独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

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第19章 おじさんと燻製

第243話

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異変に気づいたのは、朝の焙煎を終えて、裏の木陰で一服していたときだった。

いつもなら穏やかな風が抜ける軒先に、かすかに羽音が混じる。低く、規則的な振動が空気を震わせていた。

顔を上げると、屋根の縁のあたりに何か黒い塊が見えた。

見上げてしばらく目を凝らすと、そこには丸く光沢のある蜂の巣がぶら下がっていた。

数十匹はいるだろう。働き蜂たちが忙しなく出入りし、屋根の影に羽ばたきを響かせていた。

「……巣を作るには悪くない立地ってわけか」

確かに、風通しがよくて、直射日光を避けられる。人通りも少ない静かな場所。

それに加えて、最近は燻煙の香りが漂っているから、外敵も寄りつきにくいと踏んだんだろう。

だが、このままではまずい。

巣が大きくなれば、落下の危険もあるし、客が来たときに蜂と鉢合わせになっても困る。

とはいえ、無闇に叩き落とすのも後味が悪い。

刺されたところで俺が平気なのはわかってるが、あいつらは必死で生きてる。

なら、煙で静かに、少しだけ“こちら側の都合”を伝える。

まず用意したのは、小さな金属製の火皿と、細い煙突をつけた燻煙器。

これは普段、香草を少量燻すときに使う簡易のやつだ。

中に入れるのは、サクラとシナモンの乾燥葉をブレンドしたチップ。

樹皮系の香りは刺激が強いが、蜂にとっては忌避作用があるらしい。

それを火皿に入れて、静かに火を入れる。

立ち上がる煙は薄く、だがしっかりとした香りを持っていた。

苦味はなく、乾いた土のような温度を感じる匂い。

それを煙突に通して、屋根の下、巣の周囲にゆっくりと吹きかけていく。

焦ってはだめだ。

風向きを読みながら、蜂たちが“そこにいたくなくなる”程度に、じわりじわりと煙を回す。

最初の数分は、蜂たちに変化はなかった。

だが十分ほど経ったころ、巣から出てくる個体が目に見えて減り始めた。

代わりに、外にいた蜂が空中で渦を巻くように飛び、何かを相談するような動きを見せている。

俺は黙って煙を焚き続けた。

煙が強くなりすぎないように、小さく空気穴を開けて、温度を保つ。

煙の匂いが村人の鼻に届かないように、風の流れを読んで逆側に向けた。

やがて、巣のあたりの羽音が小さくなった。

数匹の蜂が空に舞い上がり、遠くの森の方角へ飛び去っていく。

残った数匹も、しばらく辺りを旋回したあと、巣から離れた。

完全にいなくなるまでには時間がかかるだろうが、少なくとも、彼らは“居心地の悪さ”を感じてくれたようだ。

その夜、煙を完全に止めてから、もう一度屋根を確認した。

蜂の姿は見えなかった。

翌朝、巣に残っていた者たちも、どこかへ行ったらしい。

巣はそのままにしておいた。

どうせ近いうちに崩れるだろうし、跡を残すことで次に来た連中も「あそこは不向きだ」と学んでくれるかもしれない。

その日の昼、村長が店にやって来て、俺の顔を見てひとこと。

「お主の煙は、虫すらも手懐けるのか?」

「懐かせたわけじゃない。ただ、静かに立ち退いてもらっただけだ」

「ふむ、やさしゅうも、やることは確かじゃの」

俺は火皿を整えながら、煙草に火をつけた。

燻煙ってのは、ただの保存手段じゃない。

状況に応じて、伝えたいことを煙に込める。

それは料理でも、生活でも、同じことだ。
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