独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

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第4章 おじさんとソロキャンプ

第75話

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火が落ち着き、熾火だけがじんわりと辺りを照らしていた。
飯を終えたあとってのは、なぜこうもタバコが恋しくなるのか。

「そろそろ……あれの時間だな」

俺は腰を上げ、革袋からいつもの道具を取り出す。
コーヒー豆の麻袋を開くと、焙煎済みの豆がほのかに甘い香りを放った。
今回は、夜用にブレンドを少し変えてある。深煎りベースに、森で採れたハーブを軽くスモークしてブレンドしたものだ。

「香り……変わってる」

エルフがぽつりと呟いた。
その横顔に目をやると、耳が――ぴこ、ぴこ――と、控えめに、けれど確かに動いていた。

「夜の森と焚き火用に調整した。ほのかに燻製っぽくしてある。気分出るだろ?」

「……うん」

手早くミルで豆を挽き、手鍋に湯を沸かす。
滴下式でもいいが、今夜はあえてネルドリップで抽出した。
ゆっくりと、重力に任せて落ちていく黒い液体。
焚き火の橙と、夜空の紺に囲まれたその光景は、それだけで一つの景色だ。

「……できた。熱いから、気をつけて飲めよ」

俺は木製のマグに注ぎ、エルフに手渡した。
彼女は両手でマグを持ち、目を閉じてそっと香りを嗅ぐ。

ぴく。ぴこ。
耳が上下する。言葉よりよほど雄弁な反応だった。

「……いい匂い」

「口に合えばいいけどな」

俺は自分の分をゆっくり飲みながら、タバコの葉を取り出す。
こっちは、今回のために調合した特製。
深緑の草原で採れたリーフをベースに、焚き火の煙と共鳴するような、スモーキーな香りを加えた。

「煙草も、特別……?」

「ああ。キャンプってのは、特別な夜だからな」

一枚の葉を丁寧に丸め、火をつける。
ほのかに甘く、土と森を思わせる濃厚な香りが立ち上がった。

「吸ってみるか?」

エルフはしばらく迷った様子だったが、こくりと小さく頷いた。

火をつけて渡すと、恐る恐る口にくわえる。
ゆっくりと吸い、吐き出した煙に包まれた顔が、少しばかりとろんとしていた。

「……これが、人間の贅沢」

「そうだな。まあ、俺の贅沢ってやつだが」

耳がまた、ぴこぴこと揺れる。
本人は無表情を保っているつもりだろうが、あれでは感情丸出しだ。

「レンジ」

「ん?」

「また、作って」

「ああ。条件は同じだぞ」

「手伝う」

返事が早い。耳はすでに喜びの舞を踊っていた。



「じゃあ、行く」

それだけ言って、エルフの彼女――名前は聞いていない――は、火のそばに置いたマグを軽く戻して、すっと立ち上がった。

「気をつけてな」

「うん」

こちらを見もしないまま、彼女は背を向け、焚き火の光から闇へと滑るように姿を消した。足音ひとつ残さない、徹底した動きだった。

だが、あれは別に警戒心からってわけじゃない。あの耳の動き――さっきのタバコとコーヒーのときの反応を見れば、わかる。
あれで、たぶん、全力で気に入ってる。無口なだけで。

俺はくつろぎ用のローチェアに深く腰を落とし、もう一杯だけ残っていたコーヒーをカップに注いだ。湯気はさっきよりもやや控えめになっているが、香りはむしろ落ち着きを増している。

焚き火の薪がぱちりと弾ける音。草むらのどこかでカサ、と鳴る小さな気配。虫の羽音も、妙に心地いい。

「……ふぅ」

タバコにもう一度火を入れる。指先に巻いた手製の葉巻は、焚き火と同じスモーキーな香りを纏って、深く肺に染み込んでいった。

この時間がいいんだ。

誰もいない。誰にも話しかけられない。
仕事も、世間も、義務も、思い出す必要すらない。

「――これが、俺の贅沢だってんだろ」

口の端が自然と緩む。別に楽しいわけじゃない。ただ、自分で納得のいく時間を、自分の意志で過ごしてるというだけの、妙な満足感。

あのエルフ、また来るかもしれないな。
コーヒーもタバコも、一度気に入ったら、ああいう種族はわりと真面目にハマる傾向がある。来なきゃ来ないで構わない。来たら、まあ、一杯くらい出してやる。

「さて……」

タバコを灰皿代わりの小さな石皿に押しつけると、少し体を倒して、ブランケットを足に掛けた。
体温がほどよく保たれると、だんだんとまぶたが重くなる。

「このまま……寝るか。なんも考えず、ただ火を見て……」

夜風がひと吹き、頬を撫でた。
焚き火の中に、赤い芯だけが残っていた。

俺は、ゆっくりと目を閉じた。
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