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第7章 おじさんと雨の日
第105話
店の裏手にある階段を軋ませながら、俺は屋根裏へと登った。
ここは焙煎用の煙が回らないように仕切った、言わば“第二の実験室”だ。断熱と湿度管理のために、壁材には樹脂系の厚布と、古紙を圧縮した層を挟んである。隙間風が抜けないよう、梁の間には吸湿草を巻いてあるのもミソだ。
「……よし、湿度は63%、温度25度。悪くねぇ」
小屋内に据えた簡易の燻製棚に近づき、木製のスライド式扉を開けると、内側からじわっと燻香が漏れてきた。
「今朝の燻材、うまく火が回ったみたいだな」
今日の実験に使ったのは、三種類の燻材。
ひとつは〈山柑の皮〉──乾燥させてから細かく砕いたやつ。焚くとやや甘めの香りが広がる。二つ目は〈干し草の芯〉。これは定番。土っぽさを出しながら、煙の刺激を丸くしてくれる。三つ目が、砕いた〈木炭片〉。炭自体に香りはないが、燃焼温度を安定させる目的で加えてる。
棚には、昨日から吊るしていた葉巻用の煙草葉が、ずらりと並んでいる。
「……雨の匂い、染みたか?」
葉に顔を近づけて、鼻で探る。外気を通す小さな通気口を開けっぱなしにしておいたので、若干の湿り気が葉の表面に乗っている。
「お、香りの層が増えてる」
単体では飛んでしまうような薄い柑橘の香りが、雨気と混ざって輪郭を持った。干し草の芳ばしさが、重ねて厚みを出してくれてる。これは成功の予感がする。
「よし、一本、巻いてみるか」
葉を丁寧に摘んで、熟成が進んでいる中心部分を選ぶ。余分な筋を取り除き、指先で巻いていく。巻紙は、村で採れた繊維草を薄く延ばして生成したやつ。吸い口は少し太めにして、重みを持たせた。
「──スキル使用:【万能生成】
対象:巻紙(雨用・低吸湿加工)
効果:湿度耐性/香味保持/火持ち調整」
完成した一本を手に取り、下階の火鉢へ戻る。
窓から見える景色は、いまだ降り続く雨。だが、火鉢の炭に火を移した瞬間、空気が切り替わった気がした。
「……さて」
葉巻に火を入れ、深く吸い込む。
一瞬、軽い苦味。そのあとから追いかけてくる、ほんのりとした柑橘の風味。喉を通った瞬間、干し草の香りがすっと立ち上がる。余韻は柔らかく、雨と混ざった空気にちょうどいい。
「これは……かなりいいな」
記録ノートを開いて、煙草名を仮で書く。
『雨宿りブレンド:ver.0.9』
葉の原産地、燻材の比率、燻時間、湿度と温度、仕上げの巻き時間。すべて書き込む。
この煙草は、晴れた日にはたぶん合わない。
だが、雨の中、焙煎の合間にくゆらせるなら、これ以上の一服はない。
タバコに合うように、横に置いたコーヒーも雨仕様にしてある。『アメモリ・ロースト』──耳で焼いた深煎り。
「……雨の日ってのは、やることが多いな」
香り、火、湿度、そして味。
これらを全部コントロールできれば、煙草一本で世界が変わる。
焙煎も同じだ。俺がこの村に来て、初めて手をつけたのはコーヒーだった。だが煙草は、それ以上に“自分の中身”が出る。
「さて、次は燻材のバリエーション……ミルベ樹皮、いってみるか」
あれは甘みが強く出る燻材だが、火加減が難しい。下手に燃やすと香りが焦げる。けど、雨の湿気がそれを抑えてくれるかもしれない。
材料を選び、煙草葉を仕込む。
失敗してもいい。次がある。何度でも、試せる。
天気はまだ崩れたままだ。だが俺の手元は、炭と香りで埋まっている。
「雨が続くうちに、試せるだけ試しとくか」
