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犯罪者達の鎮魂曲(レクイエム)
最終話 エルビス・ブルース
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「あの、シシーがエルビスさんを迎えに来るんですか?」
長い沈黙の後、最初に口を開いたのはキャリーだった。
エルビスはそれに答える。
「迎え自体は別の者が来る。正確には外に出てから落ち合う約束をしている」
洞窟を抜ければシシーに会える。
キャリーにはその言葉は希望そのものだった。
「解放軍はどうなる?」
ハーディはエルビスに尋ねた。
「このまま置いていく。外に出るのは俺と、ついてくるならお前らだけだ」
そのセリフにキリシマが激昂する。
「てめえ! どれだけの人間を裏切る気だ!!」
怒鳴られてもエルビスは表情を変えない。ただ冷酷に答える。
「あいつらは今迄俺に操られていたに過ぎない。全てはこの日の為に」
キリシマは刀を構えた。目の前の男の言う事は信用できない。できるわけがない。今まで慕っていた人間を、物の様に平気で切り捨てるような男なんだから。
「静かにしろキリシマ。……感づかれる」
ハーディは洞窟の方を見やった。
キリシマにはなんでハーディがここまで冷静に話を聞いていられるのかまるでわからなかった。非情に不愉快だった。
「キリシマさん……」
キャリーに呼ばれてキリシマは振り返る。
目の前の少女は無実の罪でこんなところに投獄され、いろんな危険な事に巻き込まれながらも、何とかここまで歩いてきた。母親の為だ。それが今報われようとしている。キリシマはエルビスにぼそりと呟く。
「なんで、あんたは外に出てえんだ?」
「それは聞いて意味がある事なのか?」
エルビスはそう言い返してきた。
「ああ、聞きてえなあ! 今まで散々ペラペラ喋ってきたんだから答えろよ! あんたがここで築いた全ての者を裏切る理由をよ!」
ハーディがキリシマにうるせえ、と言おうとしたのをキャリーは止め、エルビスは話した。
「俺はよ、ガキの頃刑殺官見習いでここに入ってなあ。それから今までレクイエムから出たことはねぇ」
エルビスが刑殺官に入ったのは給料が良かったためだ。家族を養うため、危険な仕事に就いた。以来10年勤め、官長にまで上り詰めた。そこから更に10年官長を勤め上げた結果、最終的にエルビスはレクイエムに10年投獄された。
「俺はもう長くねえ。……自分でわかるんだ。目は見えなくなってくるし、指は震える」
レクイエムにも医者はいるし、仕入屋から薬だって買える。だが、それはエルビスの病には効果が無かった。恐らく、外の世界にも対処法が無い事にエルビスは気付いていた。
「だからよお、死ぬ前に一目でいいから家族に会いてえんだ」
エルビスは口を震わせ、目に涙を溜め30年間我慢した思いを言い放った。エルビスに刑期は無い。情報を書き換えていたとしても、顔の広いエルビスが出れる確率は零だった。レクイエムには面会なんてものはない。今日この日を逃したら、エルビスは一生家族に会うことはない。
それを聞いてキリシマはさらに不満な顔をする。「結局自分の願望の為じゃねえか」と吐き気がする。だが、もう何も言えなかった。
*** *** ***
あれから長い長い沈黙が流れた。
キリシマは何も言わなかったが、エルビスを見逃すことに納得はしなかったが同意はしたようだ。
ララは退屈で寝てしまっていた。
キャリーは無表情でその寝顔を見つめる。
「そろそろ時間だぞ」
エルビスがそう言うと、キャリーはララを起こした。眠そうなララが身を起こす。
「言ってなかったが、一度あそこを潜ればもう戻ってこれないと思った方がいい」
エルビスはここにきてさらっと大事なことを言ってのけた。
レクイエムから出るのが難しい様に、中に入るのも同じ事だ。
シシーは別として、レクイエムからの脱獄犯など前例がない。間違いなく見つかれば殺されるだろう。ここでキリシマはあることに気付く。
「俺の刑期でキャリーちゃん出所しちゃえば?」
わざわざ脱獄しなくても、キリシマの刑期を使ってキャリーの場合はいつでも出所することができた。外の世界にシシーがいるのなら、罪を犯さずとも正規に会いに行けばいいと提案するが、キャリーはそれを拒否する。
