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《密室城》 その十一
しおりを挟む誰も、しばらくはなにも言わなかった。
ややあってから、赤龍法師が口を開く。
「……芥川三茶様の罪を裁くは、拙僧の役割ではありません。もとより、黒葛黒勝様が悪人であることは、仏も承知のこと。であれば、その手にゆだねるのみにございます」
どうやら、黒鉄庵の死体を見なかったことにした理由らしい。
「本音は?」
半目で問うと、似非法師は肩をすくめた。
「あの場ですぐに『黒勝様が死んでいる』と家臣の皆様に申し上げれば、忍び込んだ拙僧が下手人だと思われてしまうではありませんか。言えるわけがないでしょう。拙僧に関しては、御家老をかばったというのは、あてはまりませんねぇ」
いけしゃあしゃあと、そんなことをのたまう。
「井戸の抜け道を、どこでご存知になったのでございますか。あの日、忍び込んだ本当のわけは、なんだったのでございましょう」
「抜け道を教えてくれたのは、黒墨寺の御住職です。以前、霊場で意気投合しましてね。尋ねてみたら、拙僧を黒康様と勘違いして、べらべらと。忍び込んだ理由は、まあその」
禿頭の美丈夫は、舌を出して微笑んだ。
「……凶兆に怯えているなら、札を高く売れるかと考えたのです。まさか、本当に死んでいるとは思いませんでした。怖くなり、早々に逃げ出しました」
しれっと言いやがる。
さすがに、ふざけているのか――、とたしなめようとした自分よりも早く、「ふざけないで」と鋭い声が飛んだ。おみつさんだ。
「おみつ、やめれ」
「いいのよ、やちよ婆。もう、いいの。もう、この方達に隠しても、意味ない」
母を殺された茶屋の娘が、拳を握り締めて、道場の床を叩く。
「ついに、おっかあの仇を取る日が来たんだと思って、井戸を通って黒鉄庵に行ったのよ。扉は開いていて、中には……、血まみれのあいつが、いた。……死んでた」
腹の底から絞り出すような言葉。
「最初は意味わかんなかったけど、すぐに気づいたの。城から最後に出たのは、芥川様だったから。芥川様が決起なさったんだって。呪いに見せかけて殺すために、あの日を選んだ。あたしと一緒ね」
やちよ婆が、嘆息する。
「あたしゃとも、一緒だ。血は争えないもんだな、婆と孫が、同じように……、大それたことを企んだとは」
次いで、小四郎も。
「俺もだな。偶然か、必然か……。必然なんだろうな、黒勝が凶兆の夢に耐え切れず、城を無人にしたことさえも、必然だった」
赤龍法師は、「なんまんだぶなんまんだぶ」と両手を合わせた。
「いやあ、拙僧だけですね、義によって立たなかった者は。ところで、皆様、ご遺体には触りましたか? なにかしてしまったなら、いけません。穢れが付いておりますゆえ、拙僧が祓いますよ? ちょっとだけ、銭をいただけましたらですね」
「お前もう黙ってろよ」
我ながら、強い言葉を吐いてしまう。
なんでこんな、一人だけ楽しそうな顔ができるんだ? この状況で。信じられない。
……ともあれ、これで分かった。やはり、ここにいる者達は殺していないのだ。
芥川様で決まり――、と思ったが、あおばが険しい顔をしている。なんだ?
「おみつ様、聞き間違いかと思ったのですが、黒鉄庵の開き戸は開いていたのでございますか? 外から死を確信したのではなく?」
「え? ええ、開いていたけれど……、中で死んでいるのを、見たわよ?」
「赤龍法師様は、いかがでございますか」
「開いていましたよ。しっかりと、この眼にてご遺体を。見ただけです、触っていません」
「笹木様。笹木様のときも、開いておられましたか」
「ああ。開いていたが、それ重要なことか?」
「……おかしい。それでは、誰が閉じたのでございますか」
答える者は、いない。あおばは顎に指を当てて、うつむく。
「てっきり、黒勝様を殺害し、黒鉄庵に運び込んだあと、芥川様がなんらかの手段を以って閉じたのだと考えておりましたが、それでは……」
「あおば。それはいま、考えても仕方がないことだ」
だって、終わったのだ。事件が、終わった。下手人は芥川三茶様以外に考えられない。
最後の忠臣が、その黒葛家への深い忠義ゆえか、あるいは黒勝に忠心が尽き果てたか、どちらかはわからないけれど、ともかく主を斬ったのだ。切り刻み、凶器を三つも突き立てて、殺した。
「終わりだ、あおば。江戸に帰ろう。……芥川様を連れて」
「しかし、御曹司。これでは……」
「なあ、十一郎」
そのとき、小四郎が意を決したように、自分の名を呼んだ。
「どうして、わざわざ俺達だけを集めた? 芥川のじじいを呼ばなかったのは、なにか理由があるんだろう」
「あおばは証拠と証言を重んじる。芥川様が下手人だと、お三方に問いかけて確かめたかったんだ。……あの方が主を殺したなんて、信じたくなかったのもあるけど」
あの気のいい老人が、暗殺なんて手を用いるとは、思えなかったのだ。やるとしても、正々堂々と挑みかかりそうな気風を感じていた。
「そうか。俺もだよ、十一郎。……なあ、手合わせしないか」
小四郎が、にかっと笑った。
「いま? 約束していたとはいえ、わざわざやることかい」
「まあ聞けって。俺が勝ったら、俺が下手人ってことにしてくれねえか。じじいじゃなくて、この黒葛黒康がやったってことにしちゃあ、くれねえかよ」
全員が、小四郎の顔を見た。あおばの顔が、冷たいものになった。
「御曹司に、不正をせよ、虚偽の報告をせよ、と? 笹木様、無礼が過ぎるかと存じます」
「ああ。無礼は承知の上だ。だが、伏して頼む」
髭面の浪人は、居住まいを正して、頭を道場の床に付けた。
「俺は、逃げたんだ。俺がやるべきこと、ぜんぶ、じじいになすりつけて、逃げたんだ。頼む、これ以上、あのじじいに背負わせないでくれ」
「無理というものでございます。だいたい、御曹司に何の利が――」
「あおば」
名を呼んで、言葉を止めさせる。
「……そんなに非難がましい目で見るなって」
自分が勝負を受けるつもりだと、気づいたのだろう。すごい目で見られたけれど、引く気はない。
「その勝負だが、小四郎殿。拙者が勝ったら、なにをいただけるのかな? あおばの言う通り、利のない勝負は受けられない。だが、利さえあれば……」
受けられる。受けても、いい。言外にそう告げる。
「……見ての通り、世継ぎから逃げた俺には、なんの財もない。あるのは一胴七霊くらいだ。あれを差し出す。贋作だが、いい刀だ。わかるだろ?」
「それだけでは無理だな。釣り合いが取れない。だいたい、家に本物の村正あるし。だから小四郎殿、拙者が勝ったら、そのときは……、黒姫様にお会いになられよ」
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