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サンプル6【転生対象者が多数に及んでいた場合】

『空間魔法』空間に作用する魔法を使えるようになるスキル

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「うーん、どのスキルにしようかな……」

 お前は事故で死んだから異世界に転生させてやる、と目の前にいる光り輝く老人に言われ、俺は悩んでいた。目の前にズラリと並んだ単語の数々。その一つ一つが俺が転生した際に貰えるという特殊スキルということだった。

「えーと、この中のどれでも一つ選んでいいんですよね?」

「左様、一つに限り好きな物を選んで良い。時間はあまりない、早くしろ」

 威圧的にこちらに指示してくる光る老人に舌打ちしつつ、俺はどのスキルが最も良いか考えた。

 火属性魔法やら熟練剣術やら魔術具製作やら様々なスキルがあったが、俺が最も注目したのは『奪取』と『コピー』だった。

 普通のスキルなら一人につき一つしか得ることができないが、この『奪取』と『コピー』なら複数の能力も扱えるはずだ。これは心惹かれる。最強の魔法を唱えながら前衛でも活躍し、日常においても様々な知識と技術で人に頼りにされる。これほど素晴らしい転生人生なんてありはしない。

 ただ俺は冷静だった。この手の「なんでも好きな転生スキルを取っていい」と言う場合には裏があることがある。異世界転生物の小説は山ほど読んだし、脳内シミュレート妄想も何度もやった。例えば『奪取』はなかなか成功しないとか、成功しても奪えるスキルの数に限界があるとかである。つまりこの二つのスキルは地雷の可能性が高い。

 じゃあ他に何のスキルがいいか、と考えると特にめぼしい物がない。いや、どれも心惹かれるスキルではあるのだが、決め手に欠けるというか、「このスキルを持って行けば異世界で大活躍できること間違いなし」と思えるスキルがないのだ。散々迷ったあと、俺はこの『空間魔法』のスキルを取ることにした。

 理由は至極簡単だ。『空間魔法』と言う単語が格好良かったから、ただそれだけだ。それに、こんな習得の難しそうなスキルが使えれば、それだけで注目されるだろうと思ったからである。

「あの、決めました! 俺『空間魔法』にします!」

「そうか、なら『空間魔法』のスキルをそなたに授与しよう。そして異世界へ転生して、幸せに暮らすのだ」

「はい、ありがとうございます!」

 俺はニヤリと笑いながら光る老人に頭を下げた。恰好よく空間魔法を使いこなす自分をさっそく夢想してニヤケ顔が止まらない。光る老人が俺の頭をさっと撫でると、足元から神々しい光が溢れだして視界が白一色に染まる。これから異世界に転生するんだな、と興奮する俺を横目に、光る老人が溜息をつく姿が見えた気がした。老人は小さい声で呟いていた。

「はぁ、また空間魔法か。似たようなスキルばっかり偏ってしまってるなぁ……」

 俺はその言葉に嫌な予感を覚えながら、異世界へと転生していった。



…………




「……ここが、異世界、か?」

 俺は目を開くと、そこには見慣れない光景が目の前に広がっていた。しかし、俺の期待通りではなかった。

 俺の想像では、異世界は中世ヨーロッパのような穏やかな田園風景や木やレンガで造られた牧歌的な家、土がむき出しの地面の上で子供がわいわいはしゃいでいる。そして時折通りかかるイカツイおっさんが腰から剣をぶら下げている。そんな光景を想像していた。

 しかしこの異世界は全然違った。一言で表現すると都会である。高いビルディングが並び立ち、コンクリートでできた道路が整然と街並みを整え、行きかう人々も量販店なんかで作られたような清潔でどこか見たようなデザインの服を着ている。オフィス街という単語が相応しいかもしれない。俺の求めていた光景と違う。

「もしかして、転生先って元いた世界なのか? ここは日本?」

 疑問に思ったが、どうやらそれも違うらしいことがわかった。一台の車が道路の中央を通ったのだが、その車は空中に浮いていた。

「え、うわ! なにこれ。未来の車? タイヤが地面についてないとかUFOみたいだ……」

 パッと見は都心ど真ん中といった風景なのだが、細かいところが俺の知ってる日本と違った。しかも、日本より技術が進んでいる形で。

 ケータイ電話らしきものを見ている女性だが、その画面は空中に半透明に浮かんでいるホログラフィだった。コンクリートの歩道には人がたくさん歩いていたが、その人の頭二つ分上には光の道が作られており、そこを空飛ぶ自転車やスケートボードのような乗り物に乗った人が走っていた。よくある街灯のような物が支えもなしに空中で浮いていて、淡く光を放っていた。まるで映画の中にでも迷い込んだような気がして、俺は周囲をきょろきょろ見回してしまった。