「あの、それまで母が待ってくれるとは限りませんし……、すぐに会いたいんです!」
キャリーが強く言ったのでキリシマはそれ以上は口出ししなかった。
「そういうお前こそ、ここまででもいいんだぞ?」
ハーディは珍しくキリシマを気遣った。
外に出たいハーディ、母に会いたいキャリー、ハーディについて行きたいララに比べ、キリシマはレクイエム暮らしを気に入っている。
ここまで来れば後は出るだけなので、別にもう護衛は必要ないと思われたのだ。キリシマはこれに素っ頓狂な回答をする。
「何言ってんだ、それじゃ護衛達成してないし、あんたとも戦えないだろう?」
外に出てしまえばハーディは刑期なんか必要なくなるわけで、キリシマと戦う理由が無い。そして当然戦う気などなかったが、まぁ別にいいかとハーディもそれ以上口出ししなかった。
「シッ! 来たぞ!」
洞窟を見張っていたエルビスが四人を黙らせた。
全員が目を凝らして見ると、洞窟から出てきた男が手を振っていた。
迎えの合図だ。準備を整え洞窟へと向かった。
*** *** ***
洞窟についたハーディはその男を見て驚愕する。
大剣を扱う刑殺官カルロだ。
「おまえ、コンツェルトはいいのかよ?」
キリシマがそう尋ねると、カルロは体に巻かれた包帯を見せる。ビズキットにやられた傷だ。
「このケガじゃなにもできませんよ。それに見習いが代わりを務めてるので問題ありません」
カルロがエルビスを親しげに語っていたが、こんな真面目そうな奴がまさか解放軍に加担していたとは。ハーディは改めてエルビスの恐ろしさを知った。カルロは赴任してから一年も経っていない。どうゆうペースでここまで関係を築いたのか、まるで想像できなかった。
「行くぞ」
エルビスが先頭を歩き、それについて行く。
洞窟の中はヒヤッとした風が流れ、肌寒い。
「なあカルロ、この先に見習いって何人くらいいるんだ?」
キリシマが尋ねた。
「全員出払ってるので僕しかいません。安心してください。ちゃんと送りますよ」
キャリーはそれを聞いて安心した。
カルロが何を待っていたのか。それは見習いが全員出払うタイミングである。中にいた見習いを外に出すのに一気にやると怪しまれる。だから一人、一人とコンツェルトに送ったのだ。見習いはそれを疑いもしなかった。現職刑殺官の言葉だったからである。
一行は暗い洞窟の中を進み続けた。
しばらく進むとそこは行き止まりだった。
行く手を阻む巨大な鋼鉄の壁。
それは内側から見た塀そのものである。
「なるほどな、こりゃ気付かれねぇな」
ハーディはそう呟いた。
仮に受刑者がたまたまここまで来ても、行き止まりだと引き返すだろう。そこは暗く、寒く、不気味でこんなところに居たがるのはガストロくらいだと思わせるような場所だった。
「ちょっと待ってて下さい」
カルロはそういうと洞窟の脇の岩に手を置いた。すると、行く手を阻んでいた壁が横にスライドし、中に入れるようになった。案内するカルロに続き扉を潜る。レクイエム入口はひたすら陰鬱で暗く、長いただの通路だったが、その壁の中は何かの研究施設の様に思えた。
ハーディもここに入るのは初めてである。なにせ裏口の存在すら知らなかったんだから無理はない。
キャリーとララは初めて見る機械たちに目をきょろきょろ泳がせている。
カルロの言う通り中には誰もいなかった。
「そう言えばレクイエムって、世界のどの辺にあるんだ?」
キリシマが無知に思える質問だが、それを知っているのは少数である。一般人が面白半分に近づくことがないように、地図に載ってない絶海の孤島に立ててあるとカルロは答えた。
「あの、それじゃあこれから船に乗るんですか?」
キャリーの質問にカルロは返答する。
「はい、その船にシシーさんが乗っているはずです。」
キャリーはそれを聞き笑顔になる。
(待っててね、お母さん。もうすぐだよ)
キャリーが心でそう思った時である。
ビーッ! ビーッ! ビーッ! ……
突然ハーディの腕途刑からけたたましい警告音が鳴り始めた。
全員が予定外の出来事に頭の中を真っ白にする。
「そんな! ここに探知機は無いはずです!!」
カルロは叫んだ。
