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犯罪者達の鎮魂曲(レクイエム)
ビズキット・メタル
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酒場を離れ、一行は宿屋に来ていた。
三人が宿屋の入口をくぐると店主にハーディが話しかける。
「三部屋、一泊だ」
「うちは一泊三日だ。三部屋で9日ね」
ハーディは腕途刑を店主に差し出そうとしたが、それをキリシマは止めた。
「いや、大部屋一部屋で頼む。三人泊まれる部屋はないか?」
「なんのつもりだ?」
キリシマはハーディの目を見ながら答える。
「あのガストロとかいうやつ、まだこの辺をうろついてるかもしれねえ。正直、俺一人でキャリーちゃんを守り切れるかわからねえ」
「ハッ。少し思い通りにならないだけでずいぶん弱気じゃねえか」
「お客さんどうするの? 三人泊まる大部屋なら一泊5日だよ」
ハーディとキリシマはキャリーを睨んだ。
2人が言い合いをしても決着はつかない。それはただの時間の無駄に終わる。それがわかっていたから二人は判断をキャリーに委ねたのだ。
キャリーは迷った。彼女もうら若き乙女である。キリシマと野宿をしたとはいえ、男二人と同じ部屋で一夜を共にするのは不安しかない。それはキャリーには迷うことなく拒否していい選択だった。だが、キリシマのセリフとガストロ・クラシックという男を思い起こす。何の脈絡もなく唐突に自分を殺そうとしたガストロ。キリシマとハーディの2人ですら追い払うのに精いっぱいだったガストロ。一人で寝ているときに襲われては間違いなく生き残れない。二人の意見と二つの選択を天秤にかけ、キャリーは決断する。
*** *** ***
「うわぁー、あの、広い部屋ですねぇー」
「ちゃんとベッドは三つある。あんたも問題ないだろ?」
キャリーは結局3人泊まれる大部屋を選択した。
よく考えると命を懸けてまでの事ではない。あまりにも正しい選択であったが、自分の意見が通らなかったハーディはいじけていた。
「ハーディさぁん。いい加減機嫌なおしてくださいよぉー」
「あ? 別に不機嫌になんかなってねーよ。殺すぞ」
「こいつ意外とみみっちいからなー。ほっとけよキャリーちゃん」
「なんだとてめぇ!!」
デイトナを構えキリシマに向ける。それを見て、腰を落としキリシマは刀を構えた。
ハーディは昔からキリシマの人をおちょくる態度が嫌いだった。この男といると自分という存在まで茶化されてしまう気がしたからだ。
「まぁまぁハーディさん。いいじゃないですか。皆で仲良くお泊りってのも」
キャリーの発言はここが刑務所であることを忘れさせるほど呑気だった。つい先程殺されかけたくせに……。
正直ハーディですらガストロがまだいるかもしれない街に、個別で泊まるよりは集団で泊まったほうがいいとは考えていた。ただ、やはりキリシマの意見に従うのが気に入らなかったのである。
「二日続けて野宿したからなぁ。ベットで寝て、ゆっくり休めよキャリーちゃん」
「そうですねえ。実はあの、もう体が痛くて痛くて」
慣れない野宿にキャリーの体はかなり疲れていた。だが、それよりも命を狙われ、そして目の前で人が死んでいく。そんな緊張感の連続に精神的疲労がたまっていたのだ。
「それよりおまえ。コンツェルトに向かう前に一回オラトリオに戻るがそれでいいか?」
「ああ、構わねぇ」
西の街カンツォーネから東の街コンツェルトまで直線で向かうには距離があった。なによりコンツェルトの周りは山で囲わている。食料もかなりかさばってしまうだろう。それなら北の街のオラトリオか南の街アラベスクを経由した方が効率はいいのである。
だが、アラベスク経由は悪手だ。戦闘はまず避けられないだろう。最悪ビズキット本人と戦闘になるかもしれない。ハーディは戦う理由がなかったし、キリシマはそれよりも依頼を重んじていた。オラトリオ経由が最善ルートであると二人は意見が合致したのだ。
「一回オラトリオに戻るんですか? あのじゃあ私、リップさんに会いたいです!」
「構わないぜ。どっちにしろ一泊する予定だ」
「俺もドンのところで弾を仕入れてぇ。ここに来るまでにかなり消費しちまったし、例の物がそろそろ出来ているはずだ」