「やあ、君はもしかして転生したばっかりかい? よかったら案内しようか?」

 急に後ろから俺に声をかけてきた人がいる。慌てて後ろを振り向くと、安っぽいビジネススーツを着込んだ若い男がいる。どう見ても普通のサラリーマンだ。だというのに、そんな普通のサラリーマンに転生者とあっさり見破られたことにかなり動揺した。相手を警戒する。

「な、なんで俺を転生者だとわかったんだ。お前、何者だ?」

「ははは、その気持ち凄くわかるよ。でもね、大抵の転生者は君みたいにキョロキョロ落ち着きなく周りを見回したりするもんなんだ。僕もそうだったからよくわかる」

 サラリーマンはなんでもないことかのように言った。俺はその言葉に驚いた。こいつも転生者なのか?

「……お前は何者だ?」

「何者って見ての通り、普通の会社員さ。5年ほど前に転生してきたんだけどね」

 俺は驚いた。こいつも転生者なのか、と。だがそれをすぐ見破るのは何か裏があるのかもしれない。例えば魔王の手先になっているとか。俺は警戒する。

 質問に答えているのに疑いの眼差しを強くした俺を不自然に思ったのか、サラリーマンは「ああ」と頷くとこの異世界について説明してくれた。

「君がなにを疑問に思っているかわかったよ。実はすごく簡単なことでね。ここにいる人全員転生者なんだ。異世界転生というより、あっちの世界で死んだ人全員が来れる天国みたいな場所だと思った方がわかりやすいかもね」

「な、なんだと? ってことは、あ、あそこにいる人らも転生者なのか!?」

「そうだよ、たぶん。むしろ転生者以外でこっちに来る人いるのかな?」

 俺は幼い女の子や腰の曲がったじいさんを指差して質問したが、サラリーマンは事もなげに肯定した。異世界は異世界でも、転生者が必ず来る異世界らしい。俺は呆然とした。

 そしてあることに気付くと、俺はサラリーマンに慌てて質問した。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。ここにいる人全員が転生者ってことは、全員なんらかのスキルを持ってるのか!? お前も?」

「そうだよ、僕も転生スキル持ってるよ。君も持ってるんだろ? ……まあ転生スキルについては僕より別の人に聞いた方が良いね。僕もそろそろ会社に行かなきゃだし」

 そう言うとサラリーマンは腕を掲げると、ホログラフィの時計が浮かび上がる。それに少し驚きつつ、そういえばこのサラリーマンは自分より年上で、しかも転生者としても先輩であることにやっと思いいたって、言葉を正した。

「あの、親切にありがとうございます。あと申し訳ないんですけど、その別の人って誰に聞いたらいいですか? 警察?」

 急に丁寧な態度に改めた俺に驚いたのか、サラリーマンは目を瞬かせたあとニコリと笑った。

「警察でもいいけど、どうせだったらその手の仕事の人に聞いた方がいいでしょ。ここを真っ直ぐ行って大きな交差点が見えたら教会みたいな建物があるから、そこに行って。ハローワ……じゃなくて冒険者ギルドがそこにあるから」

「はい、いろいろありがとうございました。冒険者ギルドに行ってみます」

 俺はそう礼を言うと、サラリーマンは「頑張ってね」と笑顔で手を振ってくれた。そして教えられた道を歩いて行く。通りすがる人全員が転生者だと思うと、何やら物凄く居た堪れない気持ちがしてしまい、自然と早足になっていった。



…………



「いらっしゃいませ、冒険者ギルドにようこそ。お客様は初めての転生者でいらっしゃいますか?」

 どでかい教会みたいな建物に入ると、なぜかそこだけあしらえたように古びた酒場風の受付があり、鎧甲冑が飾られていたりギルドの依頼書のような紙が掲示板に張り付けてあった。受付の女性は少し時代を感じさせる受付の服装で、しかも物凄い美人だった。そして何より驚いたのは、受付嬢の耳が尖っていたのだ。

