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2月13日(火)
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学校帰り、スーパーによった。
お菓子を作るために材料を買いに来たのだ。何と言ったって、明日はバレンタイン。友達と、あと如月にも、お菓子をあげる予定だ。
必要なのは、板チョコと、飾りつけに使うチョコスプレーとかアラザンとか。いや、アラザンはガリガリして好きじゃないから、チョコスプレーだけでいいか。
「あれ、前田?」
前田って言った? それは私の苗字だ。振り返ると、そこには見知った顔があった。
「二階堂。さっきぶり」
クラスメイトの男子。小、中学校が同じで、高校では同じクラスになった。しかも、この前の席替えでは隣の席になってしまった。二階堂とは、何かと縁がある。
「買い物?」
「うん」
二階堂のことは、ちょっと苦手。別に悪い人じゃないんだけど、何か合わないと感じてしまう。なんでって聞かれても、いろいろありすぎて、これだって答えられない。
「僕はおつかい頼まれちゃってさ」
「そうなんだ」
小学校からずっと一緒だったとはいっても、話したことはあんまりない。だから、学校の外で会うと気まずい。
「前田は?」
「お菓子の材料を買いに」
「バレンタインだもんね、明日」
バレンタインはたぶん、二月の中でいちばん賑わうイベントなんじゃないかと思う。特に若い人は、節分とかよりもバレンタインを楽しみにしている人が多いような気がする。
「二階堂は、彼女からもらうの?」
「あー、ちょっと前に別れた」
「また? まだ付き合って一か月も経ってなくない?」
二階堂は、お兄ちゃんほどじゃないけど、そこそこモテる。そして、告白されたら断らない。顔も名前も知らない人からの告白も受けちゃうから、いつも長続きしない。
「合わないんだよ。温度っていうの? 恋愛にかける熱量、みたいなもの」
二階堂は、お付き合いをしていても冷めているんだと思う。だって、告白されたからって、その人のことがすぐに好きになれるわけじゃない。
誰かと付き合っているってことを、まるで飾りのような、アクセサリーのような、自分のことをよく見せるための手段だと思っているんだろうな。
彼女を大事にしないような人が、なんでモテるんだろう。やっぱり顔か。
二階堂なんかよりも、彼女に一途なお兄ちゃんの方が、ずっとましだった。
「バレンタインのお菓子、誰にあげるの?」
「友達だけど」
あと居候にもあげる予定だけど、それを言うと、説明が面倒くさいし、ややこしくなるから言わないでおく。
「そっか。じゃあ僕にもちょうだいよ」
「え、なんで?」
思わず言ってしまったけど、今の、かなり失礼だった。すぐに取り繕おうと思ったけど、二階堂は案外気にしていないようすだった。
「だって僕ら友達じゃん」
「そうなの?」
申し訳ないけど、こっちは二階堂のことをクラスメイトとしか思っていない。
「酷いな。僕、前田とは仲良くしてるつもりだったんだけど」
そうは言っているけど、傷ついているようには見えない。そのヘラヘラ笑うのやめない? なんだか気に食わない。
「何作るの?」
「クッキー」
いちばん簡単に作れるお菓子だと思う。ココアパウダーを生地に混ぜ込んで、模様を作っても可愛い。抹茶やコーヒーの味にもできる、万能なお菓子。
「クッキー、ねぇ」
「何?」
何か嫌味のように聞こえた。
「いや? 前田は好きな人いないんだなーって」
「なんで?」
「知らない? 女の子ってみんなそういうの気にするんじゃないの?」
「何の話?」
二階堂の話についていけない。一対一で喋っているのに、なんで私は置いてけぼりにされているんだろう。
「バレンタインに渡すクッキーってさ、友達でいようって意味があるんだよ」
「え、そうなの?」
「うん。ちなみに、本命に渡すなら、マカロンがおすすめ。あなたは特別な人って意味があるから」