彼の立てたプランではこの先の探知機だけは避けようがないので、そこからは全速力で走り船まで逃げきると言う予定だった。
「もたもたするな! 走るぞ!!」
エルビスが叫んだ。
全員それに続けて走り出す。
ララはハーディの背中に乗った。
だがおかしい、腕途刑が鳴っているのはハーディだけである。それに気付き不思議に思ったハーディが自分の左腕を見るとそこには
『通話中』
と表示されていた。
『久しぶりだねハーディ君、どこに行こうというのかな』
よく知る声を聞いてハーディは走りながら叫んだ。
「――セルゲイッ!!」
突然怒鳴ったハーディにララがびくっと体を震わせる。
ハーディ達が走るその後ろには、コンツェルトに行ったはずの見習いたちが大勢戻ってきていた。
『せっかく君の為に舞台を用意したのに、いなくなってもらっては困るなハーディ君』
「てめぇ! いつ気付いた!?」
ハーディはそう叫び、ハッとした。
今こうしてセルゲイと通話できるという事は――
『いつ、と聞かれても返答に困るな。あえて言えば最初からだ』
「盗聴器か!!」
通話する機能がついているなら、当然一方的に会話を盗み聞くことなど簡単であろう。腕途刑は政府が作り上げたのだから。
「貴様あああああああああああ!!!!」
「ここ、くぐると探知機が反応します!!」
カルロがそう言って指さしたエリアを通ると、全員の腕途刑からけたたましい電子音が流れ始めた。あまりの音量に耳が痛い。コンツェルトでも鳴り響いていたが、狭い室内だとその音はさらに大きく感じた。
突然エルビスが胸を抑え、その場にうずくまった。いきなり走り出したことにより、エルビスの容体は悪化してしまったのだ。
「じじい!!」
ハーディがそう叫ぶも遅かった。
「行け、小僧……」
警告音が響く中、ハーディは確かにそう聞いた。
次の瞬間、エルビスは見習いの一人に殴られ、壁に突っ込みその壁が大破した。
「なんだあの力!? 見習いのレベルじゃねえぞ!」
走りながらそれを見ていたキリシマが叫ぶ。
「彼らは僕と同じです。第三世代の……」
『余計な事を言うな!!』
ハーディの腕途刑からそう聞こえると、カルロは全身を痙攣させはじめ倒れた。
カルロが右手につける腕途刑からバチバチとなにかがはじける音がする。
「ギャアアアアアアアアアア!!」
「カルロッ!!」
ハーディは振り返り助けようとしたが、カルロはそれを止めた。
「行ってください! 彼らは海沿いにいるはずです!!」
カルロはそう叫ぶと見習いたちに飲み込まれた。
「ハッ! ハッ! ハァッ! ハッハ!!」
キャリーが苦しそうに息を荒げる。
「キリシマ!!」
ハーディが叫ぶとキリシマは察してキャリーを抱きかかえた。
二人は全力で走り突き当たりの扉を蹴破る。
扉から出るとそこは崖だった。
振り向くとレクイエムの塀が外から見渡せる。
そしてその塀を支えるように、ずらっと建物が続いていた。
ハーディは海沿いを眺めた。船なんか見当たらない。ハーディの背中にいたララがポンポンと肩を叩き指さした。船ではない。クジラのような物体がそこにあった。
「行くぞ!!」
ハーディとキリシマは再びそこを目指し、走り続けた。後ろからはしつこく見習い共が追ってくる。
『残念だよハーディ君、レクイエムの中なら、君の断末魔を録音できたというのに』
「黙れ……」
『私はね、そのテープを朝のアラームにしようと考えていたんだよ』
「だまれええええええええええええええええええええ!!」
不愉快なその声にハーディの怒りはすでに限界だった。
崖沿いを走り、その物体の近くまで来たハーディとキリシマは迷うことなく崖から飛び降りる。
これにはさすがに見習い共も追跡を諦めた。
キャリーとララを抱えたままその物体の近くまで泳ぐとハッチが開いた。その正体は潜水艦だった。
中から男が顔を出す。
「急げ! 早く乗れ!!」
言われるがまま四人はその潜水艦に乗り込んだ。
乗り込むと男はハッチを閉め潜水艦は急発進した。
『君は今日から指名手配犯だ。レクイエムから出たことを後悔させてやろう』
「黙れ」
『これから……にち………みの……』
「黙れセルゲイ!! てめえは俺がぶっ殺す!!」
『……………………』
ハーディが叫ぶと腕途刑はなにも喋らなくなった。
エルビスはどうした?