「エルフ!? あれ、ここ転生者ばかりの異世界なんじゃないの? エルフも転生するのか!?」

「あ、お客様はある程度事情がおわかりのようですね。どなたからかご説明いただけたのでしょうか。どの程度の説明をされたかご質問してよろしいですか?」

 美人の受付嬢がこちらを真剣なまなざしで見てくるので、少しドギマギしながらサラリーマンから聞いた話を伝える。受付嬢はフンフンと真剣に事情を聞いて、そして感心したように答える。

「その男性はとても優しい方なのですね。転生したばかりで事情を知らない人を詐欺に合わせる方もいるというのに、お忙しい中きちんと事情を教えてくださるなんて。その方のお名前は伺っていますか?」

「い、いえ、忙しいからってすぐ去って行っちゃったんで……」

「そうですか。まあわかりました。ではご説明しますね」

 受付嬢はにこやかに笑いながらパンフレットのような物を取り出した。そこには「初めての転生、初心者ガイド ~異世界の歩き方・基礎編~」とタイトルが書かれていた。まるで自動車教習所に初めて来た人に配るパンフレットみたいで気が抜けてしまった。

「な、なにこれ?」

「それは異世界に初めて転生されて戸惑っている方向けに発行されている初心者ガイドです。普通の人は異世界に転生なんてさせられるとどうしていいかわからなくて戸惑うものなんですよ。最近は異世界転生物のネット小説を読まれた方がいらっしゃるみたいで、すぐに適応される方もいらっしゃるのですが、ちょっとこちらではルールが違うので、その旨も書かれています」

「ルールが違う?」

「はい、12ページをお開きください」

 言われた通り「初心者ガイド」の12ページを開く。そこには「転生でもらった能力(スキル)について」という題がポップな文字で書かれていた。

「このページを読んでいただければわかるのですが、転生されたときに得られたスキルは基本、全て免許制です。免許なしで勝手な使用をした場合、第2民法79条第2項の違反により、懲役10年、または100万円以下の罰金が科せられますので注意してくださいね」

 受付嬢の説明する内容とほぼ同じ文言が初心者ガイドにも書いてあった。「能力(スキル)は軽々しく使っちゃダメだぞ ミ☆」と可愛くデコレーションされた台詞を謎のキャラクターが喋っていた。俺は呆然とする。

「……は? 能力って自分の好きに使えないのかよ。なんで? 意味が分かんない」

「はい、大抵の方はそうおっしゃるのですが、この手の能力は悪意を持って使用するといくらでも犯罪が起こせてしまいますので、免許によってきちんと管理しないといけないのですよ。あと免許がない方は、こちらの装飾具をつけていただいて能力は制限させていただきます」

 そう言って受付嬢が銀色の腕環を取り出した。良く見ると、受付嬢の右手にも同じ装飾具がついている。これをつけると能力が制御されるのだろう。俺は嫌々その腕環を受け取った。

「……これ着けると能力は一切使えなくなるの?」

「はい、免許を持っている方なら免許と一緒に別の腕輪が支給されて、能力使用した際の報告を条件に一部使用が許可されます。この腕環ですと能力を使うこと自体が阻害されますね。嫌かも知れませんが、義務ですのでつけてください」

 そう催促されて、俺はもうどうでもいいやと投げ遣りな気持ちになって腕環をつけた。腕環が微かに光ったのを受付嬢が確認して頷く。

「はい、ちゃんとつけてますね。あ、あと申し訳ないのですが、あなたの能力は何か教えていただけないでしょうか? 個人情報保護の観点から、外部にあなたの能力については漏らさないので安心してください」

「……『空間魔法』です」

 俺の言葉を聞いて、受付嬢はにこやかな笑顔のまま「ちょっと待ってくださいね」と言い残して席を立った。すぐ後ろにあるたくさんのファイルの中から薄い冊子のような物を一つ取り出して、俺の目の前にデンと置く。

 そこには「『空間魔法』の資格取得について」と書かれていた。

「『空間魔法』はとても便利なスキルですね。被災地支援や高級官僚の移動に使われるのが目立ちますが、空間自体を切断するという特性を使って巨大な鉄骨や岩を切り崩したり、ダイヤモンドカットなんかにも使われる場面があると聞いてます。とてもいいスキルを取りましたね」

