異世界の住人を見守るだけの簡単なお仕事です。

虫圭

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【女郎屋幸咲屋の禿美代―其ノ參―中】

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 あたしを引っ張ったのは、ここに居る筈のない幼馴染みだった。
 あいつは、あたしが男と二人で人気の無い場所へ歩いて行くのを見掛けて後を付いて来たと言っていた。それがたまたまだったのかどうなのか、気になるところではあったけれど、助けてくれたんだから四の五の言うのはお門違いってやつだろうね。大人しく感謝したよ。
 何処へ連れて行かれるのか分からなかったあたしは、幼馴染みに引っられて男の手から逃れた。縛られたままで腕もまともに振れない状態だったけれど、あいつに肩を抱かれて一目散に逃げ出したよ。あたしは怖くてぶるぶる震えていた。力強く、痛いくらいの力で肩を抱かれることが、すごく頼もしかった。二人で無我夢中で走ったよ。
 逃げ出したその時こそ追っ手の声がやかましく追って来ていたけれどね、待てー! だとか、逃げられると思ってんのかー! だとか、ぶっ殺してやるー! とかね。
 ふふっ。結局あたしとあいつは無事に逃げおおせたのさ。
 捕まりゃしなかったし、ぶっ殺されることもなかったよ。あたしとあいつはね。
 ただし、家に着いてからが悲惨だった。
 あたしが無事に戻ったことを喜んでくれた両親が次の日何者かに殺されて、あたしの家が焼かれた。
 あたしの両親が殺されたことをお上に報告した気の良い近所のおじさん夫婦は、犯人の疑いを掛けられ捕まって磔にされて、晒し首にされた。
 怖かった。それはそれは怖かったよ。あたし一人が逃げ出した代償は、あたしの大事な人、そのほぼ全てだったんだ。
 あたしと幼馴染みのあいつだけ、人買いの魔の手なのか、お上の天の手なのか、そんな得体の知れないものから命からがら逃げきったけれど、あいつもあたいと一緒。その他の全てのもんを失っていた。
 やりきれなかったねぇ。
 あたしを助けたばっかりに、あいつまで多くのもんを失っちまった。
 あたしはあの時、人買いに売られ、お偉いさんに買われ、その後どうこうなんなくちゃいけなかったんだ。それが、誰も死なずに済んだ唯一の方法だったんだ。
 あたし一人が諦めれば、皆助かったんだ。
 あたしはきっと、希望を抱いちゃいけなかったんだよ。

 そうして、帰る場所を失い大事な人を失ったあたしらは、遠くへ、出来るだけ遠くへ逃げることを決めた。
 どんだけ逃げれば良いか分からなかったし、果たして逃げ切れるのかその自信も無かったけれど、こんな目に遭わされて、挙げ句取っ捕まったとあっちゃあの世で誰にも顔向け出来ないと思った。
 やり返すことは出来なくとも、まんまと逃げ切ってやるって、そう決意した。
 それからはもう逃げの一手さ。
 時には追っ手をやり過ごす為に茶屋の娘に変装して招き入れた追っ手の茶に毒を盛ったりもしたし、僧侶のおっさんの厄介になって暫く鍛練を積んで武を研鑽したりもした。こう見えてあたしもちったあやれるんだよ? 嘘みたいだろ。まあ、ほんとのとこ言うと強くなったのはあいつばっかりであたしは護身術くらいしか使えないんだけれどさ。それでも頑張ったんだよ? 後は、大道芸人の真似事したりして追っ手をかわしてだまくらかしたこともあったねぇ。あれが今の芸の肥やしになってるのかもしれないと思うと、感慨深いもんがあるねぇ。人はこの気持ちを後悔って呼ぶのかもしんないけれどね。
 
