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犯罪者達の前奏曲(プレリュード)
憎悪を抱く青年
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市街地を駆け抜け、ハーディが探したのは敵の大将、レイラではなく、エルビスの姿だった。
レイラに攻撃したら、その時点でこの模擬戦は終了してしまう。勝利は確定するが、その前に散々小僧と呼ばれたツケをハーディは清算しておきたかったのだ。
ハーディにとって自分が負けるという事はまったく頭にない。先程軽く勝利をおさめた状況に、14の少女と名も知らぬ男が一人加わっただけである。
走り続けるうちにハーディは敵の集団を見つけた。足を止めることなくその集団に切り込んでゆく。
「いたぞ! ハーディだ!!」
「全員取り囲め!!」
「逃がすな! さっきの屈辱を返してやれ!!」
青の軍勢はハーディの姿を見つけるとそれを迎え撃った。だがしかし、ハーディに攻撃を当てることはやはり叶わず、両手に持った銃により一人、また一人と放たれるペイント弾に沈んでいく。
ハーディは目に入った集団を殲滅し続けたが、目当てのエルビスはなかなか見つけることができなかった。
殲滅し続けるとやがて青の勢力に出会う事すら無くなってきた。
今までに倒した人数から言って、青陣営はもう数人しか残っていないだろう。
これだけ敵陣に切り込んでいてレイラを守る護衛、偵察に使うグループがないことに違和感を感じたハーディは直感し、来た道を引き返した。
自陣まで引き返すと、目に入ったのは壊滅状態の赤陣営だった。
敵はほぼハーディ一人で殲滅してしまっていたはずなのに。
何が起きているのか、ハーディには理解できなかった。
「やめろお!! こっちにくるなああああああああああ!!」
近くから悲痛な叫び声が聞こえてきた。
ハーディが駆けつけると、赤陣営の一人の男が、エルビスとレイラに追いやられていた。
即座にハーディは男を助けるように駆け寄った。
「おい、無事か!?」
「畜生……。皆、やられちまった……」
追いやられていた男はがっくりと肩を落とした。
それを庇うようにハーディは男の前に立ち、レイラとエルビスを睨む。
「遅かったな小僧。どうする? 残る赤陣営はおまえとその男だけだぞ」
「探したぜ、おっさん。どうやら考えてることは同じだったみてぇだな?」
エルビスはそれを聞いてにやりと笑った。
「同じ? 俺と小僧の何が同じなんだ?」
「味方に頼らねぇってことさ。腕の立つ2人で雑魚どもを殲滅し、使えねえやつらは置き去り……。餌だ」
「小僧、おまえは、なあんにもわかっちゃいねえ」
「何言ってやがる? おっさん、あんた一人でここまでやるとはいい腕してるみてえだが……、一体何者なんだ?」
「誤解してるみたいだからまず言っておく。俺はなんにも手を出してねえ。ガキの模擬戦で本気になっちまったら、面白みがねえからな」
エルビスはレイラの頭にポン、と手を置いた。
「こいつらをやったのはレイラ一人だ」
ハーディは戦慄した。ハーディには届かないといっても、それでも日々訓練を受けた見習いの群れである。一般の人間に比べたら一人ひとりがそれなりの実力を兼ね添えていた。しかも彼らを指揮するのは、成績優秀なコレシャ・コラールである。それを14の少女が一人で殲滅させたなど、信じられる話ではなかった。
「いやぁ、たまたまですわぁ。堪忍してや。えるびすはん」
そう言ったレイラの笑みはひどく不気味に見えた。
だが、それでも。それだからこそ、ハーディの言い分の方が正しく聞こえた。
「つまりは、そのガキがめちゃくちゃ強くて、後はいらねえって話だろ? それが俺と同じだって言ってんだ」
エルビスは「くっくっく」と笑い出す。
「自分の駒を捨てた小僧と、自分の駒を最大限に生かした俺の違いがまだわかんねえか?」
「なにわけわかんねえこと言ってやがる。結局俺とそのガキのどっちが勝つかって話だろ。とっととかかってきやがれ! 大将戦だ!!」
パン!
