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犯罪者達の鎮魂曲(レクイエム)
レクイエム
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廃ビルに挟まれた夜空には星が瞬いていた。
そのか細い明りを頼りに足を進めてきたハーディとキャリーは、戦闘禁止区域に指定されたオラトリオに到着した。街は高い城壁で囲まれており、門から街の喧騒が漏れている。
「はぁー、あの、なんだか賑やかな街ですねぇ……。人の声が聞こえてきます」
「この門をくぐれば戦闘禁止区域だ。誰にも腕途刑を見せるなよ」
門をくぐってレンガ畳の街に入る。オラトリオは中世の雰囲気を漂わせ、辺りからはあらゆる音が耳に入ってきた。楽しそうに笑いあう声、食器の音、男を誘う女の誘惑。夜中だというのに片手に酒を持つ多くの人々で賑わっている。
「この人たち皆犯罪者なんですかねぇ? なんだかすっごく自由ですけど……。想像してたのとちょっと違いますね……」
キャリーの感想も最もである。周りには酒を飲む人、女を口説く人、路上で寝る人、喧嘩をする人。オラトリオは刑務所の中というよりは普通の繁華街のように、いや、外の世界より賑やかに思えた。
キャリーは街をきょろきょろ見渡しながらハーディの背中を追う。
ただ一つ抱いた違和感にキャリーはすぐに答えを得た。
誰一人として左腕を露出している者がいなかったのである。そこの住人はシャツの袖であったり、布を巻いたりして左腕を隠していた。
ハーディはキャリーに構わず先を急ぎ、一棟の木造の宿屋に入った。
「あっ! あの……、置いていかないでくださいよ!」
これだけの人混みだ。油断してるとすぐに見失ってしまうだろう。
ハーディの後姿を目で追い、慌ててキャリーもその宿屋に入った。
*** *** ***
「いらっしゃい。うちは一泊一週間だがどうする?」
「それで構わない。一部屋頼む」
ハーディはカウンターに座っていた小太りの店主に自身のの腕途刑を差し出した。
店主はその腕途刑を見ると、自分の右腕の腕途刑をコツンとぶつけた。
「これがカギだ。場所は2階の奥部屋だよ」
店主は部屋の鍵をハーディに手渡し、それを受け取ったハーディは階段を上る。
二階に上がりきると一番奥の部屋の扉に付いていた鍵穴に受け取った鍵を刺し、木製の扉を開けると二人は部屋の中へと入り戸を閉めた。
部屋の中を見渡すと、ベットと机、その上にはパンと1瓶の水があった。
殺風景だが、寝るには十分な空間だ。壁には小窓が付けられ、そこを覗くと宿屋前の広場で酔っぱらう人々の賑やかな様子が見下ろせた。
「あの人、右手に腕途刑してましたね。なんででしょう?」
キャリーは部屋の片隅に立ち、窓から外を眺めながらそう尋ねた。
先程の小太りな店主の腕途刑が気になったようだ。
「左腕に腕途刑をつけるのは受刑者だけだ。……右腕につけている者はこのレクイエムを管理している側の人間だ。あいつは政府側が雇った人間って事さ」
「なるほど! あの、でも危なくないですか? 犯罪者だらけのこの街で襲われたりとかしないんですかね……?」
レクイエムは通常の刑務所と違い、牢獄に受刑者を収容しているわけではない。
刑務所と銘打ってはあるが、基本的に中での行動は制約されていない。
キャリーが疑問に思うのも無理はないが、その可能性は規則の3項目目によって裁かれる。
「受刑者が規則を破ったら即、刑殺官が殺しに来る。誰もそんなバカはしねぇよ。戦闘禁止区域での自分より刑期の短い者への暴行はご法度だ。刑期を持っていない管理者に手を出せる奴なんていないのさ」
「け……刑殺官? その人達もこの国を管理しているんですか?」
「刑殺官は受刑者の監督役だ。規則を違反した受刑者はこいつらに罰せられる」
「へえ……、それよりこんな良い部屋に無料で泊まれるなんて、レクイエム暮らしも悪くないかもしれないですねえ」
レクイエムの内部は世間一般に公表されていない。
本来は投獄前にレクイエムの大雑把な規則は伝えられるのだが、元記者とはいえ、キャリーが何も知らないのも無理は無かった。異常なのはハーディの方である。あまりにも内部に詳しかった。
「バカ、タダなわけないだろう。……一週間だ」
「あの……、一週間? なにがですか?」
キャリーにはハーディが何を言っているのかわからない。
「てめぇはなんにも知らねえんだな。この宿に一泊する為に、俺は一週間刑期を延長したんだよ」
「一泊1週間!? あの、じゃあ四日間この宿に泊まったら、えーと……、刑期が1か月も伸びるってことですか!?」
「そうだ。レクイエムの中では自分の刑期を通貨代わりに取引する。飯を食うのも、物を買うのも、宿に泊まるのにもな。管理者の仲介屋を通せば犯罪者間での取引も可能だし店の経営もできる。ただし投獄時の最高刑期よりは長くはできねぇ。俺はあのクソどもを殺して3年分自分の刑期を縮めたから、今現在3年分と外で過ごしたわずかな時間分貯金があるってわけだ」
キャリーは驚き自分の腕途刑を見る。
