした。
「……女である前に貴様は兵士なのだセシル・ローリエ。優秀な駒は大事にしたいのだが、さてどうなるかな?」
アイリーンは椅子にゆったりと腰掛けたまま不敵な笑みを浮かべていた。
一方アイリーンの部屋を後にしたセシルは自室には戻らずにいまだ戻らない魔力の治療へと向かっていた。
治療室に着くとカプセルに入り、いつも通りあたたかな心地よい治療が始まる。寧ろ治療というより質の良いリラクゼーションに来ている様な気分にもなる。
『ふぅ、少し落ち着いてきたかな。さっきは流石にむかついちゃったな……私はそんなに簡単で浅はかな女じゃないっての』
セシルは先程の憤りは自らを簡単な女だと思われた事に対する怒りだと結論付けていた。寧ろそう思わなければ平静を装えなかったのかもしれない。
それから暫くはそれぞれが普段通りの日常に戻り、記念式典から二週間が経過した。
あれから二週間、何事も無く過ごしていたセシルだったが何処か物足りなさの様なものを感じていた。
時間が経てばこの感じていた虚無感の様なものも無くなるかと思っていたが無くなるどころか酷くなっている様な気さえする。
自室で休んでいたセシルは徐にタブレットを手に取る。画面には相変わらず未開封になっているメールが一件。あの日届いたフェリクスからのメールだ。
「ふぅ、一人で悩んでても仕方ないか」
そう呟きフェリクスからのメールを開くと、そこには短い文で
『もう一度会って話がしたい』
そう書かれていた。
「ふん、なるほどね」
セシルは少し考えた後、メールを打ち始める。
『初めに返信遅くなってごめんね。貴方からのメールを開く気にどうしてもなれなかったの。あの日から二週間程が経ったけど私はまだ怒って――』
そこまで打ってセシルの手が思わず止まった。
自分は何に怒っているのか? 正体を隠されていたから? 多分少し違う。もし初めから『実は俺はザクス・グルーバーなんだ』なんて言われてたらこんなに深く関わる事もなかったはずだ。そんな事はフェリクスもわかっていたから正体を明かす事なんか出来ずにいたはず。そんな事はわかっている。
更にアイリーンとの会話で憤りを覚えたのは本当に自分が軽んじて見られたからなのか? 恐らくこれも違う。フェリクスの事を『狡猾な男』と決めつけられ、自分との関係を偽りの物と言われた。だから腹が立ったのだ。
『何も知らないくせに』本当はそう言って怒りたかった。
そんな事を考えていると、いつの間にかほくそ笑んでいる自分に気付いた。
打っていた一文を少し消して、再び打ち始める。
『――私はまだ混乱してます。何が正解かもわからないし、このまま一人で悩んでも多分答えは見つからないと思う。だからもう一度会ってフェリクスの話を聞こうと思います。色々あるし二週間後にそっちに行こうと思ってるからまた連絡するね』
フェリクスに返信するとタブレットを操作して写真のアイコンをタップする。画面には滝をバックに満面の笑みを浮かべるセシルと少しうつむき加減で笑みを浮かべるフェリクスを写し出していた。
「そりゃ写真撮るのも抵抗するか……ごめんね」
セシルは一人写真に語り掛け、笑みを見せる。
今までずっと溜まっていたモヤモヤした物が少しだけ晴れた気がした。
しかしセシルが前に進もうとしていたその裏で世界は動乱の時代へと突入しようとしていた。
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