ハーディがそう言った直後、ハーディが庇い、後ろで話を聞いていた赤側の男が、ハーディに銃を撃った。打ち出されたペイント弾は、完全に油断をしていたハーディの背中に塗料をぶちまけた。
「……!?」
「何が起きたかわかんねえって顔してやがんな。これが戦略だ。小僧」
一瞬固まったハーディだったが、すぐにエルビスを睨み付けた。
「汚ねぇぞ! てめぇ!!」
「汚い? 小僧は犯罪者相手にもそう言うつもりか?」
そう言われてハーディはハッとする。
エルビスは模擬戦が始まると同時に、自軍になるべくハーディを引き付けておくように指示を出していた。ハーディの訓練を見ていた事と、直前にあれだけ煽っていた事で、エルビスにはハーディが直接乗り込んでくることが手に取るようにわかっていたからだ。
その後はレイラとともに、ハーディと鉢合わせない様に、赤陣営に侵入し、片っ端から壊滅させる。レイラの実力を知っていたエルビスは、この段階が終了した時点で勝利を確信した。
指令室でのハーディの返答を聞いた時に、エルビスはすでに直感していた事がある。ハーディは恨みを買うタイプの人間だと。そこまでわかれば後は簡単だ。
『俺の指示に従えばハーディを撃たせてやる』
模擬戦中にエルビスは一人の男の心を掴んでいた。エウロアを助けに来たように、後はハーディが助けに来るのを待つだけだった。男に演技させてやれば、ハーディは簡単に背中を見せるだろう。
エルビスが手を出していたならば、さらに勝利は確実で、簡単であった。だがそれをしなかったのは、ハーディに教えたかったからだ。
レイラという天才の存在を。
慢心しきっているハーディでも、実戦ではまだまだ子供扱いされるレベルであるという事を。
「小僧。お前は確かに強い。だがレクイエムの住民からしてみれば、お前はただのガキにすぎん」
ハーディはなにも言い返せなかった。つい先ほど口に出してしまったセリフが、恥ずかしくて悔しかった。犯罪者相手に汚い、などと言ったところでなんの意味もない。負けたことには変わりない。レクイエムで負けたのならば、そんな言葉に意味はない。実戦ならハーディは死んでいたのだから。
「……おっさん。あんた、いったい何者なんだ?」
ハーディは歯を食いしばりつつも、どうしてもそれを聞きたかった。
「俺の名はエルビス・ブルース。レクイエムで刑殺官の官長をしている」
「エルビス……、ブルース……」
ハーディもその名は何度か耳にはしていた。レクイエム創立時からいるメンバーであり、現職の刑殺官最強の官長。その名をハーディは二度と忘れない。
初めて自分より優秀な男に会えたのだから。
*** *** ***
別の日、ハーディはエルビスに呼び出されていた。
部屋に入ると、エルビスがコーヒーを入れてハーディを出迎えた。
「よう、久しぶりだなあ。小僧」
「いきなり何の用だ? おっさん」
ハーディは態度こそ悪かったが、内心ではエルビスに会えると喜んでいた。退屈な見習い生活でやっと出会えた本物。いつの間にかハーディはエルビスの事を尊敬し、親身に感じていたのだ。
「小僧の特進の報せだ。俺が推薦しておいた」
「あ? どうゆうことだ?」
あっさりと知らせたエルビスに、ハーディの頭はついていかない。
「しばらく俺についてまわれ。鍛えてやるぜ? 小僧」
本来であればレクイエムにこんな制度はなかった。だが、エルビスにかかればそれくらいの自由は簡単に利いてしまう。ハーディを気に入ったエルビスは養成所に自分が預かると言って出た。最初こそそんな権限はないと言われてはいたが、元々煙たがられていたハーディである。他の見習いの意欲をそぐだとか、自分の手元で実戦をつませるだけの実力は持っているだのと役員を丸め込み、エルビスはあの模擬戦から一週間もしないうちに話をまとめてしまっていた。
「まあ、小僧に断られたら、それで終わる話なんだが。どうする? お前次第だ」
ハーディの中で答えはすぐに出ていた。
その場でついていくと答え、ハーディはレクイエムに入ることになる。
*** *** ***
腕途刑をつけられ、ハーディはエルビスと共にレクイエム入り口へと向かった。