ハッチを開けた男はハーディ達に問かけてきた。
その質問に、逃げる時に殺されたと返したのはキリシマだった。
男はしばらく黙ると後をついてくるようにと四人に話す。
潜水艦の中は大勢の人で溢れていた。
四人はタオルを渡され体を乾かす。
しばらくするとキャリーは艦員の一人に、シシーはどこかと尋ねる。
キャリーは自分がシシーの娘であると告げ、
そしてついにシシーの部屋へと案内された。
久しぶりの再会に親子水入らず、
2人きりにさせてやろうと気を使い、
キャリーが一人シシーの部屋に入り、三人が外で待つと、
その部屋からはすぐに銃声が聞こえた。
ハーディとキリシマはすぐに扉を開ける。
二人の目に入ったのは
アナタダレナノ?
と言いながら
腹から血を流すシシーと
オラトリオでキリシマが買った拳銃を手に、
カタカタと震えるキャリーの姿だった。
犯罪者達の鎮魂曲(レクイエム) 完
犯罪者達の前奏曲(プレリュード)に続きます。
長い沈黙の後、最初に口を開いたのはキャリーだった。
エルビスはそれに答える。
「迎え自体は別の者が来る。正確には外に出てから落ち合う約束をしている」
洞窟を抜ければシシーに会える。
キャリーにはその言葉は希望そのものだった。
「解放軍はどうなる?」
ハーディはエルビスに尋ねた。
「このまま置いていく。外に出るのは俺と、ついてくるならお前らだけだ」
そのセリフにキリシマが激昂する。
「てめえ! どれだけの人間を裏切る気だ!!」
怒鳴られてもエルビスは表情を変えない。ただ冷酷に答える。
「あいつらは今迄俺に操られていたに過ぎない。全てはこの日の為に」
キリシマは刀を構えた。目の前の男の言う事は信用できない。できるわけがない。今まで慕っていた人間を、物の様に平気で切り捨てるような男なんだから。
「静かにしろキリシマ。……感づかれる」
ハーディは洞窟の方を見やった。
キリシマにはなんでハーディがここまで冷静に話を聞いていられるのかまるでわからなかった。非情に不愉快だった。
「キリシマさん……」
キャリーに呼ばれてキリシマは振り返る。
目の前の少女は無実の罪でこんなところに投獄され、いろんな危険な事に巻き込まれながらも、何とかここまで歩いてきた。母親の為だ。それが今報われようとしている。キリシマはエルビスにぼそりと呟く。
「なんで、あんたは外に出てえんだ?」
「それは聞いて意味がある事なのか?」
エルビスはそう言い返してきた。
「ああ、聞きてえなあ! 今まで散々ペラペラ喋ってきたんだから答えろよ! あんたがここで築いた全ての者を裏切る理由をよ!」
ハーディがキリシマにうるせえ、と言おうとしたのをキャリーは止め、エルビスは話した。
「俺はよ、ガキの頃刑殺官見習いでここに入ってなあ。それから今までレクイエムから出たことはねぇ」
エルビスが刑殺官に入ったのは給料が良かったためだ。家族を養うため、危険な仕事に就いた。以来10年勤め、官長にまで上り詰めた。そこから更に10年官長を勤め上げた結果、最終的にエルビスはレクイエムに10年投獄された。
「俺はもう長くねえ。……自分でわかるんだ。目は見えなくなってくるし、指は震える」
レクイエムにも医者はいるし、仕入屋から薬だって買える。だが、それはエルビスの病には効果が無かった。恐らく、外の世界にも対処法が無い事にエルビスは気付いていた。
「だからよお、死ぬ前に一目でいいから家族に会いてえんだ」
エルビスは口を震わせ、目に涙を溜め30年間我慢した思いを言い放った。エルビスに刑期は無い。情報を書き換えていたとしても、顔の広いエルビスが出れる確率は零だった。レクイエムには面会なんてものはない。今日この日を逃したら、エルビスは一生家族に会うことはない。