 受付嬢に褒められて、俺はちょっといい気分になる。やはり俺の選択の目に狂いはなかった。ただ、その後の受付嬢の言葉を聞いてげんなりとした。

「ただし、有用性が高い分、その使用には技術や知識が必要になりますね。こちらを見てください。大抵の能力使用許可試験では実技と筆記の二つなのですが、『空間魔法』はそれに加えて倫理規定に関する論文製作や実地研修なんかも入っています。それに実技と筆記もかなり難しいですね。世界中の地形を把握するとか3点座標によるワープホール作製地点の計測、それに空間への影響への数学的アプローチなんかも含まれるようです。弁護士や医者の試験並みですね、これ」

「な、なんでそんなに難しいんだよ!」

「人を簡単に殺せてしまうスキルについては大体が厳しい試験になりますね。空間の断裂にうっかり人を巻き込んじゃいました、じゃ済みませんからね。私もこの仕事始めて知りましたが、『空間魔法』の免許持ってる人ってすごいんですね」

 受付嬢は完全に他人事のように呟いた。俺は愕然とする。異世界で能力を使って格好つけるためには、国家試験をパスしないといけないらしい。

 絶望の表情を浮かべた俺の表情に気付いたのか、受付嬢は慌てて慰めてくれた。

「ああ、いや、その大丈夫ですよ。他の方よりまだマシな方です。異世界で魔物を倒して名をあげるんだって意気込んできた『火属性魔法』の使い手さんは、免許が取れたけど使いどころがなくて家庭ゴミを燃やすことに使ったりライターの代わりに火をつけたりとかしかできないらしいですし、『剣術』スキル持ちの剣豪さんなんて剣術道場を開いてみるものの、自分で努力して手に入れた力じゃないからって教えるのがド下手で入門者ゼロだったって聞いてます。それに良く言われる笑い話なんですが『コピー』スキル持ちなんて悲惨ですよ」

「え、人の力を『コピー』できるならそれは便利なんじゃない?」

「能力を複製するだけなんですよ『コピー』って。だからまともに使おうと思ったら新しいスキル覚えるたびに練習しなおし。しかも『コピー』ってオンオフ効かないらしくて、最後に触った人の能力を勝手に覚えちゃうらしいんですよ。せっかく熟練して来た能力でも、上書きされちゃったら一気にパーになって1から練習しなおしなんですよ」

「うわぁ……」

 それは何とも嫌な話だ。確かにいろんなスキルが使えるのは気分良いだろうが、使いこなせないのではまったく意味がない。しかも人に触れるたびに覚えなおしとか厳しすぎる。賽の河原を地で行くようなものだ。

 そしてふと違うスキルについて気になった。早速質問してみる。

「あの、『コピー』スキルが悲惨というのはわかったのですけれど、それじゃあ似たスキルで『奪取』なんてどうなるんです?」

「ああ、あれはねぇ……」

 エルフ特有の尖った耳を触りながら受付嬢は困ったように答える。

「他人のスキルを奪うことができる『奪取』スキルですけど、これもって転生された方は問答無用でスキル使用不可の処置がされてしまいますね……使う使わないはともかく、スキルは一種の個人財産ですからね。それを一方的に奪うことができる『奪取』スキル持ちの方は完全に能力を封印されちゃいます。勝手に使おう物なら、結構重い罰則がかけられちゃいますねー」

 受付嬢はそう軽い口調で言いながら居心地悪そうに「たはは」と笑った。もしかしたら知り合いに『奪取』スキル持ちがいるのかもしれない。ただ俺はあの時『奪取』スキルを選ばなくてよかったと心の底で呟いた。

 受付嬢が気を取り直したように説明を再開した。

「……昔は問答無用で投獄だったらしいので、それに比べたらマシになったんですよね。まあ閑話休題、です。とにかく『空間魔法』の免許を取って大口の仕事を取るなり、それともスキルを封印して普通の仕事を探すなり、ご自由に選んでください」

「あ、は、はい。わかりました……」

 俺は思っていたより世知辛い異世界生活についてため息をつきながら、肩を落とした。



…………



 その後の生活は、まあつまらないものだった。

 なんとかして『空間魔法』のスキルを取りたくて、受付嬢さんにお勧めされた独身寮住まいをしながら勉強を開始した。異世界に転生したばかりで戸惑ってる人の生活を保護するため、希望者は半年の独身寮住まいと準備支度金で40万円ほどの補助金を受け取った。金額は転生前の日本とほぼ同等の相場らしい。俺は転生したにもかかわらず依然とほぼ変わらない生活を始めた。