暗く、長い通路の終点に会った扉を開けると、そこには廃ビルが立ち並んでいた。
その足で二人はオラトリオへと向かう。途中、収容されている犯罪者に出くわしたが、彼らはエルビスの顔を見るとすぐ去っていった。
オラトリオについたハーディの第一印象は予想していたのと大分違っていた。
レクイエムはもっと殺伐としたものだと、ハーディは思っていたからだ。
「油断するなよ小僧。俺の顔が利いちゃいるが、お前ひとりだと完全に舐められるぞ」
「ああ……、わかってる」
「いいか、犯罪者に決して慈悲をかけるな。舐められたら刑殺官失格だ」
ハーディはその言葉を胸に刻み込んだ。
「今日はここ、オラトリオから要人を護衛するよう依頼が来ている。まずはオラトリオで人探しをするならうってつけの場所があるから、そこから教えてやる」
エルビスはレクイエムの仕組みを教えながらハーディを案内した。
たどり着いた先は……、やはりマーリーだった。
カランカラン
店のドアを開けるとドレッドヘアーの黒人が出迎えた。
「これはこれはエルビスの旦那ぁ! 今日は一人じゃないんで?」
「久しぶりだなポール。こいつは俺の部下のハーディだ。覚えてやってくれ」
エルビスがそう言うとポールはハーディに頭を下げた。
「俺っちはここで情報屋をしてるポールっていいまさぁ。エルビスの旦那の付き添いならひいきにしなくちゃいけねぇ。なんでも聞きに来てくださぁ」
ハーディは頭を掻きながらおう、と静かに返事をした。
「ポール、仕入屋はまだきてねえのか?」
「最近入ったってゆう仕入屋ですかい? 俺っちもまだ会ってないんでねえ。顔がわからねえんでさあ」
エルビスはため息をついた。
「そうか、それなら自分で探す。邪魔したな」
エルビスとハーディはそうしてマーリーから出た。
ハーディは店を出ると街を見渡した。一見普通の街並みに見える。平和な、ただの街並み。
その街並みに、突如けたたましい警告音が鳴り響いた。
「行くぞ! 小僧!!」
走り出したエルビスにハーディはついていった。
警告音が鳴り響く先にいたのはエルビスが留守の間、警備を頼まれていた刑殺官見習いと、大きな馬車に乗った少女と中年、それを取り囲んでいた犯罪者たちであった。
犯罪者たちは駆け付けたエルビスの顔を見ると、顔を青ざめていった。
「なんでエルビスがここにいるんだよ!!」
「今はこいつがオラトリオを仕切ってるはずだろ!?」
「かまわねえ! やっちまえ!!」
エルビスはハーディの肩にポン、と手を置いた。
「わかったろ。平和そうに見えてもこいつらは全員犯罪者だ。力を緩め、舐められたらこうなる」
「エルビスさん!! どうしてここに!?」
刑殺官見習いの男はエルビスに気づき、安堵する。
だが、エルビスはハーディしか見てなかった。
「わかるか小僧。トラブルを解決できれば一人前ってわけじゃねえ。トラブルを起こさせないのが一人前なんだ。そのためには――」
「舐められるなって事だろ? おっさん」
ハーディの答えにエルビスはにやりと笑い、背中を叩いた。
ハーディは銃を取り出し、警告音のなる犯罪者たちにむかって発砲したが、その弾で男たちが倒れることはなかった。ハーディが肩や、足など、致命傷になる部位を避けたためである。
訓練であればそこで終了だった。だが、実戦においては命ある限り争いは終わることはない。
それを見てエルビスは馬車に乗っていた中年に話しかけた。
「仕入屋さん。頼んどいたもの、ありますかね?」
中年は馬車を降り、荷台から2丁の銃を取り出すとエルビスに手渡した。
エルビスはその銃で犯罪者たちの眉間を容赦なく貫いていった。
ハーディはその光景をただじっと見つめ、後に残ったのは静寂だけだった。
「おい、若いの」
エルビスは見習いに話しかけた。
「は、はい! なんでしょうエルビスさん!!」
「おまえさんはもう戻っていい。葬儀屋に連絡だけしておいてくれ」
エルビスがそう言うと見習いの男は去っていった。その後、エルビスはハーディに持っていた2丁の銃を手渡す。その銃はズシッと重く、片方は黒く、もう片方は銀色にそれぞれ輝いている。
「これは?」
「ここでは普通の銃なんか頼りにならん。小僧の為に注文してやったんだ。ありがたく使え」
