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第1章 おじさんと異世界の人々
第25話
夕暮れの帰り道、のんびりと歩いていた。
──本当は、高速移動でも、ひとっ飛びでも、あるいは転移魔法でもできる気はする。
だが、急ぐ必要もない。
「せっかくの街道だしな」
ぼそっと独り言を漏らし、歩を進める。
湿った土の匂い。
吹き抜ける涼しい風。
カバンの中で、今日買った本たちがかすかに擦れ合う音。
すべてが心地よい。
そう思っていた、そのとき──
「──っ!?」
馬の悲鳴が聞こえた。
足を止め、耳を澄ます。
ガタン、バキン、と木製の何かが砕ける音。
そして──低く唸るような、野太い咆哮。
「……厄介だな」
道端の茂みを抜け、小高い丘を上がる。
すると、すぐ先の街道で、馬車が襲われているのが見えた。
四本足で、体高は人の背丈を優に超える。
黒い毛並み、牙を剥き出しにした異様な顔つき。
──間違いない、魔獣だ。
しかも、割と強めのやつ。
馬はすでに逃げ出し、馬車は傾き、無残に破壊されていた。
その前に立ちはだかるのは、若い行商人。
その後ろには、震える数人の家族らしき人影。
「……困ったな」
俺が状況を整理している間に、行商人がこちらに気づき、駆け寄ってきた。
「お願いだ! この人たちを連れて逃げてくれ!」
息を切らしながら、叫ぶ。
「俺が引きつける……っ! だから、頼む!」
見るからに未熟な腕で剣を握り締め、決死の覚悟で魔獣に向かおうとしている。
俺は、眉をひそめた。
普通なら、全員で逃げた方が生存率は高い。
だが、彼は、自分が囮になる覚悟を固めていた。
助けたい、という単純な感情だけじゃない。
──重みが、そこにあった。
俺は、深く息を吐き、
「──わかった」
小さく呟く。
そのまま、前に出た。
「え──」
行商人が、ぽかんと口を開ける。
俺は、肩越しにちらりと振り返り、淡々と告げた。
「お前たちは下がってろ。すぐ済む」
そう言い切ると、煙草をくわえ直し、火をつけた。
紫煙が、薄暮の空に溶けていく。
◇
魔獣がこちらに気づき、低く唸った。
ごつごつとした足で地面を蹴り、一直線に突進してくる。
「──よし」
心の中で呟き、俺は、ゆっくりと拳を握った。
勝負は一瞬だった。
力任せに突っ込んできたところを、軽くかわし、拳を叩き込む。
鈍い音が響き、巨体が弾かれるように宙を舞った。
地面に叩きつけられ、魔獣はピクリとも動かない。
「──終わりだ」
肩の埃を払いながら、ぽつりと呟く。
行商人も、家族も、呆然としたままだった。
「え、えっと……」
行商人が、恐る恐る口を開いた。
「た、助けていただいて、本当に……!」
家族も慌てて頭を下げる。
ボロボロの服を着た父親、痩せた母親、そして小さな子供たち。
その姿を見て、俺は少しだけ考えた後、鞄からマグカップを取り出した。
「──まあ、落ち着け」
そう言って、コーヒーを淹れ始める。
マグカップに注がれた琥珀色の液体が、ふわりと甘く香った。
「これ、飲め」
差し出すと、行商人と家族は、戸惑いながらもカップを手に取った。
一口、二口──。
「……っ!?」
全員が、驚きで目を見開いた。
家族の顔色がみるみる血色を取り戻し、子供たちは笑顔を浮かべ、体がしっかりしていく。
明らかに、栄養状態が劇的に改善されていた。
「これ……まさか、噂の……」
行商人が震える声で呟く。
俺は肩をすくめた。
「噂は知らんが、うまいコーヒーだ」
すると、行商人が、苦笑いを浮かべた。
「……領主様から、おふれが出てるんです」
「おふれ?」
「はい。『噂のコーヒーとその関係者には、関与するな』って……かなり厳しい罰則付きでした」
「へえ」
特に驚きはしなかった。
予想はしていた。
あれだけの奇跡を見せたんだ、当然、王族や貴族の間でも動きがあるだろう。
俺は煙草に火をつけ、煙を吐きながら言った。
「お前は気にすんな。店に来たきゃ、いつでも来い」
「……っ、ありがとうございます!」
行商人は、深々と頭を下げた。
◇
その後、壊れた馬車は使い物にならなかったので、街までは徒歩で送ることにした。
魔獣の素材は、行商人にやった。まあ、補填くらいはできるだろう。貰いすぎだと言っていたが、誤差だ誤差。
途中、子供たちがはしゃぎながら俺にまとわりついてきたが、特に追い払うこともせず、黙って歩いた。
陽はすっかり沈み、街の灯りが見え始めた頃。
「──じゃあな」
俺は、簡単に手を振って別れを告げた。
行商人も家族も、何度も頭を下げていた。
◇
「さて──」
街の門を背に、人気のない路地に入る。
周囲に誰もいないのを確認し、そっと指を鳴らした。
魔力が空間を震わせ、一瞬で視界が歪む。
転移魔法。
身体がふっと宙に浮かぶ感覚のあと、次の瞬間には──俺の小屋の前に立っていた。
