ピンセット

ニッチ

文字の大きさ
1 / 1

結局は

しおりを挟む

「休みだし、たまにはやろうかな」

 心地よい秋の風が窓から流れ込む昼下がり。のぞく鰯雲ですら、ふんわりと風にたゆたっているようであった。
 三歳になる娘は、妻と実家へ行っているため、久しぶりにくつろげている中、小さくつぶやいた。

「独身のころは、吐いて捨てるほどあった時間だったけど」

 懐かしいなと思い返しつつ、一階リビングのソファにて横たわり、黒のVRヘッドセットを、頭部に装着する。

「子供がいると、どうしても興味を引いちゃうからな」

 操作装置コントローラーをしっかりと握り、主電源を入れる。
 軽い起動音と共に、高画質モニターへ浮かぶ映像は、肉眼のソレと寸分たがわなかった。俺は画面に示された計器や値を確認して、操作を開始する。フィィィン。
 久しぶりであったため、動作チェックを簡単に行った後、ゆっくりと、画面上に表示されたアイコンを目指す。

「しっかし、よくできてるよなぁ」

 感心しつつも五分ばかしで、目的地であるへと接近する。入口付近の壁は大きく湾曲しており、着陸可能な場所も見当たらない。

「よし、ハイスコアを目指すぞ」

 操作装置を強く握る。広範囲ライトを点灯させながら、まるでいざなわれるように真っ暗な穴へと侵入する。中はかなりの広さで、カーブした壁や歪んだ床は、SF感を伴っていた。俺はそろそろだなとボタンを押して、高性能吸気装置バキユーマーを起動させる。
 鋭い吸引音が微かに聞こえる。画面をよく見つつ、床や壁面へ機体を近寄る。すると、そこかしこにくっついていた、薄黄色の石くずのような物を吸い込み始める。
 それらは軽石のように孔がいくつも空いており、見た目とは異なって、石ほどの重さは無かった。収集しはじめると、画面右上の点数スコアが上昇していく。

「(あんまり貯まらない。やっぱ大物を探さないと)――お?」

 左側壁面に、画面の半分を埋めつくすほどの大きな塊が映し出される。巨大なフジツボのような圧倒感があった。

「(最初の獲物だな)よぅし」

 吸気装置の出力レベルを上げて近づく。シュゥゥゥン――ガポッ。吸引できた瞬間、点数が一気に伸びる。

「(回収物はしっかり固定してっと、次は~)! あぶないっ」

 壁からいくつも生え出た、奇妙に揺れる触手のようなものを、ギリギリの位置で避ける。当たったりしたら大変だ。
 しばらくの間、上下左右にライトを振って、細かな吸引作業を続けるが、コレと言った収穫はなかった。

「(かなり奥まで来たし、もうそろそろ戻ろうかな)……えっ?」

 思わず二度見してしまう。先ほど収穫したモノのより、五倍以上の大きさであるソレは、まるで荒れ地に構える巨大蟻塚を、逆さまにして天井へ張り付けたような迫力であった。

「(おおっ、これを取れたらたまらんぞ)よしっ」

 接近し、例によって吸引を試みるも、最大出力ですら微動だに動かない。だが、そんな程度でくじけるものか。

「(ならこっちも)パワーアーム、起動っ」

 メカメカしい振動が穴の中の大気を震わせる。収納されていた銀色のロボットアーム二つが、満を持してと出現する。それぞれを限界まで引き伸ばして、アンカーを打ち込むように、内部深くへと突き刺す。

「(アームの先端部分を開いて返しを作る。これでそう簡単には抜けないぞ。せー)のっ」

 ギュゥゥゥン。限界まで馬力を上げて、引き剥がそうとする。

「(くぅっ、重い上にかなり強く引っ付いているな)がん、ばれ!」

 切り札の電動鋸を使って、根本部分を斬る――という力技が、ないこともないが、

「(斬り取り損ねた部分は残るし、何より壁面を傷つけたら大変だ)なんとかこれでっ」

 もどかしくて、思わず頭をソファに当てる。パラパラっと、天井から細かいカスが落ちる。
 刹那の格闘の後、……バリ――バリバリバリィ! いくつかの細胞が引っ張られる感覚と微かな痛みが、爽快な音と共に巻き起こる。