……そんで、とうとうこの国にまでやってきたのさ。
 まだまだ逃げるつもりでいたんだけれどね。そうもいかなくなった。
 あいつが捕まっちまったんだ。
 相手さんも、よくもまあこんな所まで追っ掛けて来たと褒めてやりたいくらいだけれど、迷惑この上無いよね。
 白昼の往来での出来事だよ。
 この大見世通りのど真ん中。
 三人の男があたしらの行く先をふさいで、その内の一人は相方を張り倒して背中に馬乗りになって、捕まえちまったんだ。
 今度は花魁にでも化けて誘惑して絞めてやろうかと思っていたところだったけれど、そうはいかなくなった。
 逃げて逃げて逃げて逃げて、ぼろ雑巾みたくくたくたになった相方を、追っ手の連中は縄でふん縛ってぐるぐる巻きにした。
 あたしは抵抗できなかった。
 あいつはあたしにこう言ったよ。
『独りでも逃げろ。俺が居なくても、お前は平気だ。大丈夫だ。だから、一人でも生き延びてくれ』って、そう、大声で叫んだ。
 馬鹿言っちゃいけないよねぇ。そう思うだろ? 何年一緒に居ると思ってんだって。何年一緒に逃げて回ったと思ってんだって。あんたと離れるなんて、私にはもう考えらんないんだって、そう思った。あたしの気持ちは口を衝いて外に出ちまったよ。まだまだ初なとこがあたしにも残ってたんだね。

 相方が捕まっちまった。もう逃げられない。逃げたくもない。何とか助けることは出来ないかって、少ない知恵を捻りに捻ったよ。
 でも、駄目だった。間に合わなかった。
 追っ手の連中もね、いい加減飽き飽きしてたのさ。あたしらと追いかけっこすんのも、仲間があたしら素人に殺られんのも、かわされんのも。
 遠路遥々はるばる追っ掛けて、もういい加減生かして連れ帰る必要も無いだろうって、いい加減、ぶっ殺してやろうって、そう思ってたんだろうね。
 あたしの口を衝いて出た言葉があいつの耳に届いたか届かなかったか、そんなぎりぎりの頃合いを見計らって、あいつの頭は胴とお別れしちまった。
 あたしはその場にへたり込んじまって、もう駄目だった。身動き一つ取れない。取る気にもなんなかった。目の前であいつが殺されちまって、あたしは駄目になっちまった。
 もう、諦めるしかないって、無意識に思ったんだと、今は思う。
 観念したあたしを見た連中が近付いて来て、血が滴る刃を振り上げて、あたしの首に降り下ろそうとした時だった。
 振り上げた刃が降り下ろされる前に、女の人の声がしたんだよ。

「あんた、好いた男を殺されておいて、諦めちまうのかい? 心中すれば、男が喜ぶとでも思ってんのかい? さっきあんたの男は、独りでも逃げろって、一人でも生き延びてくれって、そう言ってたじゃないか。あの男の最期の言葉を、無下にしちまうのかい。それであんたの女は上がんのかい」

 そんな格好の良い言葉をあたしは聞いた。

 あたしは声の主を見上げたよ。
 そしたらどうだい。しわくちゃのばばぁが追っ手の腕を掴んで、刃が降り下ろされるのを止めてるじゃないか。
 あたしはびっくりさ。あたしだけじゃない。追っ手の三人もぎょっとしてたよ。特に掴まれた野郎がね。
 掴まれた腕が、びくともしないくらいがっちりと固定されてたのさ。
 ひょろひょろの腕じゃないよ? あたしらを始末しにやってきた手練れさ。生半可なもんじゃないって誰でも分かる。
 そんな男の力を完全に殺して、一人の婆さんがあたしを見下ろしてた。
 掴まった腕を振り払おうと暴れる男と、何だかよく分かんないまま男を助け出そうと殴りかかってきた仲間の拳を往なして足を払ってすっ転ばせる婆さん。
 もう訳が分かんなくなったね。
 婆さんの前では連中が赤子みたいに見えたよ。
 そして婆さんは、次から次へと振るわれる男達の一撃をかわしながらあたしにこう言ったんだ。
「あんたの大事な男はもう帰って来ないよ。人間、死んだらお終いなんだ。どんなに叫んだって、悲しんだって、死者は応えてくれない。それはあんたがめそめそ泣いたところでおんなじだ。生きてくれって、そう今際いまはきわに言ってくれた男の言葉に、あんたはどう応えてやるんだい?」
 婆さんのあまりに身のこなしに業を煮やした男達が距離を置いた。
 婆さんは男達なんぞ文字通り眼中に無く、男達に背を向けあたしを見詰めた。
 あたしは、婆さんの辛辣な言葉に頬っ面を叩かれたような気持ちになって、婆さんを見上げて睨んだ。
 大事な人が居なくなった哀しみに浸る時間もくれない。この場で楽になることも許しちゃくれない。この婆さんは、あたしに答えを求めている。
 孤独に生きる道を選べと迫っている。
 何処の誰かも分かんない婆さんに、何でそんな事を言われなくちゃいけないのか。
「私に、どうしろって言うんですか。私は独りで生きていく力も術も無い。野垂れ死ぬのが関の山じゃないですか。それとも、あなたが私を助けてくれるって言うんですか?」
 あたしは正直な気持ちを隠さずぶつけた。
 突然しゃしゃり出て来て勝手なことをべらべら口にするばばぁに、責任を投げ付けた。
 あたしを庇った責任を取れと、言ってやった。