「じゃあ決まりだな! 明日はオラトリオに向けて出発だ」
目的地が決まり、キャリーはおーと手をあげ、ハーディはうなずいた。
明日からの予定が決まったところで、キャリーは口を開いた。
「あの、私先にシャワー浴びてもいいでしょうか?」
「もちろんだぜキャリーちゃん。レディーファーストってやつだ」
キャリーは意気揚々と着替えとタオルを持って風呂場へと向かった。部屋の中は必然的に二人きりになった。
宿屋の階段を上る人物がいる。
ハーディの居場所を探し出したカンテラである。
カンテラはやはり、ハーディに頼み込もうとしていた。ビズキットがここに来たとき、自分ではなにもできないだろう。その確信はガストロと対峙した時にさらに強まっていた。
三人が泊まる部屋の前ににカンテラが立ち、一呼吸おいてノックしようとした時、キリシマがハーディに話しかけた。
「もし俺になにかあったら、キャリーちゃんを頼む」
ハーディはそのセリフに心底驚いた。到底キリシマ程の自信家から出たとは思えないセリフだったからだ。
「俺はキャリーちゃんを守れなかった。もし帷子を着ていなかったら、今頃死んでいた」
「心配するな、てめぇは十分強ぇ。酒が回ってたから仕方ない。そう言ってもらいてぇのか?」
「違う! 俺は自分の力を過信しすぎていた。万が一の事があったらの話だ。あんたがキャリーちゃんをシシーの元へ送り届けてくれ」
キリシマは自分を責めていた。
軽率にキャリーを単独行動させ、あまつさえ自分は酒を飲み、その結果キャリーを危険な目に合わせた事に。初めて要注意人物と対峙したキリシマは、世界の広さを知った。
「戦う前に自分が負けることを信じるな」
突然わけのわからない事を言い出したハーディにキリシマは質問する。
「なんだそれは?」
「俺に銃の扱いを教えた男の言葉だ。気持ちが負けたらその喧嘩はもう負けだそうだぜ」
「はっ。あんたの強気は師匠譲りかよ」
キリシマは思わず吹き出し、ハーディはそれに答える。
「だが俺はそれで今まで生き残ってきた。正しいかはわからねえが間違っているとも思ってない。俺も部下にもそれを伝えたかったんだがな……」
「あんたの部下は災難だな。こんな鬼上司を当てられてよ」
「何言ってやがる。俺はさらに鬼を当てられたんだぜ?」
キリシマはハーディと笑いあった。
いままでいがみあう事しかできなかった関係が少し近づいた気がした。
部屋の外、廊下で話を聞いていたカンテラはノックするのをやめ、静かに引き返した。
「とりあえずキリシマ。てめぇは体に入ってる力をぬけ。へらへら笑ってる時の方がてめぇは強ぇ」
「そうだな! 自粛して茶とか飲んでたが……、酒だ酒だ! ちょっくら買ってくるわ!」
キリシマはそう言い残し部屋を出た。
*** *** ***
「ふぅ~、いいお湯でした~」
久々の風呂を終えキャリーが帰ってくる。
長く入ったからか、体は火照り、顔は紅潮していた。部屋に入ったキャリーの目に入ったもの、それはグデングデンに酔っぱらった2人の姿だった。
「ええええええええ!?」
「おう、戻っらかキャリー」
「あ、きゃりーひゃん。おかえり。そこに飯買ってきたらら」
キリシマが指さした先には市場で買ってきたバーガーと水が置いてあった。だが、キャリーはそれよりも二人の周りに散らかる大量のつまみと酒に目が行った。
キャリーは思わず二人の肩を大きく揺すりだす。
「もう! また飲んでるんですか!? 二人とも!!」
「ちょ……、揺らさないで……、きゃりーひゃん……」
「飲むなとは言いませんよ!? でもあの! 限度ってのがあるでしょう!?」
「おぉ……、手はなせキャリイ……」
「いいえ! 飲みすぎは体に悪いんです!!」
キャリーが一際大きく揺すった時、限界を感じた二人は部屋の洗面台に駆け込んだ。遠くから「オエエエエエエ」という嗚咽が聞こえる。まるで断末魔だ。
キリシマは吹っ切れたのだ。過去を悔やんでも仕方がない。それに今、キャリーは生きている。次こそは守り切ると、そう誓っていた。
「まったく、これに懲りてあの、少しは自重してください!」
二人が体中からありとあらゆる毒素を排出し終わり戻ってくる。
その時、キャリーは自分の食事に手を付けていた。
「てめぇ何しやがる! おまえも飲め!!」
