犯罪者達の鎮魂曲(レクイエム)

いずくかける

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犯罪者達の前奏曲(プレリュード)

憎悪を抱く青年2

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「ようドン。こいつの弾はできてるか?」

 エルビスはレクイエムの名工、ドン・ドドンパにデイトナとハロルド用の弾丸を注文していた。通常よりも口径が大きく、火薬の量も多い特殊な弾を扱うのはドンだけであった。

「当然じゃ。ほれ、持っていけ」

 ドンはハーディに弾の入った袋を手渡した。

「ああ、助かる」

 ハーディがレクイエムに入ってから1年が経とうとしていた。あれからエルビスの元につき、レクイエムのありとあらゆる事情と、実戦での指摘をハーディは叩き込まれた。
 訓練とは違い、常に自分の命を危険にさらす実戦での経験は、ハーディの腕を飛躍的に伸ばしていった。すでにデイトナとハロルドを完璧に使いこなしていたハーディは、レクイエム間の犯罪者たちに恐れられるようになっていた。相手を選ぶドンですら、ハーディの腕を認めるようになっている。
 だが、それでもエルビスの呼び方は変わっていなかった。

「おい、小僧」

「なんだ? じじい」

 ハーディはエルビスの一番近くで学ぶうち、小僧と呼ばれることに抵抗が無くなっていった。彼の仕事ぶりを、誰よりも近いところで散々見せつけられていたからである。今や、ハーディにとってエルビスとは最も尊敬する人物であり、越えられない壁のようだった。

「ドンにはちゃんと礼を言っておけ。これほどの腕の職人は他にいねえぞ」

「別にそんなのいらないわい。お前さんも偉そうに言っておるが、昔はこのガキにそっくりじゃっただろう」

 ドンにそう言われ、エルビスは頭をガシガシ掻きながら苦笑いをした。

「敵わねえな。ガキの頃の俺を知られてるんだから。まあ小僧をよろしく頼むぜ、ドン」

「改まってどうしたんじゃ。お前さんらしくもない」

「いやあ……、実はそろそろ、次の官長をこいつに任せようと思ってよ」

「!?」

 ハーディも、ドンも、その言葉を聞いて驚きを隠せなかった。

「何言ってやがんだじじい。あんたまだ――」

「まぁ聞けよ。小僧」

 エルビスは慌てるハーディをなだめた。
 一人で刑殺官すら務めていなかったハーディが官長になるなど異例である。いきなりそんな事を言われたハーディはまだなにか言いたそうだったが、一旦エルビスの話を聞くことにした。

「別に引退するってんじゃねえんだ。だがな、人はいずれ必ず死ぬ。俺はな、今のうちに若手の育成に力を入れようと思ってんだよ」

 エルビスは刑殺官でありながら、管轄する街をほとんど見習いに任せっきりにしていた。それは新人に経験を積ませる目的があっただけではなく、養成所に赴き、新人の育成に力を入れようとしたためだ。
 1年前、ハーディに可能性を見つけたエルビスは、それから付きっ切りでハーディに教えられる事を全て教えてきたつもりだった。だが、一人の人間が手を尽くしたところで、治安が延々と維持されるほど、レクイエムは狭くないのである。
 養成所に赴き、見習いたちの実力不足にエルビスは不安を抱いていた。世界中から寄せられてくる無数の犯罪者たちを管理するには、あまりにも心細いと。街を管理するため、ハーディとレイラ、そしてせめて後二人の育成を、今の刑殺官が現役のうちにエルビスは務めようと考えていたのだ。

「すでに政府には小僧を推薦しておいた。数年後にはレイラも刑殺官入りが決定している。これからはお前らの時代さ」

「じじい、俺はまだあんたにな――」

「もう教えることはないさ。お前には全てを叩き込んできた」

 エルビスはハーディの言葉を遮るようにそう言った。

「なんじゃ、お前さんの弟子はずいぶん意気地が無いようじゃのう」

 ハーディはそう言われてカチンときていた。だが、ハーディからしてみれば自分が刑殺官を務める不安より、エルビスと離れることの方が辛かったのだ。
 ハーディはまだ色々と教わりたいと思っていたし、エルビスと過ごしたこの一年はハーディの人生の中で、一番と言ってもいいくらい心地の良い時間だったからだ。

