犯罪者達の鎮魂曲(レクイエム)

いずくかける

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犯罪者達の鎮魂曲(レクイエム)

絶望の国

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「名を名乗れ」


 狭く、長く、薄暗い通路の終点。

 小さな扉の前に一人の男が佇んでいた。

 そのたった一人の男の背後には、100人は軽く超すであろう重装備を身に付けた刑務官達が立ち並び、それぞれが武器を構え男へと向けている。
 遠くの足音や息遣いまでもが鮮明に聞き取れる程静寂に包まれていた中、刑務官の内の一人が先頭に立つ男に自分の名を名乗るよう命令した。
 名を聞かれた男の両腕には、チェーンがしっかりと巻かれ拘束されている。人間には必要ないであろうほどのチェーンの分厚さから、それを施した人間が男を危険視していた事が伝わってくるようだ。

「てめぇら全員、俺の名を知っているだろう……」

 先程の刑務官が発したその命令に対し、苛立ちを露わに男はそう返した。
 長身を黒のロングコートに包んだ男は瞬きもせず、真っ直ぐに扉を睨み付け続ける。金色の長髪から覗き見えるその目は冷徹な光を反射させ、殺気を周囲に放っていた。
 『目が合ったら間違いなく殺される』その場に居合わせた刑務官は一人残らず男の放つ殺気を感じ取り本能からそう直感していた。その男の伝説を知る彼らからしてみれば、丸腰な上両手をガッチリと拘束されているとしても、その男に畏怖していた事は無理もない話だった。

「これは確認だ! 名を名乗れ!!」

 先程と同じ質問を再び刑務官が繰り返した。
 ごくりと唾を飲む音がどこからか聞こえ、緊張感に場が包まれる。
 男は一層目をぎらつかせ静かに答えた。

「ハーディ……。ハーディ・ロック……」

 決して男の声量は大きくなかったが、全ての刑務官はそれを耳にした。返答を聞くと、質問を投げかけた刑務官は手に持っていた一枚の紙を取り出し、通路中に響くように大声で読み上げた。

「被告人ハーディ・ロック! グラミー最高裁判所の判決により、凶悪殺人の容疑でレクイエムでの懲役1000年の刑に処す!!」

 刑務官がその紙を読み上げると、男の目の前の小さな扉がゆっくりと横にスライドし開き始めた。
 耳を塞ぎたくなるような不快音を立てながら扉は動き続け、やがて完全に開き切ると、そこから重厚な低音が鳴り響く。

 刑務官の一人が扉の外に鍵を投げる。
 扉は小さい見た目とは対照的に分厚かった。鍵の投げ捨てられた2m程先の出口に向かい、静かにハーディは足を進める。

 じっと刑務官が見守る中、ハーディが扉を抜けると屋外に出た。
 夕日に照らされたカラスが空を飛んでいる。真っ直ぐ100m程先には老朽化したビルが無数に建ち並び、後ろを振り向けば先程潜り抜けた小さい扉の周りに、天まで届きそうな高い塀が地平の先まで続いていた。

 ハーディが外に出た事を刑務官が確認すると、再び不快音を立てながら扉が閉まり始める。
 扉の内側に残った100人以上の刑務官は、中からハーディを冷ややかな目で睨み付けていた。

「1000年後にまた会おう」

 ハーディの名を尋ねた刑務官がそう言い終わると同時に扉が閉まりきった。
 小さく、冷たく、重い扉からは音も、温度も、気配すら感じなくなった。一度ここに入れば、もう二度と戻ることはできない。扉がそう物語っている様だった。

「そう遠くない未来でな……」

 ハーディは振り返りもせず小さく呟くと、落ちているカギを拾いあげ、両腕に施されていた拘束を外した。チェーンが音を立て地面に落ちる。その音からはチェーンがかなりの重さだったと推測された。

