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犯罪者達の前奏曲(プレリュード)
夢語を抱く英雄
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政界はどうしようもないほど腐っていた。
セルゲイが今までこの世界で過ごした議員生活が出した感想がそれである。
その世界で周りを見渡したセルゲイが見た人物は、己の地位と財産にしか興味のない、くだらない人間ばかりであった。最も、青春時代にこの現状の為に学力を惜しまず高めてきた連中である。当然のことだ。
血税を貪る議員。それでも国民が暴動を起こすことは有り得ない。
政府が大手のマスコミを全て手の内に抱えているからだ。
不正、悪行、怠惰。罰せられるべき行為でも、それら全ては知るものがいない限り、ただの利益に変わる。
セルゲイもまた、その力を初めて使うことになる。
増えすぎた受刑者に、もう施設が対応できていない。大型刑務所を建設した。そこに世界中から受刑者を集めれば維持費も安くつき、なにより脱出不可の最新の牢獄により、国民の安全はさらに盤石になる。
マスコミを通してセルゲイは国民にそう伝えた。
大きかったのは血税ではなく、結局、セレナーデ家の資金援助だけでそれを建設したことである。
セレナーデ家はそれにより、この世に更に名を轟かせ、投じた資金以上の利益を生み出すことになるのだが、それは後の話。
つまりは、国民の大型刑務所への支持率は高く、当時は反対する者など出るはずが無かったのである。
それは政治家も同じであった。自分の任期中にこれだけの大型プロジェクトが成功すれば、キャリアに箔がつく。彼らはセルゲイに全面的に協力的だった。
建設からすぐに議会でレクイエム法案は可決された。
国民には、犯罪者によって殺された被害者の追悼の意味を込めて、正式名称を『レクイエム』に決定したと発表した。
被害者達の鎮魂曲レクイエムを第一に考えたというネーミングに、涙もろい国民たちからの支持はさらに上がり、試験的に少しづつ、そしてその後、次々と受刑者の移行は進んでいった。
勿論内部の事など一言も公表していない。
国民に伝える情報など、それだけで十分だった。
レクイエム建設終了後、2年の歳月を経て、世界中の受刑者の移行は完了した。
増え続ける受刑者に、パンク寸前だった他国も、やはり事態を重く見ていた。
そこに建設された大型刑務所。あらゆる国に赴き、厄介者の受刑者を引き取ると交渉するセルゲイとエルビスに、頭を悩ませていた問題が消えると、反対する国などまたいなかったのである。
*** *** ***
レクイエム開設後は、予想通り内部での暴動が絶えなかった。
奔放な内部に、受刑者たちは自由を得たと勘違いしたのだ。
戦闘禁止区域だろうが、血の気の多い凶悪犯達は気に入らない人間に平気で暴行し、武装はしていたが、管理者も手を焼いていた。
セルゲイとエルビスはその状況を視察しようと、武装された刑務官を大勢引き連れて、レクイエム内部の北の街、オラトリオへと向かった。
そこに着くと、オラトリオの刑殺官たちが二人を迎え入れる。街の中は電子音で溢れていた。
「セルゲイさん、エルビスさん! ご足労ありがとうございます」
当時の刑殺官は、軍の優れた部隊が指揮を務め、同じく部下がそれを補助していた。だがしかし、受刑者たちはそれを気にせず、好き勝手自由に暴れていた。
「これはひでえ有様だな……」
荒れる街を見て、思わずエルビスは口に出してしまった。それも無理もない。オラトリオには秩序のかけらも見受けられなかった。
「それを貸せ」
今まで黙って街を観察していたセルゲイは刑務官から銃を借り、楽しそうに笑いながら他の受刑者に暴行する男めがけて躊躇なく発砲した。
パンッ!