「勘弁してやってくれドン。別にただ1年遊ばせてたわけじゃねえ。腕は間違いなく俺が保証する」

 ハーディが褒められたのは初対面の時以来であった。エルビスのセリフに多少の照れを見せる。

「別に会えなくなるわけじゃねえさ。小僧」

 ハーディはしばらく黙り、そしてゆっくりと答えた。



*** *** ***



 数日が経ち、エルビスから離れたハーディは刑殺官養成所に戻ってきていた。
 ハーディが一人で養成所を出歩くのは久しぶりの事である。いつもは常にエルビスと行動を共にし、それが当たり前となっていた。
 養成所は午前の講習や訓練を終えた見習いたちが、自由に歩き回き、人でごった返していた。

「ん? ハーディじゃないか、今日はエルビスさんはいないのか?」

 偶然鉢合わせたコレシャにハーディは話しかけられた。一人で出歩いていたハーディに違和感を感じたためである。

「じじいならレクイエムにいるぜ」

 コレシャはそのセリフを聞いてため息をついた。

「ハーディ、現職の官長に向かって、じじいは無いだろう。親しき中にも礼儀ありだぞ」

「わかったわかった。まったく小うるさいやつだぜ」

 コレシャは手に持っていた鞭をピシッと張った。

「なんだハーディ、叩かれたいのか?」

「あ! コレシャとハーディだ。二人でなにしてるの?」

 割って入ってきたのはエウロアだった。真面目なコレシャと純真なエウロアは、年が近かったこともあり、この1年でかなり親密な仲になっていた。

「エウロアか。なに、たまたまこの男を見かけたのでな」

「珍しい。ハーディ、今日は一人なんだ?」

 ハーディは刑殺官となるまでの準備期間を養成所で過ごすことになったと二人に伝えた。官長になるなどと言えば、間違いなくコレシャに小言を言われることが分かっていたハーディは、そこだけは秘密にしていた。

「くっ。まさか今まで訓練に顔を出さなかった男の方が先に刑殺官になるとはな……」

「さすがだね! ハーディってば実戦の時ずば抜けてたからなあ。実力が認められたんだよ!」

 悔しがるコレシャとは対照的に、エウロアはハーディを祝福した。

「エウロア、甘やかすな。腕はあってもこの男は正確に難がありすぎる」

「そんなことないよ。ハーディ、ほんとは優しいんだから」

 ハーディは仲良さそうに話す二人の会話を聞いてため息をついた。

「まあそうゆうわけだ」

 ハーディはそう言って立ち去ろうとしたが、エウロアはハーディの腕をがっしりと掴んだ。

「ハーディ、1年前の約束。覚えてる?」

 もちろんハーディはなんの事だか思い出せなかった。

「もう! 一緒にご飯行くって約束したでしょ!?」

 今までエウロアが養成所でハーディに話しかけることがあっても、エルビスと忙しそうに去っていくハーディを誘えないでいた。エルビスから離れた今、エウロアにとっては千載一遇のチャンスであった。