 最初のうちは最低限の衣服と勉強道具を買って頑張っていた。洗濯機や古いテレビやパソコンなんかの基本的な物は支給されたし、食事も3食共通で食べさせてもらえたのでかなり楽だった。ただ、勉強は物凄く厳しかったので、1月もしないうちに諦めた。テキストだけで自分の足の長さよりうず高く積みあがった勉強資料を見てやる気が失せたのが大きい。

 そしてせめて異世界らしい仕事を探そうとして、色々歩き回ったけど徒労に終わった。モンスター退治や護衛任務やら冒険者っぽい仕事があるかと思ったが、先進国並みに開発が進んでいるこの異世界では全く存在しない仕事だった。また、どう見ても元の日本より技術が進んでいるこの異世界に俺の中途半端な知識で何か変革を起こすということももちろんできそうもない。俺の心はこの時点でだいぶ折れていた。

 なんとかサラリーマンのような仕事を見つけて、日々生活の糧のために仕事をし、ある程度お金が溜まったところで独身寮を出てアパート住みに変わった。そこで長く生活するにしたがって、俺は異世界に転生したという事実を忘れ始めていた。もはや日本のときと何も変わっている様子がない。つまらない毎日。

 そして俺は『発明』スキルで開発された新商品を売り込むため毎日あくせく働き、『調理』スキル持ちの美味しい料理店の料理を食べて舌鼓(したづつみ)をうち、家に帰って『執筆』スキル持ちが書いた面白いライトノベルネット小説を読んだり『発案』スキル持ちが作った面白いゲームを楽しむ日々を過ごしていた。充実感は全くなかったが、それなりに満足する毎日だった。

 そして異世界に完全に慣れた頃には、すでに5年の月日が経っていた……。



…………




 俺は欠伸を噛みしめながら会社へと向かって行った。

 腕についてる電子表示盤で今朝のニュースを確認する。どうやら『農業』スキル持ちが集まって、わずか5人で山を一つ切り崩したというのが今朝の一面だった。凄いなこいつら、と素直に称賛する。いくらスキルがあろうと山を崩すのは相当大変だったろう。今は土地持ちの大資産家かと思うと羨ましくはあったが、それも彼らの努力の成果だと思うと嫉妬はしなかった。

 そういえば最近知ったのだが、冒険者ギルドの受付嬢さんはなんと『整形』スキル持ちだったそうだ。俺が見た時はエルフだったが、実は曜日によって顔や種族を変えているらしく、日によっては猫耳や天使羽、悪魔っ娘や狐耳なんかもしているらしい。今度生活が安定したお礼を兼ねて見物しに行こうかと思う。

 そして『開発』スキル持ちが作った高速空中移動が可能な自動走行機能付きキックボードを片手で操作しながら会社へと急ぐと、ふいに変な奴を見かけた。

 見覚えがある古臭い服装。キョロキョロと周囲を見回す挙動不審な動き。見慣れた異世界の住人なら見向きもしないような物にすら困惑するその表情。

 ……ああ、こいつ転生したばっかりのルーキーだな。

 俺はそうすぐ察した。ちらりと時計を見ると、わずかだが時間の余裕はある。俺はキックボードを停止させ、彼の近くに降りると、驚かさないように注意しつつ声をかけた。

「やあ、君はもしかして転生したばっかりかい? よかったら案内しようか?」

「な、なんで俺を転生者だとわかったんだ。お前、何者だ?」

 うろたえてるのに上から目線のその態度に、普通ならイラっとするところだが、俺はむしろ懐かしくて笑顔になってしまった。俺にもこんな時代があったなぁと感慨深い気持ちになる。

 そして混乱してて話がいまいち通じない彼に対して、俺は親切丁寧に説明をする。ここは間違いなく異世界で、見える人は全員転生者で、冒険者ギルドに行った方が良い。

 たぶんきちんと説明してくれた俺に多少なりとも感謝したのだろう。彼は最後頭を下げてお礼を言った。

「はい、いろいろありがとうございました。冒険者ギルドに行ってみます」

 その言葉を背中に聞きながら、俺は会社へと急いだ。さすがにもう遅刻ギリギリだ。ふと後ろを振り向くと、彼が不安そうに冒険者ギルドへと歩いて行くのが見えた。「頑張れよ」と小さく呟いて、俺はキックボードを蹴り出して会社へと急いだ。
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