ハーディはビールをキャリーに突き付ける。
「キャリーちゃん……、世の中にはやっていいことと悪いことがあるんだよ? 知ってる?」
キリシマはニホンシュをキャリーに突き付ける。
「えっと……、あの、私お酒飲めないってゆうか、悪酔いしちゃう体質っていうか……」
「うるせえ。飲め。この野郎」
「だーいじょうぶ……、一口だけ一口だけ……」
2人とも目が座っている。
キャリーに地獄を見せられた2人は結託し絶好調だった。
記念すべきキリシマとハーディの初めての共同作業だった。
「あのー……、ちょっと二人とも、やめっ、ちょっ、いやああああああああああ!!」
*** *** ***
「おら、早く起きろキャリー」
ハーディの声でキャリーは目を覚ます。
外はすっかり明るくなって窓から日が差し込んでいた。
身を起こすと頭が痛む。キャリーは涙目で自分の頭を押さえた。
「うう……あの、頭が痛いです……」
昨日の晩にハーディとキリシマに散々飲まされたキャリーは明らかに顔色が悪かった。
キャリーはあまり酒が得意では無かったようだ。
「あんたが飲ませすぎるからだろ?」
「てめぇも乗り気だったじゃねえかよ」
朝っぱらから二人は口論し始める。
キャリーより遙かに飲んでいたのに2人ともピンピンしていた。
むしろなぜか元気になっていた。怒鳴り声が二日酔いの頭に響く。
「うう、あいたたた……」
それを見てキリシマは一度ハーディへの言葉の暴力を止めた。
「ごめんごめん。大丈夫? キャリーちゃん、きつかったらもう一泊するか?」
「ハッ、今度はそいつに飲まされねぇようにしな」
「いえ、あの、大丈夫です……」
キャリーは昨日の水を飲みながら言った。
「少しでも早く母に会いたいので」
しばらく休み、キャリーが動けるようになると三人は宿を出る。
ドアを開けると宿の外にカンテラが立っていた。
「てめえか。言ったはずだ。自分でなんとか――」
「いえ! ハーディさん! この街は私に任せてください!!」
カンテラは頭を下げ、そう言い放った。
再び顔をあげたカンテラの顔つきは昨日とは別人だった。
「へえ、いい目してるじゃねえか」
「当たり前ですよ! 私はカンツォーネの刑殺官ですから!!」
一日二日で人は強くはなれない。
だが、心は違う。
たとえ勝てない相手がいようとも気持ちでは負けてはいけない。
それが人を管理する者、刑殺官だ。
カンテラに見送られ、三人はカンツォーネを後にする。
進路は東。目指す場所はコンツェルト。
シシーとハーディの元上司がいる街である。
三人が宿屋の入口をくぐると店主にハーディが話しかける。
「三部屋、一泊だ」
「うちは一泊三日だ。三部屋で9日ね」
ハーディは腕途刑を店主に差し出そうとしたが、それをキリシマは止めた。
「いや、大部屋一部屋で頼む。三人泊まれる部屋はないか?」
「なんのつもりだ?」
キリシマはハーディの目を見ながら答える。
「あのガストロとかいうやつ、まだこの辺をうろついてるかもしれねえ。正直、俺一人でキャリーちゃんを守り切れるかわからねえ」
「ハッ。少し思い通りにならないだけでずいぶん弱気じゃねえか」
「お客さんどうするの? 三人泊まる大部屋なら一泊5日だよ」
ハーディとキリシマはキャリーを睨んだ。
2人が言い合いをしても決着はつかない。それはただの時間の無駄に終わる。それがわかっていたから二人は判断をキャリーに委ねたのだ。
キャリーは迷った。彼女もうら若き乙女である。キリシマと野宿をしたとはいえ、男二人と同じ部屋で一夜を共にするのは不安しかない。それはキャリーには迷うことなく拒否していい選択だった。だが、キリシマのセリフとガストロ・クラシックという男を思い起こす。何の脈絡もなく唐突に自分を殺そうとしたガストロ。キリシマとハーディの2人ですら追い払うのに精いっぱいだったガストロ。一人で寝ているときに襲われては間違いなく生き残れない。二人の意見と二つの選択を天秤にかけ、キャリーは決断する。
*** *** ***
「うわぁー、あの、広い部屋ですねぇー」
「ちゃんとベッドは三つある。あんたも問題ないだろ?」
キャリーは結局3人泊まれる大部屋を選択した。
よく考えると命を懸けてまでの事ではない。あまりにも正しい選択であったが、自分の意見が通らなかったハーディはいじけていた。