「約束なんかしてたか?」

 エウロアはコレシャに目配せをしてコレシャはコホンと咳払いをした。

「あ、あー。確かにしていたぞ。私が証人だ」

「ほらー! まだご飯食べてないんでしょう? 一緒に食べようよ」

 結局ハーディはそんな事を思い出せずにいたが、言われてみれば何も食べていないし、特に断る理由もなかった。そのまま三人は食堂へと向かったのである。



*** *** ***



「コレシャ、なににする?」

 「うーん」と悩んだ後、コレシャは忙しそうに働く調理師のおばちゃんにカウンター越しに話しかけた。

「日替わりを頼む」

「じゃあうちもそれにしよーっと」

 カウンター越しにあいよ、2つね! と威勢のいい返事が聞こえてきた。

「俺もそれでいい」

 ハーディはそう言って右腕を突き出した。
 「はいはい3つね」と言いかけたおばちゃんはなにしてるんだ? とでも言いたげな顔でハーディを見ている。

「?」

 ハーディは一向に清算を済ませないことに困惑し、コレシャとエウロアを見た。2人も財布を手に持ち、腕時計を突き出すハーディに不思議そうな顔を向けていた。
 そこでハーディは気づいた。1年間、ほぼレクイエムで過ごしたハーディにとって、金の清算は腕途刑によって行われるのが普通であったが、ここでは通貨が違うことに。

「ハーディ、おまえ、なにをやっているんだ?」

「もしかしてハーディ……お金無いの?」

 ハーディの顔は赤くなった。慌てて、右腕を引っ込める。不必要だった財布は自分のロッカーに入れっぱなしになっていた。

「財布を、取ってくる……」

 そう言って駆けだそうとしたハーディをエウロアが笑いながら止めた。

「いいよハーディ、とりあえずうちが出しておくから」

 エウロアは財布の中からハーディの分の料金も支払った。

「アハハッ、ハーディって可愛いとこあるよね」

 笑うエウロアをハーディは悔しそうに睨み付けた。

「ハーディ、その右腕につけているものは何だ? なにも表示されていないみたいだが」

 コレシャはハーディの腕途刑に興味を持った。レクイエムから出た今、ハーディの腕途刑には何も表示はされていなかったが、先ほどの光景を見て、この機械で何をしようとしていたのか気になったのだ。
 レクイエムの仕組みを知るのは中にいる人間と、政府でもレクイエム関連の仕事をしている重役だけである。実際に入る直前まで見習いにも伝えられていなかったのだ。
 ハーディはその情報を漏らしていいのかどうかわからなかったので、遠回しに答えた。

「まあ、中での財布代わりみたいなもんだ。それ以上は言えねぇ」

「なるほどな。レクイエムは犯罪者の巣窟だ。金なんて持たせたら奪い合い、争いが絶えないだろう。言えないというのなら深くは聞かないが、まあそんなところだろうな」

 コレシャは一人で憶測をたて、妙に納得していた。その意見は外れではないだろうが、まさか犯罪者通しが中で殺し合いをしてるなんて夢にも思わないだろう。

 トレーに乗った料理を受け取り、三人はテーブルにつき、食事を始めた。

「どうハーディ? シャバのご飯はおいしいでしょう」

 冗談ながらそう言うエウロアだったが、実際刑期を奮発すればレクイエムでもいいものは食べれた。

「別に……、変わらねえさ」

「それにしても実際羨ましいものだ。現職の官長に付きっ切りでご教授頂いたなんてな」

 それにはハーディも同意する。こんな貴重な体験など本来出来はしない。

「エルビスさんはこいつのどこを気に入ったというのか。まったくもってわからん」

「まぁ変わりモンのじじいだからな」

 再びエルビスの事をじじいと呼び、コレシャはハーディを睨んだ。
 空気を察してあわててエウロアは話題を変える。

「ハ、ハーディはなんで刑殺官になろうと思ったの!?」

 ハーディは別に刑殺官になりたかったわけではなかった。ただ、自分が食っていくための道として、他に選択肢がなかっただけである。
 だが、エルビスについていくうち、ハーディの考えは変わっていった。刑殺官に、自分からなりたいとさえ思うようになっていた。今まで生きてきた中で、一番尊敬する人物がしている職業だから。頭の中でそう思い、ハーディは答える。

「別に理由なんかないだろ。てめぇらにはあるのかよ」

 本心を隠すハーディに対して、コレシャは張り切って答えた。

「無論、正義のためだ。この世界に悪を蔓延らせてはならない。刑殺官はレクイエムを運営する中で最も重要な管理者だ。彼らを監督するために我々訓練生は日々努力を惜しまず――」