じゃあクッキーは友達だけに渡したほうがいいんだろうか。マカロンは作るのが難しいと聞いたことがある。
「逆にマシュマロとグミは渡さないほうがいい。あなたが嫌いって意味」
マシュマロってそんな意味があったんだ。ふわふわ白くて可愛いし、そんな意味があるようには見えない。グミは……私があんまり好きじゃないお菓子だからか、納得してしまう。
「てか、なんで二階堂はそんなの知ってんの?」
「こんなんでも、僕、人気者ですから。バレンタインは毎年たっくさんのお菓子を貰うわけ」
ああ、そうか。そういえばこの人、恋愛経験も豊富なんだった。バレンタインにあげるお菓子の意味とか、そういう細かいのが気になる人と付き合っていたこともあったんだろう。
「あ、僕にマシュマロ贈らないでよ。いやもらえるのは嬉しいけどさ、さっき意味を教えちゃったから、複雑な気持ちになる」
「大丈夫。そもそも、あげる予定ないから」
「えぇ、そんなきっぱりと……」
わざとらしい残念そうな顔がムカつく。やっぱり、私は二階堂とは合わない。
二階堂と早くバイバイするためにも、さっさと必要なものを買って帰ろう。あといるのは、アーモンドプードルと、粉砂糖。
早く帰って、如月と話をしたい。二月の間しか一緒にはいられないから、一秒だって無駄にしたくない。二階堂なんかに時間を奪われたくない。
「前田はさ、恋愛とか興味ないの?」
「それはどういう意図の質問?」
二階堂の顔色を伺いながら、粉砂糖が入った袋に手を伸ばす。ぬっと角張った手が伸びてきて、粉砂糖を奪う。
何すんの、と二階堂を見ると、彼は真っ直ぐに私を見つめていた。
「好きな人、いないの?」
うわ、やっぱりコイツは生理的に無理だ。なんだろうな、なんか無理だ。
「彼女と別れたばっかりで寂しいからって、私に目を向けないでくれるかな。二階堂のことが好きな女子なんて、他にたくさんいるでしょ」
あーウザい。早く帰りたい。
「ちゃんと聞いて。僕は――」
「あ、いたいた。詩ちゃん!」
二階堂の言葉をかき消すように、声が響いた。うるさい、と注意しようとして、慌てて言葉を飲み込む。
「なかなか帰ってこないから心配したよ」
如月。会いたいと思っていたタイミングで現れるなんて、精霊は心を読めるなんて能力もあるんだろうか。
「で、君は? 詩ちゃんの友達?」
如月は私の肩を掴み、自分の方へ引き寄せた。
如月と二階堂を交互に見る。あ、如月は今だけ誰にでも見える状態なのか。
「どなた?」
「あーっと、親戚の人。わけあって居候中」
さすがに、二月の精霊です、なんて言えるわけないから、それっぽい嘘をついておく。
二階堂は如月のことを怪訝そうに見つめていた。無理もない、だって如月は、ピアスばちばち、ゴツい指輪たくさん、髪は薄紫色で、近づいちゃいけない人に見えるから。
「二人で楽しそうに何話してたの?」
「バレンタインの話」
「ふうん?」
別に後ろめたい話をしていたわけじゃないのに、なぜか如月からは疑い探るような視線を向けられている。
居心地が悪すぎる。ただでさえ苦手な人の前なのに、それに加えて危なそうな見た目の人に肩を掴まれているという、この状況。如月が私にしか見えていないならいいんだけど、今は周りからの視線が痛い。
「そういえば、昨日のデート、楽しかったよね」
「デ、デートっ!?」
二階堂が目を見開く。
「デートじゃないって。ただのお出かけ」
「でも二人きりだったでしょ?」
誤解させるようなことを言わないでくれるかな。ほら、二階堂がびっくりして固まっちゃった。
「帰ったらババ抜きしようよ。前と同じく、負けたら言うことを何でも聞くっていうルールで」
「やらないよ」
「なんで?」
「如月が酷いことするからに決まってるじゃん。てか今こんな会話する必要ある?」
話に入り込めない二階堂の気持ちをもっと考えたほうがいい。これじゃあ「もう僕行くから」って離脱することもできない。
「えっ、は? 酷いことって……前田、何されて、え?」
私が言った酷いこととは、如月にからかわれたことだが、何か誤解されたらしい。