「ハーディさぁん。いい加減機嫌なおしてくださいよぉー」
「あ? 別に不機嫌になんかなってねーよ。殺すぞ」
「こいつ意外とみみっちいからなー。ほっとけよキャリーちゃん」
「なんだとてめぇ!!」
デイトナを構えキリシマに向ける。それを見て、腰を落としキリシマは刀を構えた。
ハーディは昔からキリシマの人をおちょくる態度が嫌いだった。この男といると自分という存在まで茶化されてしまう気がしたからだ。
「まぁまぁハーディさん。いいじゃないですか。皆で仲良くお泊りってのも」
キャリーの発言はここが刑務所であることを忘れさせるほど呑気だった。つい先程殺されかけたくせに……。
正直ハーディですらガストロがまだいるかもしれない街に、個別で泊まるよりは集団で泊まったほうがいいとは考えていた。ただ、やはりキリシマの意見に従うのが気に入らなかったのである。
「二日続けて野宿したからなぁ。ベットで寝て、ゆっくり休めよキャリーちゃん」
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慣れない野宿にキャリーの体はかなり疲れていた。だが、それよりも命を狙われ、そして目の前で人が死んでいく。そんな緊張感の連続に精神的疲労がたまっていたのだ。
「それよりおまえ。コンツェルトに向かう前に一回オラトリオに戻るがそれでいいか?」
「ああ、構わねぇ」
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「俺もドンのところで弾を仕入れてぇ。ここに来るまでにかなり消費しちまったし、例の物がそろそろ出来ているはずだ」
「じゃあ決まりだな! 明日はオラトリオに向けて出発だ」
目的地が決まり、キャリーはおーと手をあげ、ハーディはうなずいた。
明日からの予定が決まったところで、キャリーは口を開いた。
「あの、私先にシャワー浴びてもいいでしょうか?」
「もちろんだぜキャリーちゃん。レディーファーストってやつだ」
キャリーは意気揚々と着替えとタオルを持って風呂場へと向かった。部屋の中は必然的に二人きりになった。
宿屋の階段を上る人物がいる。
ハーディの居場所を探し出したカンテラである。
カンテラはやはり、ハーディに頼み込もうとしていた。ビズキットがここに来たとき、自分ではなにもできないだろう。その確信はガストロと対峙した時にさらに強まっていた。
三人が泊まる部屋の前ににカンテラが立ち、一呼吸おいてノックしようとした時、キリシマがハーディに話しかけた。
「もし俺になにかあったら、キャリーちゃんを頼む」
ハーディはそのセリフに心底驚いた。到底キリシマ程の自信家から出たとは思えないセリフだったからだ。
「俺はキャリーちゃんを守れなかった。もし帷子を着ていなかったら、今頃死んでいた」
「心配するな、てめぇは十分強ぇ。酒が回ってたから仕方ない。そう言ってもらいてぇのか?」
「違う! 俺は自分の力を過信しすぎていた。万が一の事があったらの話だ。あんたがキャリーちゃんをシシーの元へ送り届けてくれ」
キリシマは自分を責めていた。
軽率にキャリーを単独行動させ、あまつさえ自分は酒を飲み、その結果キャリーを危険な目に合わせた事に。初めて要注意人物と対峙したキリシマは、世界の広さを知った。
「戦う前に自分が負けることを信じるな」
突然わけのわからない事を言い出したハーディにキリシマは質問する。
「なんだそれは?」
「俺に銃の扱いを教えた男の言葉だ。気持ちが負けたらその喧嘩はもう負けだそうだぜ」
「はっ。あんたの強気は師匠譲りかよ」
キリシマは思わず吹き出し、ハーディはそれに答える。
「だが俺はそれで今まで生き残ってきた。正しいかはわからねえが間違っているとも思ってない。俺も部下にもそれを伝えたかったんだがな……」
「あんたの部下は災難だな。こんな鬼上司を当てられてよ」
「何言ってやがる。俺はさらに鬼を当てられたんだぜ?」
キリシマはハーディと笑いあった。
いままでいがみあう事しかできなかった関係が少し近づいた気がした。
部屋の外、廊下で話を聞いていたカンテラはノックするのをやめ、静かに引き返した。
「とりあえずキリシマ。てめぇは体に入ってる力をぬけ。へらへら笑ってる時の方がてめぇは強ぇ」
