無能だと捨てられた第七王女、前世の『カウンセラー』知識で人の心を読み解き、言葉だけで最強の騎士団を作り上げる

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屋敷の外から聞こえてくる騒ぎは、どんどん大きくなっていた。
操られた市民たちが、まるで津波のように屋敷の門へと押し寄せてくる。
応戦する兵士たちの、戸惑った声が聞こえた。
「怯むな、だが民を傷つけるな。」
隊長の、苦しげな声が響く。
「くそっ、どうすればいいんだ。」
兵士達の、悲鳴にも似た声が聞こえた。

広間の扉が、勢いよく開く。
一人の伝令兵が、息を切らして駆け込んできた。
「将軍、門が破られます。」
伝令兵は、絶望的な報告をする。
「暴徒の数が、多すぎます。」
ダグラス将軍の顔に、焦りの色が濃く浮かぶ。
このままでは、屋敷が陥落するのも時間の問題だった。
何か、手を打たなければならない。

「リリアーナ様、ここは危険です。」
レオさんが、私をかばうように前に立った。
「私の後ろへ、下がってください。」
アルフォンスも、兵士から取り上げていた剣を抜き放つ。
彼は、戦う覚悟を決めている。
彼の瞳には、もう以前のような怯えはなかった。
守るべきものを見つけた者の、強い光が宿っていた。
彼は、私を守ろうとしてくれている。

だが、このまま力で応戦しても、事態は悪化するだけだ。
操られているとはいえ、相手は罪のない民なのだ。
ここで多くの血が流れれば、それこそ教団の思うつぼだろう。
私は、レオさんの腕をそっと押し返した。
そして、ダグラス将軍に向き直る。

「将軍、私に考えがあります。」
私は、はっきりとした声で言った。
「どうか、バルコニーへお連れください。」
「何をする気だ、リリアーナ殿。」
将軍は、いぶかしげに私を見る。
「言葉の力で、彼らの心を解き放ちます。」
私の突拍子もない提案に、ダグラス将軍は眉をひそめた。
だが、今の彼に他に良い考えがあるわけでもない。
彼は、一瞬だけ迷った後、力強く頷いた。
「分かった、賭けてみよう。」
彼は、私の目に何かを感じ取ってくれたようだ。

私達は、広間から続く大きなバルコニーへと向かった。
バルコニーからは、屋敷の前の広場が一望できる。
そこは、憎しみと混乱の渦に飲み込まれていた。
私は、手すりの前に立ち、眼下の暴徒たちを見下ろす。
彼らの顔には、理性の光はなかった。
ただ、教団に植え付けられた偽りの怒りだけが燃え盛っている。
その光景は、とても悲しいものだった。

私は、深く息を吸い込んだ。
そして、私の持てる全ての力を声に乗せる。
彼らに、語りかけるのだ。
「皆さん、どうか聞いてください。」
私の声は、魔力で増幅されたわけではない。
だが、不思議なほど、騒がしい広場によく響き渡った。
暴徒たちの動きが、ぴたりと止まる。
彼らは、一斉に私を見上げた。
そのうつろな目が、私に向けられる。

「目を覚ましてください、皆さん。」
私は、必死に訴えかけた。
「あなた方を苦しめているのは、目の前にいる兵士たちではありません。」
「あなた方の心を操り、憎しみ合わせようとしている者たちがいます。」
「彼らは、とても卑劣な者たちなのです。」
「彼らは、あなた方の怒りや不安を餌にしています。」
「そして、この国を滅ぼしようとしているのです。」
「どうか、その偽りの怒りに、魂を売り渡さないでください。」

私の言葉は、カウンセリングにおける基本的な働きかけだった。
まず、相手の感情を受け入れ、その原因が別にあることを示す。
そして、相手が本来持っている、良心に訴えかけるのだ。
暴徒たちのうつろだった目に、わずかながら戸惑いの色が浮かび始めた。
彼らの心の中で、植え付けられた憎しみと良心が戦い始めている。
もう少し、時間が必要だった。

その時だった。
屋敷の奥から、凛とした、よく通る声が響いた。
「そこまでだ。」
その声と共に、一人の青年がバルコニーに姿を現した。
彼は、たくさんの側近たちを連れている。
陽光を反射して輝く、美しい銀色の髪を持っていた。
兄のアルフォンスとは対照的な、冷静で知的な雰囲気をまとっている。
その鋭い灰色の瞳は、まるで全てを見透かすかのようだった。
第二王子、クリストフ・フォン・エルミート。
彼こそが、この内乱のもう一方の当事者だった。

クリストフは、眼下の暴徒たちを一喝した。
「愚かな民よ、いつまで操り人形を演じているつもりだ。」
彼の声には、有無を言わせぬ力があった。
「お前たちの敵は、ここにはいない。」
「今すぐ武器を捨て、家に帰れ。」
「さもなくば、この国の法によって裁くことになるぞ。」
彼の言葉には、王族としての絶対的な威厳が備わっていた。
暴徒たちは、その気迫に完全に圧倒されてしまう。
彼らは、我に返ったように手に持っていた武器を落とした。
武器は、次々と地面に落ちていく。
そして、恐れをなして散り散りに逃げていった。
クリストフは、兵士たちに的確な指示を与える。
あっという間に、彼は混乱を鎮圧してしまった。
その見事な指揮能力に、アルフォンスは呆然と立ち尽くす。
彼は、弟の成長に驚いていた。

やがて、クリストフが、私達の前にゆっくりと歩み寄ってきた。
その冷たい視線が、まず兄であるアルフォンスを射抜く。
「兄上、一体何の用です。」
その声は、氷のように冷たい。
「父上を手にかけ、この国を戦乱に陥れただけでは足りないのですか。」
その言葉は、鋭い刃物のようだった。
アルフォンスは、弟の厳しい視線に耐えきれない。
彼は、顔を伏せてしまった。
今までの罪悪感と、劣等感が彼から言葉を奪う。