20という表記が赤から緑に変わっていた。戦闘禁止区域内ではデジタル表記された数字が緑色に変わる仕組みだった。その数字が緑色に発色されているうちは、どれだけ滞在しても刑期が減ることはない。
「あの、それにしても1週間ってちょっと高すぎないですか!?」
誰に襲われるかもわからない外の危険な空間で1週間耐え忍んだとしても、宿屋を利用すればたった一晩の安全に消えることになる。誰も高額な宿屋など利用しないだろう。
「確かにこの宿は政府が直接運営しているから、他の受刑者が営んでいる宿よりは割高だな。ただし、絶対の安全が手に入る。部屋もまともだし寝込みを襲われる心配もねえ」
ハーディがこの宿を選んだ理由はもう一つある。キャリーからセルゲイの情報を聞きだすのに、誰かに盗み聞きされる事を嫌ったためだ。
高額なだけはあり、この宿の壁は厚かった。
「あのー、もしかしてあなたはレクイエムに来たことがあるんですか? 今思えばオラトリオの存在も知っていたみたいですし……。私は記者としてレクイエムを取材していましたが、ここまでの情報は手に入りませんでしたよ」
初めてレクイエムに投獄された人間が地理などわかるわけがない。
キャリーは薄々、ハーディがただの受刑者ではないことに気付き始めていた。
「てめぇに話す気はねぇよ。それより今度はこっちの番だ。約束通りてめぇを戦闘禁止区域まで連れてきてやったんだぜ? セルゲイについて話してもらおうか」
「セルゲイ……、オペラ氏についてですよね。わかりました」
キャリーはハーディの目をじっと見つめる。
「あの、私の出版社では昔からレクイエムについて調査をしていました。30年前、レクイエム制度が始まってからレクイエムに入れられた受刑者達をみせしめに、世界の犯罪件数は激減しました。その功績から民衆はこのレクイエムを称えました。ですが、そこに入って出てきた受刑者の数は数えるほどしかいません。投獄され、判決を下された刑期からすれば本来すでに出所されるような人達も、ほぼ死亡扱いになっているのを、私の出版社は疑問に感じたんです」
5年、10年という短い刑期の受刑者がいる中、レクイエムからの出所者の数は明らかに少なかった。
受刑者の親類にも内部の事は原則告げられず、また、数えるほどの出所者も固く口を閉ざされていたため、政府に操られているマスコミはともかく、キャリーが在籍していた様な小さい出版社が、独自にその事を調査するのは別段変わったことではなかった。
「今から10年前。私と同じく記者をしていた私のお母さん、あの……、『シシー』はレクイエムについての取材中に急遽逮捕され、レクイエムに送られました。お母さんは法に触れるような事は絶対にするような人ではありませんでした。優しい……人でした。そして2年前に死亡扱いにされました」
母親の事を語らい、キャリーの感情は激しく乱れた。恐らくその顔を思い出したのだろう。
「私はその後にお母さんと同じ出版社に入り、政府が口封じを目的にレクイエムを使っていると想定し調査を始めました。そこで出てきた名前がオペラ議員だったんです。あの……、オペラ議員はレクイエム建設を指揮し成功し、レクイエムの最高顧問にまで上り詰めました。ですが、彼が議員になる以前に所有していた武力団体は、本来であればレクイエムに投獄されるはずなんです! ですが武力団体に実刑はなく、そこに目を付けた私達の調査の結果、彼に近しい人間だけは投獄されても皆、数年で出所していた事がわかったんです」
ハーディはキャリーの話を聞きながら机に置いてあったパンを掴んだ。
武力団体に身を置いているとわかっただけでも実刑は下される。社会に害をなす存在と捉えられるからだ。その罪は決して軽いものではない。その話からは間違いなく裏で何かが動いていると思わせた。
「私はオペラ議員を調査し、武力団体とまだ癒着があるとされる証拠を手に入れました。お母さんの無実を証明するために、私は真実を自白させようとオペラ議員にアポを取り、その証拠を持って彼のオフィスで待たされていたのですが、そこに来たのは警察でした。私は名誉棄損とプライバシー侵害で訴えられ、ろくな裁判も行われないまま、レクイエムに投獄されたんです」
「結構な苦労だが、その証拠品はもうこの世に無いだろうな」
「そうですね……。恐らくそうでしょう。ですが、こうして私がレクイエムに送られたことで、オペラ議員が不当にレクイエムを使用しているという疑惑はさらに強まりました。あの、この情報が証拠づけられ世に公表されれば、今度はオペラ議員自身がレクイエムに入ることになるでしょう」
キャリーの話はそこで終わりだった。
セルゲイはレクイエムを悪用している。もしそれが真実であったとすれば、事実であったとすれば、確実にセルゲイはもう外には出られないだろう。
ハーディは手に持っていたパンを半分にちぎると、その片割れをキャリーに向かって投げた。
いきなり投げられてキャリーはパンを落としそうになる。
「うわっとと!」
「食え」
「いいんですか!? あの、いただきます! 何も食べてないからもうお腹ぺこぺこで……」
