死に際の天才老剣士、現代でTS美少女配信者として転生無双する

旅する書斎(☆ほしい)

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第10話 武の神髄と、レイピアの限界

床に染み付いた松脂とワックスの匂いが鼻を突く。
学校の武道場は、かつての俺が知る道場よりも広く、無機質だ。
九条沙織は、道着ではなくタイトな訓練用のボディスーツに身を包んでいた。

その手に握られているのは、細身の魔導レイピア。
刃全体が青白く発光し、大気中の魔力を吸い込んで唸りを上げている。
対する俺は、昼間と同じセーラー服。
手には、塗装の剥げた千円の木刀。

「構えなさい、如月さん。……いいえ、今のあなたには敬意を評して、剣士として向き合うわ」

「構えなど、敵を前にして自ずと定まるものだ。……勝手に始めろ」

俺は木刀を右手にぶら下げたまま、無造作に立った。
九条の眉がピクリと跳ねる。
彼女にとって、俺のこの姿は侮辱に映るのだろう。
だが、これが俺の「自然体」だ。

九条が踏み込んだ。
速い。
魔導強化された脚力による、弾丸のような突き。
レイピアの先端が、俺の眉間を目掛けて一点に収束する。

空気が鋭い音を立てて裂け、衝撃波が俺の頬を叩いた。
並の剣士なら、反応すらできずに頭蓋を貫かれているだろう。
九条の技術は、この時代の若者としては群を抜いている。
無駄のない直線的な軌道。

だが、直線は予測しやすい。
俺は首をわずか三センチだけ横に傾けた。
レイピアの切っ先が、俺の耳元を熱風と共に通り抜ける。
突き抜けた勢いで九条の体勢がわずかに流れた。

「……ッ!? 避けた……?」

「狙いが良すぎる。……一点だけを視るな。空間を視ろと言っただろう」

俺は流れるような動作で、九条の懐へと踏み込んだ。
彼女が慌ててレイピアを引き戻し、薙ぎ払うような横の一閃を放つ。
魔導の力が刃を加速させ、道場内に青い光の残像が刻まれた。

俺は木刀の腹で、その光の線を軽く「撫でた」。
金属と木がぶつかる音ではない。
チュン、という、小鳥が囀るような軽い接触音。
それだけで、九条の放った渾身の魔導斬撃は、軌道を大きく逸らされて床へと叩きつけられた。

衝撃で道場の床板が爆ぜ、木片が四散する。
九条の腕は、自分の放った力の反動で大きく跳ね上がった。
彼女のガードは、今や完全に消失している。
俺は木刀の先端を、彼女の喉元にピタリと突きつけた。

「……詰みだ」

九条の額から、大粒の汗が畳の上に滴り落ちた。
彼女の瞳には、驚愕と、そして理解できないものへの恐怖が混じり合っている。
俺が放ったのは、魔法でもスキルでもない。
ただの力の受け流し。

「……ありえないわ。私のレイピアは、物理的な質量を無視する魔導加重がかかっているのよ。……それを、そんな安物の棒切れで、どうやって……」

「質量を無視するだと。……笑わせるな。この世に存在する以上、重さも流れもある。……お前の剣は、道具の力に頼りすぎて、自分の手の感覚を殺している」

俺は木刀を引き、彼女から距離を取った。
如月リンの心臓が、少しだけ激しく脈打っている。
やはり、今の動作だけでこの肉体には負担がかかるらしい。
全身の細胞が、より強い負荷を求めて叫んでいる。

九条は崩れるようにその場に膝を突いた。
彼女の手からレイピアが滑り落ち、カランと乾いた音を立てて床を転がる。
彼女は自分の震える両手を見つめ、信じられないといった様子で首を振った。

「……私は、この学校で一番だと言われてきた。……英才教育を受け、最新の理論を叩き込まれてきた。……なのに、……あなたの前では、まるでおもちゃを振り回す子供だわ」

「子供ならまだいい。……お前は、人形だ。……型にはめられ、数値に縛られた、ただの動く人形。……剣とは、もっと不自由で、もっと残酷なものだぞ」

俺は道場の隅に置いてあったスポーツバッグを手に取った。
これ以上ここにいても、教えることはない。
彼女が自分で「壁」に気づかない限り、言葉を重ねても無駄だ。

「……待って。……如月さん。……いえ、先生。……私を、弟子にして」

九条が床に伏し、深々と頭を下げた。
生徒会長としてのプライドも、名門九条家の看板も、今の彼女には関係ないのだろう。
ただ一人の剣士として、本物の「壁」の向こう側を視た者の、剥き出しの欲望。