 両腕の自由を取り戻したハーディが、自身の左腕を眺めると、そこには腕時計のような機械が埋め込まれ左手と同化している。
 だが、表示されていたのは時刻ではなく、『999』というデジタル表記された赤い数字だった。

 一人になったハーディは目の前に立ち並ぶ廃ビル群に向かって歩き出す。
 彼には目標の場所があるわけでも、会いに行く人物がいたわけでもない。ただ、もう後ろには戻れないから前に進むしかなかった。

 二、三歩進み、突然ハーディは足を止めた。

「出迎えか――」


ズキューーーーン……


 ハーディがそう言い終わると同時に、遠くからライフルの発砲音がこだましてきた。
 それから逃げるように、ハーディは走り出す。
 最初の一発から先は、休む事無く銃声が鳴り響き続ける。そこからハーディを狙う銃は一丁ではなく、彼を狙う人間は一人では無い事を想像させる。

 絶望的な状況であったが、弾丸は逃げ続けるハーディの姿を仕留めることができず、やがてスコープは姿を見失い、気付けば銃声は聞こえなくなっていた。


*** *** ***


 狙撃者達から逃げのびたハーディは一棟の廃ビルに入り込み、周りを見渡し敵がいないことを確認すると息を整える為腰を下ろした。

「チッ、あのハイエナどもが!」

 ハーディは再び左手に視線を向ける。やはり完全に左手と同化した機械が目に入る。
 この奇妙な機械は『腕時計』ではなく『腕途刑』と呼ばれ、服役中の受刑者の刑期を表示することを目的に付けられる。
 だが、1000年以上の懲役が課される受刑者など出るはずがないと政府は想定しており、最高でも999年までしか表示することができない為、ハーディの腕途刑には1年少ない『999』と表示されてしまっているのだ。

「1000年か。奴らから見れば俺はごちそうだな……」


ガラガラ……


 突然近くから老朽化した瓦礫が崩れる音が聞こえてきた。
 それを耳にするとハーディは身を低く構え、音のした方向を睨み付けた。一瞬ではあったが、一人の少女が近くの柱に隠れる様子が目に入る。左腕には自分と同じく、腕途刑が埋めこまれているのをハーディは見逃さなかった。

(こいつも受刑者か……)

 ハーディがそう思ったその時、今度はハーディの腕途刑から耳を割くばかりの電子音が流れ始めた。


ピーッ!! ピーッ!! ピーっ!!……


 頭が痛くなりかねない程、鼓膜を破りかねない程の音の大きさに耳を塞ぐ。周囲にその大音量を響かせると腕時計は鳴りやみ、語り始めた。

『久しぶりだね、ハーディ君。レクイエムの居心地はどうだろう? 楽しんでもらえているかな?』

 それはハーディには聞き覚えのある声だった。忘れるはずがない。自分がここに落ちる原因となった男の声だったからだ。
 左手を見ると、腕途刑から『999』の文字は消え、『通話中』と表示されていた。

「セルゲイッ……オペラッ……!!」

 その名を呼ぶとグッと奥歯を噛みしめ、表情は怒りに染まった。ハーディが自分の左手を強く睨み付けると、腕途刑は満足そうに語り始めた。

『楽しそうでなによりだ。今ハーディ君のいるレクイエムは犯罪者を収容する為の刑務所だ……。正確には刑務所と呼んではいるが、実際には世界中から犯罪者を隔離する為だけに作られた管理国家だ』

 年々深刻化する資源不足の問題に対し、人口は構わず増加し続けた。
 その結果、世界中で犯罪件数が急激に増加し、それと比例し増えていく受刑者に、各国は対応しきれなくなった。犯罪者をこの世から切り捨てようと結論を出した世界政府は、世論を操作し世界中全ての受刑者を収容する2000k㎡ほどの国を作りあげた。