「そうだな! 自粛して茶とか飲んでたが……、酒だ酒だ! ちょっくら買ってくるわ!」
キリシマはそう言い残し部屋を出た。
*** *** ***
「ふぅ~、いいお湯でした~」
久々の風呂を終えキャリーが帰ってくる。
長く入ったからか、体は火照り、顔は紅潮していた。部屋に入ったキャリーの目に入ったもの、それはグデングデンに酔っぱらった2人の姿だった。
「ええええええええ!?」
「おう、戻っらかキャリー」
「あ、きゃりーひゃん。おかえり。そこに飯買ってきたらら」
キリシマが指さした先には市場で買ってきたバーガーと水が置いてあった。だが、キャリーはそれよりも二人の周りに散らかる大量のつまみと酒に目が行った。
キャリーは思わず二人の肩を大きく揺すりだす。
「もう! また飲んでるんですか!? 二人とも!!」
「ちょ……、揺らさないで……、きゃりーひゃん……」
「飲むなとは言いませんよ!? でもあの! 限度ってのがあるでしょう!?」
「おぉ……、手はなせキャリイ……」
「いいえ! 飲みすぎは体に悪いんです!!」
キャリーが一際大きく揺すった時、限界を感じた二人は部屋の洗面台に駆け込んだ。遠くから「オエエエエエエ」という嗚咽が聞こえる。まるで断末魔だ。
キリシマは吹っ切れたのだ。過去を悔やんでも仕方がない。それに今、キャリーは生きている。次こそは守り切ると、そう誓っていた。
「まったく、これに懲りてあの、少しは自重してください!」
二人が体中からありとあらゆる毒素を排出し終わり戻ってくる。
その時、キャリーは自分の食事に手を付けていた。
「てめぇ何しやがる! おまえも飲め!!」
ハーディはビールをキャリーに突き付ける。
「キャリーちゃん……、世の中にはやっていいことと悪いことがあるんだよ? 知ってる?」
キリシマはニホンシュをキャリーに突き付ける。
「えっと……、あの、私お酒飲めないってゆうか、悪酔いしちゃう体質っていうか……」
「うるせえ。飲め。この野郎」
「だーいじょうぶ……、一口だけ一口だけ……」
2人とも目が座っている。
キャリーに地獄を見せられた2人は結託し絶好調だった。
記念すべきキリシマとハーディの初めての共同作業だった。
「あのー……、ちょっと二人とも、やめっ、ちょっ、いやああああああああああ!!」
*** *** ***
「おら、早く起きろキャリー」
ハーディの声でキャリーは目を覚ます。
外はすっかり明るくなって窓から日が差し込んでいた。
身を起こすと頭が痛む。キャリーは涙目で自分の頭を押さえた。
「うう……あの、頭が痛いです……」
昨日の晩にハーディとキリシマに散々飲まされたキャリーは明らかに顔色が悪かった。
キャリーはあまり酒が得意では無かったようだ。
「あんたが飲ませすぎるからだろ?」
「てめぇも乗り気だったじゃねえかよ」
朝っぱらから二人は口論し始める。
キャリーより遙かに飲んでいたのに2人ともピンピンしていた。
むしろなぜか元気になっていた。怒鳴り声が二日酔いの頭に響く。
「うう、あいたたた……」
それを見てキリシマは一度ハーディへの言葉の暴力を止めた。
「ごめんごめん。大丈夫? キャリーちゃん、きつかったらもう一泊するか?」
「ハッ、今度はそいつに飲まされねぇようにしな」
「いえ、あの、大丈夫です……」
キャリーは昨日の水を飲みながら言った。
「少しでも早く母に会いたいので」
しばらく休み、キャリーが動けるようになると三人は宿を出る。
ドアを開けると宿の外にカンテラが立っていた。
「てめえか。言ったはずだ。自分でなんとか――」
「いえ! ハーディさん! この街は私に任せてください!!」
カンテラは頭を下げ、そう言い放った。
再び顔をあげたカンテラの顔つきは昨日とは別人だった。
「へえ、いい目してるじゃねえか」
「当たり前ですよ! 私はカンツォーネの刑殺官ですから!!」
一日二日で人は強くはなれない。
だが、心は違う。
たとえ勝てない相手がいようとも気持ちでは負けてはいけない。
それが人を管理する者、刑殺官だ。
カンテラに見送られ、三人はカンツォーネを後にする。
進路は東。目指す場所はコンツェルト。
シシーとハーディの元上司がいる街である。
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