ハーディは手渡された銃を見つめる。
「正確に当てたければ黒い方のデイトナ。速射が得意なのが銀のハロルド。癖を掴んでおけ」
ハーディは銃口を覗く。普通の銃と比べあまりにも大きかった。
エルビスは平然と扱って見せたが、それは並みならぬ反動を与えると、ハーディに思わせた。
「それともう一つ。犯罪者相手に躊躇はするな。殺されるぞ」
エルビスの言葉はハーディの心に重く突き刺さった。
横たわる囚人はもう動かない。
レイラに攻撃したら、その時点でこの模擬戦は終了してしまう。勝利は確定するが、その前に散々小僧と呼ばれたツケをハーディは清算しておきたかったのだ。
ハーディにとって自分が負けるという事はまったく頭にない。先程軽く勝利をおさめた状況に、14の少女と名も知らぬ男が一人加わっただけである。
走り続けるうちにハーディは敵の集団を見つけた。足を止めることなくその集団に切り込んでゆく。
「いたぞ! ハーディだ!!」
「全員取り囲め!!」
「逃がすな! さっきの屈辱を返してやれ!!」
青の軍勢はハーディの姿を見つけるとそれを迎え撃った。だがしかし、ハーディに攻撃を当てることはやはり叶わず、両手に持った銃により一人、また一人と放たれるペイント弾に沈んでいく。
ハーディは目に入った集団を殲滅し続けたが、目当てのエルビスはなかなか見つけることができなかった。
殲滅し続けるとやがて青の勢力に出会う事すら無くなってきた。
今までに倒した人数から言って、青陣営はもう数人しか残っていないだろう。
これだけ敵陣に切り込んでいてレイラを守る護衛、偵察に使うグループがないことに違和感を感じたハーディは直感し、来た道を引き返した。
自陣まで引き返すと、目に入ったのは壊滅状態の赤陣営だった。
敵はほぼハーディ一人で殲滅してしまっていたはずなのに。
何が起きているのか、ハーディには理解できなかった。
「やめろお!! こっちにくるなああああああああああ!!」
近くから悲痛な叫び声が聞こえてきた。
ハーディが駆けつけると、赤陣営の一人の男が、エルビスとレイラに追いやられていた。
即座にハーディは男を助けるように駆け寄った。
「おい、無事か!?」
「畜生……。皆、やられちまった……」
追いやられていた男はがっくりと肩を落とした。
それを庇うようにハーディは男の前に立ち、レイラとエルビスを睨む。
「遅かったな小僧。どうする? 残る赤陣営はおまえとその男だけだぞ」
「探したぜ、おっさん。どうやら考えてることは同じだったみてぇだな?」
エルビスはそれを聞いてにやりと笑った。
「同じ? 俺と小僧の何が同じなんだ?」
「味方に頼らねぇってことさ。腕の立つ2人で雑魚どもを殲滅し、使えねえやつらは置き去り……。餌だ」
「小僧、おまえは、なあんにもわかっちゃいねえ」
「何言ってやがる? おっさん、あんた一人でここまでやるとはいい腕してるみてえだが……、一体何者なんだ?」
「誤解してるみたいだからまず言っておく。俺はなんにも手を出してねえ。ガキの模擬戦で本気になっちまったら、面白みがねえからな」
エルビスはレイラの頭にポン、と手を置いた。
「こいつらをやったのはレイラ一人だ」
ハーディは戦慄した。ハーディには届かないといっても、それでも日々訓練を受けた見習いの群れである。一般の人間に比べたら一人ひとりがそれなりの実力を兼ね添えていた。しかも彼らを指揮するのは、成績優秀なコレシャ・コラールである。それを14の少女が一人で殲滅させたなど、信じられる話ではなかった。
「いやぁ、たまたまですわぁ。堪忍してや。えるびすはん」
そう言ったレイラの笑みはひどく不気味に見えた。
だが、それでも。それだからこそ、ハーディの言い分の方が正しく聞こえた。
「つまりは、そのガキがめちゃくちゃ強くて、後はいらねえって話だろ? それが俺と同じだって言ってんだ」
エルビスは「くっくっく」と笑い出す。
「自分の駒を捨てた小僧と、自分の駒を最大限に生かした俺の違いがまだわかんねえか?」
「なにわけわかんねえこと言ってやがる。結局俺とそのガキのどっちが勝つかって話だろ。とっととかかってきやがれ! 大将戦だ!!」
パン!