キャリーはそういうとパンをかじり始めた。
バターも塗っていないただの質素なパンであったが、久々の食事に頬が落ちそうだった。
それを見て、ハーディは置いてあった瓶のコルクを抜き、キャリーに水も差し出した。
「水も飲め。半分だけな」
キャリーはハーディから瓶を受け取った後、ごくりと喉をならし、ごくごく飲み始めた。
「あの……、やっぱり、優しいんですね!」
「何言ってやがんだ。ただの毒見に決まってるだろう」
そういうとハーディは持っているパンを食べ始めた。
政府が運営するレベルの高級宿屋では、客に不安を募らせない様にあらかじめ部屋に軽食が用意されている。最も、客の顔をみて部屋を変えるという手段があるため、ハーディはやはり信用せずにキャリーに毒見をさせたのだ。
完全に親切だと思っていたキャリーはそれを聞くとむすっとした顔をした。
「それ食ったら、出てけ」
ハーディのそのセリフを聞き、キャリーの顔は曇った。
――もう用はない。
そう冷たく言われた様に聞こえた。
「そうですね……。あの、ここまで本当にありがとうございました!」
キャリーは口に含んだパンを全て飲み込むと立ち上がり、ドアへと歩き出した。
――これ以上頼ることは出来ない。自分の力で刑期を減らさなくては。
不安は残るし、まだ聞きたい事は山の様にあったが、キャリーはそう考えたのだ。
「待て、てめぇにもう一つ聞きたいことがあった」
キャリーは足を止める。
「あなたのその質問に答える前にあの、私の質問にも一つ答えてくれませんか?」
「なんだ?」
「あの……、あなたのお名前を教えていただきたいんですけど……」
今から別れるというのにそれを聞いてどうするのだろう。
しかし、ハーディには最後にどうしてもキャリーに聞いておきたい事があった。
ため息をついてからしぶしぶ名乗る。
「ハーディ・ロックだ」
「ハーディさん……。良いお名前ですね。それであの、聞きたいこととはなんですか?」
キャリーは満足した顔でハーディに質問を返した。
「レクイエムに入った時、入口でお前は銃に狙われたはずだ。奴らはレクイエム入所直後のルーキーを食い物にして刑期を稼ぐハイエナどもだ」
何も知らない受刑者は、大抵レクイエムに入ったと同時に入口で銃殺される。
受刑者はあらかじめレクイエム内のルールを投獄前に聞かされるが、まさかいきなり入口に待ち伏せしているとは思わないのだろう。レクイエム入口周辺はルーキーを狙う狙撃者達が縄張り争いをしている程であり、また、それに見合うだけのおいしい狩場だった。
「ああ、その事ですか……。助けてもらったんです」
「どんな奴だ」
「えっと、あの、ニホントウを持った変な服を着たおじさんです」
(『キリシマ』か……、あの女ったらし)
「私を抱えて廃ビルの中まで連れてってくれたんですよ」
「わかった。それだけだ……」
ハーディにとってキリシマという名前は一番聞きたくない名だった。
明らかに不機嫌になり、深く息を吐きながら天井を仰いだ。
キャリーはドアの取っ手に手をかけると振り向き、
「あの、それではハーディさん。改めて、ここまでありがとうございました」
そう言い残すと、返事のない部屋から出ていった。
*** *** ***
そのまま階段を下り、行く当ても無いままキャリーは宿屋を出た。
(まずは泊まるとこ探さないといけないなぁ……)
キャリーの貯金は入口から入って、オラトリオまで歩いた数時間だけである。
安い宿屋を探して街の中へ歩きだす。
街中は見渡す限り酒場である。どこも明かりがつき、溢れんばかりの人で賑わっていた。皆とても楽しそうだ。
「おいそこのねーちゃん」
「待てよそこのねーちゃん」
唐突に屈強そうな男と、弱そうな男がキャリーを呼び止める。
いきなり呼びかけられてキャリーの肩はビクッと震えた。
危険を察知し、顔を引きつらせながらそろりそろりと後退する。
「ねーちゃんかわいいなぁ! これから俺たちとどうよ?」
「朝まで2週間でどうよ? ねーちゃん」
「あの、私寝るとこ探してるんですけど、そうゆう意味じゃないってゆうか……」
「なーに言ってんだねーちゃん、普通は1週間が相場なんだぜ?」
「俺達そこに宿取ってるからよ、ちょっと来いよねーちゃん」
屈強そうな男はキャリーの腕を掴み、弱そうな男はキャリーの体を舐めまわすように見た。
嫌がるキャリーが2人に連れていかれそうになった時、「ランバダ兄弟、知ってるぜぇ~」と、陽気な声が2人の動きを止めた。
「ガルノ・ランバダ、ゲルノ・ランバダ。俺っちは知ってるぜぇ~? お前らの刑期もなぁ」
その黒人はかけていたサングラスをずらし、笑いながら2人を睨んだ。
身長は高くはなかったが、ドレッドヘアーがよく似合う。
「ポールか。おめぇなにが言いてぇ?」
「ぶっ飛ばされてぇのかてめぇ」
ランバダ兄弟と呼ばれる2人はキャリーの手を放し、『ポール』と呼ばれた男に振り返った。
屈強そうなガルノほどではないが、弱そうなゲルノの身長もポールよりは高い。
キャリーの位置からはその黒人の姿はすっかり二人に隠れて見えなかった。
