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第6章 おじさんと本の虫
第98話
翌朝、湯を沸かしながら畑をひとめぐりした後、小屋に戻ると、既に扉の前に見慣れた黒衣の人影が立っていた。
「……早いな」
「……今朝は、どうしても読みたかった節があって」
ユスティナは、胸元に革張りの古文書を抱えていた。目は眠そうだったが、手元の鞄はきっちり整っている。こいつ、本当にこういうのだけは抜け目がない。
「入れ」
頷いた彼女は、いつものように椅子に腰を下ろすと、カップを待つでもなく巻物を机に広げ始めた。手順が完全に定着してやがる。
俺は万能生成スキルで新しいブレンドを生み出す。今回は昨日彼女が解読していた一節を参考にして、〈霊草グレントリム〉という薬草を軽く混ぜた焙煎にした。精神の集中力を高めるとされる成分が、読書にはうってつけらしい。
「……今日は少し濃いめにした」
「香りが深い……」
目を伏せて香りを嗅ぎ取る仕草。こいつにとっては、言葉よりも先に香りが語るんだろう。そういう感性は嫌いじゃない。
「昨日の続き、ここです」
そう言って指差された箇所には、“灰の雨を避ける器と、書かれぬ頁の封じ方”という不思議な記述が並んでいた。
「封じ方ってのは……写さないってことか?」
「おそらく……内容そのものを記録するのではなく、感覚や印象を……媒体に刻む技法。魔法言語に近い構文です」
「なるほどな。つまり──“読む”んじゃなく、“感じる”と」
「……ええ。おそらく、頁に触れることで……記憶や知識が伝達される」
ふむ、とコーヒーを一口啜る。深い苦みの中に、かすかな甘さ。思考が、妙に冴える。
「で、それが何に使われてた?」
「まだ、断定はできませんが……災害記録や、預言的な詩に、この構文が共通している節があります」
「へえ」
古文書には、場所や時代、起きた出来事が記されている──が、それは単なる記録じゃなく、未来への警告や導きとして、知識を後世に“残す”意図があるらしい。
「……その中に、“灰の雨”って表現がある。これは、火山災害の隠語か、あるいは──」
「……異常魔力の降下現象かもな。ま、俺はそこまで専門じゃねえけど」
ユスティナは、目を伏せて考え込んでいた。カップを片手に、無言で思考を巡らせるあの顔は、なぜか妙に落ち着く。
俺は煙草に火をつけ、ゆるやかに吸い込んだ。今日の一本には、昨日乾かしておいたブルナ草を少しだけ多めに混ぜてある。香りは柔らかく、味はしっかり深い。思考の糸が綺麗にほどけていく。
「──やっぱ、読書と煙草は合うな」
ぽつりと言うと、ユスティナが目だけでこちらを見た。
「分かります」
珍しく即答だった。思わず口の端が少し緩む。
「他の連中には分からねえだろな。こんな、地味な楽しみ」
「……でも、それが、贅沢だと思います」
「同感だな」
「……早いな」
「……今朝は、どうしても読みたかった節があって」
ユスティナは、胸元に革張りの古文書を抱えていた。目は眠そうだったが、手元の鞄はきっちり整っている。こいつ、本当にこういうのだけは抜け目がない。
「入れ」
頷いた彼女は、いつものように椅子に腰を下ろすと、カップを待つでもなく巻物を机に広げ始めた。手順が完全に定着してやがる。
俺は万能生成スキルで新しいブレンドを生み出す。今回は昨日彼女が解読していた一節を参考にして、〈霊草グレントリム〉という薬草を軽く混ぜた焙煎にした。精神の集中力を高めるとされる成分が、読書にはうってつけらしい。
「……今日は少し濃いめにした」
「香りが深い……」
目を伏せて香りを嗅ぎ取る仕草。こいつにとっては、言葉よりも先に香りが語るんだろう。そういう感性は嫌いじゃない。
「昨日の続き、ここです」
そう言って指差された箇所には、“灰の雨を避ける器と、書かれぬ頁の封じ方”という不思議な記述が並んでいた。
「封じ方ってのは……写さないってことか?」
「おそらく……内容そのものを記録するのではなく、感覚や印象を……媒体に刻む技法。魔法言語に近い構文です」
「なるほどな。つまり──“読む”んじゃなく、“感じる”と」
「……ええ。おそらく、頁に触れることで……記憶や知識が伝達される」
ふむ、とコーヒーを一口啜る。深い苦みの中に、かすかな甘さ。思考が、妙に冴える。
「で、それが何に使われてた?」
「まだ、断定はできませんが……災害記録や、預言的な詩に、この構文が共通している節があります」
「へえ」
古文書には、場所や時代、起きた出来事が記されている──が、それは単なる記録じゃなく、未来への警告や導きとして、知識を後世に“残す”意図があるらしい。
「……その中に、“灰の雨”って表現がある。これは、火山災害の隠語か、あるいは──」
「……異常魔力の降下現象かもな。ま、俺はそこまで専門じゃねえけど」
ユスティナは、目を伏せて考え込んでいた。カップを片手に、無言で思考を巡らせるあの顔は、なぜか妙に落ち着く。
俺は煙草に火をつけ、ゆるやかに吸い込んだ。今日の一本には、昨日乾かしておいたブルナ草を少しだけ多めに混ぜてある。香りは柔らかく、味はしっかり深い。思考の糸が綺麗にほどけていく。
「──やっぱ、読書と煙草は合うな」
ぽつりと言うと、ユスティナが目だけでこちらを見た。
「分かります」
珍しく即答だった。思わず口の端が少し緩む。
「他の連中には分からねえだろな。こんな、地味な楽しみ」
「……でも、それが、贅沢だと思います」
「同感だな」
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