「──転移魔法、楽だな」
そう呟き、ドアを開けた。
──本当は、高速移動でも、ひとっ飛びでも、あるいは転移魔法でもできる気はする。
だが、急ぐ必要もない。
「せっかくの街道だしな」
ぼそっと独り言を漏らし、歩を進める。
湿った土の匂い。
吹き抜ける涼しい風。
カバンの中で、今日買った本たちがかすかに擦れ合う音。
すべてが心地よい。
そう思っていた、そのとき──
「──っ!?」
馬の悲鳴が聞こえた。
足を止め、耳を澄ます。
ガタン、バキン、と木製の何かが砕ける音。
そして──低く唸るような、野太い咆哮。
「……厄介だな」
道端の茂みを抜け、小高い丘を上がる。
すると、すぐ先の街道で、馬車が襲われているのが見えた。
四本足で、体高は人の背丈を優に超える。
黒い毛並み、牙を剥き出しにした異様な顔つき。
──間違いない、魔獣だ。
しかも、割と強めのやつ。
馬はすでに逃げ出し、馬車は傾き、無残に破壊されていた。
その前に立ちはだかるのは、若い行商人。
その後ろには、震える数人の家族らしき人影。
「……困ったな」
俺が状況を整理している間に、行商人がこちらに気づき、駆け寄ってきた。
「お願いだ! この人たちを連れて逃げてくれ!」
息を切らしながら、叫ぶ。
「俺が引きつける……っ! だから、頼む!」
見るからに未熟な腕で剣を握り締め、決死の覚悟で魔獣に向かおうとしている。
俺は、眉をひそめた。
普通なら、全員で逃げた方が生存率は高い。
だが、彼は、自分が囮になる覚悟を固めていた。
助けたい、という単純な感情だけじゃない。
──重みが、そこにあった。
俺は、深く息を吐き、
「──わかった」
小さく呟く。
そのまま、前に出た。
「え──」
行商人が、ぽかんと口を開ける。
俺は、肩越しにちらりと振り返り、淡々と告げた。
「お前たちは下がってろ。すぐ済む」
そう言い切ると、煙草をくわえ直し、火をつけた。
紫煙が、薄暮の空に溶けていく。
◇
魔獣がこちらに気づき、低く唸った。
ごつごつとした足で地面を蹴り、一直線に突進してくる。
「──よし」
心の中で呟き、俺は、ゆっくりと拳を握った。
勝負は一瞬だった。
力任せに突っ込んできたところを、軽くかわし、拳を叩き込む。
鈍い音が響き、巨体が弾かれるように宙を舞った。
地面に叩きつけられ、魔獣はピクリとも動かない。
「──終わりだ」
肩の埃を払いながら、ぽつりと呟く。
行商人も、家族も、呆然としたままだった。
「え、えっと……」
行商人が、恐る恐る口を開いた。
「た、助けていただいて、本当に……!」
家族も慌てて頭を下げる。
ボロボロの服を着た父親、痩せた母親、そして小さな子供たち。
その姿を見て、俺は少しだけ考えた後、鞄からマグカップを取り出した。
「──まあ、落ち着け」
そう言って、コーヒーを淹れ始める。
マグカップに注がれた琥珀色の液体が、ふわりと甘く香った。
「これ、飲め」
差し出すと、行商人と家族は、戸惑いながらもカップを手に取った。
一口、二口──。
「……っ!?」
全員が、驚きで目を見開いた。
家族の顔色がみるみる血色を取り戻し、子供たちは笑顔を浮かべ、体がしっかりしていく。
明らかに、栄養状態が劇的に改善されていた。
「これ……まさか、噂の……」
行商人が震える声で呟く。
俺は肩をすくめた。
「噂は知らんが、うまいコーヒーだ」
すると、行商人が、苦笑いを浮かべた。
「……領主様から、おふれが出てるんです」
「おふれ?」
「はい。『噂のコーヒーとその関係者には、関与するな』って……かなり厳しい罰則付きでした」
「へえ」
特に驚きはしなかった。
予想はしていた。
あれだけの奇跡を見せたんだ、当然、王族や貴族の間でも動きがあるだろう。
俺は煙草に火をつけ、煙を吐きながら言った。
「お前は気にすんな。店に来たきゃ、いつでも来い」
「……っ、ありがとうございます!」
行商人は、深々と頭を下げた。
◇
その後、壊れた馬車は使い物にならなかったので、街までは徒歩で送ることにした。
魔獣の素材は、行商人にやった。まあ、補填くらいはできるだろう。貰いすぎだと言っていたが、誤差だ誤差。
途中、子供たちがはしゃぎながら俺にまとわりついてきたが、特に追い払うこともせず、黙って歩いた。
陽はすっかり沈み、街の灯りが見え始めた頃。
「──じゃあな」
俺は、簡単に手を振って別れを告げた。
行商人も家族も、何度も頭を下げていた。
◇
「さて──」
街の門を背に、人気のない路地に入る。
周囲に誰もいないのを確認し、そっと指を鳴らした。
魔力が空間を震わせ、一瞬で視界が歪む。
転移魔法。
身体がふっと宙に浮かぶ感覚のあと、次の瞬間には──俺の小屋の前に立っていた。
「──転移魔法、楽だな」
そう呟き、ドアを開けた。
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