瀕死の部下と上司の話

negi

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【 アルフリック02 】


 食器を片付けてからレイナードの様子を見に戻れば既に眠っているようだった。
回復の為にあと数日は睡眠時間が長くなるだろうとフェンが言っていた。

「フェン、聞いていたと思うが明日から固形物も口にする。大丈夫か?」

〈 血も増えてきたし食べ物が入る所の傷は治ったから大丈夫。沢山食べた方が回復も早いよ 〉

「そうか。後どの位かかる?」

〈 上半分はあと二十日位かな~? 〉

「引き続き頼む」

〈 わかった 〉

 最初レイナードの意識がある時にフェンと会話を交わしたら酷く驚かれてしまったのでそれからはなるべく彼が眠っている間にしている。会話の間レイナードの寝顔は変わることはなく深く眠っているようだ。手を伸ばしてまだ少し白い頬に触れるとひんやりとしているのは身体に宿っているフェンが水属性だからだろうか。


 レイナードに私の契約精霊が宿っていることはごく一部の者しか知らない。
知っているのはあの時テント内に居たシグフリード部隊長、それに軍医のハミルトン・アークライト伯爵とその助手の二人の合わせて四人だけだ。
 契約精霊が他の人間に宿ってしまった事で私の魔法の威力が格段に落ちてしまっているので部隊としては他に漏らすわけにはいかないと言う事と、精霊が宿る事で瀕死の状態でも回復出来てしまう事例など今まで知られていなかったからだ。

 だからひっそりと私の屋敷に連れて来て誰にも会わせず匿っている状態なのは必然なのだが、少々後ろめたい気持ちもある。それは私がレイナードに抱いている感情を自覚しているからだ。

 元々レイナードに対しては好印象を持っていた。
補給部隊の中で彼はその魔力の多さから少し特殊な役割を担っていて「部隊の水瓶」「焚火当番」などと揶揄を含んだ呼ばれ方をしても文句一つ言わず黙々と仕事をこなしているのを知っていた。それなのにそんな周りの声が届いている筈の彼の魔力の使い方には相手への労わりを感じる事が度々あった。だから最初は身分の低い彼が理不尽な扱いを受けない様に目を配っていただけだった。

 シグフリード部隊長が目をかけていたこともあり、レイナードとは他の隊員よりも会話する機会が多かったと思う。そんな中、彼が部隊長と話した後に時折寂しそうな顔をしていることに気が付いてしまった。

 それは私の気持ちを酷く揺さぶる表情だった。

 それからは彼の事が気になってつい目で追ってしまい、一人でいる時にはこちらから声をかけたりもしていた。流石にこの年になればそれがどんな感情なのか理解していたが伝える気はなかった。

フェンはそんな私の気持ちに気付いていたようでレイナードに宿った後に
〈 この子が死んだらアルフは悲しいんでしょ? 〉と言われてしまった。


◇◇◇


【 レイナード03 】


 目が覚めるとアルフリック様が私の身体を拭いていた。その状況に驚き過ぎた私の口から変な声が出る。

「ひょぁっ?! な、何で、アルフリック様がそんなことっ、」

「ああ、起こしてしまったか? 後は腕だけだ。感覚はあるか?」

 胸から首までを拭いていたアルフリック様が私の腕を持ち上げて何か聞かれたけどそれどころじゃないよ! ベッドに寝ている私は病衣を開かれてて下着を身に着けていないから裸を晒している状態だ。「後は腕だけ」と言っていたから既にほぼ全身を拭いてくれたと言う事か? 

「申し訳ありません! こんなお世話までさせてしまって…」

「気にするな。お前は回復する事だけ考えていれば良い。それよりも私の手が触れた感覚はあるか?」

 そう言われてしまうと黙るしか無くて、持ち上げた腕を拭きながら聞かれた事に意識を向けてみた。お湯で濡らして絞った布を持ったアルフリック様の手が肩から肘を拭いてそのまま手首、手の甲、指へと移動する。

「あ、手の甲と指は解ります」

「そうか、こちらはどうだ?」

 持っていた手を反されて手のひら側を拭かれるとそれも感じる事が出来た。しかもその刺激に私の指が微かに反応して動いたのもわかった。

「はい。手のひらの方も解ります」

「今、指が動いたな。回復しているようで良かった…」

 そう言って目を細めたアルフリック様が私の指に触れて微かに笑みを浮かべている。その顔が本当に優しい表情で何だか頬が熱くなってきてしまった。
 その後反対側の腕も拭いてもらって病衣を元に戻して貰う間もアルフリック様の顔をまともに見る事が出来なかった。


