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結局は
しおりを挟む「休みだし、たまにはやろうかな」
心地よい秋の風が窓から流れ込む昼下がり。のぞく鰯雲ですら、ふんわりと風にたゆたっているようであった。
三歳になる娘は、妻と実家へ行っているため、久しぶりにくつろげている中、小さくつぶやいた。
「独身のころは、吐いて捨てるほどあった時間だったけど」
懐かしいなと思い返しつつ、一階リビングのソファにて横たわり、黒のVRヘッドセットを、頭部に装着する。
「子供がいると、どうしても興味を引いちゃうからな」
操作装置をしっかりと握り、主電源を入れる。
軽い起動音と共に、高画質モニターへ浮かぶ映像は、肉眼のソレと寸分たがわなかった。俺は画面に示された計器や値を確認して、操作を開始する。フィィィン。
久しぶりであったため、動作チェックを簡単に行った後、ゆっくりと、画面上に表示されたアイコンを目指す。
「しっかし、よくできてるよなぁ」
感心しつつも五分ばかしで、目的地である巨大な穴へと接近する。入口付近の壁は大きく湾曲しており、着陸可能な場所も見当たらない。
「よし、ハイスコアを目指すぞ」
操作装置を強く握る。広範囲ライトを点灯させながら、まるでいざなわれるように真っ暗な穴へと侵入する。中はかなりの広さで、カーブした壁や歪んだ床は、SF感を伴っていた。俺はそろそろだなとボタンを押して、高性能吸気装置を起動させる。
鋭い吸引音が微かに聞こえる。画面をよく見つつ、床や壁面へ機体を近寄る。すると、そこかしこにくっついていた、薄黄色の石くずのような物を吸い込み始める。
それらは軽石のように孔がいくつも空いており、見た目とは異なって、石ほどの重さは無かった。収集しはじめると、画面右上の点数が上昇していく。
「(あんまり貯まらない。やっぱ大物を探さないと)――お?」
左側壁面に、画面の半分を埋めつくすほどの大きな塊が映し出される。巨大なフジツボのような圧倒感があった。
「(最初の獲物だな)よぅし」
吸気装置の出力レベルを上げて近づく。シュゥゥゥン――ガポッ。吸引できた瞬間、点数が一気に伸びる。
「(回収物はしっかり固定してっと、次は~)! あぶないっ」
壁からいくつも生え出た、奇妙に揺れる触手のようなものを、ギリギリの位置で避ける。当たったりしたら大変だ。
しばらくの間、上下左右にライトを振って、細かな吸引作業を続けるが、コレと言った収穫はなかった。
「(かなり奥まで来たし、もうそろそろ戻ろうかな)……えっ?」
思わず二度見してしまう。先ほど収穫したモノのより、五倍以上の大きさであるソレは、まるで荒れ地に構える巨大蟻塚を、逆さまにして天井へ張り付けたような迫力であった。
「(おおっ、これを取れたらたまらんぞ)よしっ」
接近し、例によって吸引を試みるも、最大出力ですら微動だに動かない。だが、そんな程度でくじけるものか。
「(ならこっちも)パワーアーム、起動っ」
メカメカしい振動が穴の中の大気を震わせる。収納されていた銀色のロボットアーム二つが、満を持してと出現する。それぞれを限界まで引き伸ばして、アンカーを打ち込むように、内部深くへと突き刺す。
「(アームの先端部分を開いて返しを作る。これでそう簡単には抜けないぞ。せー)のっ」
ギュゥゥゥン。限界まで馬力を上げて、引き剥がそうとする。
「(くぅっ、重い上にかなり強く引っ付いているな)がん、ばれ!」
切り札の電動鋸を使って、根本部分を斬る――という力技が、ないこともないが、
「(斬り取り損ねた部分は残るし、何より壁面を傷つけたら大変だ)なんとかこれでっ」
もどかしくて、思わず頭をソファに当てる。パラパラっと、天井から細かい滓が落ちる。
