独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第1章 おじさんと異世界の人々

第37話

扉の鈴が、からん、と鳴った。

「レンジさーん、また来たよー」

蒼月の剣姫隊の一人、エリナが陽気に手を振りながら入ってくる。後ろには、リーダーのミリアと、そして──リーナがいた。

今日のリーナは、昨日よりもいくぶん顔色が良かったが、それでも、肩にかかる銀髪はやや重たげに揺れている。

俺は特に挨拶もせず、手近なカウンターを指さした。

「好きな席に」

「うん。ありがと」

リーナはぽそりと呟いて、いつもの席に座る。

他のメンバーたちも慣れた様子で腰を下ろしたが、今日の俺の目当てはリーナだ。

棚の奥から、昨日仕込んでおいた特製タバコを取り出す。

何も言わず、彼女の前に細長い筒を置いた。

「……?」

リーナは、きょとんとした目を俺に向ける。

「吸ってみろ」

短くそう言うと、リーナは小さく頷き、素直に筒からタバコを一本取り出した。

火をつけ、ゆっくりと吸い込む。

一瞬、表情にわずかな驚きが浮かんだ。

その直後だった。

リーナの身体から、ふわりと透明な光が立ち上った。

周囲の空気が震え、リーナ自身の魔力が、目に見えて膨らみはじめた。

「な、なに……これ……」

小さな声で呟きながら、リーナは両手を見つめる。

その目尻に、涙が滲んでいた。

彼女がどれだけ、魔力不足に苦しんできたかは、直接聞かなくても察せた。

俺は、火のついたタバコをくゆらせながら、無感動に言葉を継いだ。

「それはお前専用に調合したタバコだ。他の奴には効かない」

リーナは、ぽろぽろと涙を流しながら、タバコを見つめていた。

それを遮るように、さらに続ける。

「……それに、上限が上がっただけだ。強くなったわけじゃない。これからだ」

俺の声に、リーナは顔を上げた。

「……うん」

かすれた声だったが、はっきりとした返事だった。

「腐るな。ちゃんと積み重ねろ。お前なら、できる」

誰に向けるわけでもない、ただの独り言に近い言葉。

でも、それで充分だった。

リーナは袖で涙をぬぐいながら、静かにタバコを吸い続けた。

「……レンジさん、ありがと」

エリナがそっと呟いたが、俺は肩をすくめただけだった。

感謝されるためにやったわけじゃない。

少なくとも、俺の店に来る奴らぐらいは、少しでも楽に呼吸できるようにしてやりたかった。それだけだ。

コーヒーを淹れるためにカウンターの奥に引っ込みながら、ふとリーナを見る。

タバコの煙に包まれた彼女は、どこか、肩の力が抜けたように見えた。

──いい傾向だ。

俺は無言で、いつものブレンドに湯を注ぎ始めた。

「リーナ、本当に……すごいよ!」

エリナが、ぱあっと顔を輝かせてリーナに抱きついた。

「やったな、リーナ!」

ミリアも、目尻を緩めて拳を軽くぶつけてきた。

「……べつに、あたしがすごいわけじゃ、ないし……」

リーナはぼそぼそと呟きながら、タバコを指で弄んでいた。

それでも、その頬はほんのりと赤く染まっている。

押しつけがましくない、けれど心からの祝福。

それを、リーナは不器用なまま受け止めていた。

俺はカウンター越しに、新しい珈琲を淹れながら様子を眺めるだけだ。

──いい空気だ。

蒼月の剣姫隊のメンバーたちは、誰もがリーナを囲んであれこれ話しかけていた。

戦いのこと、これからの冒険のこと。冗談混じりの未来の夢まで。

リーナは、うん……と短く頷いたり、ぼそぼそと返したりしているが、あきらかに表情は柔らかい。

俺は湯を落としながら、心の中で小さく息を吐いた。

ようやく、だな。

蒼月の剣姫隊が店を出る準備を始めたころ、リーナが最後に小さく頭を下げてきた。

「……レンジさん、ありがと」

「礼はいい」

そう返して、俺はカップを洗うふりをした。

別に、誰かの役に立ちたかったわけじゃない。

──まあ、来た奴らに、せめて一杯と一服を渡してやれればいい。

それだけだ。

それ以上は、望まない。

「それじゃ、また……必ず、遊びに来るから!」

エリナが最後に大声で叫び、リーナたちは村道を王都へ向かって歩き出した。

俺はそれを、煙草をくゆらせながら無言で見送った。

空は高く、雲は流れ、風がほんの少し草木を揺らしている。

ああ、いい。

また、穏やかな日々が戻ってきた。

俺はカウンターに座り直し、手巻き煙草を丁寧に作り始めた。
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