独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第8章 おじさんと無口な画家

第123話

数日が過ぎた。あの絵をしまってから、特に変わったことはなかった。店内にはいつもの静けさが漂い、外の景色もまた、何事もなかったかのように穏やかだった。青年の存在も、今や遠くの記憶のように感じられた。しかし、あの絵が残ったことが、何かを変える兆しのようにも思えた。

その日、村の女教師が店にやってきた。彼女はいつも通り、元気な声で店の中に入ってきた。仕事の合間に、よくこうして立ち寄ることがある。いつもより少し忙しそうに見えたが、彼女の明るい表情は変わらない。

「お久しぶりですね、レンジさん!」

「おう、久しぶりだな」

俺は軽く返事をし、カウンターに向かってコーヒーを準備し始める。彼女は少し、店内を見回していたが、その時、ふと目に留まったのだろう。絵が、カウンターの端に見える。

一瞬だけ、その目が絵にとまる。彼女はその絵に気づいたようで、少しだけ目を細めて言った。

「素敵ですね」

その言葉に、俺は少しだけ驚いたが、すぐに冷静さを取り戻して答える。

「ただのスケッチだ」

そう言いながら、俺は絵をそっと別の棚に仕舞い直した。特に理由はない。ただ、見せる必要もないと思っただけだ。それが彼女にどう思われるか、特に気にすることはなかった。

女教師は、少しだけ首をかしげたが、何も言わずに笑顔を見せて、カウンターに腰掛けた。

「でも、何だか心に響く感じがします」

その一言が、何か引っかかるような気がしたが、俺は無理に答えることなく、コーヒーを淹れ続けた。

その後、女教師はしばらく店で過ごし、何事もなかったかのように帰っていった。だが、その一言が気になって仕方がなかった。

「素敵ですね」と言ったその言葉が、どこか心に残る。どうしてあの絵を見て、そんな言葉が出たのだろうか。確かに、あの絵には何かが込められていた気がする。しかし、それをどう表現すればいいのかはわからなかった。何も言わずに絵をしまったことに、後悔はなかったが、何か引っかかるものが残った。

それから数日後、村の他の住人たちにも、その絵の話が広がったらしい。どこで聞いたのかはわからないが、あの絵の噂が、まるで風のように広がっていた。

「あの店に行くと、あの空気が感じられる絵があるらしいよ」

そんな話を耳にすることが増えた。あの絵を見たことのある人たちは、口々に「店の空気を描いた絵」と言っていた。どうやら、その絵が何か特別なものだと感じたらしい。

「空気を描いた絵」という表現が、どこか不思議で、引っかかるものがあった。絵自体には、特に目を引くような派手さはない。ただのスケッチだったのに、どうしてそんな風に感じるのだろうか。

それが広まることで、俺の店はちょっとした話題になったようだった。もしかしたら、あの絵が引き起こしたわけではないのかもしれない。しかし、どうしても気になる。

その噂が、どこから来たのかを追っていくうちに、また新たな何かが始まりそうな予感がした。

だが、今はそれを追いかける気にはなれなかった。ただ静かに、コーヒーを淹れて、煙草をくゆらせるだけ。それだけが、今の俺にとっての心地よい日常だった。
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