刹那の格闘の後、……バリ――バリバリバリィ! いくつかの細胞が引っ張られる感覚と微かな痛みが、爽快な音と共に巻き起こる。
「(よし、上手く剥がれてきたぞ。これなら――)え?」
ガチャ。玄関の扉が開く音と同時に、
「ただい――あっ。パパ、寝ながらなにしてるの?」
マズイ! すぐさま画面内の対象物から離れようとやっかむも、ここに来て返しを打ったことが仇となり、操作がまごつく。
「ねぇねぇ、ゲーム? ゲームしてるの? あたしもやらせて!」
ゴーグルによって娘は見えないが、今これを外すと、操縦がとんでもないことになる。とりあえず、時間稼ぎのためにと口だけを動かして、
「ま、まって待っ――イッ!」
思わず頭まで動かしてしまい、機体が壁に当たった痛みで驚く。ホバリングすればいいが、操作難易度が割と高く、こんな状態では難しい。
「あたしにも、させてってばぁ!」
ドス、お腹に重み。ぐふっ。も、もう限界――、
「ただいま。思ったより早く……あっ! コラ、今パパに乗っちゃダメ」
妻の慌てた声の後、お腹の重みがなくなり、娘の気配が離れる。
今だっ。大急ぎでアームを引っ込め、出口へ向かって疾駆する。
――ママ、あたしもゲームやりたい!
――違うの、パパがしているのはゲームじゃないの。あなた、大丈夫?
残りの稼働時間など気にも留めずに移動すると、まばゆい光が画面を白く染める。
「あぁ、――もう、ちょっと!」
俺は一方の手で操作装置を動かし、もう片方の手を耳たぶの傍で広げる。
すると穴の出口付近にて、先ほどは画面には映らなかった陸地が出現する。
「着陸!」
片手での操作にはあまり自信が無かったが、何とか降りて機体を安定させ、ゴーグルを取り外す。
そして、手のひら上に落ち着いた、超小型ドローンを持って立ち上がり、所定の場所へと戻す。
「――っはぁ~。つ、疲れたぁ」
ソファへと戻り、ヘロヘロっと腰をおろす。
「ふふっ、お疲れ様」
「あたしもゲームやりたかったなぁ。ねぇ、パパ。なんのゲームしてたの?」
「……アレはね」
耳掻きを製造している老舗会社が、特殊ドローンを作るベンチャー企業と共同で開発した耳垢遠隔操作除去装置であった。
極小サイズのソレは発売当初かなり高価だった。けれど、ゲーム感覚にて耳掃除が行えるという切り口が斬新で、話題性に富んでいた。徐々に売れ行きを伸ばし、やがて家庭にも普及するにいたった。
馴れれば操作そのものは問題なかった。ただ、同じ部屋に子供や動物がいると、さっきのような事故になりかねないことが、注意喚起されていたのは、想像に難くないだろう。
「じゃあ、パパ。それでわたしのお耳をキレイにして!」
笑顔を咲かせる娘に苦笑しつつも、俺は、
「ん~、もう少し大きくなるまでは、パパかママの耳掃除で我慢してくれないかな?」
そう言って、ソファから降りてあぐらをかき、ポンポン、っと自分の太腿あたりを叩く。ふくれっ面を作る娘は、だが、
「う~ん。しょうがないなぁパパは」
妻の真似か、あるいは膝枕がうれしいのか、頭を乗せてくる。
「でもパパ。どうして?」
「……それはね」
小さな頭を撫でつつ、
「今しかお前にしてやれないからだよ」
妻が見守る中、そっと耳掃除をする。
やがて娘が満足した頃、妻へと顔を向ける。
「ちょっといい?」
「なぁに?」
俺は小指で耳の穴をほじりながら、
「さっき大物を取りこぼしてね。横になるから取って欲しいんだ」
照れながら頭をかく。
「ふふっ。いつの時代も、結局はアナログよね」
そう笑う彼女は薬箱から、鈍い銀色を放つ、一本のピンセットを取り出した。
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