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サンプル5【転生対象者が人類でなかった場合】

『全属性魔法』全ての属性の魔法を使う事が可能になるスキル

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「スキルを取ったか、---よ。ならばこの先の光り輝く扉を抜けろ。そうすれば君は異世界に転生できる」




…………




「これが……人の体か。なんとも醜い。そしてなんとも不愉快な気分だ。だが我はやらねばならぬ」

 我はおぞましき形の両手を握りしめながらそう決意した。己が最も憎しむ人間に転生させられてしまったのはとても不愉快極まりない気分だったが、今は諦めるしかない。『全属性魔法』という強大な力を得た以上、自分の肉体など些事な問題だ。必ずや人間どもを滅ぼして見せる。

 我は嫌々だが近くの人間の村に行き、友好的な笑顔を作って見せた。人間どもの間では笑顔が有効であると知っている。はっきり言って吐き気の催す気分だったが、今の自分は転生したてでまだ弱い。食事やこの世界の情報収集など、自分を強くする間だけでも他の人間の庇護が必要だ。鳥肌が立つほど怖気の走る行動だったが、我慢すべきだ。

 我は冒険者として活躍していった。この世界は魔法使いはたくさんあれど、全属性の魔法を巧みに使い分けることができるものは相当珍しいらしい。我はどんな難しい冒険もこなす有能な冒険者となった。人間に称賛されたところで嬉しくはないが、彼らが我より格下であるという認識はとても強い充足感を与えた。気分が良い。

 ただどうしても腹が立つことがある。我を称える有象無象どもが、たまに同族の死骸を我に食べさせようとするのだ。にこやかな笑顔で「今日はお祝いだ! 遠慮せずに食ってくれ!」と我の同族を無残にも焼き殺した遺体を大皿に乗せて出されたときは、怒りで街一つ吹き飛ばしてやろうかと思ったほどだった。目の前が真っ白になりそうなほどの怒気を隠して「私は肉は苦手なので」とその場は断った。あの時ほど人間を殺し尽くしたいと思ったことはない。その後、我は「肉の食えない冒険者」と揶揄されることが増えたが、そんなことはどうでもいい。非常に気分が悪い。

 そして数年が経った。最初の頃は『全属性魔法』が使えるとはいえ大した魔法は使えてなかったのだが、何年もの実践経験と知識の収集により、様々な形で魔法を使いこなせるようになった。単純に攻撃に使うだけでなく、魔法の応用を使って肉体の強化や効率的な魔力回路の生成、はたまた生命の構造を変革させる技術など、神々の知識に匹敵する力を得た。魔力の強さも脆弱な人間ども数万人を一度で焼き殺せるほどの威力を持っている。もはや我慢する必要はない、と判断するに十分だった。顔がにやける。

 手始めに、国を一つ滅ぼした。そしてその国を乗っ取って我の国とした。何千もの騎士や魔法使いが死んだが、知った事ではない。国の王が最後まで抵抗していたが、その無様な首は今城門の前に吊るされている。国民は全て逃げだそうとしていたが、我の結界により外に出ることも内側に入る事も自由にはできなくした。我が昔味わった地獄を人間どもも味わうがいい、そういう気持ちだった。

 そして我の同族をはじめ、人間以外の種族を改造した。認めたくはなかったが、人間の二足歩行は何かと便利であることに気付いていた。そのため、今まで知性の欠片もなかった同族を優先して二足歩行に改造し、我に忠実で強力な軍隊を作りあげた。彼らは人より力が強く、人より体力があり、人より魔法に通じている。最強の軍団の完成だった。

 一部、4足歩行にこだわる生き物がいたのだが、彼らはそのままにしておいた。いくら便利とは言え人間と同じになりたくない気持ちはとてもわかる。無理強いはできない。その代わりに、4足歩行のままできる限り最強の力を与えることにした。知性に欠ける分、力や体力は我の最強軍団より強い。彼らもまた、我の忠実な僕(しもべ)となった。

 実は我自身もより強い個体へと改造したかったのだが、あまり上手くはできなかった。恐らく自身への改造が僅かにでも失敗すると何が起こるかわからないという不安感から上手く行かないのだと思う。体に違和感が残るくらいなら我慢もするが、改造作業中に魔法が暴発などしたら溜まったものではない。そのため、身体能力の強化と体色を紫色に変化させること、そして角を生やすことくらいしかできなかった。まあ身体強化はおまけで、人間の体から逸脱したかったという目的は果たせた。これで十分だろう。

 当然のことだが、人間は全て家畜だった。いや、奴隷と言った方が正しいかもしれない。我の作りあげた国民に対して、全面的に奉仕する奴隷だ。また翻意のある者を除いて我は人間を殺すことを禁じた。本当は殺して食肉として加工してやりたがったが、生きていれば長く苦しめることができる。その代わり我が国以外の国の人間に対しては、戯れに人間狩りを行うことを推奨した。みんな喜んで狩りをしていた。我もたまに参加した。とても楽しかった。転生してから初めて素直に笑顔になれた気がする。