困惑している二階堂を見ながら、如月は勝ち誇ったように笑った。
お菓子を作るために材料を買いに来たのだ。何と言ったって、明日はバレンタイン。友達と、あと如月にも、お菓子をあげる予定だ。
必要なのは、板チョコと、飾りつけに使うチョコスプレーとかアラザンとか。いや、アラザンはガリガリして好きじゃないから、チョコスプレーだけでいいか。
「あれ、前田?」
前田って言った? それは私の苗字だ。振り返ると、そこには見知った顔があった。
「二階堂。さっきぶり」
クラスメイトの男子。小、中学校が同じで、高校では同じクラスになった。しかも、この前の席替えでは隣の席になってしまった。二階堂とは、何かと縁がある。
「買い物?」
「うん」
二階堂のことは、ちょっと苦手。別に悪い人じゃないんだけど、何か合わないと感じてしまう。なんでって聞かれても、いろいろありすぎて、これだって答えられない。
「僕はおつかい頼まれちゃってさ」
「そうなんだ」
小学校からずっと一緒だったとはいっても、話したことはあんまりない。だから、学校の外で会うと気まずい。
「前田は?」
「お菓子の材料を買いに」
「バレンタインだもんね、明日」
バレンタインはたぶん、二月の中でいちばん賑わうイベントなんじゃないかと思う。特に若い人は、節分とかよりもバレンタインを楽しみにしている人が多いような気がする。
「二階堂は、彼女からもらうの?」
「あー、ちょっと前に別れた」
「また? まだ付き合って一か月も経ってなくない?」
二階堂は、お兄ちゃんほどじゃないけど、そこそこモテる。そして、告白されたら断らない。顔も名前も知らない人からの告白も受けちゃうから、いつも長続きしない。
「合わないんだよ。温度っていうの? 恋愛にかける熱量、みたいなもの」
二階堂は、お付き合いをしていても冷めているんだと思う。だって、告白されたからって、その人のことがすぐに好きになれるわけじゃない。
誰かと付き合っているってことを、まるで飾りのような、アクセサリーのような、自分のことをよく見せるための手段だと思っているんだろうな。
彼女を大事にしないような人が、なんでモテるんだろう。やっぱり顔か。
二階堂なんかよりも、彼女に一途なお兄ちゃんの方が、ずっとましだった。
「バレンタインのお菓子、誰にあげるの?」
「友達だけど」
あと居候にもあげる予定だけど、それを言うと、説明が面倒くさいし、ややこしくなるから言わないでおく。
「そっか。じゃあ僕にもちょうだいよ」
「え、なんで?」
思わず言ってしまったけど、今の、かなり失礼だった。すぐに取り繕おうと思ったけど、二階堂は案外気にしていないようすだった。
「だって僕ら友達じゃん」
「そうなの?」
申し訳ないけど、こっちは二階堂のことをクラスメイトとしか思っていない。
「酷いな。僕、前田とは仲良くしてるつもりだったんだけど」
そうは言っているけど、傷ついているようには見えない。そのヘラヘラ笑うのやめない? なんだか気に食わない。
「何作るの?」
「クッキー」
いちばん簡単に作れるお菓子だと思う。ココアパウダーを生地に混ぜ込んで、模様を作っても可愛い。抹茶やコーヒーの味にもできる、万能なお菓子。
「クッキー、ねぇ」
「何?」
何か嫌味のように聞こえた。
「いや? 前田は好きな人いないんだなーって」
「なんで?」
「知らない? 女の子ってみんなそういうの気にするんじゃないの?」
「何の話?」
二階堂の話についていけない。一対一で喋っているのに、なんで私は置いてけぼりにされているんだろう。
「バレンタインに渡すクッキーってさ、友達でいようって意味があるんだよ」
「え、そうなの?」
「うん。ちなみに、本命に渡すなら、マカロンがおすすめ。あなたは特別な人って意味があるから」
じゃあクッキーは友達だけに渡したほうがいいんだろうか。マカロンは作るのが難しいと聞いたことがある。
「逆にマシュマロとグミは渡さないほうがいい。あなたが嫌いって意味」