「その子に構うなって言いてぇんだよぉ。それよりお前らいいのかよぉ?」
ポールは懐から爆弾を取り出した。
「俺っちの刑期はお前らより短ぇ。一発でふっとばしちまえばなんの問題もねぇ」
ニヤリと笑うポールに対し、ランバダ兄弟の顔は引きつった。
ランバダ兄弟からは正当防衛でなければ攻撃できないのに対し、向こうは一撃必殺の爆弾を持つ。明らかに分が悪かったのだ。
「まぁそんなことしなくても、俺っちが今ここでお前らの刑期を叫んじまえば、勝手にお前らより刑期の短い奴らに襲われ続けることになるぜぇ? もうオラトリオにはいられねぇだろうなあ?」
そんなことをされては、常に背中に用心する必要がある。
大人しく引くしかなかった。
「チッ、行くぞ!!」
「覚えてろよポール! 絶対ぶっ殺してやる!!」
2人は頭がきれる方ではなかったが、ここではそれが常識だ。
ランバダ兄弟が悔しそうに去っていくのを見ながらポールはひらひらと手を振った。
「あの、ありがとうございます! 助けてもらっちゃって!!」
「いいってことよぉ! 俺っちあいつらの事嫌いだからよぉ!!」
ポールは白い歯を見せて笑った。
この街を縄張りにするポールの目に、前からあの二人は目障りに映っていたのだ。
「あの、私はキャリー・ポップと言います」
「キャリーかぁ。俺っちは『ポール・レゲエ』さ! いかした名前だろう?」
キャリーはそうですねと愛想笑いをした。
「見たとこルーキーだろう? 周りを見渡してみろよキャリー、こいつらをどう思う?」
ポールは好きなだけ酒を飲み、自由に振る舞う受刑者達を指さした。
皆幸せそうに笑っている。
「あの、どうって、なにがですか?」
「こいつらはなぁ、もう釈放を諦めてんだよぉ。たまに街の外に出て刑期を減らしてきて、それからはまた街で無駄遣いだぁ!」
受刑者は贅沢な暮らしをすればするほど、外の世界には戻れなくなる。オラトリオの住民の過半数は目先の欲に眩んで、外に出ることを諦めてしまっているのだ。
無駄遣いをして、貯金がなくなれば命がけで外に稼ぎに行く。
戦闘禁止区域では、自分より長い刑期の者を殺すことで刑期を稼ぐごとはできるが、皆、それをさせない様腕途刑を隠している。万が一、自分の刑期より短い者に暴力をふるえば刑殺官と言われる管理者に抹殺される。
レクイエムで刑期を他人に知られることは即、死に繋がる。
一見楽園に見えるこの街は所詮、死ぬまで苦しみ続ける刑務所だ。
「見ていていらいらしてくるぜぇ! 希望はないのかよぉ!?」
「腕途刑を見られるのって、本当に致命的なんですね……」
ハーディにも注意されたが、さらに納得するキャリーにポールは警告した。
「絶対に人に刑期は教えちゃダメだぜぇ? それよりキャリー、こんな所でなにしてたんだぁ?」
「あの、実は私宿を探していて、この辺で安い宿屋を知りせんか?」
「勿論知ってるぜぇ? なんせ俺っちは情報屋だからなぁ。でも無料では教えられねぇなぁ。なんせ俺っちは情報屋だからなぁ」
戦闘禁止区域では刑期が減らない為、キャリーが持っている貯金はレクイエムに入ってから廃ビルで隠れていた時間と、ハーディと歩いた時間、せいぜい合計で10時間程度であった。
「あの、すいません。私、レクイエムに来たばかりで……」
「おーおー違う違う。刑期はいらねーよぉ。キャリーには俺っちの仕事を手伝って貰えればそれでいい」
「あの……、どんなお仕事でしょう?」
数分前に2人の男に迫られ、ましてや犯罪者だらけのこの町でキャリーが警戒するのも無理はない。さらに言うと目の前の男は怪しさをそのまま具現化したような身なりである。
「俺っちは情報屋だぜぇ? そんなの情報集めに決まってんじゃねぇかよぉ」
「それならあの……できるかな……?」
情報集めと聞いて少し安堵した。
言うまでもなく、キャリーは元記者だからである。
「それじゃあ決まりだ! ついて来いよ!!」
キャリーはポールの後ろに並び、夜の街の中へと消えていった。
この後、恐ろしい目に合うとは、まるで予想していなかった。
*** *** ***
すでに外は明るくなり、窓から日が差し込んでいる。
目を覚ましたハーディはベットから降りた。
チラリと窓から外を眺めると、もう昼だというのにまだ酒を片手にふらついている連中がわんさかいた。
階段を降りると部屋の鍵をフロントに戻し、チェックアウトする。
その足でハーディはそのまま飯屋に向かった。
飯屋に入ると朝から大勢の受刑者が酒を飲んでいる。
なかには夜からずっと飲んでる奴もいるのだろう。
「Bセットだ。あとタバスコ」
「あいよ、1時間ね」
ハーディは左腕を出して飯屋のおばちゃんの右腕の腕途刑にコツンとあてた。
Bセットは豆のスープ、パン、目玉焼き、サラダ、そしてウインナーのセットでなかなかボリュームがある。ハーディはテーブルに受け取ったタバスコをぶんぶん降り、それらにぶっかけた。
きれいに食べ終えたハーディは飯屋を出て、またある場所に向かって歩き出した。
街を10分程進み、でかでかと掲げられた黒人の看板の店に入るとバニーガールが出迎える。
「旦那様ー!! いらっしゃーい!!」