「(よし、上手く剥がれてきたぞ。これなら――)え?」

 ガチャ。玄関の扉が開く音と同時に、

「ただい――あっ。パパ、寝ながらなにしてるの?」

 マズイ! すぐさま画面内の対象物から離れようとやっかむも、ここに来て返しを打ったことが仇となり、操作がまごつく。

「ねぇねぇ、ゲーム? ゲームしてるの? あたしもやらせて!」

 ゴーグルによって娘は見えないが、今これを外すと、操縦がとんでもないことになる。とりあえず、時間稼ぎのためにと口だけを動かして、

「ま、まって待っ――イッ!」

 思わず頭まで動かしてしまい、機体が壁に当たった痛みで驚く。ホバリングすればいいが、操作難易度が割と高く、こんな状態では難しい。

「あたしにも、させてってばぁ!」

 ドス、お腹に重み。ぐふっ。も、もう限界――、

「ただいま。思ったより早く……あっ! コラ、今パパに乗っちゃダメ」

 妻の慌てた声の後、お腹の重みがなくなり、娘の気配が離れる。
 今だっ。大急ぎでアームを引っ込め、出口へ向かって疾駆する。
 ――ママ、あたしもゲームやりたい!
 ――違うの、パパがしているのはゲームじゃないの。あなた、大丈夫?
 残りの稼働時間など気にも留めずに移動すると、まばゆい光が画面を白く染める。

「あぁ、――もう、ちょっと!」

 俺は一方の手で操作装置を動かし、もう片方の手を耳たぶの傍で広げる。
 すると穴の出口付近にて、先ほどは画面には映らなかった陸地が出現する。

「着陸!」

 片手での操作にはあまり自信が無かったが、何とか降りて機体を安定させ、ゴーグルを取り外す。
 そして、手のひら上に落ち着いた、超小型ドローンを持って立ち上がり、所定の場所へと戻す。

「――っはぁ~。つ、疲れたぁ」

 ソファへと戻り、ヘロヘロっと腰をおろす。

「ふふっ、お疲れ様」

「あたしもゲームやりたかったなぁ。ねぇ、パパ。なんのゲームしてたの?」

「……アレはね」

 耳掻きを製造している老舗会社が、特殊ドローンを作るベンチャー企業と共同で開発した耳垢遠隔操作除去装置リモート・イアーピックであった。
 極小サイズのソレは発売当初かなり高価だった。けれど、ゲーム感覚にて耳掃除が行えるという切り口が斬新で、話題性に富んでいた。徐々に売れ行きを伸ばし、やがて家庭にも普及するにいたった。
 馴れれば操作そのものは問題なかった。ただ、同じ部屋に子供や動物がいると、さっきのような事故になりかねないことが、注意喚起されていたのは、想像に難くないだろう。

「じゃあ、パパ。それでわたしのお耳をキレイにして!」

 笑顔を咲かせる娘に苦笑しつつも、俺は、

「ん~、もう少し大きくなるまでは、パパかママの耳掃除で我慢してくれないかな?」

 そう言って、ソファから降りてあぐらをかき、ポンポン、っと自分の太腿あたりを叩く。ふくれっ面を作る娘は、だが、

「う~ん。しょうがないなぁパパは」

 妻の真似か、あるいは膝枕がうれしいのか、頭を乗せてくる。

「でもパパ。どうして?」

「……それはね」

 小さな頭を撫でつつ、

「今しかお前にしてやれないからだよ」

 妻が見守る中、そっと耳掃除をする。
 やがて娘が満足した頃、妻へと顔を向ける。

「ちょっといい?」

「なぁに?」
 俺は小指で耳の穴をほじりながら、

「さっき大物を取りこぼしてね。横になるから取って欲しいんだ」

 照れながら頭をかく。

「ふふっ。いつの時代も、結局はアナログよね」

 そう笑う彼女は薬箱から、鈍い銀色を放つ、一本のピンセットを取り出した。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ナースコール

wawabubu
大衆娯楽
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

処理中です...