嘘が見える少女と、心がノイズな少年の放課後探偵活動

☆ほしい

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第12話 世界でひとつの、君のほんとうの色

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ステージの上で交わした、初めてのキス。
それは、甘くて、優しくて、少しだけ涙の味がした。
嘘だらけの世界で、やっと見つけた、私の、私たちの、たった一つの真実。
奏の過去も、痛みも、全部ひっくるめて、私はこの人が好きだ。
心の底から、そう思った。

あれから数日。
私の世界は、嘘みたいに色鮮やかに輝いて見えた。

「おはよう、心」
「おはよ、奏くん!」

昇降口で待ち合わせて、二人で手を繋いで廊下を歩く。
周りの生徒たちの、驚いたような視線やヒソヒソ話が聞こえてくるけど、もう気にならない。
繋いだ手から伝わってくる、奏の温かい体温が、私に勇気をくれるから。

彼の言葉は、まだ少しだけノイズが混じることがある。
でも、私に向けられる「おはよう」や「一緒に帰ろう」は、キラキラした、完璧な「白」だった。
それだけで、私はもう、十分に幸せだった。

私たちの「探偵事務所」だった旧音楽室は、今では二人だけの大切な秘密基地になっていた。
放課後、窓から差し込む夕日の中で、ジュースを飲みながら、他愛もない話をする。
そんな、穏やかで、キラキラした時間が、永遠に続けばいいのに、と願っていた。

でも、物語には、いつだって最後のページがやってくる。
私たちの前に立ちはだかる、一番大きくて、分厚い壁。
それを、乗り越えなければ。

***

その日、奏のスマホが、重苦しい着信音を鳴らした。
画面に表示された『母』という文字を見て、彼の表情がすっと硬くなる。

「……橘先輩の件、耳に入ったみたいだ。今すぐ家に戻ってこい、だってさ」
「……」
「一人で行ってくる。これは、俺自身の問題だから」

そう言って立ち上がろうとする彼の腕を、私は、ぎゅっと掴んだ。

「嫌だ」
「心……?」
「私も、行く」

私は、彼の目をまっすぐに見つめて言った。

「奏くんは、もう一人じゃないよ。私も、奏くんの『バディ』だから」

私の言葉に、奏は一瞬だけ、驚いたように目を見開いた。
そして、次の瞬間、困ったように、でも、どこか嬉しそうに微笑んだ。

「……ああ、そうだったな」

彼は、私の手を、優しく握り返してくれた。
二人なら、きっと、大丈夫。
私たちは、最後の事件に立ち向かうために、音無家へと向かった。

***

奏の家は、まるでお城みたいに大きくて、立派だった。
でも、その空気は、ひんやりと冷たくて、少しも人の温かみを感じなかった。

通された、広い応接室。
革張りのソファに座って私たちを待っていたのは、息を呑むほど美しい、奏のお母さんだった。
テレビで見たことがある。有名なピアニスト、音無響子。

「奏。あなた、一体何をしているの」

氷みたいに冷たい声。

「学校で問題ばかり起こして。挙句の果てに、そんな、どこの馬の骨ともわからないような女の子と付き合って(灰色)」

彼女の言葉は、完璧なまでに上品なのに、その色は、どす黒い「灰色」に染まっていた。
その瞳は、私を、まるで道端の石ころみたいに見ている。

「あなたには、兄さんのサポートに徹するように言ったはずよ。あなたみたいな出来損ないは、それが一番、家の役に立つ道なのだから(灰色)」

まただ。
出来損ない、という灰色の言葉。
奏の手が、悔しさに、ぎゅっと握りしめられるのがわかった。
でも、彼はもう、昔の彼じゃなかった。

「断るよ、母さん」

奏は、毅然とした態度で言い放った。

「俺は、もう母さんの人形じゃない。俺は、俺の意志で、俺の音楽をやる」
「……なんですって?」

お母さんの顔が、怒りで歪む。
その矛先が、私に向けられた。

「……あなたが、奏をそそのかしたのね!」
「違います!」

気づけば、私は立ち上がって、叫んでいた。
もう、黙っていられなかった。

「奏くんは、出来損ないなんかじゃありません!」

私の声が、広い応接室に響き渡る。

「彼のピアノは、人の心を温かくする、太陽みたいな色をしてるんです! あなたにはわからないでしょうけど!(白)」

私の、精一杯の「真実」。
お母さんの顔が、みるみるうちに怒りで真っ赤に染まっていく。
その時だった。

「――その通りですわ、奥様」

凛とした声と共に、応接室のドアが開かれた。
そこに立っていたのは、制服姿の、白鳥凛先輩だった。

「凛……!?」

奏が、驚きの声を上げる。

「白鳥さん、あなたまで……!」
「黙って見て見ぬふりをするのは、もう終わりにします」

凛先輩は、まっすぐに奏のお母さんを見据えると、はっきりと告げた。

「あなたが、かつて我が家に圧力をかけ、奏くんをどれだけ苦しめたか。私は、決して忘れません。奏くんの音楽を、才能を、もう二度と、あなたなんかの歪んだ愛情で縛り付けさせはしないわ(白)」

凛先輩の、完璧な「白い言葉」。
それは、奏と私を守るための、力強い刃だった。
すべての真実を突きつけられて、奏のお母さんは、言葉を失い、その場に崩れ落ちた。

***

すべての嵐が、過ぎ去った。
私たちは、音無家を後にして、いつもの旧音楽室へと戻ってきていた。

窓から見える夕焼けが、今日だけは、なんだか特別に優しく見える。
奏は、今まで誰も触れなかった、部屋の隅のグランドピアノにかけられていた白い布を、ゆっくりと外した。
現れた、黒く艶やかなピアノ。

彼は、その前に座ると、鍵盤にそっと指を置いた。

そして、奏でられる、一曲のメロディ。
それは、私が今まで聴いたどんな曲よりも、優しくて、温かくて、そして、キラキラと七色に輝いていた。
彼の世界に、完全に、本当の色が戻ったんだ。
その音の一つ一つが、私の心に染み渡って、涙が、また、溢れてきた。

やがて、演奏を終えた奏は、私の方を振り返って、最高の笑顔を見せてくれた。
それは、私がずっと見たかった、彼の、本当の笑顔。

「心」
「うん」
「これからも、俺の隣で、俺の音の色を、見ていてほしい」
「……うん!」

私は、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、力強く頷いた。
奏は、そっと立ち上がると、私の目の前に来て、私の涙を、優しい指先で拭ってくれる。

そして、ゆっくりと顔を近づけてきて。
私たちは、もう一度、キスをした。
今度は、甘くて、幸せな味だけがした。

嘘だらけの世界で、人間なんて信じられないって思ってた。
私の世界は、ずっと灰色だった。
でも、君と出会って、私の世界は、こんなにも色鮮やかに輝き出した。

この物語は、ここで一旦、おしまい。
私たちの「探偵ごっこ」も、今日で解散だ。

でも。
嘘つきな私と、ノイズだらけだった君の、本当の物語は。

――まだ、始まったばかりだ。
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