ハーディは口をあけて呆然とした。
バニーガールと化したキャリーは顔を赤らめて呆然とした。
そのか細い明りを頼りに足を進めてきたハーディとキャリーは、戦闘禁止区域に指定されたオラトリオに到着した。街は高い城壁で囲まれており、門から街の喧騒が漏れている。
「はぁー、あの、なんだか賑やかな街ですねぇ……。人の声が聞こえてきます」
「この門をくぐれば戦闘禁止区域だ。誰にも腕途刑を見せるなよ」
門をくぐってレンガ畳の街に入る。オラトリオは中世の雰囲気を漂わせ、辺りからはあらゆる音が耳に入ってきた。楽しそうに笑いあう声、食器の音、男を誘う女の誘惑。夜中だというのに片手に酒を持つ多くの人々で賑わっている。
「この人たち皆犯罪者なんですかねぇ? なんだかすっごく自由ですけど……。想像してたのとちょっと違いますね……」
キャリーの感想も最もである。周りには酒を飲む人、女を口説く人、路上で寝る人、喧嘩をする人。オラトリオは刑務所の中というよりは普通の繁華街のように、いや、外の世界より賑やかに思えた。
キャリーは街をきょろきょろ見渡しながらハーディの背中を追う。
ただ一つ抱いた違和感にキャリーはすぐに答えを得た。
誰一人として左腕を露出している者がいなかったのである。そこの住人はシャツの袖であったり、布を巻いたりして左腕を隠していた。
ハーディはキャリーに構わず先を急ぎ、一棟の木造の宿屋に入った。
「あっ! あの……、置いていかないでくださいよ!」
これだけの人混みだ。油断してるとすぐに見失ってしまうだろう。
ハーディの後姿を目で追い、慌ててキャリーもその宿屋に入った。
*** *** ***
「いらっしゃい。うちは一泊一週間だがどうする?」
「それで構わない。一部屋頼む」
ハーディはカウンターに座っていた小太りの店主に自身のの腕途刑を差し出した。
店主はその腕途刑を見ると、自分の右腕の腕途刑をコツンとぶつけた。
「これがカギだ。場所は2階の奥部屋だよ」
店主は部屋の鍵をハーディに手渡し、それを受け取ったハーディは階段を上る。
二階に上がりきると一番奥の部屋の扉に付いていた鍵穴に受け取った鍵を刺し、木製の扉を開けると二人は部屋の中へと入り戸を閉めた。
部屋の中を見渡すと、ベットと机、その上にはパンと1瓶の水があった。
殺風景だが、寝るには十分な空間だ。壁には小窓が付けられ、そこを覗くと宿屋前の広場で酔っぱらう人々の賑やかな様子が見下ろせた。
「あの人、右手に腕途刑してましたね。なんででしょう?」
キャリーは部屋の片隅に立ち、窓から外を眺めながらそう尋ねた。
先程の小太りな店主の腕途刑が気になったようだ。
「左腕に腕途刑をつけるのは受刑者だけだ。……右腕につけている者はこのレクイエムを管理している側の人間だ。あいつは政府側が雇った人間って事さ」
「なるほど! あの、でも危なくないですか? 犯罪者だらけのこの街で襲われたりとかしないんですかね……?」
レクイエムは通常の刑務所と違い、牢獄に受刑者を収容しているわけではない。
刑務所と銘打ってはあるが、基本的に中での行動は制約されていない。
キャリーが疑問に思うのも無理はないが、その可能性は規則の3項目目によって裁かれる。
「受刑者が規則を破ったら即、刑殺官が殺しに来る。誰もそんなバカはしねぇよ。戦闘禁止区域での自分より刑期の短い者への暴行はご法度だ。刑期を持っていない管理者に手を出せる奴なんていないのさ」
「け……刑殺官? その人達もこの国を管理しているんですか?」
「刑殺官は受刑者の監督役だ。規則を違反した受刑者はこいつらに罰せられる」
「へえ……、それよりこんな良い部屋に無料で泊まれるなんて、レクイエム暮らしも悪くないかもしれないですねえ」
レクイエムの内部は世間一般に公表されていない。
本来は投獄前にレクイエムの大雑把な規則は伝えられるのだが、元記者とはいえ、キャリーが何も知らないのも無理は無かった。異常なのはハーディの方である。あまりにも内部に詳しかった。
「バカ、タダなわけないだろう。……一週間だ」
「あの……、一週間? なにがですか?」
キャリーにはハーディが何を言っているのかわからない。
「てめぇはなんにも知らねえんだな。この宿に一泊する為に、俺は一週間刑期を延長したんだよ」
「一泊1週間!? あの、じゃあ四日間この宿に泊まったら、えーと……、刑期が1か月も伸びるってことですか!?」
「そうだ。レクイエムの中では自分の刑期を通貨代わりに取引する。飯を食うのも、物を買うのも、宿に泊まるのにもな。管理者の仲介屋を通せば犯罪者間での取引も可能だし店の経営もできる。ただし投獄時の最高刑期よりは長くはできねぇ。俺はあのクソどもを殺して3年分自分の刑期を縮めたから、今現在3年分と外で過ごしたわずかな時間分貯金があるってわけだ」
キャリーは驚き自分の腕途刑を見る。
20という表記が赤から緑に変わっていた。戦闘禁止区域内ではデジタル表記された数字が緑色に変わる仕組みだった。その数字が緑色に発色されているうちは、どれだけ滞在しても刑期が減ることはない。