銃声が響き、血を流しながら男は倒れた。
「なに……しやがる……!?」
周囲にいたすべての人間は今起きた出来事が信じられず唖然としていた。騒がしかった街がシンと静まり返り、エルビスが口を開く。
「セルゲイ、おまえなにしてんだ……?」
セルゲイはエルビスには答えず、そのまま銃口を刑殺官に向けた。
「警告音がこれだけ鳴って、なぜおまえは撃たない?」
「で、ですがしかし! 丸腰の相手に……!」
「レクイエム条項その3。戦闘禁止区域での、自分より刑期の短い受刑者への戦闘行為、略奪、暴行を犯した者は即刻、『刑殺官』と呼ばれる職員により処分される。ただし、正当防衛での戦闘、殺害は除くが、その際刑期は減らない。なお、戦闘禁止区域に滞在中は刑期は減ることが無い。処分とは、殺害するという意味だ」
刑殺官の言葉を遮り、淡々と話すセルゲイに周りの人間はおろか、エルビスですら背筋が凍った。
「人間を管理する上で必要なのは恐怖だけ。舐められたら刑殺官は務まらない」
セルゲイは引き金に力を込めていく。
「し、承知しました!! おい! お前ら!!」
刑殺官はそう言い、部下に命令を下した。
それを見てセルゲイは銃を下ろし、刑務官に投げ渡した。
刑殺官は部下同様、警告音のなる受刑者を片っ端から殺していったのである。
街のあらゆる箇所から銃声と悲鳴が響き渡り、オラトリオで大量虐殺が始まった。
「セルゲイ……」
「エルビス、私はこんなところで立ち止まるわけにはいかないんだ」
セルゲイは遠くを見ながらそう呟く。
大事の為に犠牲を払うセルゲイの手は、小刻みに震えていた。エルビスはそれを銃の反動で手が痺れていると信じたかった。
*** *** ***
レクイエムはセルゲイが訪れてから変わっていった。
刑殺官が囚人を躊躇いなく殺害する様は、やがて全受刑者の目撃する事となり、レクイエムのルールは守られだした。
暴力によって、内部の秩序は保たれ始めたのだ。
セルゲイはそれに安心していたが、対するエルビスはそれを良しとしなかった。
強い圧力によって弱者を思い通りに支配する様は、幼少期に世界から虐げられた自分自身を連想させたからだ。
その現状に耐えられなくなったエルビスは、セルゲイを呼び出した。
「セルゲイ、話がある」
「なんだエルビス、急に改まって」
「俺は、レクイエムの内部に入ろうと思う。職員になって、中からレクイエムを変える」
「いきなり何を馬鹿な事を言い出すんだ」
エルビスは武力ではなく己の話術でレクイエムを理想の姿に変えようと考えたが、セルゲイにとってエルビスは優秀な部下だった。手放すことなどしたくなかった。
「セルゲイ、お前は俺たちに勉強を教えてくれた。金を与えてくれた。夢を見させてくれた。今度は俺が、あいつらにそうしてやりてぇんだ」
レクイエムの内部にはエルビスの家族とでも言うべき、同じスラム街の仲間たちも服役していた。セルゲイに雇われたものはともかく、他の仕事についた仲間が罪を犯し、中に来ることがあるかもしれない。
エルビスはただ、家族思いだっただけで、全てを捨てる覚悟があった。
セルゲイは深いため息をつく。
「エルビス、レクイエムの秘密を知ってるお前を、自由にすることは出来ないが?」
「構わねえ。一生レクイエム暮らしでもいい。どうやら俺は、自分のやりたい事を見つけたんだ」
結局、セルゲイはエルビスの強い意志を説得することが出来なかった。
今は亡き家族を思って犯罪者たちを支配する道を選んだセルゲイと、今を生きる家族を思って犯罪者たちと共存する道を選んだエルビス。
二人が共に歩んだ快進撃は、二人の信頼と同じく静かに幕を閉じた。
*** *** ***
エルビスが離れてからも、セルゲイの支持率はさらに上り続けた。レクイエム計画の成功により、世界を救った英雄と、セルゲイは民衆から称え続けられたのだ。
そんなセルゲイに目を付けたものは多かった。
ぜひ我が娘を、そう言ってくる人間が絶えない。政略結婚の話である。
結婚する気などなかったが、付き合いで見合いを何度かするうち、セルゲイは一人の女性が気にかかった。相手は親子代々政治に関わる名家『オペラ家』の令嬢、マリア・オペラ。
他の女性には目もくれなかったセルゲイだが、見合いの席でマリアは一目でセルゲイを虜にした。なぜならマリアは、顔も、仕草も、声も、殺されたセルゲイの妹とそっくりだったからである。
「……じゃあ、後は若い者同志で」
見合いの席でマリアの両親は席を外した。