それを聞いてキリシマはさらに不満な顔をする。「結局自分の願望の為じゃねえか」と吐き気がする。だが、もう何も言えなかった。
*** *** ***
あれから長い長い沈黙が流れた。
キリシマは何も言わなかったが、エルビスを見逃すことに納得はしなかったが同意はしたようだ。
ララは退屈で寝てしまっていた。
キャリーは無表情でその寝顔を見つめる。
「そろそろ時間だぞ」
エルビスがそう言うと、キャリーはララを起こした。眠そうなララが身を起こす。
「言ってなかったが、一度あそこを潜ればもう戻ってこれないと思った方がいい」
エルビスはここにきてさらっと大事なことを言ってのけた。
レクイエムから出るのが難しい様に、中に入るのも同じ事だ。
シシーは別として、レクイエムからの脱獄犯など前例がない。間違いなく見つかれば殺されるだろう。ここでキリシマはあることに気付く。
「俺の刑期でキャリーちゃん出所しちゃえば?」
わざわざ脱獄しなくても、キリシマの刑期を使ってキャリーの場合はいつでも出所することができた。外の世界にシシーがいるのなら、罪を犯さずとも正規に会いに行けばいいと提案するが、キャリーはそれを拒否する。
「あの、それまで母が待ってくれるとは限りませんし……、すぐに会いたいんです!」
キャリーが強く言ったのでキリシマはそれ以上は口出ししなかった。
「そういうお前こそ、ここまででもいいんだぞ?」
ハーディは珍しくキリシマを気遣った。
外に出たいハーディ、母に会いたいキャリー、ハーディについて行きたいララに比べ、キリシマはレクイエム暮らしを気に入っている。
ここまで来れば後は出るだけなので、別にもう護衛は必要ないと思われたのだ。キリシマはこれに素っ頓狂な回答をする。
「何言ってんだ、それじゃ護衛達成してないし、あんたとも戦えないだろう?」
外に出てしまえばハーディは刑期なんか必要なくなるわけで、キリシマと戦う理由が無い。そして当然戦う気などなかったが、まぁ別にいいかとハーディもそれ以上口出ししなかった。
「シッ! 来たぞ!」
洞窟を見張っていたエルビスが四人を黙らせた。
全員が目を凝らして見ると、洞窟から出てきた男が手を振っていた。
迎えの合図だ。準備を整え洞窟へと向かった。
*** *** ***
洞窟についたハーディはその男を見て驚愕する。
大剣を扱う刑殺官カルロだ。
「おまえ、コンツェルトはいいのかよ?」
キリシマがそう尋ねると、カルロは体に巻かれた包帯を見せる。ビズキットにやられた傷だ。
「このケガじゃなにもできませんよ。それに見習いが代わりを務めてるので問題ありません」
カルロがエルビスを親しげに語っていたが、こんな真面目そうな奴がまさか解放軍に加担していたとは。ハーディは改めてエルビスの恐ろしさを知った。カルロは赴任してから一年も経っていない。どうゆうペースでここまで関係を築いたのか、まるで想像できなかった。
「行くぞ」
エルビスが先頭を歩き、それについて行く。
洞窟の中はヒヤッとした風が流れ、肌寒い。
「なあカルロ、この先に見習いって何人くらいいるんだ?」
キリシマが尋ねた。
「全員出払ってるので僕しかいません。安心してください。ちゃんと送りますよ」
キャリーはそれを聞いて安心した。
カルロが何を待っていたのか。それは見習いが全員出払うタイミングである。中にいた見習いを外に出すのに一気にやると怪しまれる。だから一人、一人とコンツェルトに送ったのだ。見習いはそれを疑いもしなかった。現職刑殺官の言葉だったからである。