――その名は『レクイエム』世界の吹き溜まりだ

『凶悪犯のハーディ君には1000年の懲役が課されている……。その国の規則はたったの3つだ。君にこの意味が分かるかね?』

 巨大刑務所レクイエムでのルールは以下の3項目である。

1.
・自身の腕途刑に表示される数字を0にするまではレクイエムから出ることは許されない。

2.
・他の受刑者を殺害した者は、殺害された者の現在の刑期の分だけ減刑される。
・複数人で殺害に成功した場合では、殺害に加わった全ての人数で、殺害された者の刑期を公平に分配し減刑される。

3.
・戦闘禁止区域での、自身より刑期の短い受刑者への戦闘行為、略奪、暴行を犯した者は即刻、『刑殺官』と呼ばれる職員により処分される。
・ただし、正当防衛での戦闘、殺害は除くが、その際刑期は減刑されない。なお、戦闘禁止区域に滞在中は服役期間とは見なされない。

 つまり、今この時点で他の受刑者がハーディを殺せば1000年刑期が減らされ、2人で殺せば500年づつ刑期が減刑される。大抵の受刑者はそれだけ減刑されれば、即日釈放となるだろう。ハーディがレクイエムに入った直後に銃で襲われた理由は、この規則の為であった。

 世界は増えていく受刑者に救済の措置を取ることを諦め、善良な市民の負担を減らす為に犯罪者をお互いに殺し合わせ、数を減らし合わせる規則を考案したのだ。
 見せしめとしての効果も絶大であったため、レクイエム設立後は世界の犯罪件数は激減した。

『ハーディ君の刑期は、他の受刑者にはさぞまぶしく映るだろう。君には私の息子と同じく……殺される者の……、常に狙われる恐怖に怯えて余生を過ごしてもらう……』

 腕途刑から聞こえる声は震え、怒りと悲しみをハーディに訴えていた。

『貴様はもう終わりだ! 私と君はこの先二度と会うことは無いだろうが……、レクイエムの中でなるべく苦しみ! 恐怖し! そして絶望しながら! 惨めに死んでくれたまえ……』

 そのセリフを最後に腕途刑には『999』という表示が戻った。
 久しぶりに聞いたセルゲイの声に、すでに怒りは頂点に達していた。

「俺は必ずここを出る! そして必ず! 苦しませ、恐怖させ、絶望させながら貴様をぶち殺す!!」

 今まで抑えていた感情を自身の左腕に向かってぶちまけるハーディ。もし、今目の前にセルゲイ本人が現れたら間違いなく殴り殺すだろう。
 響き渡るその怒声が、目も当てられない程の怒りを見せるその表情が、全身から溢れ出すその殺気が、ハーディの怒りを露わにしていた。

 深く呼吸し荒げていた息を抑え、ある程度の冷静さを取り戻した後に視線を感じて目を向けた。
 そこには先ほどの少女が怯えながら、柱の陰からハーディを見つめている姿があった。
 肩ほどまで伸びた黒髪に幼い顔立ち、およそレクイエムに入る受刑者とは思えない容姿である。

「あああのああのあの……!!」

 ハーディはその黒髪の少女を無視し、廃ビルから立ち去ろうとした。

「あの……セ、セルゲイ・オペラ議員とお知り合いなのですか!?」

 女の問い掛けが耳に入った瞬間、ハーディは立ち止まり、振り返りながら答えた。

「あいつと俺の接点などてめぇには関係ねぇ。失せな」

 冷たくあしらったが、女はしつこく同じ質問を繰り返す。

「教えてください! あなたと、オペラ議員の関係を!」

「見てたならわかるだろう? 俺は今機嫌が悪い。これ以上余計な口聞くと――」

「す……すいません、いきなり……あの! 私の名前は『キャリー・ポップ』って言います!」

 話を遮り、聞いてもいないのに自分の名を語り出したキャリーの顔を睨み付け、ハーディは深くため息を吐いた。

「あの、私実はグラミーで記者をしていて、その時、オペラ議員について取材していたんです!!」

「記者? てめぇ、あいつのなにを知っている?」

 ハーディが自分の話にいくらかの興味を持ったことに、キャリーはわずかに口角を上げた。

「オペラ議員って言うかあの、正確にはオペラ議員ではなくここ……レクイエムについて取材をしていました。オペラ議員は、このレクイエムを作った最高責任者で、現在は最高顧問を務めていますので……」