部屋にはセルゲイとマリアだけが残される。
「ここに来てくださったのは父とのおつきあいなのでしょう? セルゲイ様」
まずマリアが口を開いた。
「私の事は気になさらないでください。セルゲイ様の苦労は私には理解できませんが、政治の世界の常は多少身につけているつもりです」
マリアはセルゲイが自分の事を気になっているとは微塵も思わず、ただ接待のためだけに会いに来たと決めてかかっていたのだ。
それは間違いではなかった。マリアを一目見るまでは。
「そんな、恐れ多い。失礼ですが、あなたの顔を良く見せてください」
マリアはきょとんとした顔でセルゲイと目を合わせた。
見れば見るほどにその顔は妹を思い出させた。首が持ち出され処分されていたため、あの日、家を飛び出すときにろくに見なかった妹の顔がセルゲイの見た最後の記憶だった。
「セ、セルゲイ様! どうなさりました!?」
セルゲイの瞳からは大粒の涙がボロボロとあふれ出ていた。
心配するマリアに言われてハッと我に返る。セルゲイは上着の裾で涙をぬぐった。
「こ、これは、お恥ずかしいところを見せましたな」
マリアは優しく微笑みながらセルゲイに返した。
「いいえ、恥ずべきことでは無いと思います。あなたの顔は、慈愛に満ちていましたもの」
「慈愛……?」
「ええ、まるで私の顔を誰かと見立てているような。あなたほどの方にそれだけ思われるなんて、なんて幸せな方でしょう」
セルゲイはそれを聞いて救われる気持だった。そして、もし自分が結婚するならば、相手はマリアしかいないであろうと考えた。
セルゲイはマリアに気持ちを伝え、二人は交際を始める事になる。
*** *** ***
馴れ初めから6年の月日が経ち、順調に仲を深めていった二人は結婚した。
セルゲイがオペラ家に婿養子として受け入れられる形で、名前がセルゲイ・オペラと変わった。
式には政界の重役がひしめいたが、招待をしていたエルビスは最後まで現れなかった。
セルゲイとしては是非とも参加して欲しかったが、レクイエムで慌ただしく過ごすエルビスにはそんな時間はありはしなかったのだ。
結婚初夜の夜、セルゲイは愛おしいマリアの包み込むような愛情を感じていた。
絡めた細く美しい指から、重ねたやわらかで温かい唇から、全てを受け入れる通い合う心から、セルゲイは長年得ることのなかったマリアの暖かさに触れていた。
「マリア、私は君と会えて本当に幸せだ。いつまでも、そばにいてくれ」
「私もです。あなたがいなければ、私の人生にはなんの価値も残りません」
今までは亡き家族の為に世界に影響を与え続けてきたセルゲイ。
今再び、守る存在が出来たことで、セルゲイはより一層犯罪者を野放しにしてはいけないと考えるようになるのであった。
セルゲイが今までこの世界で過ごした議員生活が出した感想がそれである。
その世界で周りを見渡したセルゲイが見た人物は、己の地位と財産にしか興味のない、くだらない人間ばかりであった。最も、青春時代にこの現状の為に学力を惜しまず高めてきた連中である。当然のことだ。
血税を貪る議員。それでも国民が暴動を起こすことは有り得ない。
政府が大手のマスコミを全て手の内に抱えているからだ。
不正、悪行、怠惰。罰せられるべき行為でも、それら全ては知るものがいない限り、ただの利益に変わる。
セルゲイもまた、その力を初めて使うことになる。
増えすぎた受刑者に、もう施設が対応できていない。大型刑務所を建設した。そこに世界中から受刑者を集めれば維持費も安くつき、なにより脱出不可の最新の牢獄により、国民の安全はさらに盤石になる。
マスコミを通してセルゲイは国民にそう伝えた。
大きかったのは血税ではなく、結局、セレナーデ家の資金援助だけでそれを建設したことである。
セレナーデ家はそれにより、この世に更に名を轟かせ、投じた資金以上の利益を生み出すことになるのだが、それは後の話。
つまりは、国民の大型刑務所への支持率は高く、当時は反対する者など出るはずが無かったのである。
それは政治家も同じであった。自分の任期中にこれだけの大型プロジェクトが成功すれば、キャリアに箔がつく。彼らはセルゲイに全面的に協力的だった。
建設からすぐに議会でレクイエム法案は可決された。
国民には、犯罪者によって殺された被害者の追悼の意味を込めて、正式名称を『レクイエム』に決定したと発表した。
被害者達の鎮魂曲レクイエムを第一に考えたというネーミングに、涙もろい国民たちからの支持はさらに上がり、試験的に少しづつ、そしてその後、次々と受刑者の移行は進んでいった。