「あの、それにしても1週間ってちょっと高すぎないですか!?」
誰に襲われるかもわからない外の危険な空間で1週間耐え忍んだとしても、宿屋を利用すればたった一晩の安全に消えることになる。誰も高額な宿屋など利用しないだろう。
「確かにこの宿は政府が直接運営しているから、他の受刑者が営んでいる宿よりは割高だな。ただし、絶対の安全が手に入る。部屋もまともだし寝込みを襲われる心配もねえ」
ハーディがこの宿を選んだ理由はもう一つある。キャリーからセルゲイの情報を聞きだすのに、誰かに盗み聞きされる事を嫌ったためだ。
高額なだけはあり、この宿の壁は厚かった。
「あのー、もしかしてあなたはレクイエムに来たことがあるんですか? 今思えばオラトリオの存在も知っていたみたいですし……。私は記者としてレクイエムを取材していましたが、ここまでの情報は手に入りませんでしたよ」
初めてレクイエムに投獄された人間が地理などわかるわけがない。
キャリーは薄々、ハーディがただの受刑者ではないことに気付き始めていた。
「てめぇに話す気はねぇよ。それより今度はこっちの番だ。約束通りてめぇを戦闘禁止区域まで連れてきてやったんだぜ? セルゲイについて話してもらおうか」
「セルゲイ……、オペラ氏についてですよね。わかりました」
キャリーはハーディの目をじっと見つめる。
「あの、私の出版社では昔からレクイエムについて調査をしていました。30年前、レクイエム制度が始まってからレクイエムに入れられた受刑者達をみせしめに、世界の犯罪件数は激減しました。その功績から民衆はこのレクイエムを称えました。ですが、そこに入って出てきた受刑者の数は数えるほどしかいません。投獄され、判決を下された刑期からすれば本来すでに出所されるような人達も、ほぼ死亡扱いになっているのを、私の出版社は疑問に感じたんです」
5年、10年という短い刑期の受刑者がいる中、レクイエムからの出所者の数は明らかに少なかった。
受刑者の親類にも内部の事は原則告げられず、また、数えるほどの出所者も固く口を閉ざされていたため、政府に操られているマスコミはともかく、キャリーが在籍していた様な小さい出版社が、独自にその事を調査するのは別段変わったことではなかった。
「今から10年前。私と同じく記者をしていた私のお母さん、あの……、『シシー』はレクイエムについての取材中に急遽逮捕され、レクイエムに送られました。お母さんは法に触れるような事は絶対にするような人ではありませんでした。優しい……人でした。そして2年前に死亡扱いにされました」
母親の事を語らい、キャリーの感情は激しく乱れた。恐らくその顔を思い出したのだろう。
「私はその後にお母さんと同じ出版社に入り、政府が口封じを目的にレクイエムを使っていると想定し調査を始めました。そこで出てきた名前がオペラ議員だったんです。あの……、オペラ議員はレクイエム建設を指揮し成功し、レクイエムの最高顧問にまで上り詰めました。ですが、彼が議員になる以前に所有していた武力団体は、本来であればレクイエムに投獄されるはずなんです! ですが武力団体に実刑はなく、そこに目を付けた私達の調査の結果、彼に近しい人間だけは投獄されても皆、数年で出所していた事がわかったんです」
ハーディはキャリーの話を聞きながら机に置いてあったパンを掴んだ。
武力団体に身を置いているとわかっただけでも実刑は下される。社会に害をなす存在と捉えられるからだ。その罪は決して軽いものではない。その話からは間違いなく裏で何かが動いていると思わせた。
「私はオペラ議員を調査し、武力団体とまだ癒着があるとされる証拠を手に入れました。お母さんの無実を証明するために、私は真実を自白させようとオペラ議員にアポを取り、その証拠を持って彼のオフィスで待たされていたのですが、そこに来たのは警察でした。私は名誉棄損とプライバシー侵害で訴えられ、ろくな裁判も行われないまま、レクイエムに投獄されたんです」
「結構な苦労だが、その証拠品はもうこの世に無いだろうな」
「そうですね……。恐らくそうでしょう。ですが、こうして私がレクイエムに送られたことで、オペラ議員が不当にレクイエムを使用しているという疑惑はさらに強まりました。あの、この情報が証拠づけられ世に公表されれば、今度はオペラ議員自身がレクイエムに入ることになるでしょう」
キャリーの話はそこで終わりだった。
セルゲイはレクイエムを悪用している。もしそれが真実であったとすれば、事実であったとすれば、確実にセルゲイはもう外には出られないだろう。
ハーディは手に持っていたパンを半分にちぎると、その片割れをキャリーに向かって投げた。
いきなり投げられてキャリーはパンを落としそうになる。
「うわっとと!」
「食え」
「いいんですか!? あの、いただきます! 何も食べてないからもうお腹ぺこぺこで……」
キャリーはそういうとパンをかじり始めた。
バターも塗っていないただの質素なパンであったが、久々の食事に頬が落ちそうだった。
それを見て、ハーディは置いてあった瓶のコルクを抜き、キャリーに水も差し出した。