マシュマロってそんな意味があったんだ。ふわふわ白くて可愛いし、そんな意味があるようには見えない。グミは……私があんまり好きじゃないお菓子だからか、納得してしまう。
「てか、なんで二階堂はそんなの知ってんの?」
「こんなんでも、僕、人気者ですから。バレンタインは毎年たっくさんのお菓子を貰うわけ」
ああ、そうか。そういえばこの人、恋愛経験も豊富なんだった。バレンタインにあげるお菓子の意味とか、そういう細かいのが気になる人と付き合っていたこともあったんだろう。
「あ、僕にマシュマロ贈らないでよ。いやもらえるのは嬉しいけどさ、さっき意味を教えちゃったから、複雑な気持ちになる」
「大丈夫。そもそも、あげる予定ないから」
「えぇ、そんなきっぱりと……」
わざとらしい残念そうな顔がムカつく。やっぱり、私は二階堂とは合わない。
二階堂と早くバイバイするためにも、さっさと必要なものを買って帰ろう。あといるのは、アーモンドプードルと、粉砂糖。
早く帰って、如月と話をしたい。二月の間しか一緒にはいられないから、一秒だって無駄にしたくない。二階堂なんかに時間を奪われたくない。
「前田はさ、恋愛とか興味ないの?」
「それはどういう意図の質問?」
二階堂の顔色を伺いながら、粉砂糖が入った袋に手を伸ばす。ぬっと角張った手が伸びてきて、粉砂糖を奪う。
何すんの、と二階堂を見ると、彼は真っ直ぐに私を見つめていた。
「好きな人、いないの?」
うわ、やっぱりコイツは生理的に無理だ。なんだろうな、なんか無理だ。
「彼女と別れたばっかりで寂しいからって、私に目を向けないでくれるかな。二階堂のことが好きな女子なんて、他にたくさんいるでしょ」
あーウザい。早く帰りたい。
「ちゃんと聞いて。僕は――」
「あ、いたいた。詩ちゃん!」
二階堂の言葉をかき消すように、声が響いた。うるさい、と注意しようとして、慌てて言葉を飲み込む。
「なかなか帰ってこないから心配したよ」
如月。会いたいと思っていたタイミングで現れるなんて、精霊は心を読めるなんて能力もあるんだろうか。
「で、君は? 詩ちゃんの友達?」
如月は私の肩を掴み、自分の方へ引き寄せた。
如月と二階堂を交互に見る。あ、如月は今だけ誰にでも見える状態なのか。
「どなた?」
「あーっと、親戚の人。わけあって居候中」
さすがに、二月の精霊です、なんて言えるわけないから、それっぽい嘘をついておく。
二階堂は如月のことを怪訝そうに見つめていた。無理もない、だって如月は、ピアスばちばち、ゴツい指輪たくさん、髪は薄紫色で、近づいちゃいけない人に見えるから。
「二人で楽しそうに何話してたの?」
「バレンタインの話」
「ふうん?」
別に後ろめたい話をしていたわけじゃないのに、なぜか如月からは疑い探るような視線を向けられている。
居心地が悪すぎる。ただでさえ苦手な人の前なのに、それに加えて危なそうな見た目の人に肩を掴まれているという、この状況。如月が私にしか見えていないならいいんだけど、今は周りからの視線が痛い。
「そういえば、昨日のデート、楽しかったよね」
「デ、デートっ!?」
二階堂が目を見開く。
「デートじゃないって。ただのお出かけ」
「でも二人きりだったでしょ?」
誤解させるようなことを言わないでくれるかな。ほら、二階堂がびっくりして固まっちゃった。
「帰ったらババ抜きしようよ。前と同じく、負けたら言うことを何でも聞くっていうルールで」
「やらないよ」
「なんで?」
「如月が酷いことするからに決まってるじゃん。てか今こんな会話する必要ある?」
話に入り込めない二階堂の気持ちをもっと考えたほうがいい。これじゃあ「もう僕行くから」って離脱することもできない。
「えっ、は? 酷いことって……前田、何されて、え?」
私が言った酷いこととは、如月にからかわれたことだが、何か誤解されたらしい。
困惑している二階堂を見ながら、如月は勝ち誇ったように笑った。
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