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第4章 おじさんとソロキャンプ
第78話
村の輪郭がどんどん近づくにつれて、足取りも緩やかになっていった。
無理に急ぐ理由なんて、どこにもない。どうせこの村には、俺をせかす上司も、納期を喚く顧客もいない。
ただ、自分のペースで、自分のリズムで――それだけだ。
「……やっぱ、いいな」
呟きながら、土埃が舞う小道を踏みしめた。
村に戻る前に、湖のほとりに寄り道することにした。キャンプの余韻をもう少しだけ、楽しんでおきたかった。
湖面は鏡のように澄んでいて、周囲の木々と空をそっくり映している。荷物を肩から降ろし、俺はそのまま地べたに腰を下ろした。
ひんやりした空気が肌を撫で、土と水草の匂いが鼻腔に満ちた。
ポケットから、作り置きしておいた手巻きタバコを一本取り出す。着火石で火をつけ、ゆっくりと吸い込んだ。
「……ふう」
煙が喉を通り、肺に満ちる。この瞬間だけ、世界が俺のために止まってくれる。
タバコ越しに見上げる空は、どこまでも青く、どこまでも遠かった。
少し目を閉じて、耳を澄ます。聞こえるのは、湖に揺れるさざ波の音と、遠くで鳴く鳥たちの声。
それだけだ。
――この静けさが、たまらない。
小一時間ほど、ただぼんやりと過ごした。
タバコが指の先で短くなったころ、ようやく俺は立ち上がる。
「さて、帰るか」
荷物を背負いなおし、歩き出した。
マーレ村の入り口に差しかかると、見知った顔がちらほらと目に入る。誰もがゆったりとした動きで、それぞれの日常を営んでいた。
「おう、レンジさん。キャンプかい?」
道端で作業していた村人が声をかけてくる。
「ああ、ちょっとな」
「いいなぁ。俺もたまには出かけたいもんだ」
「行ってこいよ。誰も止めないだろ」
肩をすくめると、村人は苦笑いを浮かべた。
「そうなんだけどなあ……まあ、また今度だ」
軽く手を振って別れ、俺は自分の店へ向かう。
見慣れた建物が、視界に入ってきた。
小さな看板、木造の扉、そしてわずかに開けた窓から漂うコーヒー豆の香り。
「――やっぱ、ここだな」
呟きながら、扉を押し開けた。
中は、出かけたときのまま、きちんと整っていた。棚には磨かれたカップと、きっちり並べた豆の瓶。
俺は荷物を下ろすと、真っ直ぐカウンターへ向かった。
まずやるべきは――やっぱり、一杯だ。
引き出しからお気に入りの豆を取り出し、手動ミルにセットする。ハンドルを回すと、コリコリと心地よい音が響いた。
その間に湯を沸かし、カップを温める。
豆を挽き終えたら、フィルターにセットして、ゆっくりと湯を注いでいく。
蒸らしを入れながら、ふわりと立ち上る香りに、思わず顔が綻んだ。
「……これだよ」
細く、糸のように湯を垂らし続ける。湯が粉に触れるたび、ぷくりとガスが膨らみ、じわじわと香りが広がる。
カップに注ぎ終わると、持ち上げて、そっと口元に運んだ。
一口、啜る。
深みのある苦味、奥行きのあるコク、鼻に抜ける甘い余韻。
「……最高だな」
思わずため息が出た。
旅先で飲んだコーヒーも、それはそれでよかった。
だが、こうして自分の手で、自分の空間で淹れた一杯には、比べ物にならないほどの満足感がある。
カウンターに腰を下ろし、ぼんやりとカップを傾けながら、窓の外を眺めた。
今日も、村はのんびりと平和だった。
誰かが馬車を引いて通り過ぎ、誰かが庭先で洗濯物を干している。
遠くで子供たちの笑い声も聞こえた。
「……さて」
カップを置き、ポケットから新しいタバコを取り出す。
火をつけ、ふうと煙を吐き出した。
ゆっくりと、満ち足りた時間が流れる。
