独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第10章 おじさんと妖狐

第142話

煙草の煙が部屋を満たす中、美女は静かに笑った。

「ほんまに、あんたの店って素晴らしい場所やなぁ。」

その言葉に、俺は軽く頷いた。店っていうのは、実に良い場所だ。何も特別なことはしてないが、ここにいるだけで落ち着ける、そんな不思議な力がある。

「なんだか、こういう静かな時間を持っていることが、すごく贅沢に感じるわ。」

美女はそう言いながら、煙草の煙をふっと吐き出す。彼女の表情は、ほんの少しだけ柔らかくなったように見えた。

「贅沢ってわけでもないが、俺にはここが一番落ち着ける場所だよ。」

「いや、あんたにとっては、ここが一番大事な場所なんやろうな。自分のペースで過ごせる場所が一番ええんや。」

そう言われると、少し照れくさい気分になる。確かに、この店は俺にとって、無理なく過ごせる場所だ。でも、それを人に言われると、どうにも恥ずかしい。

「でも、店っていう場所が持つ意味、ほんまに大きいよな。あんたのように、普通の生活をしている人と話すのって、心地よいもんや。」

その言葉が何だか嬉しかった。俺はただ普通に過ごしているつもりだったが、彼女にはそれが何か特別なことのように感じられるらしい。

「それって、どういう意味なんだ?」

「ほら、普通の人が普通に暮らしてることが、意外と貴重なんやないかな。わたしら、どうしても何かを背負わなあかんから。」

「背負う?」

「うん。わたしら、妖狐として生きるには色々と縛りがあってな。自由に生きられるわけじゃないんや。」

彼女が言う「自由に生きられない」という言葉に、どこか重みを感じる。俺には、そんな縛りがない。ただ、今この瞬間を自由に過ごしているだけだ。そう思っていたが、彼女の言葉を聞くと、俺の自由というものが、実はどれほど幸せなことか気づかされる。

「気楽に自由を選択できればいいんだがな」

「まぁ、そうやろうな。」

彼女は少し笑いながら言う。 

「でも、わたしにとっては、その選択が全てなんや。」

彼女の言葉に、俺はただ黙って頷いた。

「それに、あんたが話を聞いてくれるだけで、気が楽になるんや。普通の人と話すだけで、こんなに落ち着くんや。」

それは、何だか自分が思っていた以上に、彼女の心に響いていたんだなと思った。俺はただ、何の気なしに話していただけだったが、彼女にとってはそれがとても大きなことだったんだろう。

「他の妖怪の話も聞いてみたいな。」

と、ふと言ってみた。

その言葉に、美女はほんの少し目を見開く。

「他の妖怪?」

「うん。お前の話を聞いて、ちょっと興味が湧いた。」

「ふふ、それじゃあ、今度は妖怪同士の話でもしようか。」

彼女は笑って、煙草をくゆらせながら続ける。

「でも、あんたのような普通の人が、こんな話をしてくれるのは珍しいな。普通は、怖がるか、避けようとするものやのに。」

「まあ、怖がる理由がわからんでもないが。」

その言葉に彼女はまた笑った。その笑顔は、どこか解放されたような、柔らかいものだった。

「でも、あんたが怖がらないってことが、逆にわたしにとっては嬉しいんや。普通の人に、ただ話したかっただけなんや。」

「話したかっただけ?」

俺は少し驚く。

「そう。あんたが何か特別に聞きたいとかじゃなく、ただ何となく、話してみたかった。」

彼女の言葉に、俺はただ黙って煙を吸い込んだ。それが、彼女にとっての“普通”の話であり、俺にとっても、これが“普通”の会話だった。



美女が静かに煙草の煙を吐きながら、立ち上がった。

「ほな、また来るわ。」

彼女はそう言って、穏やかな笑みを浮かべた。京都弁の響きが、どこか懐かしい気持ちを呼び起こす。

「おう、またな。」

俺は軽くうなずいて、彼女が扉を開けるのを見送った。

扉が閉まる音が、店の中に静けさを取り戻す。わずかな間、心地よい沈黙が広がった。

俺は再び座り直し、煙草を一本取り出して火をつけ、しばらくその煙を吸い込んだ。

店の隅に置かれたコーヒーカップの温もりが、まだ残っている気がする。ゆっくりとカップを持ち上げ、一口飲む。

店の中には、少し前の会話がまだ残っているような気がした。

「あんたが普通の人ってことが、逆に嬉しいんや。」

その言葉が頭の中で反響する。ほんの少しだけ、心が温かくなる。

俺はタバコの煙をふっと吐き出し、もう一度窓の外を見た。外は、夕暮れ時の柔らかい光に包まれている。

「さて、掃除でもするか。」

そう呟きながら、立ち上がる。
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