独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第19章 おじさんと燻製

第236話

朝方、湖から戻った漁師が店に立ち寄り、籠の中をどさっと見せてきた。

中には、銀色のうろこを纏った白身魚が五尾。サイズは手のひらより少し長く、目が澄んでいる。

「今朝あがったばかりだ。お前の煙でどこまで変わるか、見てみたくてな」

漁師はそう言って、にやりと笑った。

魚の名は「セリオ」。この辺の湖に棲む淡水魚で、身が締まり、脂が少なく、刺し身には向かないが、火を通すと旨味が際立つ。

ちょうどいい。

燻製器に試すには、これ以上の素材はない。

早速、腹を割いて内臓を取り出し、流水で丁寧に洗った。血の残りも見逃さず、指先でそっと擦って落とす。

それから骨を抜く。

この魚は中骨が太く、細い骨が密集している。

完全に抜くには時間がかかるが、一本一本、ピンセットで抜くのもまた楽しい作業だ。

黙々と骨を抜いていると、不思議と気持ちが落ち着く。

抜いた魚は薄く塩を振り、香草を混ぜた塩水に数時間漬けた。

香り付けと殺菌、そして味を少し染み込ませるためだ。

昼過ぎ、漬け込みを終えた魚を風にさらす。

背中を下にして木の棒に挿し、尻尾を上にして逆さに吊るす。

こうすると余分な水分が自然に下へ落ち、身の中に香りが通りやすくなる。

風が通る裏の木陰に、魚を並べて吊るすと、通りすがりの村の女たちが「まあ綺麗な……」と足を止めていった。

確かに、光を浴びて乾く途中の魚の皮は、まるで錫細工のような鈍い光を放っていた。

風乾にかけた時間は三時間。表面が軽く乾いて、触っても指に水分がつかないくらい。

そこから、いよいよ燻煙に入る。

今回はナラとクルミをブレンドしたチップに、レモンの皮を細かく混ぜた。白身魚に合うように、少しだけ柑橘の香りを足す。

燻製器に火を入れ、温度を五十度前後に保ちながら、じっくりと煙を回す。

魚の身は繊細だ。温度が高すぎれば脂が抜けすぎるし、煙が強すぎれば苦味が残る。

そのため、煙は薄く、だが一定に保つように気を配った。

火皿に少しずつチップを足し、煙が厚くなれば風を通し、薄くなれば扉を閉じて保温する。

魚を吊るした棒は、高さを調整して煙の流れに合わせた。

途中で一度、魚の位置を入れ替える。

上段と下段では、煙の当たり方が違う。手間だが、これで全体が均一に仕上がる。

五時間が経過し、燻製器の扉を開けた。

煙がふわりと流れ出し、その向こうに、薄く黄金色に染まった魚たちが吊るされていた。

皮はわずかにしっとりとして、指で押すと弾力が返ってくる。

見た目に焼け焦げはなく、むしろ磨かれたような仕上がり。

一本を外し、骨のない背の部分を小さく切って口に入れた。

身がほろりとほどけ、燻煙の香りが鼻を抜ける。

続いて淡い塩気と、白身特有の優しい旨味が舌に広がった。

脂はないが、味がしっかりしている。まるで香りそのものを噛んでいるような感覚だった。

「……なるほどな。素材が主役ってのは、こういうことか」

見た目に派手さはないが、一口の中に積み重ねた時間が感じられる。

煙を通したというより、煙で整えたといったほうが近い。

魚の姿を崩さずに、味だけを深める。手を加えながらも、余計な主張をしない仕事。

俺は、煙草を取り出して火をつけた。

一口吸って、ふっと目を細める。

魚と煙。

どちらも、余分な水分や熱を抜いた先に、本当の香りが残る。

そこに旨さがあるなら、時間をかける意味もある。

五尾の魚は、それぞれ微妙に色が違っていた。

火の回り方、煙の量、吊るした位置。

条件をすべて揃えても、素材ごとに答えは違う。

「……次は、皮ごと炙ってみるか」

独り言を呟きながら、俺はもう一尾、手に取った。
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