「……弟子、か。……断る。……俺に、人を教える趣味はない」

「……諦めないわ。……あなたがその剣を振るい続ける限り、私はあなたの背中を追い続ける」

俺は背後で叫ぶ彼女の声を無視し、武道場を後にした。
夕暮れの校舎。
影が長く伸び、廊下をオレンジ色に染めている。
放課後の喧騒が遠くから聞こえてくるが、俺の耳には自分の足音だけが響いていた。

(……やれやれ。……妙なものに懐かれたものだ)

校門を出ると、数人の生徒たちが俺にスマートフォンを向けてきた。
隠し撮り。
あるいは、公然の撮影。
昨日の配信の影響は、想像以上にこの学校を汚染している。

「……邪魔だ。……どけ」

俺が一言そう告げると、生徒たちは怯えたように道を開けた。
俺の目には、彼らの持つ板切れが、戦場を飛び交う矢のように疎ましく映る。
現代という時代は、情報の速さだけが先行し、中身が追いついていない。

アパートへ向かう途中、駅前の大型ビジョンに俺の姿が映し出された。
ニュース番組の特集。
「彗星の如く現れた美少女剣士」
「木刀でリッチ・ロードを瞬殺した謎の女子高生」

キャスターが興奮気味に語り、専門家たちが俺の動画をスロー再生しながらあーだこーだと議論している。
フレームが飛んでいるだの、最新のAR技術だの。
馬鹿げている。
実戦の場にいた者だけが知る真実を、画面越しの部外者が解明できるはずがない。

(……好き勝手に言わせておけ。……俺の剣は、誰にも定義させん)

俺は駅前の精肉店に立ち寄った。
昨日手に入れた金が、俺の口座には唸るほどある。
俺は一キロ数万円する最高級の黒毛和牛を、五キロほど注文した。
店主の目が飛び出しそうになっていたが、俺は気にせず現金を積んだ。

「……全部、一番良い部位にしろ。……脂身と赤身のバランスが取れたところだ」

「……は、はい! ……すぐに用意します!」

肉を担ぎ、俺はアパートへと帰宅した。
狭いワンルーム。
だが、今の俺にとってはここが最高の修練場だ。
俺はカセットコンロを取り出し、厚切りにした肉を焼き始めた。

ジューッ、という心地よい音と共に、芳醇な香りが部屋中に広がる。
タレなど不要だ。
塩を軽く振り、肉本来の味を噛みしめる。
如月リンの肉体が、栄養を求めて悲鳴のような歓喜を上げている。

「……美味い。……やはり、力は食から湧くものだ」

白米と共に、肉を胃の腑へと流し込む。
かつての戦場では、握り飯一つで数日間戦うこともあった。
それに比べれば、今のこの贅沢はどうだ。
命を繋ぐことの容易さに、少しだけ背筋が寒くなる。

食後、俺はスマートフォンを操作した。
「投げ銭」の総額を確認する。
借金の半分は既に支払いを済ませた。
残りの一千万も、数日中には片付くだろう。

だが、金の問題が解決したとしても、この世界の構造は変わらない。
ダンジョン。
配信。
そして、その裏で糸を引く権力者たち。
俺という「特異点」を、彼らが放っておくはずがない。

(……来るなら来い。……この木刀が折れる前に、全員斬り捨ててやる)

俺は木刀を膝の上に置き、目を閉じた。
全身の血流を感じる。
肉を食ったことで、血管に力がみなぎっている。
だが、まだ足りない。
この器を、かつての俺の魂に耐えうる鋼へと変えねばならない。

深夜。
アパートの外で、微かな足音がした。
訓練された、殺気のない歩法。
一般の住人ではない。
俺を監視しているのか、あるいは――。

「……隠れていないで、入ってこい。……鍵は開いているぞ」

俺がそう告げると、ドアがゆっくりと開いた。
現れたのは、黒いスーツを着た中年の男。
手には、ギルドの紋章が入った封筒。

「……夜分失礼します、如月リンさん。……私は日本探索者協会の特務官、加藤です。……あなたに、至急お伝えしたいことがありまして」

男の目は、俺の膝の上の木刀に釘付けになっていた。
彼もまた、戦場の空気を知る者らしい。
だが、俺にとってはただの「使者」に過ぎない。

「……話せ。……三分だけ時間をやる」

俺は目を開けず、低い声でそう命じた。
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