誰にも邪魔されず、誰にも急かされず。
それだけで、十分だった。
無理に急ぐ理由なんて、どこにもない。どうせこの村には、俺をせかす上司も、納期を喚く顧客もいない。
ただ、自分のペースで、自分のリズムで――それだけだ。
「……やっぱ、いいな」
呟きながら、土埃が舞う小道を踏みしめた。
村に戻る前に、湖のほとりに寄り道することにした。キャンプの余韻をもう少しだけ、楽しんでおきたかった。
湖面は鏡のように澄んでいて、周囲の木々と空をそっくり映している。荷物を肩から降ろし、俺はそのまま地べたに腰を下ろした。
ひんやりした空気が肌を撫で、土と水草の匂いが鼻腔に満ちた。
ポケットから、作り置きしておいた手巻きタバコを一本取り出す。着火石で火をつけ、ゆっくりと吸い込んだ。
「……ふう」
煙が喉を通り、肺に満ちる。この瞬間だけ、世界が俺のために止まってくれる。
タバコ越しに見上げる空は、どこまでも青く、どこまでも遠かった。
少し目を閉じて、耳を澄ます。聞こえるのは、湖に揺れるさざ波の音と、遠くで鳴く鳥たちの声。
それだけだ。
――この静けさが、たまらない。
小一時間ほど、ただぼんやりと過ごした。
タバコが指の先で短くなったころ、ようやく俺は立ち上がる。
「さて、帰るか」
荷物を背負いなおし、歩き出した。
マーレ村の入り口に差しかかると、見知った顔がちらほらと目に入る。誰もがゆったりとした動きで、それぞれの日常を営んでいた。
「おう、レンジさん。キャンプかい?」
道端で作業していた村人が声をかけてくる。
「ああ、ちょっとな」
「いいなぁ。俺もたまには出かけたいもんだ」
「行ってこいよ。誰も止めないだろ」
肩をすくめると、村人は苦笑いを浮かべた。
「そうなんだけどなあ……まあ、また今度だ」
軽く手を振って別れ、俺は自分の店へ向かう。
見慣れた建物が、視界に入ってきた。
小さな看板、木造の扉、そしてわずかに開けた窓から漂うコーヒー豆の香り。
「――やっぱ、ここだな」
呟きながら、扉を押し開けた。
中は、出かけたときのまま、きちんと整っていた。棚には磨かれたカップと、きっちり並べた豆の瓶。
俺は荷物を下ろすと、真っ直ぐカウンターへ向かった。
まずやるべきは――やっぱり、一杯だ。
引き出しからお気に入りの豆を取り出し、手動ミルにセットする。ハンドルを回すと、コリコリと心地よい音が響いた。
その間に湯を沸かし、カップを温める。
豆を挽き終えたら、フィルターにセットして、ゆっくりと湯を注いでいく。
蒸らしを入れながら、ふわりと立ち上る香りに、思わず顔が綻んだ。
「……これだよ」
細く、糸のように湯を垂らし続ける。湯が粉に触れるたび、ぷくりとガスが膨らみ、じわじわと香りが広がる。
カップに注ぎ終わると、持ち上げて、そっと口元に運んだ。
一口、啜る。
深みのある苦味、奥行きのあるコク、鼻に抜ける甘い余韻。
「……最高だな」
思わずため息が出た。
旅先で飲んだコーヒーも、それはそれでよかった。
だが、こうして自分の手で、自分の空間で淹れた一杯には、比べ物にならないほどの満足感がある。
カウンターに腰を下ろし、ぼんやりとカップを傾けながら、窓の外を眺めた。
今日も、村はのんびりと平和だった。
誰かが馬車を引いて通り過ぎ、誰かが庭先で洗濯物を干している。
遠くで子供たちの笑い声も聞こえた。
「……さて」
カップを置き、ポケットから新しいタバコを取り出す。
火をつけ、ふうと煙を吐き出した。
ゆっくりと、満ち足りた時間が流れる。
誰にも邪魔されず、誰にも急かされず。
それだけで、十分だった。
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