ハーディがそう言った直後、ハーディが庇い、後ろで話を聞いていた赤側の男が、ハーディに銃を撃った。打ち出されたペイント弾は、完全に油断をしていたハーディの背中に塗料をぶちまけた。
「……!?」
「何が起きたかわかんねえって顔してやがんな。これが戦略だ。小僧」
一瞬固まったハーディだったが、すぐにエルビスを睨み付けた。
「汚ねぇぞ! てめぇ!!」
「汚い? 小僧は犯罪者相手にもそう言うつもりか?」
そう言われてハーディはハッとする。
エルビスは模擬戦が始まると同時に、自軍になるべくハーディを引き付けておくように指示を出していた。ハーディの訓練を見ていた事と、直前にあれだけ煽っていた事で、エルビスにはハーディが直接乗り込んでくることが手に取るようにわかっていたからだ。
その後はレイラとともに、ハーディと鉢合わせない様に、赤陣営に侵入し、片っ端から壊滅させる。レイラの実力を知っていたエルビスは、この段階が終了した時点で勝利を確信した。
指令室でのハーディの返答を聞いた時に、エルビスはすでに直感していた事がある。ハーディは恨みを買うタイプの人間だと。そこまでわかれば後は簡単だ。
『俺の指示に従えばハーディを撃たせてやる』
模擬戦中にエルビスは一人の男の心を掴んでいた。エウロアを助けに来たように、後はハーディが助けに来るのを待つだけだった。男に演技させてやれば、ハーディは簡単に背中を見せるだろう。
エルビスが手を出していたならば、さらに勝利は確実で、簡単であった。だがそれをしなかったのは、ハーディに教えたかったからだ。
レイラという天才の存在を。
慢心しきっているハーディでも、実戦ではまだまだ子供扱いされるレベルであるという事を。
「小僧。お前は確かに強い。だがレクイエムの住民からしてみれば、お前はただのガキにすぎん」
ハーディはなにも言い返せなかった。つい先ほど口に出してしまったセリフが、恥ずかしくて悔しかった。犯罪者相手に汚い、などと言ったところでなんの意味もない。負けたことには変わりない。レクイエムで負けたのならば、そんな言葉に意味はない。実戦ならハーディは死んでいたのだから。
「……おっさん。あんた、いったい何者なんだ?」
ハーディは歯を食いしばりつつも、どうしてもそれを聞きたかった。
「俺の名はエルビス・ブルース。レクイエムで刑殺官の官長をしている」
「エルビス……、ブルース……」
ハーディもその名は何度か耳にはしていた。レクイエム創立時からいるメンバーであり、現職の刑殺官最強の官長。その名をハーディは二度と忘れない。
初めて自分より優秀な男に会えたのだから。
*** *** ***
別の日、ハーディはエルビスに呼び出されていた。
部屋に入ると、エルビスがコーヒーを入れてハーディを出迎えた。
「よう、久しぶりだなあ。小僧」
「いきなり何の用だ? おっさん」
ハーディは態度こそ悪かったが、内心ではエルビスに会えると喜んでいた。退屈な見習い生活でやっと出会えた本物。いつの間にかハーディはエルビスの事を尊敬し、親身に感じていたのだ。
「小僧の特進の報せだ。俺が推薦しておいた」
「あ? どうゆうことだ?」
あっさりと知らせたエルビスに、ハーディの頭はついていかない。
「しばらく俺についてまわれ。鍛えてやるぜ? 小僧」
本来であればレクイエムにこんな制度はなかった。だが、エルビスにかかればそれくらいの自由は簡単に利いてしまう。ハーディを気に入ったエルビスは養成所に自分が預かると言って出た。最初こそそんな権限はないと言われてはいたが、元々煙たがられていたハーディである。他の見習いの意欲をそぐだとか、自分の手元で実戦をつませるだけの実力は持っているだのと役員を丸め込み、エルビスはあの模擬戦から一週間もしないうちに話をまとめてしまっていた。
「まあ、小僧に断られたら、それで終わる話なんだが。どうする? お前次第だ」
ハーディの中で答えはすぐに出ていた。
その場でついていくと答え、ハーディはレクイエムに入ることになる。
*** *** ***
腕途刑をつけられ、ハーディはエルビスと共にレクイエム入り口へと向かった。
暗く、長い通路の終点に会った扉を開けると、そこには廃ビルが立ち並んでいた。
その足で二人はオラトリオへと向かう。途中、収容されている犯罪者に出くわしたが、彼らはエルビスの顔を見るとすぐ去っていった。
オラトリオについたハーディの第一印象は予想していたのと大分違っていた。
レクイエムはもっと殺伐としたものだと、ハーディは思っていたからだ。
