この目に映るのは

琢都(たくと)

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サイドストーリー

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「うわぁーっ。やっぱり広いなぁ。それにこの匂いもいいねぇ」
 よく晴れた昼下がり。暦の上では九月に入ったものの、まだまだ暑い。それでも潮風が吹くと、太陽の熱も和らいだ。
 カメラを手にし、立花と並んで砂浜を歩く。周りを見渡しながら、隠れ家にどんな風景を飾ろうかと考えを巡らせる。
 海水浴シーズンも終わり、平日を選んでやって来ただけあって、人の姿は見えない。遠くの方に、二人組の姿が見えるくらいだ。
「この辺でちょっと撮らせてもらっていいですか?」
「どうぞ、どうぞ。俺のことは気にしないでいいから。自由に撮って」
 立花は声を弾ませる。降り注ぐ日差しにも負けないくらい、笑顔も輝きを放っていた。
 彼は今日の日のためにわざわざ有休まで取ってくれた。ただ写真を撮るだけで、特段何をするわけでもない。そう伝えたのだが、「坂本君が見てる景色を一度でいいから見てみたい」と言われてしまい、それ以上何も言えなくなってしまった。
 砂浜に半ば寝転ぶようにして、浜辺から空を見上げるアングルで写真を何枚か撮る。そして写り具合を確認するということを何度も繰り返す。
 風が吹き、波が押し寄せる。そこにシャッター音が重なる。
 隣に座る男は一言も言葉を発しない。様子が気になり、どうしてもちらちらと横目に見てしまう。
「やっぱり集中できない?」
 申し訳なさそうに、立花は尋ねてくる。
「いえ。そんなことはないんですけど。むしろ立花さんの方がつまらなくないのかなって」
「全然。こういう風景を撮ってるんだなぁって、すごく新鮮」
 目の前に広がる大海原を、澄んだ瞳が見つめる。
「そうですか?」
「うん。それに、そうやってたくさん撮った中から選んだ一枚が隠れ家に飾られてるんだなって思うと感慨深いよ」
 俺が撮ってるわけでもないのにね。自分にツッコミを入れつつ、立花はカラカラと笑う。
「それなら、いいんですけど……」
 安堵するように少しばかり吐息したのを、相手はじっと見つめてくる。
「何かあった?」
 言いたくないなら、言わなくていいよ。そう一言添えてくれる。
「…………その……昔、彼女にねだられて、こんな風に写真を撮りに来たことがあるんです。『好きなように写真を撮ってくれていいから』って言われて、その言葉を鵜呑みにしてしまったんです。それで、いつものように撮ってたら、彼女を怒らせてしまって……」
 その先を想像できたのだろう。立花は耳を傾けながら眉尻を下げた。
「それに気付いたのも帰り際で、もう何もかもが手遅れだったんです」
『本当に写真ばっかり撮っててつまんない。っていうか、一枚くらい私のこと撮ってくれても良かったんじゃない?』
 彼女とはそれが原因で別れてしまった。
「そっか……。それで俺が『ついて行っていい?』って聞いた時、微妙な顔付きになってたわけか」
 合点がいったと、相手は小さく頷く。
 自分で話しておきながら、どう話を終わらせたものか。考えあぐねていれば、立花は陽気に笑ってみせた。
「大丈夫だよ。俺は本当に来てみたかっただけだから」
 「それに……」と彼の視線は再び海へと向けられた。横顔をしばし見守っていると、おもむろに口を開いた。
「……ぼーっと眺めてると、すごく癒やされるんだよね。俺、結構ストレスとか溜まってたのかな……」
 しみじみと呟き、彼はむくりと立ち上がる。
 波打ち際へと近づいていき、凝り固まった体を伸ばすように手を大きく広げ、空を見上げた。
 雲一つない真っ青な空を仰ぐその後ろ姿に目を奪われた。思わずカメラを構え、シャッターを切る。
