異世界で働く竜のおくりびと、山守青年と最期の竜を送る恋物語

☆ほしい

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「…奴らを、ここから叩き出す」

エルの力強い言葉が、凍てついた大気に溶けていく。
私たちはお互いへの敵意ではなく、共通の敵に対する闘志で、初めて繋がった。
それは、あまりにも奇妙で、そして心強い絆だった。

「まずは、場所を移しましょう。ここで話し込むのは危険です」

私がそう言うと、エルは一瞬ためらった後、洞窟の方へ顎をしゃくった。

「…こっちだ。洞窟の入り口近くなら、風を避けられる」

彼に導かれて、私は初めて、イグニス様が眠る洞窟の領域に足を踏み入れた。
中は、外の極寒が嘘のように、ほんのりと温かい。
イグニス様の吐息が、この巨大な空間の温度を保っているのだ。
奥からは、深く、穏やかな寝息のような音が聞こえてくる。友が近くにいることで、エルも少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。

私たちは、洞窟の入り口から少し入った、岩陰になっている場所に腰を下ろした。
これなら、外の様子を警戒しつつ、奴らの遠見から身を隠すことができる。

エルは無言で小さな焚き火を起こし、雪を溶かして湯を沸かし始めた。
やがて、革袋から乾燥した薬草を取り出し、湯の中に入れる。立ち上る湯気は、少し苦味のある、だが心を落ち着かせる香りを持っていた。

「飲め。体が冷えていては、動けん」

彼は、木をくり抜いた簡素な器を、無造作に私に差し出した。
断る理由はなかった。

「ありがとう」

受け取った器は、じんわりと温かい。
一口飲むと、薬草の苦味が体に染み渡り、強張っていた筋肉がゆっくりとほぐれていくのを感じた。

「作戦を立てる」

エルが、焚き火の炎を見つめながら切り出した。

「奴らの場所は、北の霊峰の谷間。ここから歩いて半日といったところか」

「闇雲に近づくのは危険です。相手は七人の術師。しかも、禁術を使うほどの連中。まともに戦っては、勝ち目はありません」

「分かっている。だから、お前の知識が必要だ」

エルは、拾ってきた平らな石の上に、鋭い石くれで地図を描き始めた。
それは、驚くほど正確な、この高峰一帯の地形図だった。

「俺が知る限り、北の谷へ向かう道は三つ。一つは尾根伝いの開けた道。見晴らしはいいが、身を隠す場所がない。奴らに見つかれば的になる」

彼は、地図の一本線を指でなぞる。

「二つ目は、古い獣道だ。森を抜け、岩場を迂回する。時間はかかるが、隠れる場所は多い。だが、足場が悪く、雪崩の危険もある」

「そして、三つ目は?」

「…竜の通り道だ」

エルの声が、少しだけ低くなった。

「古の竜たちが、この山と霊峰を行き来するために使っていた、地下の洞窟。中は迷路のように入り組んでいる。俺も、すべてを把握しているわけじゃない」

彼は、地図に点線を引いた。

「だが、これを使えば、奴らの儀式の場所に、気づかれずにかなり近づけるはずだ」

番人として、この山で生きてきた彼の知識。それは、どんな魔法よりも頼もしい情報だった。

「素晴らしい。その、竜の通り道を使いましょう」

「問題は、その後だ」

エルは、描いた地図の谷間の部分を、強く指で叩いた。

「奴らの懐に潜り込んでも、七人の術師を相手にどう戦う? お前は、戦えるのか? その細い腕で」

彼の問いに、私はゆっくりと首を振った。

「竜葬司は、戦う者ではありません。私の仕事は、命を送ること。奪うことではない」

「なら、どうするんだ!」

「戦うのではなく、儀式を『壊す』のです」

私は、薬湯を飲み干し、器を置いた。

「『魂喰らいの陣』は、膨大な魔力を扱うため、極めて精密な術式で構成されています。一つの綻びが、全体の崩壊に繋がる、脆い儀式でもある」

私は自分の鞄から、銀糸の巻かれた小さな針と、カラスの濡れ羽色の羽根を数本取り出した。

「この銀糸に、魔力の流れを乱す術を編み込みます。これを、儀式の魔法陣に打ち込むことができれば、奴らの術は暴走し、自滅するでしょう」

「…そんなことが、可能なのか」

「やってみせます。それが、私の『戦い方』です」

私は、銀糸の先端に、祈りを込めて息を吹きかける。
そして、カラスの羽根を組み合わせ、竜語の呪文を低い声で唱え始めた。
それは、あらゆる魔術的な守りをすり抜けるための、「侵門の呪」。

私の指先で、銀糸と羽根が組み合わさり、一本の矢のような形を成していく。
その先端が、淡い光を放ち始めた。

「これを、五本作ります。成功する確率は、高い方がいい」

エルは、私が儀式用の道具を作り上げていく様を、驚きとも感嘆ともつかない表情で見つめていた。
彼は、私がただの祈祷師ではないことを、ようやく理解し始めてくれたのかもしれない。

「分かった。お前がそれを準備する間に、俺は装備を整える」

エルは立ち上がると、洞窟の奥へと消えていった。
やがて戻ってきた彼は、先ほどとは違う、動きやすそうな黒い革の装束を身に纏い、背中には短い弓と矢筒を背負っていた。
その姿は、まさしく、聖域を守る戦士のものだった。

私たちは、それからしばらく、それぞれの準備に没頭した。
焚き火の爆ぜる音と、私が呪文を紡ぐ声、そしてエルが弓の弦を確かめる音だけが、洞窟に響いていた。

私は、五本の「破魔の矢」を完成させた。
さらに、私たちの気配を隠すための「隠形の護符」も用意する。これは、竜の鱗の粉末を練り込んだ特殊な紙に、守りの印を描いたものだ。

「準備は、できました」

私がそう告げると、エルは頷き、焚き火の火を慎重に消した。

「夜明けと同時に出発する。夜の闇と、朝の霧に紛れて、竜の通り道へ向かう」

彼の瞳には、もう私に対する敵意の色はなかった。
そこにあるのは、友を守るという固い決意と、隣に立つ仲間への信頼。

いや、信頼と呼ぶには、まだ早いのかもしれない。
けれど、私たちは今、同じ目的のために、背中を預けようとしていた。

私は、イグニス様が眠る洞ROWの奥深くへと、一度だけ目を向けた。
どうか、安らかに。
あなたの聖なる旅立ちを、必ず私たちが守り抜きます。

心の中でそう誓い、私は立ち上がった。
エルもまた、槍を手に、静かに私の隣に立つ。
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