「水も飲め。半分だけな」
キャリーはハーディから瓶を受け取った後、ごくりと喉をならし、ごくごく飲み始めた。
「あの……、やっぱり、優しいんですね!」
「何言ってやがんだ。ただの毒見に決まってるだろう」
そういうとハーディは持っているパンを食べ始めた。
政府が運営するレベルの高級宿屋では、客に不安を募らせない様にあらかじめ部屋に軽食が用意されている。最も、客の顔をみて部屋を変えるという手段があるため、ハーディはやはり信用せずにキャリーに毒見をさせたのだ。
完全に親切だと思っていたキャリーはそれを聞くとむすっとした顔をした。
「それ食ったら、出てけ」
ハーディのそのセリフを聞き、キャリーの顔は曇った。
――もう用はない。
そう冷たく言われた様に聞こえた。
「そうですね……。あの、ここまで本当にありがとうございました!」
キャリーは口に含んだパンを全て飲み込むと立ち上がり、ドアへと歩き出した。
――これ以上頼ることは出来ない。自分の力で刑期を減らさなくては。
不安は残るし、まだ聞きたい事は山の様にあったが、キャリーはそう考えたのだ。
「待て、てめぇにもう一つ聞きたいことがあった」
キャリーは足を止める。
「あなたのその質問に答える前にあの、私の質問にも一つ答えてくれませんか?」
「なんだ?」
「あの……、あなたのお名前を教えていただきたいんですけど……」
今から別れるというのにそれを聞いてどうするのだろう。
しかし、ハーディには最後にどうしてもキャリーに聞いておきたい事があった。
ため息をついてからしぶしぶ名乗る。
「ハーディ・ロックだ」
「ハーディさん……。良いお名前ですね。それであの、聞きたいこととはなんですか?」
キャリーは満足した顔でハーディに質問を返した。
「レクイエムに入った時、入口でお前は銃に狙われたはずだ。奴らはレクイエム入所直後のルーキーを食い物にして刑期を稼ぐハイエナどもだ」
何も知らない受刑者は、大抵レクイエムに入ったと同時に入口で銃殺される。
受刑者はあらかじめレクイエム内のルールを投獄前に聞かされるが、まさかいきなり入口に待ち伏せしているとは思わないのだろう。レクイエム入口周辺はルーキーを狙う狙撃者達が縄張り争いをしている程であり、また、それに見合うだけのおいしい狩場だった。
「ああ、その事ですか……。助けてもらったんです」
「どんな奴だ」
「えっと、あの、ニホントウを持った変な服を着たおじさんです」
(『キリシマ』か……、あの女ったらし)
「私を抱えて廃ビルの中まで連れてってくれたんですよ」
「わかった。それだけだ……」
ハーディにとってキリシマという名前は一番聞きたくない名だった。
明らかに不機嫌になり、深く息を吐きながら天井を仰いだ。
キャリーはドアの取っ手に手をかけると振り向き、
「あの、それではハーディさん。改めて、ここまでありがとうございました」
そう言い残すと、返事のない部屋から出ていった。
*** *** ***
そのまま階段を下り、行く当ても無いままキャリーは宿屋を出た。
(まずは泊まるとこ探さないといけないなぁ……)
キャリーの貯金は入口から入って、オラトリオまで歩いた数時間だけである。
安い宿屋を探して街の中へ歩きだす。
街中は見渡す限り酒場である。どこも明かりがつき、溢れんばかりの人で賑わっていた。皆とても楽しそうだ。
「おいそこのねーちゃん」
「待てよそこのねーちゃん」
唐突に屈強そうな男と、弱そうな男がキャリーを呼び止める。
いきなり呼びかけられてキャリーの肩はビクッと震えた。
危険を察知し、顔を引きつらせながらそろりそろりと後退する。
「ねーちゃんかわいいなぁ! これから俺たちとどうよ?」
「朝まで2週間でどうよ? ねーちゃん」
「あの、私寝るとこ探してるんですけど、そうゆう意味じゃないってゆうか……」
「なーに言ってんだねーちゃん、普通は1週間が相場なんだぜ?」
「俺達そこに宿取ってるからよ、ちょっと来いよねーちゃん」
屈強そうな男はキャリーの腕を掴み、弱そうな男はキャリーの体を舐めまわすように見た。
嫌がるキャリーが2人に連れていかれそうになった時、「ランバダ兄弟、知ってるぜぇ~」と、陽気な声が2人の動きを止めた。
「ガルノ・ランバダ、ゲルノ・ランバダ。俺っちは知ってるぜぇ~? お前らの刑期もなぁ」
その黒人はかけていたサングラスをずらし、笑いながら2人を睨んだ。
身長は高くはなかったが、ドレッドヘアーがよく似合う。
「ポールか。おめぇなにが言いてぇ?」
「ぶっ飛ばされてぇのかてめぇ」
ランバダ兄弟と呼ばれる2人はキャリーの手を放し、『ポール』と呼ばれた男に振り返った。
屈強そうなガルノほどではないが、弱そうなゲルノの身長もポールよりは高い。
キャリーの位置からはその黒人の姿はすっかり二人に隠れて見えなかった。
「その子に構うなって言いてぇんだよぉ。それよりお前らいいのかよぉ?」
ポールは懐から爆弾を取り出した。
「俺っちの刑期はお前らより短ぇ。一発でふっとばしちまえばなんの問題もねぇ」
ニヤリと笑うポールに対し、ランバダ兄弟の顔は引きつった。