勿論内部の事など一言も公表していない。
国民に伝える情報など、それだけで十分だった。
レクイエム建設終了後、2年の歳月を経て、世界中の受刑者の移行は完了した。
増え続ける受刑者に、パンク寸前だった他国も、やはり事態を重く見ていた。
そこに建設された大型刑務所。あらゆる国に赴き、厄介者の受刑者を引き取ると交渉するセルゲイとエルビスに、頭を悩ませていた問題が消えると、反対する国などまたいなかったのである。
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レクイエム開設後は、予想通り内部での暴動が絶えなかった。
奔放な内部に、受刑者たちは自由を得たと勘違いしたのだ。
戦闘禁止区域だろうが、血の気の多い凶悪犯達は気に入らない人間に平気で暴行し、武装はしていたが、管理者も手を焼いていた。
セルゲイとエルビスはその状況を視察しようと、武装された刑務官を大勢引き連れて、レクイエム内部の北の街、オラトリオへと向かった。
そこに着くと、オラトリオの刑殺官たちが二人を迎え入れる。街の中は電子音で溢れていた。
「セルゲイさん、エルビスさん! ご足労ありがとうございます」
当時の刑殺官は、軍の優れた部隊が指揮を務め、同じく部下がそれを補助していた。だがしかし、受刑者たちはそれを気にせず、好き勝手自由に暴れていた。
「これはひでえ有様だな……」
荒れる街を見て、思わずエルビスは口に出してしまった。それも無理もない。オラトリオには秩序のかけらも見受けられなかった。
「それを貸せ」
今まで黙って街を観察していたセルゲイは刑務官から銃を借り、楽しそうに笑いながら他の受刑者に暴行する男めがけて躊躇なく発砲した。
パンッ!
銃声が響き、血を流しながら男は倒れた。
「なに……しやがる……!?」
周囲にいたすべての人間は今起きた出来事が信じられず唖然としていた。騒がしかった街がシンと静まり返り、エルビスが口を開く。
「セルゲイ、おまえなにしてんだ……?」
セルゲイはエルビスには答えず、そのまま銃口を刑殺官に向けた。
「警告音がこれだけ鳴って、なぜおまえは撃たない?」
「で、ですがしかし! 丸腰の相手に……!」
「レクイエム条項その3。戦闘禁止区域での、自分より刑期の短い受刑者への戦闘行為、略奪、暴行を犯した者は即刻、『刑殺官』と呼ばれる職員により処分される。ただし、正当防衛での戦闘、殺害は除くが、その際刑期は減らない。なお、戦闘禁止区域に滞在中は刑期は減ることが無い。処分とは、殺害するという意味だ」
刑殺官の言葉を遮り、淡々と話すセルゲイに周りの人間はおろか、エルビスですら背筋が凍った。
「人間を管理する上で必要なのは恐怖だけ。舐められたら刑殺官は務まらない」
セルゲイは引き金に力を込めていく。
「し、承知しました!! おい! お前ら!!」
刑殺官はそう言い、部下に命令を下した。
それを見てセルゲイは銃を下ろし、刑務官に投げ渡した。
刑殺官は部下同様、警告音のなる受刑者を片っ端から殺していったのである。
街のあらゆる箇所から銃声と悲鳴が響き渡り、オラトリオで大量虐殺が始まった。
「セルゲイ……」
「エルビス、私はこんなところで立ち止まるわけにはいかないんだ」
セルゲイは遠くを見ながらそう呟く。
大事の為に犠牲を払うセルゲイの手は、小刻みに震えていた。エルビスはそれを銃の反動で手が痺れていると信じたかった。
*** *** ***
レクイエムはセルゲイが訪れてから変わっていった。
刑殺官が囚人を躊躇いなく殺害する様は、やがて全受刑者の目撃する事となり、レクイエムのルールは守られだした。
暴力によって、内部の秩序は保たれ始めたのだ。
セルゲイはそれに安心していたが、対するエルビスはそれを良しとしなかった。
強い圧力によって弱者を思い通りに支配する様は、幼少期に世界から虐げられた自分自身を連想させたからだ。
その現状に耐えられなくなったエルビスは、セルゲイを呼び出した。
「セルゲイ、話がある」
「なんだエルビス、急に改まって」
「俺は、レクイエムの内部に入ろうと思う。職員になって、中からレクイエムを変える」
「いきなり何を馬鹿な事を言い出すんだ」
エルビスは武力ではなく己の話術でレクイエムを理想の姿に変えようと考えたが、セルゲイにとってエルビスは優秀な部下だった。手放すことなどしたくなかった。
