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15 馬車の中で2

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 日曜日の今日は午後に孤児院に行くので昼食を済ませてから予約しておいたお菓子を購入するために購買にやって来た。そうしたら俺を覚えてくれていた購買のおばちゃんが気付いて声をかけてきた。

「予約のお菓子、用意できていますよ。たくさんありがとうね」

 そう言って渡された紙を敷いた籠には丸く可愛いドーナツが沢山入っている。しかもナッツやドライフルーツが入っているものもあって色んな味があるようだ。

「わぁ、これなら小さな子も食べ切れます。ありがとうございます」

「小さな子の事を考えてこの大きさだったのね。あなたは優しい人ね」

 そんな風に言われると何だか照れてしまう。おばちゃんに代金を渡してもう一度お礼を言って昨日カフェで決めた待ち合わせ場所に向かった。


 待ち合わせ場所には既に馬車が停められていて殿下の指示で荷馬車に荷物が積まれているところだった。慌てて殿下の横まで走って行った。

「遅くなってしまい申し訳ありません」

「大丈夫。時間通りだよ。荷物の積み込みがあるから早めに来ていただけだ。それは差し入れのお菓子かい?」

「はい。ドーナツなんです。くずれそうなので抱えて乗っても良いでしょうか?」

「もちろん構わないよ。準備も終わったしもう乗ってしまおう」

 そう言って殿下が先に馬車に乗り込み籠を受け取ってくれて俺の手を引いて乗せてくれた。相変わらず紳士だ。

「さあ、二人きりの空間だ。砕けた態度が出来るように練習をしよう」

 えぇっ、あれまだ有効だったのか? セレスティンの貴族の常識が抑えられれば何とかなるかもだけど、難しいんだよなぁ。

「はい、じゃなくて…わかった。頑張り…るよ。…うう、難しい」  

「ははっ、その調子だ。折角だから名前で呼んでもらいたいな。殿下だと堅苦しいだろう?」

 ああああ、ハードルが上がってしまった。最近慣れてきて出てこなかったセレスティンの恋心が名前呼びに反応してキュンキュンしている。

「…ジークハルト様」

これは、ただ名前で呼んだだけなのに、思っていた以上に恥ずかしい。顔が火照っているから赤くなっていると思う。そして殿下は嬉しそうだ。

「そんなに恥ずかしい? 本当は敬称も無くして欲しいけど、まだ難しそうだな」

「それは無理、だよ。これ以上難しくしないで、欲しい」

 こんな途切れ途切れにしか話せないのに無茶言うな~!

 それから孤児院に着くまでたどたどしい会話が続き、最後の方でやっとそこそこスムーズな会話が出来るようになった。

 孤児院では午後の授業を見学させてもらってから食堂でドーナツを振舞った。皆嬉しそうに食べてくれたからまた購買のおばちゃんに報告しなくちゃ。
 その後は子供達にしりとりを教えてまた盛り上がってくれて楽しく過ごした。だけど帰り際にニールとマリカが泣きそうになってしまって、また来る約束をしてから孤児院を出た。馬車に手を振りながら結局二人は泣いてしまっていたな。

 窓から見ていた殿下がそんな子供達の様子を見て感心したように言った。

「セレスは本当に子供達に懐かれているな。皆君に名前を呼ばれるだけで嬉しそうな顔になっていた」

「私は子供が大好きなのでその気持ちが伝わっているなら嬉しいです」

 殿下に答えてから嬉しそうにドーナツを食べていた子供達を思い出した。教えたしりとりも一生懸命にやってくれて可愛かったなぁ。自然と頬が緩んでしまっていたら向かいに座る殿下が立ち上がって俺の隣に移動してきた。慌てて横にずれたけど、近いですって!

「で、殿下?」

「セレス、言葉遣いが戻っているよ。君は今最も私の近くにいる人だ。もっと私に慣れて欲しい」

 そう言って腰に腕を回して引き寄せられてこめかみ辺りに柔らかな感触と小さな音が鳴ったのを感じた。

( え? なに? 今の、もしかして殿下が俺にキス、したのか? )

 かぁっと顔に熱が集まって胸が苦しいくらい鳴り出した。指先も震えてきたのがわかる。その手を取られて顔を上げるとすぐ近くで殿下の端正な顔がこちらを見ていた。その顔が更に近づいて思わず目を閉じると今度は頬で小さな音が弾けてそれから唇に柔らかくて温かい感触が触れて腰に回った腕に力が入り身体が密着した。

「ん…」

  なにこれ。俺、殿下とキスしてる。でも嫌じゃない。俺、どうしちゃったんだよ。頭の中が大混乱しているうちに唇が離れて殿下の腕の中に抱きこまれた。身体が歓喜に震えるのはどちらの感情なんだろう。柑橘のような爽やかな香りに包まれると下腹の奥に熱を感じた。

「セレス、私は君が愛しい。今すぐにでも婚約者として発表してしまいたい」

 バクバク心臓は鳴っているし頭もくらくらしているけど、貴族としての記憶がそれは駄目だと訴えてくる。

「いけません。他の候補者の立場があります。卒業までは…」

「わかっている。自分の立場がもどかしい…」

 抱きしめる腕に力が入って密着した身体が熱い。もう誤魔化せない。俺は殿下の事が好きなんだ。セレスティンと気持ちが同化して苦しいくらいの感情が溢れて殿下に縋ってふるりと身体が震えてしまった。

「震えているね。セレス?」

「ジークハルト様…ん、」

 名前を呼んだら頬を包まれてまた唇が触れてきて柔らかく食まれてから離れていった。

「セレスが可愛くて愛しい。離したくない…」

 馬車が学園に着くまで隣に座った殿下に腰を抱かれて身体が密着したままだった。
会話を交わしたと思うけど、何だかふわふわと実感がないまま学園に到着して馬車を降りる時も殿下にエスコートされて何とか踏み外さずに済んだくらいだ。

 部屋に帰って身支度を整えてから向かった食堂で夕食も殿下と一緒に取ってその後寮の入口まで送ってもらった。王族である殿下の部屋は別棟になるのでそこで別れた。

「明日の朝食は一緒に取れそうだから迎えに来るよ」

 そう言って手の甲にキスをしてから帰っていく殿下の背中を見送っていたら寮の入口に守衛がいることにやっと気付いて慌てて部屋に帰った。


 自室の扉を閉じて1人きりになるともう駄目で、寝室に走り込みベッドにダイブしてたまらず叫んでしまった。

「うわぁぁぁぁっ!! はずっ、恥ずかしいぃ~!」

 ベッドの上をゴロゴロ転がって悶えてしまうのはしょうがないと思う。だって今まで恋をしたことなんてなかったんだ。セレスティンの恋心に引きずられているうちに段々と殿下に対する意識が変わってきたのは気付いていたけどさ。

(  セレスティン、記憶だけじゃなく君の恋心まで同化しちゃったよ。成就出来るように一緒に頑張ろうな… )

 殿下はセレスティンを婚約者にしたいと言ってくれたけど、まだ国の滅亡を回避できたわけではない。主人公の魅了から攻略対象者達を守り魅了のスキルを封印しなければ終わらないのだ。それに自分の気持ちを自覚した今は魅了で惑わす主人公なんかに殿下を取られるのは嫌だ。

 ガバッと起き上がってベッドをおりて机に向かう。いつものノートを取り出してこれからの事を念入りに考察する。この国を滅亡なんてさせてたまるか。


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