 音に振り返った相手は、撮られていることに気付くや否や、飛び上がった。そんな姿も写真に収めたかったが、勢いよく走ってきた相手にレンズを塞がれてしまった。
「何してるんだよ! データが勿体ないだろ!」
「綺麗だったんで、つい」
 素直に告げれば、立花はぐっと唇を噛み締めた。そして力なくその場にしゃがみ込んでしまう。
 膝に顔を埋め、唸り声を上げる。
「…………綺麗とか……そんなキラキラした顔で言うなよ…………」
 絞り出すようなその声音ごと抱き締めてしまいたい。胸の内から湧き上がり、彼を見つめる眼差しまで熱くなる。
 目の前には広大な海と空が広がり、周りに人影も無い。だからきっと、気も大きくなってしまったのだろう。
「立花さん」
「…………何?」
 くぐもった声が返ってくる。
「キスしたいです」
「……………………は?」
 長い沈黙の後、ようやく立花は頭を上げてくれた。ぽかんとした表情は、何を言われているのかまるで理解できていないようだった。
 あまりにも無防備で、そのまま顔を近付けてみた。鼻先が触れそうになった瞬間、肩を掴まれ、押し返された。
「なっ、にすんだよ!」
「だから、キ」
「バッ! ここっ、どこだと思ってるんだよ!」
「誰もいませんよ」
「…………人が、いないからって…………」
「ダメですか?」
 頼りなく彷徨う瞳を捕まえて、じっと見つめる。すると、肩を掴んでいた指から力が抜けていくのを感じた。
 その手を取って引き寄せれば、彼の体は思っていたよりもずっと簡単にこちらへと倒れてきた。
 相手が目を閉じるのを見届けてから、男の唇に自分のそれを合わせた。
 軽く重ねただけだった。それでも柔らかくて温かい感触に、もっと「食べたい」と思ってしまった。
 腹の底からじわりと這うように溢れ出す熱を感じながら、唇を離した。
 立花は俺と目を合わせようとはせず、俯いてしまう。辛うじて繋いでいた手を握り締めて様子を窺う。
「どうかしましたか?」
 男の目がちらりとこちらを見て、気まずそうに、また伏せてしまう。
 心地良い風が吹く。波が穏やかに寄せては返していく。
「…………こんな風に……恋人らしいこと、したことがなくて…………」
 秘密を打ち明けるように話をしてくれるものの、その真意がよくわからない。返事に困っていれば、立花も俺を見て眉を垂らした。
「女性相手ならまだしも、同じ男が相手だと、付き合い方も変わるからさ……」
 繋いだ手を眺めながら、相手は眩しそうに目を細めた。
「こうやって、外で手を繋ぎたくても繋げなかったりするから……」
 そう言って、握っていた彼の手がするりと離れていく。「よいしょ」と零しながら立ち上がった彼を、黙り込んだまま目で追った。
 視線に気付いた相手は、「どうした?」と尋ねるように首を傾げた。
 口にするべきか少しばかり悩んだものの、立花に対しては何事も正直でいたいという気持ちが勝った。
「立花さんのこと、今すぐ抱きたいです」
「……………………」
「自分はもっと自制心があるタイプだと思ってました。でも、今すぐ帰りたくなりました。帰りましょうか」
「何言ってんだよッ」
 声を張り上げた相手は、俺が立ち上がると、大仰に後退っていった。
「逃げなくてもいいじゃないですか」
「だって、お前……っ」
「帰りましょうっていうのは冗談です。何かしら撮って帰らないといけないので、もう少しだけ付き合って下さい」
「それはっ、もちろん、付き合うけど……」
「撮り終わったら、そのままどこか寄って行きませんか?」
 我慢できそうにないので。そう付け加えた途端、立花は思い切り絶叫した。
「アーッ! もうっ! そんな顔してそんなこと言うなよ!」
 喚く男の手を取って、やっぱりこのまま帰りたくなってしまった。


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