ランバダ兄弟からは正当防衛でなければ攻撃できないのに対し、向こうは一撃必殺の爆弾を持つ。明らかに分が悪かったのだ。
「まぁそんなことしなくても、俺っちが今ここでお前らの刑期を叫んじまえば、勝手にお前らより刑期の短い奴らに襲われ続けることになるぜぇ? もうオラトリオにはいられねぇだろうなあ?」
そんなことをされては、常に背中に用心する必要がある。
大人しく引くしかなかった。
「チッ、行くぞ!!」
「覚えてろよポール! 絶対ぶっ殺してやる!!」
2人は頭がきれる方ではなかったが、ここではそれが常識だ。
ランバダ兄弟が悔しそうに去っていくのを見ながらポールはひらひらと手を振った。
「あの、ありがとうございます! 助けてもらっちゃって!!」
「いいってことよぉ! 俺っちあいつらの事嫌いだからよぉ!!」
ポールは白い歯を見せて笑った。
この街を縄張りにするポールの目に、前からあの二人は目障りに映っていたのだ。
「あの、私はキャリー・ポップと言います」
「キャリーかぁ。俺っちは『ポール・レゲエ』さ! いかした名前だろう?」
キャリーはそうですねと愛想笑いをした。
「見たとこルーキーだろう? 周りを見渡してみろよキャリー、こいつらをどう思う?」
ポールは好きなだけ酒を飲み、自由に振る舞う受刑者達を指さした。
皆幸せそうに笑っている。
「あの、どうって、なにがですか?」
「こいつらはなぁ、もう釈放を諦めてんだよぉ。たまに街の外に出て刑期を減らしてきて、それからはまた街で無駄遣いだぁ!」
受刑者は贅沢な暮らしをすればするほど、外の世界には戻れなくなる。オラトリオの住民の過半数は目先の欲に眩んで、外に出ることを諦めてしまっているのだ。
無駄遣いをして、貯金がなくなれば命がけで外に稼ぎに行く。
戦闘禁止区域では、自分より長い刑期の者を殺すことで刑期を稼ぐごとはできるが、皆、それをさせない様腕途刑を隠している。万が一、自分の刑期より短い者に暴力をふるえば刑殺官と言われる管理者に抹殺される。
レクイエムで刑期を他人に知られることは即、死に繋がる。
一見楽園に見えるこの街は所詮、死ぬまで苦しみ続ける刑務所だ。
「見ていていらいらしてくるぜぇ! 希望はないのかよぉ!?」
「腕途刑を見られるのって、本当に致命的なんですね……」
ハーディにも注意されたが、さらに納得するキャリーにポールは警告した。
「絶対に人に刑期は教えちゃダメだぜぇ? それよりキャリー、こんな所でなにしてたんだぁ?」
「あの、実は私宿を探していて、この辺で安い宿屋を知りせんか?」
「勿論知ってるぜぇ? なんせ俺っちは情報屋だからなぁ。でも無料では教えられねぇなぁ。なんせ俺っちは情報屋だからなぁ」
戦闘禁止区域では刑期が減らない為、キャリーが持っている貯金はレクイエムに入ってから廃ビルで隠れていた時間と、ハーディと歩いた時間、せいぜい合計で10時間程度であった。
「あの、すいません。私、レクイエムに来たばかりで……」
「おーおー違う違う。刑期はいらねーよぉ。キャリーには俺っちの仕事を手伝って貰えればそれでいい」
「あの……、どんなお仕事でしょう?」
数分前に2人の男に迫られ、ましてや犯罪者だらけのこの町でキャリーが警戒するのも無理はない。さらに言うと目の前の男は怪しさをそのまま具現化したような身なりである。
「俺っちは情報屋だぜぇ? そんなの情報集めに決まってんじゃねぇかよぉ」
「それならあの……できるかな……?」
情報集めと聞いて少し安堵した。
言うまでもなく、キャリーは元記者だからである。
「それじゃあ決まりだ! ついて来いよ!!」
キャリーはポールの後ろに並び、夜の街の中へと消えていった。
この後、恐ろしい目に合うとは、まるで予想していなかった。
*** *** ***
すでに外は明るくなり、窓から日が差し込んでいる。
目を覚ましたハーディはベットから降りた。
チラリと窓から外を眺めると、もう昼だというのにまだ酒を片手にふらついている連中がわんさかいた。
階段を降りると部屋の鍵をフロントに戻し、チェックアウトする。
その足でハーディはそのまま飯屋に向かった。
飯屋に入ると朝から大勢の受刑者が酒を飲んでいる。
なかには夜からずっと飲んでる奴もいるのだろう。
「Bセットだ。あとタバスコ」
「あいよ、1時間ね」
ハーディは左腕を出して飯屋のおばちゃんの右腕の腕途刑にコツンとあてた。
Bセットは豆のスープ、パン、目玉焼き、サラダ、そしてウインナーのセットでなかなかボリュームがある。ハーディはテーブルに受け取ったタバスコをぶんぶん降り、それらにぶっかけた。
きれいに食べ終えたハーディは飯屋を出て、またある場所に向かって歩き出した。
街を10分程進み、でかでかと掲げられた黒人の看板の店に入るとバニーガールが出迎える。
「旦那様ー!! いらっしゃーい!!」
ハーディは口をあけて呆然とした。
バニーガールと化したキャリーは顔を赤らめて呆然とした。
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