屋根裏部屋は、今日も煙と香りの層で満たされていた。
ここは焙煎用の煙が回らないように仕切った、言わば“第二の実験室”だ。断熱と湿度管理のために、壁材には樹脂系の厚布と、古紙を圧縮した層を挟んである。隙間風が抜けないよう、梁の間には吸湿草を巻いてあるのもミソだ。
「……よし、湿度は63%、温度25度。悪くねぇ」
小屋内に据えた簡易の燻製棚に近づき、木製のスライド式扉を開けると、内側からじわっと燻香が漏れてきた。
「今朝の燻材、うまく火が回ったみたいだな」
今日の実験に使ったのは、三種類の燻材。
ひとつは〈山柑の皮〉──乾燥させてから細かく砕いたやつ。焚くとやや甘めの香りが広がる。二つ目は〈干し草の芯〉。これは定番。土っぽさを出しながら、煙の刺激を丸くしてくれる。三つ目が、砕いた〈木炭片〉。炭自体に香りはないが、燃焼温度を安定させる目的で加えてる。
棚には、昨日から吊るしていた葉巻用の煙草葉が、ずらりと並んでいる。
「……雨の匂い、染みたか?」
葉に顔を近づけて、鼻で探る。外気を通す小さな通気口を開けっぱなしにしておいたので、若干の湿り気が葉の表面に乗っている。
「お、香りの層が増えてる」
単体では飛んでしまうような薄い柑橘の香りが、雨気と混ざって輪郭を持った。干し草の芳ばしさが、重ねて厚みを出してくれてる。これは成功の予感がする。
「よし、一本、巻いてみるか」
葉を丁寧に摘んで、熟成が進んでいる中心部分を選ぶ。余分な筋を取り除き、指先で巻いていく。巻紙は、村で採れた繊維草を薄く延ばして生成したやつ。吸い口は少し太めにして、重みを持たせた。
「──スキル使用:【万能生成】
対象:巻紙(雨用・低吸湿加工)
効果:湿度耐性/香味保持/火持ち調整」
完成した一本を手に取り、下階の火鉢へ戻る。
窓から見える景色は、いまだ降り続く雨。だが、火鉢の炭に火を移した瞬間、空気が切り替わった気がした。
「……さて」
葉巻に火を入れ、深く吸い込む。
一瞬、軽い苦味。そのあとから追いかけてくる、ほんのりとした柑橘の風味。喉を通った瞬間、干し草の香りがすっと立ち上がる。余韻は柔らかく、雨と混ざった空気にちょうどいい。
「これは……かなりいいな」
記録ノートを開いて、煙草名を仮で書く。
『雨宿りブレンド:ver.0.9』
葉の原産地、燻材の比率、燻時間、湿度と温度、仕上げの巻き時間。すべて書き込む。
この煙草は、晴れた日にはたぶん合わない。
だが、雨の中、焙煎の合間にくゆらせるなら、これ以上の一服はない。
タバコに合うように、横に置いたコーヒーも雨仕様にしてある。『アメモリ・ロースト』──耳で焼いた深煎り。
「……雨の日ってのは、やることが多いな」
香り、火、湿度、そして味。
これらを全部コントロールできれば、煙草一本で世界が変わる。
焙煎も同じだ。俺がこの村に来て、初めて手をつけたのはコーヒーだった。だが煙草は、それ以上に“自分の中身”が出る。
「さて、次は燻材のバリエーション……ミルベ樹皮、いってみるか」
あれは甘みが強く出る燻材だが、火加減が難しい。下手に燃やすと香りが焦げる。けど、雨の湿気がそれを抑えてくれるかもしれない。
材料を選び、煙草葉を仕込む。
失敗してもいい。次がある。何度でも、試せる。
天気はまだ崩れたままだ。だが俺の手元は、炭と香りで埋まっている。
「雨が続くうちに、試せるだけ試しとくか」
屋根裏部屋は、今日も煙と香りの層で満たされていた。
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