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第1章 おじさんと異世界の人々
第31話
午前中の涼しい風が、木々をざわめかせていた。
店の前の道に、砂埃を巻き上げながら、一台の荷馬車がゆっくりと近づいてくる。
「……懐かしい顔だな」
俺は椅子から立ち上がり、軽く手を振った。
「レンジさん! お久しぶりです!」
駆け寄ってきたのは、以前助けた行商人――ライルだった。
変わらず快活な笑顔と、少し泥にまみれた荷馬車。
「おう、元気そうだな」
「はい、おかげさまで! 今日はちょっと、お礼も兼ねて……いえ、コーヒーをもう一度味わいたくて!」
ライルは汗を拭きながら、照れくさそうに笑う。
「まあ、座れ。話はそれからだ」
俺は店の奥に誘い、席を勧めた。
ライルが素直に腰を下ろすと、俺はカウンターへ。
焙煎したばかりの豆を挽き、湯を沸かす。
香ばしい香りが広がると、ライルの目が嬉しそうに細まった。
「──すごい。やっぱり、ここの空気まで美味しく感じます」
「気のせいだ」
短く返しながら、俺はドリップを始める。
今日の一杯は、特別だ。
試作していた発酵豆のブレンド、No.2。
酸味と甘味のバランスを取った、俺なりの自信作。
カップに注ぎ、湯気の立つそれをライルの前に置いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
ライルは両手でカップを包み込み、そっと一口。
その瞬間、目を見開いた。
「──な、なんですかこれ……!? この香り、この広がり……!」
「発酵させた豆を使った。最近の新作だ」
「発酵、ですか……! うわ、すごい……。身体の奥まで染みわたる……!」
感動で言葉にならない様子を、俺は黙って眺める。
「少しなら、売ってやる」
「えっ、本当ですか!?」
「ただし、大量生産はしない。気が向いたときだけだ」
釘を刺すと、ライルは何度も頭を下げた。
「もちろんです! 大切に、大切に売ります!」
ライルの必死な様子に、ふと笑いがこみ上げそうになる。
「それと──これも持っていけ」
俺はカウンターの引き出しから、丁寧に包んだ手巻き煙草を取り出した。
「タバコ……!」
「ああ。これも試作品だ。売るなよ。自分で吸うか、信頼できる相手にだけ渡せ」
「はいっ!」
ライルは目を輝かせながら、両手でそれらを受け取った。
「……ありがとう、レンジさん。本当に、何から何まで」
「礼なんざいらん」
湯を足してやりながら、俺は尋ねた。
「で、これからどうするつもりだ」
「はい!」
ライルは身を乗り出す。
「もっともっと広い世界を見て、いろんなものを仕入れて、いつかは──自分の店を持ちたいんです!」
「ふむ」
「誰もが笑顔になれるような、そんな店を!」
夢を語る若者の横顔を、俺は無言で見つめた。
──いいじゃないか。
世界は広い。俺にはもう、必要ないけどな。
「……悪くないな」
ぽつりと呟くと、ライルは嬉しそうに笑った。
「いつか、レンジさんにも来てもらえるような、立派な店にします!」
「俺は気まぐれだからな。期待はするな」
「ははっ、それでも、待ってます!」
そんなやり取りをしながら、二人分の珈琲をまた淹れた。
タバコに火をつけ、ライルに一本渡してやると、ぎこちなくも嬉しそうに吸い込む。
「すっげぇ……これ、頭が冴えてくる感じがします……!」
「気のせいじゃないぞ」
俺も煙をくゆらせながら、カップを傾けた。
静かな時間。
だが、それは悪くない。
若者の未来の話を聞きながら、香ばしい珈琲と甘やかな煙に包まれているこの時間こそ──俺にとっての贅沢だった。
店の前の道に、砂埃を巻き上げながら、一台の荷馬車がゆっくりと近づいてくる。
「……懐かしい顔だな」
俺は椅子から立ち上がり、軽く手を振った。
「レンジさん! お久しぶりです!」
駆け寄ってきたのは、以前助けた行商人――ライルだった。
変わらず快活な笑顔と、少し泥にまみれた荷馬車。
「おう、元気そうだな」
「はい、おかげさまで! 今日はちょっと、お礼も兼ねて……いえ、コーヒーをもう一度味わいたくて!」
ライルは汗を拭きながら、照れくさそうに笑う。
「まあ、座れ。話はそれからだ」
俺は店の奥に誘い、席を勧めた。
ライルが素直に腰を下ろすと、俺はカウンターへ。
焙煎したばかりの豆を挽き、湯を沸かす。
香ばしい香りが広がると、ライルの目が嬉しそうに細まった。
「──すごい。やっぱり、ここの空気まで美味しく感じます」
「気のせいだ」
短く返しながら、俺はドリップを始める。
今日の一杯は、特別だ。
試作していた発酵豆のブレンド、No.2。
酸味と甘味のバランスを取った、俺なりの自信作。
カップに注ぎ、湯気の立つそれをライルの前に置いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
ライルは両手でカップを包み込み、そっと一口。
その瞬間、目を見開いた。
「──な、なんですかこれ……!? この香り、この広がり……!」
「発酵させた豆を使った。最近の新作だ」
「発酵、ですか……! うわ、すごい……。身体の奥まで染みわたる……!」
感動で言葉にならない様子を、俺は黙って眺める。
「少しなら、売ってやる」
「えっ、本当ですか!?」
「ただし、大量生産はしない。気が向いたときだけだ」
釘を刺すと、ライルは何度も頭を下げた。
「もちろんです! 大切に、大切に売ります!」
ライルの必死な様子に、ふと笑いがこみ上げそうになる。
「それと──これも持っていけ」
俺はカウンターの引き出しから、丁寧に包んだ手巻き煙草を取り出した。
「タバコ……!」
「ああ。これも試作品だ。売るなよ。自分で吸うか、信頼できる相手にだけ渡せ」
「はいっ!」
ライルは目を輝かせながら、両手でそれらを受け取った。
「……ありがとう、レンジさん。本当に、何から何まで」
「礼なんざいらん」
湯を足してやりながら、俺は尋ねた。
「で、これからどうするつもりだ」
「はい!」
ライルは身を乗り出す。
「もっともっと広い世界を見て、いろんなものを仕入れて、いつかは──自分の店を持ちたいんです!」
「ふむ」
「誰もが笑顔になれるような、そんな店を!」
夢を語る若者の横顔を、俺は無言で見つめた。
──いいじゃないか。
世界は広い。俺にはもう、必要ないけどな。
「……悪くないな」
ぽつりと呟くと、ライルは嬉しそうに笑った。
「いつか、レンジさんにも来てもらえるような、立派な店にします!」
「俺は気まぐれだからな。期待はするな」
「ははっ、それでも、待ってます!」
そんなやり取りをしながら、二人分の珈琲をまた淹れた。
タバコに火をつけ、ライルに一本渡してやると、ぎこちなくも嬉しそうに吸い込む。
「すっげぇ……これ、頭が冴えてくる感じがします……!」
「気のせいじゃないぞ」
俺も煙をくゆらせながら、カップを傾けた。
静かな時間。
だが、それは悪くない。
若者の未来の話を聞きながら、香ばしい珈琲と甘やかな煙に包まれているこの時間こそ──俺にとっての贅沢だった。
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