独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第2章 おじさんとコーヒー

第45話

朝の空気が、ほのかに湿気を帯びていた。
昨夜少し雨が降ったせいか、森の匂いが濃い。
俺は店の戸口を軽く開け放ち、空気を入れ替えると、カウンターの奥にある棚に手を伸ばした。

「次は……こいつだな」

取り出したのは、金属フィルター。
細かなメッシュがびっしりと編まれた、光沢のある道具だ。

紙でもネルでもない、金属のフィルター。

油分をそのまま通し、コーヒー豆の持つ旨みやコクをダイレクトに引き出す。
一方で雑味も出やすく、使いこなすには繊細な湯温と抽出技術が求められる。

「まあ、今さら怖じ気づく必要もないか」

ひとりごちて、湯を沸かし始める。

今日選んだ豆は、深煎り。
苦味とコクが主体の、重厚な味わいを持つ豆だ。

グラインダーを手に取り、豆を中挽きに挽く。
金属フィルターは目が粗いため、あまり細かく挽くと粉がカップに落ちてしまう。
かといって粗すぎても、抽出が弱くなる。

バランスを見極めながら、じっくりと。

「よし」

挽き終えた粉をフィルターにセットし、器具全体を軽く湯通しして温める。

お湯が沸いた。
温度はやや低め、85度前後。

高温すぎると、金属フィルターの場合、雑味が強く出る。
狙うのは、まろやかで、厚みのあるコーヒーだ。

「いくぞ」

ゆっくりと、湯を落とす。
中心に向かって、小さな円を描くように。

ぽた、ぽた、という音と共に、濃密な琥珀色の液体がフィルターを通過していく。
ペーパーに比べれば、湯の流れはずっと速い。
だが、それがいい。

スピードとコントロール。
それが金属フィルター抽出の肝だ。

一度に湯を落としすぎず、かといって止めすぎず。
絶妙なリズムを刻みながら、湯を注ぎ続ける。

蒸らしも含めて、トータルで2分半。
長すぎず、短すぎず。

抽出を終えると、サーバーにたっぷりと注がれたコーヒーが、芳醇な香りを立ち上らせた。

「さて、どんな顔を見せてくれるか」

カップに注ぎ、一口含む。

──おお。

まず感じたのは、厚みだ。
重く、豊かな舌触り。

そして、深いコク。
苦味はしっかりとありながら、嫌な重さはない。
酸味は控えめで、かわりにどっしりとした甘みが後から押し寄せてくる。

油分がしっかり残っているからか、口の中にうっすらとオイリーな膜が張る。
だが、それが心地いい。

「……これは、悪くないな」

思わず、カウンターに肘をついて、もう一口。

金属フィルターならではの、ダイレクトな味わい。
紙で濾すと消えてしまう豆本来の力強さが、見事に活きている。

「うん、これはこれでアリだな」

タバコに火をつけ、一服。

濃厚なコーヒーと、煙草の組み合わせは格別だ。
互いの苦味と香りが引き立て合い、まるで複雑なハーモニーを奏でるようだった。

ぼんやりと窓の外を見る。

森の木々が、朝露を弾いてきらきらと光っている。
小さな鳥たちが、忙しそうに枝から枝へと飛び回っていた。

ここには、戦いも、争いもない。
誰かに媚びる必要もない。

あるのは、珈琲とタバコと、本と、少しの時間だけ。

──それで、十分だった。

もう一口、コーヒーを啜る。
口の中に広がる豊潤な苦味に、思わず目を細めた。

どの抽出方法にも、それぞれ良さがある。
だが、今日の気分には、この金属フィルターがちょうどよかった。

洗うのは面倒だが、悪くない。
この手間すら、楽しめる自分になっていることに、ふと気付く。

「……さて、次はどうするか」

ぼそりと呟きながら、湯を沸かす準備を始めた。

今日一日を、誰に邪魔されることもなく。
俺だけのペースで、ただ過ごすために。
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