「ふん。そこまで聞けば大体わかる。煙たく思ったセルゲイが、お前をここに落としたってとこだろう」

 ハーディはおよそ犯罪など犯しそうにないキャリーの容姿からそう推測し、予想外の返事が返ってきたことにキャリーは苦笑いをした。

「あの、やはりそうなのでしょうか……、私は身に覚えのない罪でここに連れられました」

(セルゲイは民衆からの支持は厚いが、それは表向きだ。気に入らない人間に罪を被せるくらい平気でやるだろう)

「そう発想されるということは、あなたも冤罪でここに連れてこられたのでしょうか? あの、先ほどオペラ議員となにやら話されていましたけど……」

「俺は冤罪じゃねぇ、自分の罪の実刑を受けにここにきた」

「そうですか……、それであの、オペラ議員とはどういった御関係で?」

「言ったはずだ。てめぇに話す気はねえよ」

「あの……そうですか……」

 ハーディはうなだれるキャリーの左手に付けられている腕途刑を見た。そこには『20』とデジタル表記されている。先程の話からすれば、キャリーはでっちあげられた罪で懲役20年の実刑をくらった事になる。

「おい、てめぇ」

「あの、なんでしょう?」

 ハーディはキャリーの腕途刑を指さした。

「てめぇ、そいつを他人に見せるんじゃねぇ。他の受刑者どもに見られたら殺されるぞ」

 キャリーは慌ててバッと袖を伸ばして自身の左腕を隠した。
 ここでは腕途刑の数字を他人に見られる事は即、死へと繋がる。
 刑期が長いものほど大きく刑期を稼げる為、他者から狙われやすいのは当然である。
 問題なのは、自身より刑期の短いものに数字を見られた場合である。戦闘禁止区域まで辿り着いても、こちらからは手が出せないのに相手からは奇襲を仕掛けられやすい為、安全が確保できなくなる。
 つまりはいかなる場合でも刑期の多い方が不利となる為、腕途刑の数字を他人に見られる事にはデメリットしかない。それを警告をすると、ハーディは再びキャリーに背を向け歩き出した。

「せいぜい戦闘禁止区域まで生き残るんだな」

「あの! 待ってください!」

「てめぇが無実だろうと、俺にお前を助ける義理なんかねぇ。俺はそこまでお人よしじゃねぇよ」

 去ろうとするハーディに、俯いたまま、か細い声でキャリーは答えた。

「あの、私が推測するにあなたはお人よしです……。もし非情な人間が私の腕途刑を見たら、私からこの20年を奪うはずです……」

「残念ながらその推測は外れだ。俺の刑期の長さで、てめぇから20年奪ったところでらちがあかねぇってだけだ」

「待ってください! あの、私を戦闘禁止区域まで送っていただけたら、オペラ議員の秘密をあなたにお教えします!」

 引き下がらないキャリーのその提案を聞き、ハーディは足を止めた。

「先程の言いぶりではご存じかもしれませんが……、オペラ議員は裏では世間に公表できないことをなさっています! 私たちが命がけで取材してきて得た特ダネです!!」

(やつは直々にぶっ殺す予定だが、その情報は役立つかもしれねぇ)

「この先に『オラトリオ』という戦闘禁止区域に指定された街がある。そこまでだ。報酬は必ず払ってもらう」

 ハーディは利益を考え、しぶしぶ了承した。
 今まで一人で心細かったのか、キャリーは笑顔を見せてハーディに駆け寄った。

「あの! よろしくお願いします!」

 二人は廃ビルから屋外に出る。
 戦闘禁止区域『オラトリオ』を目指し歩き出すのだった。
 夕日は暮れ出し、冷たい風が吹き始めていた。


*** *** ***


 気付けば日がすっかり落ち、世界が暗闇に満ちた時分である。
 オラトリオを目指す二人はあれからずっと歩き続けていた。
 体力のあるハーディとは違い、キャリーは疲弊していたが、それでも離されないように必死で後を追っている。レクイエム内では他の受刑者からいつどこから狙われてもおかしくはない。キャリーはハーディから離れるのを怖がっていたのだ。