「セルゲイ、お前は俺たちに勉強を教えてくれた。金を与えてくれた。夢を見させてくれた。今度は俺が、あいつらにそうしてやりてぇんだ」
レクイエムの内部にはエルビスの家族とでも言うべき、同じスラム街の仲間たちも服役していた。セルゲイに雇われたものはともかく、他の仕事についた仲間が罪を犯し、中に来ることがあるかもしれない。
エルビスはただ、家族思いだっただけで、全てを捨てる覚悟があった。
セルゲイは深いため息をつく。
「エルビス、レクイエムの秘密を知ってるお前を、自由にすることは出来ないが?」
「構わねえ。一生レクイエム暮らしでもいい。どうやら俺は、自分のやりたい事を見つけたんだ」
結局、セルゲイはエルビスの強い意志を説得することが出来なかった。
今は亡き家族を思って犯罪者たちを支配する道を選んだセルゲイと、今を生きる家族を思って犯罪者たちと共存する道を選んだエルビス。
二人が共に歩んだ快進撃は、二人の信頼と同じく静かに幕を閉じた。
*** *** ***
エルビスが離れてからも、セルゲイの支持率はさらに上り続けた。レクイエム計画の成功により、世界を救った英雄と、セルゲイは民衆から称え続けられたのだ。
そんなセルゲイに目を付けたものは多かった。
ぜひ我が娘を、そう言ってくる人間が絶えない。政略結婚の話である。
結婚する気などなかったが、付き合いで見合いを何度かするうち、セルゲイは一人の女性が気にかかった。相手は親子代々政治に関わる名家『オペラ家』の令嬢、マリア・オペラ。
他の女性には目もくれなかったセルゲイだが、見合いの席でマリアは一目でセルゲイを虜にした。なぜならマリアは、顔も、仕草も、声も、殺されたセルゲイの妹とそっくりだったからである。
「……じゃあ、後は若い者同志で」
見合いの席でマリアの両親は席を外した。
部屋にはセルゲイとマリアだけが残される。
「ここに来てくださったのは父とのおつきあいなのでしょう? セルゲイ様」
まずマリアが口を開いた。
「私の事は気になさらないでください。セルゲイ様の苦労は私には理解できませんが、政治の世界の常は多少身につけているつもりです」
マリアはセルゲイが自分の事を気になっているとは微塵も思わず、ただ接待のためだけに会いに来たと決めてかかっていたのだ。
それは間違いではなかった。マリアを一目見るまでは。
「そんな、恐れ多い。失礼ですが、あなたの顔を良く見せてください」
マリアはきょとんとした顔でセルゲイと目を合わせた。
見れば見るほどにその顔は妹を思い出させた。首が持ち出され処分されていたため、あの日、家を飛び出すときにろくに見なかった妹の顔がセルゲイの見た最後の記憶だった。
「セ、セルゲイ様! どうなさりました!?」
セルゲイの瞳からは大粒の涙がボロボロとあふれ出ていた。
心配するマリアに言われてハッと我に返る。セルゲイは上着の裾で涙をぬぐった。
「こ、これは、お恥ずかしいところを見せましたな」
マリアは優しく微笑みながらセルゲイに返した。
「いいえ、恥ずべきことでは無いと思います。あなたの顔は、慈愛に満ちていましたもの」
「慈愛……?」
「ええ、まるで私の顔を誰かと見立てているような。あなたほどの方にそれだけ思われるなんて、なんて幸せな方でしょう」
セルゲイはそれを聞いて救われる気持だった。そして、もし自分が結婚するならば、相手はマリアしかいないであろうと考えた。
セルゲイはマリアに気持ちを伝え、二人は交際を始める事になる。
*** *** ***
馴れ初めから6年の月日が経ち、順調に仲を深めていった二人は結婚した。
セルゲイがオペラ家に婿養子として受け入れられる形で、名前がセルゲイ・オペラと変わった。
式には政界の重役がひしめいたが、招待をしていたエルビスは最後まで現れなかった。
セルゲイとしては是非とも参加して欲しかったが、レクイエムで慌ただしく過ごすエルビスにはそんな時間はありはしなかったのだ。
結婚初夜の夜、セルゲイは愛おしいマリアの包み込むような愛情を感じていた。
絡めた細く美しい指から、重ねたやわらかで温かい唇から、全てを受け入れる通い合う心から、セルゲイは長年得ることのなかったマリアの暖かさに触れていた。
「マリア、私は君と会えて本当に幸せだ。いつまでも、そばにいてくれ」
「私もです。あなたがいなければ、私の人生にはなんの価値も残りません」
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