一行は暗い洞窟の中を進み続けた。
しばらく進むとそこは行き止まりだった。
行く手を阻む巨大な鋼鉄の壁。
それは内側から見た塀そのものである。
「なるほどな、こりゃ気付かれねぇな」
ハーディはそう呟いた。
仮に受刑者がたまたまここまで来ても、行き止まりだと引き返すだろう。そこは暗く、寒く、不気味でこんなところに居たがるのはガストロくらいだと思わせるような場所だった。
「ちょっと待ってて下さい」
カルロはそういうと洞窟の脇の岩に手を置いた。すると、行く手を阻んでいた壁が横にスライドし、中に入れるようになった。案内するカルロに続き扉を潜る。レクイエム入口はひたすら陰鬱で暗く、長いただの通路だったが、その壁の中は何かの研究施設の様に思えた。
ハーディもここに入るのは初めてである。なにせ裏口の存在すら知らなかったんだから無理はない。
キャリーとララは初めて見る機械たちに目をきょろきょろ泳がせている。
カルロの言う通り中には誰もいなかった。
「そう言えばレクイエムって、世界のどの辺にあるんだ?」
キリシマが無知に思える質問だが、それを知っているのは少数である。一般人が面白半分に近づくことがないように、地図に載ってない絶海の孤島に立ててあるとカルロは答えた。
「あの、それじゃあこれから船に乗るんですか?」
キャリーの質問にカルロは返答する。
「はい、その船にシシーさんが乗っているはずです。」
キャリーはそれを聞き笑顔になる。
(待っててね、お母さん。もうすぐだよ)
キャリーが心でそう思った時である。
ビーッ! ビーッ! ビーッ! ……
突然ハーディの腕途刑からけたたましい警告音が鳴り始めた。
全員が予定外の出来事に頭の中を真っ白にする。
「そんな! ここに探知機は無いはずです!!」
カルロは叫んだ。
彼の立てたプランではこの先の探知機だけは避けようがないので、そこからは全速力で走り船まで逃げきると言う予定だった。
「もたもたするな! 走るぞ!!」
エルビスが叫んだ。
全員それに続けて走り出す。
ララはハーディの背中に乗った。
だがおかしい、腕途刑が鳴っているのはハーディだけである。それに気付き不思議に思ったハーディが自分の左腕を見るとそこには
『通話中』
と表示されていた。
『久しぶりだねハーディ君、どこに行こうというのかな』
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「――セルゲイッ!!」
突然怒鳴ったハーディにララがびくっと体を震わせる。
ハーディ達が走るその後ろには、コンツェルトに行ったはずの見習いたちが大勢戻ってきていた。
『せっかく君の為に舞台を用意したのに、いなくなってもらっては困るなハーディ君』
「てめぇ! いつ気付いた!?」
ハーディはそう叫び、ハッとした。
今こうしてセルゲイと通話できるという事は――
『いつ、と聞かれても返答に困るな。あえて言えば最初からだ』
「盗聴器か!!」
通話する機能がついているなら、当然一方的に会話を盗み聞くことなど簡単であろう。腕途刑は政府が作り上げたのだから。
「貴様あああああああああああ!!!!」
「ここ、くぐると探知機が反応します!!」
カルロがそう言って指さしたエリアを通ると、全員の腕途刑からけたたましい電子音が流れ始めた。あまりの音量に耳が痛い。コンツェルトでも鳴り響いていたが、狭い室内だとその音はさらに大きく感じた。
突然エルビスが胸を抑え、その場にうずくまった。いきなり走り出したことにより、エルビスの容体は悪化してしまったのだ。
「じじい!!」
ハーディがそう叫ぶも遅かった。