 それから日が経つごとに少しづつ身体の感覚が戻って来て、それに合わせて動かせるところも増えていった。その間アルフリック様は私の世話の全てを一人でやってくれている。情報秘匿の為には仕方のない事だと頭では理解しているけど、申し訳なさが無くなるわけではない。
 アルフリック様は嫌な素振りを見せることなく介護してくれて、少しでも回復したことが解ると嬉しそうに微笑んでくれる。感覚が戻ってくると彼の手がどれだけ優しく触れていたかが解ってきて何故だか胸が苦しくなった。


◇◇◇


【 アルフリック03 】


 レイナードの意識が戻ってから十五日目で両腕が動かせるようになった。その為食事を自分で口に運べるようになったので介助が要らなくなってしまった。恥ずかしそうに口を開けるのをもう見る事が出来ないのは少し残念だが着実に回復しているのは喜ばしい事だ。


 そんな彼をシグフリード部隊長が訪ねてきた。
フェンに頼んで上半身を起こしてもらった状態でベッドの上からの挨拶に恐縮しているレイナードにシグフリード部隊長が気遣う言葉をかけた。

「順調に回復していると聞いたが調子はどうだ?」

「両腕が動かせるようになりました」

「うむ、それは良かった。今日は少々聞きたい事もあって見舞いがてら来たんだ」

 レイナードが重傷を負ったことは彼の実家であるカーシー男爵家にも連絡済だ。
会わせる訳にはいかないので適当な理由を付けて面会は出来ない事を伝えたのだが、全てそちらに任せると素っ気ない返事があっただけで怪我の状態さえ聞いてくる事も無かったらしい。その事がシグフリード部隊長の耳に届き訝しく思った為事情を聴きに訪ねてきたようだ。

 部隊長の問いに躊躇いながらレイナードが語った彼の実家での扱いを聞いて怒りを覚えた。それはシグフリード部隊長もだったらしく眉間に深い皺が寄っている。
 私達二人のそんな様子にレイナードが笑顔を浮かべて続けた。

「実家を出た今の私の居場所は魔物討伐部隊なのです。ですから怪我が治りましたら復帰させていただければ幸いです」

 淡々と話すレイナードが時折見せていた寂しそうな様子は実の親からの仕打ちのせいなのかもしれない。


「…そうか。もちろん席は空けておく。復帰を待っているぞ」

 レイナードの健気とも言える言葉にシグフリード部隊長は少しの間目を伏せ無言だったが顔を上げて真っ直ぐ彼の目を見て告げた。そして立ち上がって私に目配せしてから部屋を出て行く。 レイナードには見送りをしてくると告げて私も部屋を出て廊下の先に立つ部隊長を応接間へ案内したのだった。


◇◇◇


【 レイナード04 】


 シグフリード様に続いてアルフリック様も部屋から出て行った。まさかこんな状況で実家との関係をお二人に話すことになるとは思わなかった。

( でも、二人共怒ってくれていた )

 私が亡き御子息に生き写しらしく、シグフリード様には本当に良くして貰っている。こんな人が父親だった御子息が自分と比べて羨ましいと卑屈になったり、そんな方に目をかけてもらっていると多少のやっかみは受けるけど、お二人の下で働ける今の部隊が私には居心地の良い場所なんだ。だから「席は空けておく」と言って貰えて本当に嬉しかった。

 それにアルフリック様にご迷惑を掛けっぱなしなのが申し訳ないし早く回復して部隊に戻りたい。そう思ったところで胸の奥にツキっと痛みが走った。それが何故か解らなくて動くようになった手を胸にあてた時、耳元で小鳥の囀りが聞こえた。

〈 *・、き*え*? 〉

「あれ? アルフリック様がいないのに、精霊の声が…」

 精霊の声は契約者にしか理解できず他の人間には小鳥の囀りのように聞こえる筈なのに今少し人の声みたいな音が混ざっていたように感じた。

〈 聞こ**るじ・*。ね・、アルフ**と*きだ*? 〉

「え? あの、私に話かけてますか?」

〈 そうだよ。やっと繋がった 〉

「うわっ、契約者じゃないのに解る。どうして?」

〈 お前の魔力たくさん貰ったし、これだけ長く中にいたら繋がるよ 〉

「そうなんですね。――っ‼ まさか、アルフリック様とはっ?」

〈 あはは! 大丈夫、繋がったままだ。なぁ、お前の魔力美味しいからずっとアルフの側にいてよ 〉

 言われた言葉にまた胸に痛みが走る。それを無視して返事をした。

「…それは出来ません。回復したら元の所に戻らないと…」

〈 なんで? アルフが好きなんだろ? 〉



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