 長々と話すコレシャの話をハーディはすでに聞いていなかった。食事を食べながら適当に頷く。

「ハーディ、うちはね……」

 コレシャの話を聞いていないのはエウロアも同じだった。

「お父さんとお母さん、殺されちゃったんだ」

 食事中にする話題じゃないだろと思いながらも、ハーディは黙って聞いた。

「その犯人の人が捕まってね、レクイエムに入れられたんだけど、中の事ってわからないじゃない? だからちゃんと反省してるのかなって。私みたいな人をもう出さないために中ではなにをしてるのかなって気になったんだ」

 エウロアは金のために志願したわけではなかった。それは訓練生の間ではとても珍しい事である。といっても隣にいるコレシャもそういう人間だが。

「だからどうしてもレクイエムに行ってみたかったんだけど。やっぱダメみたい」

 エウロアの訓練の成績はどれも落第ギリギリのところであった。
 子供の頃から厳しい訓練を受けている人間の群れに急に入り込んだのだから、それは仕方のない事である。ましてや体力のない女だ。
 養成所に入るのは難しい事ではない。希望をすればある一定の年齢以下であればだれでも入ることができる。
 だがしかし、無能な人間をレクイエムに入れるわけには行かなかった。人数を大量に入れれば、犯罪者たちに舐められる。少数精鋭で管理させた方が良いと指図をしたのは他ならぬエルビスであった。
 エウロアが刑殺官になることはできないというのは、訓練を見れば火を見るより明らかだった。見習いを担当する上官に、刑殺官は務まらないと見切りを付けられることになるのは、もはや時間の問題だったのは言うまでもない。

「別に刑殺官にこだわる必要もないだろ。中に入りたいだけなら他の仕事をすればいいじゃねえか」

 エウロアはハーディの言葉を聞いて固まった。

「おい! ハーディ、聞いてるのか?」

 二人が自分の話を全く聞いてないことに気づいたコレシャはハーディに尋ねたが、その答えを聞くより早く、コレシャはエウロアに尋ねられた。

「ねえコレシャ、レクイエムって刑殺官じゃないと入れないんだよねえ?」

「決まりだと一人で入れるのは刑殺官だけだな。それがどうした」

「ひと……り……?」

「刑殺官と一緒なら他の職も入れるぞ」

「えええええええええええええええ!!???」

 エウロアは急に大声を上げた。

「レ、レクイエムって刑殺官以外にも職員がいるの!?」

 エウロアは知らなかったのだ。刑殺官募集と言う張り紙を見て、レクイエムの運営は刑殺官だけで行っていると、思い込んできた。『1年間』ずっとだ。
 政府は飯屋、宿屋、仲介屋、葬儀屋、仕入屋など多種に渡る募集については、見習いの中で刑殺官にはなれないと見切りを付けたものに紹介をしていた。もちろん訓練生である内も、希望をすればそちらの講習に移る事は可能だった。
 だがしかし、養成所にいる人間にとって、一番の人気は刑殺官だった。他と比べて報酬が桁違いだからである。
 逆に刑殺官以外になるならば、その報酬から言って、わざわざ危険なレクイエムに入る者など、ほとんどいなかった。安定して働くことはでき、食べ物には困らない。だが、はっきり言って見つけるのは苦労するが、外の世界で仕事を探した方が稼げるのだ。さらに言うと、自由にレクイエムに出入り出来ない事を知っていた訓練生たちには、まるで魅力のない仕事なのである。
 要は刑殺官以外は全然人気が無かったのである。
 そのせいでエウロアは刑殺官以外の職を知らなかった。『1年間』ずっとだ。

「あ、ああ、それがどうしたと言うんだ?」

「私の一年ってなんだったの……」

 エウロアはがっくりと全身の力が抜けて机に突っ伏した。
 心配するコレシャと、何が起きたのかわからないハーディにエウロアは自分が一年間不毛な努力を重ねていた事を告げた。
 ハーディは目の前の余りにも阿呆すぎる女にこらえきれず、吹き出してしまった。
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