「行け、小僧……」
警告音が響く中、ハーディは確かにそう聞いた。
次の瞬間、エルビスは見習いの一人に殴られ、壁に突っ込みその壁が大破した。
「なんだあの力!? 見習いのレベルじゃねえぞ!」
走りながらそれを見ていたキリシマが叫ぶ。
「彼らは僕と同じです。第三世代の……」
『余計な事を言うな!!』
ハーディの腕途刑からそう聞こえると、カルロは全身を痙攣させはじめ倒れた。
カルロが右手につける腕途刑からバチバチとなにかがはじける音がする。
「ギャアアアアアアアアアア!!」
「カルロッ!!」
ハーディは振り返り助けようとしたが、カルロはそれを止めた。
「行ってください! 彼らは海沿いにいるはずです!!」
カルロはそう叫ぶと見習いたちに飲み込まれた。
「ハッ! ハッ! ハァッ! ハッハ!!」
キャリーが苦しそうに息を荒げる。
「キリシマ!!」
ハーディが叫ぶとキリシマは察してキャリーを抱きかかえた。
二人は全力で走り突き当たりの扉を蹴破る。
扉から出るとそこは崖だった。
振り向くとレクイエムの塀が外から見渡せる。
そしてその塀を支えるように、ずらっと建物が続いていた。
ハーディは海沿いを眺めた。船なんか見当たらない。ハーディの背中にいたララがポンポンと肩を叩き指さした。船ではない。クジラのような物体がそこにあった。
「行くぞ!!」
ハーディとキリシマは再びそこを目指し、走り続けた。後ろからはしつこく見習い共が追ってくる。
『残念だよハーディ君、レクイエムの中なら、君の断末魔を録音できたというのに』
「黙れ……」
『私はね、そのテープを朝のアラームにしようと考えていたんだよ』
「だまれええええええええええええええええええええ!!」
不愉快なその声にハーディの怒りはすでに限界だった。
崖沿いを走り、その物体の近くまで来たハーディとキリシマは迷うことなく崖から飛び降りる。
これにはさすがに見習い共も追跡を諦めた。
キャリーとララを抱えたままその物体の近くまで泳ぐとハッチが開いた。その正体は潜水艦だった。
中から男が顔を出す。
「急げ! 早く乗れ!!」
言われるがまま四人はその潜水艦に乗り込んだ。
乗り込むと男はハッチを閉め潜水艦は急発進した。
『君は今日から指名手配犯だ。レクイエムから出たことを後悔させてやろう』
「黙れ」
『これから……にち………みの……』
「黙れセルゲイ!! てめえは俺がぶっ殺す!!」
『……………………』
ハーディが叫ぶと腕途刑はなにも喋らなくなった。
エルビスはどうした?
ハッチを開けた男はハーディ達に問かけてきた。
その質問に、逃げる時に殺されたと返したのはキリシマだった。
男はしばらく黙ると後をついてくるようにと四人に話す。
潜水艦の中は大勢の人で溢れていた。
四人はタオルを渡され体を乾かす。
しばらくするとキャリーは艦員の一人に、シシーはどこかと尋ねる。
キャリーは自分がシシーの娘であると告げ、
そしてついにシシーの部屋へと案内された。
久しぶりの再会に親子水入らず、
2人きりにさせてやろうと気を使い、
キャリーが一人シシーの部屋に入り、三人が外で待つと、
その部屋からはすぐに銃声が聞こえた。
ハーディとキリシマはすぐに扉を開ける。
二人の目に入ったのは
アナタダレナノ?
と言いながら
腹から血を流すシシーと
オラトリオでキリシマが買った拳銃を手に、
カタカタと震えるキャリーの姿だった。
犯罪者達の鎮魂曲(レクイエム) 完
犯罪者達の前奏曲(プレリュード)に続きます。
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