「何処の馬の骨とも知れない余所者よそもんが、あたしに生言ってんじゃないよ! この天下の大見世通り、真っ昼間の往来に揉め事持ち込んだのは何処のどいつだい! えぇ!? 手前てめぇの尻拭いも出来ない小童こわっぱが、あたしに物言おうだなんて百年早いよ!! そんなに助けてほしけりゃ助けてやるよ。そん代わり、助けられたらあたしの言葉に絶対に逆らうんじゃあないよ? その覚悟が、あんたにゃあるんだろうね!? 人様に、一命を助けられる覚悟ってぇのが!!」

 あたしの背筋は、背中を思いっきりひっぱたかれたようにびくんと跳ねて真っ直ぐになった。
 あたしを怒りの形相で睨み見据えて啖呵を切る婆さんの気迫が凄いのなんのって。
 距離を置いて構えていた追っ手連中も、あたしらを遠巻きに見ていた大見世通りの野次馬共も。一様に姿勢を正されるような気迫をぶつけられた。
 あたしは、恐々として婆さんから目を逸らした。
 さっきまであたしを庇ってくれた婆さんが、今度は恐くて恐くて堪らなかった。

「この餓鬼が、目を逸らしてんじゃないよ。あたしの目をちゃあんと見な。あんたが言ったんだろうが。『助けてくれるんですか』って。だからあたしはあんたを助けてやろうって言ってんだよ。これから命の恩人になるかもしれないって相手から目を逸らすとは何事だい。まともな育ちじゃないのかい。いや、まともな育ちじゃないんだろうね。こんな連中に追われてるってことはさ。あんたが何処から来たのか知らないが、その面見る限りこの国の者じゃないんだろう? 余所の国の者が迷惑ぶら下げてお邪魔してるって気持ちにはなんねぇのかい? えぇ? まあ良いさ。あんたの面倒はこのあたしが見てやろうってんだ。そのひねくれた性根も、このあたしが叩き直してやらぁ。この大見世通りの看板大見世、幸咲屋の大女将、お咲がねえ」 
 そこまで言い終えると、お咲と名乗った婆さんはあたしから視線を外し、ぐるりと周りを見渡すと大声でこう言った。
「野次馬んなってる隣見世連中の小僧共、町の連中もだ。あんたらもちゃあんと聞きな! 今からこの小娘は幸咲屋のもんだ! 手出ししようもんなら、あたしが承知しないからねぇ!? 見世の者にも大旦那連中にも、末端の客にまで、隅から隅、ぜぇんぶに言い聞かしとくんだよ!! 知らぬ存ぜぬじゃあ、まかり通らないからねぇ!?」
 野次馬が皆一斉に頭を縦に振る。
 男も女も一様に怯えた動物みたいな目で婆さんを見ていた。
「そんで最後にあんたら」
 婆さんは追っ手連中を見遣ると、さっきまでと一変して優しい口調で告げた。
「そういうことで、この娘っこはあたしが貰い受けることにしたから、大人しく帰っとくれ。あたしがあんたらより一枚も二枚も上手だってことくらい、堅気じゃないあんたらには分かったろう? 男のたまは取ったんだ。あんたらのとこの親分の面目も立つだろうさ。ただ、男の体と頭は置いてってもらうけどねぇ。この馬鹿な娘っこの大事な人だってんだから、持ってかれる訳にはいかないさね。あたしの娘になる女の大事な人だ。あたしにとっても大事な息子みたいなもんだよ。そこら辺、分かってくれるよねえ? もし、あんたらの親分が満足いかねぇってんなら、あたしの名前を出すと良い。お国が違えど、親分を名乗る者で大見世幸咲屋の大女将を知らねぇってうつけ者はいねぇだろう」
 諭すような口調でその実脅迫に違いなかったけれど、その言葉が鶴の一声となった。
 
(次話へ続く)


***
上下になると言ったな。あれは嘘だ。
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