「油断するなよ小僧。俺の顔が利いちゃいるが、お前ひとりだと完全に舐められるぞ」
「ああ……、わかってる」
「いいか、犯罪者に決して慈悲をかけるな。舐められたら刑殺官失格だ」
ハーディはその言葉を胸に刻み込んだ。
「今日はここ、オラトリオから要人を護衛するよう依頼が来ている。まずはオラトリオで人探しをするならうってつけの場所があるから、そこから教えてやる」
エルビスはレクイエムの仕組みを教えながらハーディを案内した。
たどり着いた先は……、やはりマーリーだった。
カランカラン
店のドアを開けるとドレッドヘアーの黒人が出迎えた。
「これはこれはエルビスの旦那ぁ! 今日は一人じゃないんで?」
「久しぶりだなポール。こいつは俺の部下のハーディだ。覚えてやってくれ」
エルビスがそう言うとポールはハーディに頭を下げた。
「俺っちはここで情報屋をしてるポールっていいまさぁ。エルビスの旦那の付き添いならひいきにしなくちゃいけねぇ。なんでも聞きに来てくださぁ」
ハーディは頭を掻きながらおう、と静かに返事をした。
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「最近入ったってゆう仕入屋ですかい? 俺っちもまだ会ってないんでねえ。顔がわからねえんでさあ」
エルビスはため息をついた。
「そうか、それなら自分で探す。邪魔したな」
エルビスとハーディはそうしてマーリーから出た。
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その街並みに、突如けたたましい警告音が鳴り響いた。
「行くぞ! 小僧!!」
走り出したエルビスにハーディはついていった。
警告音が鳴り響く先にいたのはエルビスが留守の間、警備を頼まれていた刑殺官見習いと、大きな馬車に乗った少女と中年、それを取り囲んでいた犯罪者たちであった。
犯罪者たちは駆け付けたエルビスの顔を見ると、顔を青ざめていった。
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エルビスはハーディの肩にポン、と手を置いた。
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刑殺官見習いの男はエルビスに気づき、安堵する。
だが、エルビスはハーディしか見てなかった。
「わかるか小僧。トラブルを解決できれば一人前ってわけじゃねえ。トラブルを起こさせないのが一人前なんだ。そのためには――」
「舐められるなって事だろ? おっさん」
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ハーディは銃を取り出し、警告音のなる犯罪者たちにむかって発砲したが、その弾で男たちが倒れることはなかった。ハーディが肩や、足など、致命傷になる部位を避けたためである。
訓練であればそこで終了だった。だが、実戦においては命ある限り争いは終わることはない。
それを見てエルビスは馬車に乗っていた中年に話しかけた。
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エルビスはその銃で犯罪者たちの眉間を容赦なく貫いていった。
ハーディはその光景をただじっと見つめ、後に残ったのは静寂だけだった。
「おい、若いの」
エルビスは見習いに話しかけた。
「は、はい! なんでしょうエルビスさん!!」
「おまえさんはもう戻っていい。葬儀屋に連絡だけしておいてくれ」
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「これは?」
「ここでは普通の銃なんか頼りにならん。小僧の為に注文してやったんだ。ありがたく使え」
ハーディは手渡された銃を見つめる。
「正確に当てたければ黒い方のデイトナ。速射が得意なのが銀のハロルド。癖を掴んでおけ」
ハーディは銃口を覗く。普通の銃と比べあまりにも大きかった。
エルビスは平然と扱って見せたが、それは並みならぬ反動を与えると、ハーディに思わせた。
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十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
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