 様々な人間の国が我が国に戦争をしかけてきた。だがそのすべてに勝利して来た。当たり前だ。人間のような脆弱な生き物に我が最強の軍団が負けるわけがない。そして人間に対する我らが憎しみは何よりも深い。個々が強いうえ士気も高く、そして私の魔法や魔術装備の援護もあるのだ。負けるわけがなかった。

 ただ、負け知らずの我が軍団に、あるときから敗北や戦況の不備などが報告されるようになった。最初は小さな動きだったので見逃していたが、気になって調べてみると、なんと人間の「勇者」なる存在が我が軍団に傷を与えているという。不愉快だった。我が同胞たちを傷つける者は何人たりとも許せない。我は勇者を殺すように部下に命じた。

 だというのに、部下たちは悉く勇者に負けていた。たまに勝利報告を聞けて、ようやく勇者を処理で来たかと思えば、いつの間にか復活してまた我の部下を殺して行った。苛立ちが募る。とうとう我らの王国の近くにまで来た勇者にしびれを切らし、我が最強の四天王を差し向けた。互いに我を喜ばせようと功を焦る節があるが、基本的には武力、知力ともに優秀な者たちだ。彼らなら何とかするだろうと思ったのだ。我は安堵して玉座に深く座った。

 だが四天王たちもまた失敗し、殺されてしまった。一人目が先陣を切ったが引き際を見誤り戦死。二人目がその死を嘆きまたも深く突っ込み過ぎて殺される。そして三人目は策を弄して勇者を一時捕えることに成功するも、勇者の協力者の手引きで逆に本陣を内側から食い破られ死んでしまった。3人の優秀で愛すべき部下を失ったと知ったときの我の悲しみはどう表現すればいいのか。このときになって初めて私は勇者個人に恨みを抱いた。

 完璧に勇者を殺すために、残った最後の四天王の一人と相談して、我が王国に勇者を招待することにした。わざと入り込める隙を作り、罠を張り巡らした王国内で始末してしまおうと言う考えである。また罠が不発だったとしても、傷つき憔悴した勇者ならば殺すのは容易い。そう考えたからだ。

 味方の損害が出る事を憂慮して、罠だけを張ろうと提案したが、それを最後の四天王に却下された。曰く「我々全ての国民たちは、今まで殺された同胞たちはもちろん、死んだ3人の四天王たちの死を悔やんでおります。彼らはその死に報いるべく全霊を賭して挑むでしょう。己が命を賭けてでも。確実に勇者を仕留めるために」とのことだった。我は同胞がこれ以上傷つく姿は見たくなかったが、彼らの忠義と友愛の精神を尊重して、あえて止めないこととした。恐らくたくさん勇者に殺されるだろうが、我が必ず勇者を仕留めれば良い。そう思ったのだ。両手を爪が皮膚を突き破るほど握りしめる。

 そして勇者は王国に堂々と侵入してきた。そして様々な同胞たちが襲いかかり、勇者を翻弄した。我はその様子を魔法で具(つぶさ)に見ていた。勇者の腕に傷を付けた者を心から称賛した。己が命をかけて勇者をしつこく足止めする者の姿に感動した。そして次々殺されていく同胞たちの姿に涙した。必ずや我は子の勇者を殺さねばならぬ。そう決意した。

 そして勇者が我の前にやってきた。その姿はもはやボロボロだったが、覇気は衰えていないようだった。彼の仲間たちもまた、やる気だけは十分と言った感じでそれぞれの武器を構えている。実に忌々しい。たくさんの同胞を殺した勇者にかける慈悲など一切ない。奴が死んだらその死体は保存の魔法をかけて何百年と吊るし上げてやろうと誓う。勇者の口上。

「貴様が魔王か……よくも、よくもオレの仲間や大切な人を殺してくれたな! オレは貴様を討って仇を取ってみせる!」

 怒りも過ぎると冷静になるらしい。何を言ってるんだこいつは、と言う気持ちになった。貴様こそ、我の大切な仲間たちを何人も殺したくせに、よくも抜け抜けと言ったものだ。これだから人間は自分勝手なのだ。人間が良ければそれで全て良いのか、我らの仲間を無残にも殺した事は歯牙にもかけないくせに。我は玉座を立つと、横に並んだ最後の四天王が傍に控える。そして全ての怒りを凝縮した声色で宣言する。

「人間の勇者よ。ここが貴様の墓場だ。貴様の死骸は食べられることすらなく、ただのゴミとして処理してやろう」

「黙れ! 貴様の命もここで終わりだ、オークキングブタの王!その罪、死んで償え!」

 そういうと勇者たちは我に襲いかかってきた。我は余裕の笑みを浮かべると、最大の魔法を紡ぎ出した。
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