「あの、オラトリオってあとどれくらいで着くんですか?」

「あと一時間もかからない。辛かったら休んでもいいぜ? 置いていくけどな」

「だっ! 大丈夫ですよ! あと一時間ですね! 一時間!」

 キャリーが自身の足に鞭打って気合を入れた時である。

「隠れろ」

「あの、キャッ!」

 突然、ハーディがキャリーの腕を引っ張る。
 そばにあった瓦礫に身を隠させると、それから遠くを見つめ同じようにキャリーも瓦礫から覗き込んだ。

 耳をすませば微かに誰かが会話している声がする。
 目を凝らせば椅子に座った一人の男と、それを取り囲む3人の男が遠く目に映る。
 鼻を利かせれば、血の匂い。

「来い、こっちだ」

 ハーディとキャリーは瓦礫に身を隠しながらまた先の瓦礫へとつたい、気付かれない様に身を隠しながら男たちに近づいた。彼らから30メートル程離れたところから再び覗くと、おぞましい光景が目に入ってきた。
 
 取り囲む三人の男達は、椅子に座った男に向け奇声を上げながら刃物を振るっている。
 刃先は肉に食い込み、肉を削ぎ落し、肉を両断するがそれを受ける男が痛みに声を上げることはない。

 すでに死んでいたからだ。

「はっはははっはははっはあああ!! まだだぁ! まだてめぇはっ許されねえええ!!」

 男は叫び、椅子に座る男を切りつけた。

「てめえのせぃでなぁ!! 俺たちはっ! レクイェムに落ちたんだよ!!」

 別の男は叫び、椅子に座る男を切りつけた。

「俺たちの人生を返せえっ!! リマリ・シャンソン!!」

 残る男も叫び、椅子に座る男を切りつけた。
 喜びと、悲しみと、怒りを、椅子に座った男は全身に受けていた。

「あの人、宗教団体のシャンソン教の代表ですよ……、あの、先月捕まった……」

 キャリーは恐ろしい光景に狂気を感じ、自身の肩を抱くがガタガタと震えを抑えられなかった。

 シャンソン教。
 世界中に多くの信者を持つ宗教団体だが、4か月前に起こした対立する宗教団体への襲撃により死亡者を多数出してしまい、有罪判決を受けた代表と幹部はそのままレクイエムに送られていたのだ。
 事件の翌日、新聞の一面はその記事に独占された。

「あの……もう行きましょう! 彼らには既に常識も、理性も、そして人としての罪悪感すら感じられません! 見つかれば間違いなく殺されます!」

 その場を早く離れたかったキャリーは、ハーディの腕を掴んで懇願するように顔を見る。

 キャリーはその顔を見て戦慄した。
 これだけ異常な光景を見せつけられたと言うのに。
 恐怖に支配され、体もまともに動かせなかったと言うのに。 

――対するハーディはニヤリと笑っていたからだ。

「あれが最初のエモノだ」

 ハーディは立ち上がり腕に縋るキャリーを突き飛ばした後、彼らに向かって歩き出した。

「ちょっ! 危険ですよ!」

 心配し止めるキャリーの話を聞くことなく、ハーディは彼らにゆっくりと歩み寄る。

 その存在に気付いた男達はハーディに向かってナイフを振り上げ襲い掛かった。

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアア!!!!!」

 大声で叫びながら走ってくる男達が振りかぶったナイフが、ハーディの脳天に突き刺さろうとしたその瞬間、キャリーはハーディの姿を見失った。

「え?」

 キャリーが再びハーディの姿を捉えたのは、それから一瞬後の事だった。
 ハーディの手には男が持っていたはずのナイフが握られている。
 瞬きした次の瞬間、3人は首から大量の血を吹き出し、ばたばたと地面に横たわった。