クリストフの視線が、次に私へと向けられた。
「そして、あなたが辺境伯の代理、リリアーナ殿か。」
彼は、私を値踏みするように見る。
「先ほどの言葉、なかなか見事なものでした。」
「ですが、その口車に乗るほど、私は甘くはありません。」
「やはり、あなたはご存じだったのですね。」
私がそう問い返すと、彼はわずかに眉を上げた。

「この内乱の裏に、教団がいることを。」
「ええ、父上が暗殺された夜から、その存在には気づいていました。」
彼は、平然と答えた。
「奴らは、私にも接触してきたのです。」
「私を王にすると、甘い言葉を囁きながらね。」
「もちろん、そんな誘いに乗る私ではありませんが。」
彼の言葉は、私の予想を裏付けるものだった。
彼は、全てを知った上で、この内乱を続けていたのだ。

「ならば、なぜ。」
私は、彼に問い詰めた。
「なぜ、お兄様と手を取り合おうとなさらないのですか。」
「このままでは、国が滅びるだけですわ。」
私の問いに、クリストフは自嘲するように小さく笑った。
「手を取り合う、ですか。」
彼の目に、深い憎しみの色が浮かぶ。
「父上の愛情を独り占めにし、私達母子を蔑ろにしてきたこの兄と。」
「それに、この内乱は、国を浄化するために必要な痛みでもあるのです。」
「腐敗した貴族たちを、一掃するための、ね。」
彼の瞳の奥には、深い孤独が宿っていた。
国を憂うが故の、過激な正義感がそこにはあった。
彼もまた、この歪んだ王宮で心を傷つけられてきたのだ。
彼も、一人の被害者なのかもしれない。

私が、何かを言おうとするよりも早く、アルフォンスが顔を上げた。
その目には、涙が浮かんでいる。
「クリストフ、すまなかった。」
彼は、弟の前に進み出ると、深く、深く頭を下げた。
「俺は、ずっと間違っていた。」
「お前と、お母上にした仕打ち、どう詫びても足りない。」
「だが、これだけは信じてくれ。」
「父上を殺したのは、俺ではない。」
「そして、俺はもう、お前と争うつもりはない。」
「どうか、この愚かな兄に、最後の機会を与えてはくれないだろうか。」
「国を救うための、機会を。」
それは、アルフォンスの魂からの、心からの謝罪と懇願だった。

クリストフは、兄の変わり果てた姿に、驚きを隠せないようだった。
彼の冷たい表情が、わずかに揺らぐ。
その時、側近たちが、彼の耳元で囁いた。
「王子、騙されてはいけません。罠です。」
「ええ、分かっています。」
クリストフは、小さく頷いた。
そして、私達に向き直る。
「あなた方の話が、真実かどうか。」
「それを、確かめる方法が一つだけあります。」
彼の言葉に、私達は息を呑んだ。
「私と共に、来ていただきます。」
彼は、そう言うと私達を伴い、屋敷の奥深くへと歩き始めた。

私達が連れてこられたのは、屋敷の地下にある礼拝堂だった。
そこは、古びていて、ほこりっぽい場所だった。
その中央には、黒い布で覆われた、大きな鏡が安置されている。
「これは、王家に代々伝わる、『真実の鏡』です。」
クリストフは、静かに説明した。
「この鏡の前では、いかなる嘘も偽りも通用しない、と言われています。」
「兄上、あなたの覚悟を、この鏡の前で示していただきたい。」
彼の真剣な眼差しに、アルフォンスは固唾を飲んで頷いた。

クリストフが、鏡を覆っていた黒い布を、ゆっくりと取り払う。
鏡の表面は、まるで静かな水面のように黒い。
どこまでも、深く見えた。
アルフォンスが、おそるおそる鏡の前に立つ。
その瞬間、鏡の表面が、さざ波のように揺らぎ始めた。
そして、そこに映し出されたのは、アルフォンス自身の姿ではなかった。
そこにいたのは、もう一人のアルフォンスだった。
蛇の紋章が刻まれた指輪をはめた、傲慢で冷酷な表情の彼がいたのだ。

鏡の中のアルフォンスが、邪悪な笑みを浮かべた。
『お前は、俺には勝てない。』
鏡の中から、声が響く。
『お前は、昔から弱いからな。』
それは、アルフォンスの心の奥底に巣食う、弱さと嫉妬そのものだった。
「ひっ。」
アルフォンスは、恐怖に顔を引きつらせ、後ずさりする。
このままでは、彼は再び、自分の心の闇に飲み込まれてしまうだろう。
私は、彼の隣にそっと立った。
そして、その震える手を、強く握りしめる。
「大丈夫です、お兄様。」
私は、彼に優しく語りかけた。
「あなたは、もう一人ではありません。」
「鏡に映っているのは、過去のあなたです。」
「今のあなたは、もっと強いはずです。」

私の言葉に、アルフォンスははっとしたように顔を上げた。
彼は、私の顔と、鏡の中の自分を交互に見つめる。
そして、彼は決意を固めたように、再び鏡と向き合った。
その瞳には、もう迷いはない。
彼は、自分の弱さと、正面から対峙する覚悟を決めたのだ。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

ねむちゃん
2025.10.04 ねむちゃん

人に気持ちや要望を、伝える方法を教えていただいた事を感謝します。相手を不快にさせてるだけじゃなく、いつも喧嘩腰になってしまって自分もダメダメ人間になってしまってました。本当にありがとうございました。

解除

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