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第3章 おじさんとパティシエ
第51話
気まぐれな朝の散歩だった。
まだ陽も高くない森は、湿った土の匂いと、葉擦れの音で満ちている。
手に持った煙草に火を点け、一服しながら、緩やかな小道を辿っていく。
「……悪くないな」
そんなふうにぼやきながら、森の奥へと足を進めた。
いつもなら、ここで引き返す。
けれど今日は、少しだけ気分を変えて、もう少し奥へ。
──そこで、見つけた。
道端に、ぐったりとうつ伏せに倒れ込んでいる男。
粗末な服に、ところどころ血の滲んだ包帯。
ただ、命に別状はなさそうだ。胸が、かすかに上下している。
「……生きてはいるか」
煙草を口の端に咥えたまま、しゃがみ込んで男の様子を観察する。
顔色は悪いが、呼吸はある。
見れば、手首や指も不自然に固まっている。
ああ、なるほど。
こりゃあ、ろくに動ける状態じゃなさそうだ。
「このまま放っておくのも、寝覚めが悪い」
俺は煙草を指で弾いて、地面に落とした。
軽く靴で踏み消す。
それから、ため息をひとつ。
べつに情に絆されたわけじゃない。
単に、こういう場面を見過ごすと、後味が悪いだけだ。
「──よっと」
身体を抱き起こし、背負い上げる。
男は痩せていて、驚くほど軽かった。
まともな食事も取れていなかったんだろう。
骨ばった背中が、みしりと軋む感触があった。
「森で行き倒れるとはな……」
誰に語るでもなく、ぽつりと呟く。
ただ、そういう世界だ。
この辺境の地で、誰もが幸福に暮らしているわけじゃない。
森を抜け、俺の店──兼住まいへと戻る。
扉を肩で押し開け、男をベッド代わりのソファに横たえた。
「さて、手当てくらいはしてやるか」
万能生成スキルを使い、応急用の回復薬を作り出す。
最低限の傷を癒し、生命力を底上げするためのものだ。
瓶を開け、男の口元に傾ける。
「飲めるか……無理か。なら、強制的にだ」
口を開かせ、薬を流し込む。
喉がぴくりと動き、薬が胃へと落ちた。
ふう、と息を吐いて、俺は椅子に腰を下ろす。
しばらく様子を見るしかない。
視線を上げると、窓から朝日が差し込んでいた。
コーヒーでも淹れるか──そう思ったが、ふと男の顔を見た。
どこか、妙な違和感があった。
「……痩せすぎてるな。普通の旅人ってわけでもなさそうだが」
顔立ちは、粗末な身なりに似合わず、どこか上品だった。
指先も、荒事に慣れたものではない。
むしろ、何か細かい作業をしていた者のような──そんな印象。
「……あー、面倒ごとにならなきゃいいが」
頭を掻きながら、珈琲豆を取り出す。
火を起こし、フレンチプレスで軽く一杯。
香りだけでも、空間を落ち着かせる。
そうしているうちに、ソファの男がうっすらと目を開けた。
「……ここは……?」
掠れた声だった。
まだ、ろくに喋れる状態じゃないだろう。
「俺の店だ。森でくたばりかけてたのを拾っただけだ。礼はいらんが、暴れたりするなら叩き出す」
淡々と告げると、男は弱々しく笑った。
「……ありがとう……ございます……」
それだけ呟くと、また意識を手放した。
まあ、無理もない。
身体も心も、限界を超えていたんだろう。
「さて……」
俺は新たに煙草を取り出し、火を点けた。
一服しながら、倒れた男を見やる。
いったい、こいつは何者なのか。
そして──なぜ、こんな場所まで流れ着いたのか。
まあ、いずれ分かるだろう。
今は、寝かせておくしかない。
静かに珈琲を啜りながら、俺は次の展開を、ただ淡々と受け入れる準備をしていた。
まだ陽も高くない森は、湿った土の匂いと、葉擦れの音で満ちている。
手に持った煙草に火を点け、一服しながら、緩やかな小道を辿っていく。
「……悪くないな」
そんなふうにぼやきながら、森の奥へと足を進めた。
いつもなら、ここで引き返す。
けれど今日は、少しだけ気分を変えて、もう少し奥へ。
──そこで、見つけた。
道端に、ぐったりとうつ伏せに倒れ込んでいる男。
粗末な服に、ところどころ血の滲んだ包帯。
ただ、命に別状はなさそうだ。胸が、かすかに上下している。
「……生きてはいるか」
煙草を口の端に咥えたまま、しゃがみ込んで男の様子を観察する。
顔色は悪いが、呼吸はある。
見れば、手首や指も不自然に固まっている。
ああ、なるほど。
こりゃあ、ろくに動ける状態じゃなさそうだ。
「このまま放っておくのも、寝覚めが悪い」
俺は煙草を指で弾いて、地面に落とした。
軽く靴で踏み消す。
それから、ため息をひとつ。
べつに情に絆されたわけじゃない。
単に、こういう場面を見過ごすと、後味が悪いだけだ。
「──よっと」
身体を抱き起こし、背負い上げる。
男は痩せていて、驚くほど軽かった。
まともな食事も取れていなかったんだろう。
骨ばった背中が、みしりと軋む感触があった。
「森で行き倒れるとはな……」
誰に語るでもなく、ぽつりと呟く。
ただ、そういう世界だ。
この辺境の地で、誰もが幸福に暮らしているわけじゃない。
森を抜け、俺の店──兼住まいへと戻る。
扉を肩で押し開け、男をベッド代わりのソファに横たえた。
「さて、手当てくらいはしてやるか」
万能生成スキルを使い、応急用の回復薬を作り出す。
最低限の傷を癒し、生命力を底上げするためのものだ。
瓶を開け、男の口元に傾ける。
「飲めるか……無理か。なら、強制的にだ」
口を開かせ、薬を流し込む。
喉がぴくりと動き、薬が胃へと落ちた。
ふう、と息を吐いて、俺は椅子に腰を下ろす。
しばらく様子を見るしかない。
視線を上げると、窓から朝日が差し込んでいた。
コーヒーでも淹れるか──そう思ったが、ふと男の顔を見た。
どこか、妙な違和感があった。
「……痩せすぎてるな。普通の旅人ってわけでもなさそうだが」
顔立ちは、粗末な身なりに似合わず、どこか上品だった。
指先も、荒事に慣れたものではない。
むしろ、何か細かい作業をしていた者のような──そんな印象。
「……あー、面倒ごとにならなきゃいいが」
頭を掻きながら、珈琲豆を取り出す。
火を起こし、フレンチプレスで軽く一杯。
香りだけでも、空間を落ち着かせる。
そうしているうちに、ソファの男がうっすらと目を開けた。
「……ここは……?」
掠れた声だった。
まだ、ろくに喋れる状態じゃないだろう。
「俺の店だ。森でくたばりかけてたのを拾っただけだ。礼はいらんが、暴れたりするなら叩き出す」
淡々と告げると、男は弱々しく笑った。
「……ありがとう……ございます……」
それだけ呟くと、また意識を手放した。
まあ、無理もない。
身体も心も、限界を超えていたんだろう。
「さて……」
俺は新たに煙草を取り出し、火を点けた。
一服しながら、倒れた男を見やる。
いったい、こいつは何者なのか。
そして──なぜ、こんな場所まで流れ着いたのか。
まあ、いずれ分かるだろう。
今は、寝かせておくしかない。
静かに珈琲を啜りながら、俺は次の展開を、ただ淡々と受け入れる準備をしていた。
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