「あの……なんですか? 今の……」

 血で染まった地面に興味を示すことも無く、ハーディは自分の腕途刑を確認する。
 表示されていた数字は997……。数字は2つ減っていた。
 それを見てハーディの肩が小刻みに震える。

「あの、今なにしたんですか!? 一瞬あなたが消えたように見えたんですけど!?」

 ハーディは答えない。
 キャリーの問いかけなどすでに耳には入っていなかった。
 ズカズカと歩み寄り、キャリーの肩を掴んで怒鳴った。

「答えろっ! 元記者ならわかるだろう!? こいつらの刑期は何年だ!!」

 突然怒り出したハーディに、何が起きたのかわからないキャリーは困惑しながら答えた。

「あの、代表のリマリ氏は75年です。ほかの幹部は30年づつ実刑判決が出ていたはずです」

 あの三人がリマリを殺したとするならば、30年を3人分。つまり3人の合計刑期90年からリマリの刑期である75年を差し引いた15年間ハーディの刑期が減刑されるはずだった。
 もちろんリマリ以外の受刑者をも殺害し、3人の刑期が丁度残り1年づつであった可能性もあったが、ハーディは直感していた。


 セルゲイ・オペラが二度とハーディを世に出さないよう、受刑者の刑期に関係なく、一人を殺すにつき1年しか減刑されないように細工した事を。


「セルゲエエエエエエエエイイイイイイイ!! オペラアアアアアアアアアア!!!!」


 ハーディは耐えれず天に向かって怒りを叫んだ。ビリビリと大気が揺れる。
 叫び終わると辺りは再び静けさに包まれた。
 キャリーは余りの声量に怯えながらも、ハーディに話しかける。

「あの、さっきから……どうしたんですか?」

 ハーディは呼吸を荒げ、悔しそうに言い放つ。

「あの野郎……、この光景を見て……、俺が激昂する姿を見て楽しんでやがる……」

 それを聞いてもハーディが何に対し怒りをぶつけているか、キャリーにはさっぱりわからない。
 だが、たまたまハーディの腕途刑が目に入り、その数字を見てキャリーは絶句した。

 赤く表示された数字は997。

 元記者であるキャリーですら、そんな規格外の刑期は聞いたことが無い。
 あれだけ世間を騒がせたリマリですら実刑判決は75年であった。

 死刑制度は廃止され、今現在は行われていない。
 なぜなら、レクイエムに送られた人間が無事に刑期を終え、外に帰ってくる確率が余りにも低かったからだ。長期間の刑期を抱えての収容は、全受刑者の格好の的であり、絶好の餌となる。
 長年、数多くの受刑者が自身の左腕を眺め、減っていく数字に希望を持ちながら無残にも死んでいった。リマリの実刑判決、75年は軽く見えるが、それがレクイエムで過ごす75年間ならばそれはもう死刑と変わらない。死刑など必要がないのだ。それ以上に、か細い希望を持たせるレクイエム入りの方が残酷な刑であるのだから。


 だが、キャリーはこの日、千年近い実刑を受けた受刑者と出会った。

「あなたは……、一体外で何をしたんですか!?」

 震えながら尋ねるキャリーの問いに、ハーディは何も答えずに歩き出した。

「あの、待ってください!」

 キャリーはハーディの近くに走り寄った。
 勿論ハーディに対して恐怖心を抱かなかったわけではない。
 だが、それより何が起きてるかわからずに頭が混乱している方が大きかった。
 他に縋れるものが無かった。

 二人の歩む遥か先には、夜の暗闇を照らすオラトリオの明かりが霞む。
 その明かりは、絶望の中で与えられた一縷の希望の様だった。
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